明日への約束    鶏子  


「おもいでを作るほど通っちゃいないが、こうしてみるとやっぱり懐かしいもんだな・・・」
甲児はそう呟いて、校門をくぐった。

アメリカからの帰国、父との再会、仲間との葛藤、熾烈な最終決戦、父との二度目の別れ・・・
目まぐるしい日々が嵐のように通り過ぎ、落ち着く間もなく新しい地への出発が迫っていた。
自分の部屋で荷物をある程度まとめた甲児は、一息入れようと弓親子やシローのいるリビングに顔を出した。
「あら、休憩? コーヒーでいい?」
「ああ、サンキュ。大体終わったよ。後は書類だけだな、提出書類やら留学中のレポートやら・・・」
さやかに差し出されたコーヒーをすすりながら、甲児は胸ポケットから取り出したメモに目をやった。
その様子を見て弓が机の引き出しから封筒を取り出し、甲児に渡した。
「こちらからの推薦状などは全て揃っているよ。私的な挨拶状も書いておいたから、一緒に渡してくれるかね?」
「ありがとうございます、先生。お世話かけました」
「ねえ、他にはどんな書類が必要なの?」
「えーと、住民票に、卒業証明書・・・ って言っても俺、書類上の最終学歴は東京の中学だな」
甲児がそこまで言うと、弓が思い出したように告げた。
「ああ、すまないね、甲児くん。バタバタしていて伝えるのが遅れてしまったが、高校側の配慮で君はこの春に卒業したんだ」
「え〜?! あんなにサボってたのに?」
本人より大きく驚いたさやかをチラリと横目で睨むと、甲児は弓に尋ねた。
「あ〜、まぁ、ほとんどその通りで・・・ どういうことですか?」
「出席できなかったのは出動の為だから、これは全て授業に出席している扱いにしてくれるそうだ。
 留学中の成果も向こうで認められた事だし、問題は無いという事だよ。まあ、当然のことだろうね。
 卒業証書もあるということだった。担任の先生は、送ってもいいが出来れば自分で取りに来させてくれ、と仰っていたよ」
「そうだったんですか。それじゃ、ひとっ走りして行ってくるか」
「だめだよ、アニキ。今はバイク通学は禁止だよ」
「別に通学しに行くわけじゃ・・・」
「あら、シロー君の言う通りよ。礼儀ってもの、わきまえなきゃ」
「なら、さやかさん、車で送ってくれよ」
「送迎車通学の高校生なんて、偉そうに! 歩いていきなさい!」
「だから、高校生じゃねぇのに・・・」

そして、出発前日の今日、ひと通りの準備を終えた甲児は、散歩がてらにかつての通学路を歩いてやって来た。
校舎に入り、職員室の前に立つとやはり緊張したが、かつて自分を怒鳴りながら追いかけてくれた教師達は、微笑んで迎えてくれた。
おめでとう、そう言われ卒業証書を渡されると、なにやら感慨深いものが湧いてきた。
この学校で短期間ではあったがそれなりに楽しい時代を過ごせたと、通わせてくれた弓や、教師・級友たちに感謝した。

挨拶を済ませ学校を出ると、さやかが車で迎えに来ていた。
「あれ? エラソーとか言ってたくせに」
「あ〜ら、出かけるときに誰かさんが、忙しいのにとかブツブツ言ってたから、こうして来てあげたのに」
「はいはい、ありがとうございます。そんじゃ運転手さん、ヨロシク!」
そう言って甲児は助手席に乗り込んだ。
「誰が運転手さんよ! 今日の私は甲児くんの保護者代わりなんだからね」
笑顔で文句を言いながら、さやかは後部のドアを開けた。座席に置いてあった明るい色とりどりの花束を取り出し、甲児に渡した。
「卒業、おめでとう。お祝いに何をあげようか迷ったんだけど、そんなに考えてる時間も無かったしね。
 それに本来の卒業式ならたくさんのお花が飾ってあるけど、こんな時期はずれじゃね。お花の無い卒業式も寂しいなと思って」
「あ・・・ えっと・・・ ありがとう」
思いもかけない卒業祝いに驚き、女性から花束をもらったというこの状況にテレながら甲児は答えた。
「それだけ? もう少し気の利いた言葉があってもいいんじゃないの?」
悪戯っぽく笑いながら車を出すさやかの言葉に、甲児は小さく吹き出した。
「いや、お礼に何を差し上げようかなと・・・」
「え?! くれるの? じゃあね、じゃあねぇ・・・」
「ほら、運転中は前を見る! あっぶねーなぁ」
次々と欲しいものを並べるさやかに微笑みながらも、既に甲児は決めていた。 
高校生時代。それは共に通学することは無かったが、互いに出会い生きた鮮やかな時代であった。

その夜、甲児はさやかの部屋を訪れた。
「これ、さっきのお礼。まあ、一緒に卒業というか区切りというか・・・」
渡されたのは卒業証書の入った黒い筒だった。中で何かがカラカラと鳴った。開けようとするさやかに、
「何番目だか忘れたから、一応全部入れといたぞ! ヘンな意味じゃなくて、縁起モンみたいな物だからな!」
口早にそれだけ言って、甲児は自分の部屋に逃げ帰って行った。
筒を開けて逆さまにすると、さやかの手のひらに金のボタンが滑り落ちてきた。

おわり


 

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