BEACH FIGHT!

鶏子



真夏の太陽がギラつくなか、ふたりの女は浜辺の視線を独占していた。
ひとりは、小麦色の肌に白のビキニが眩しい、正座して拝みたくなるほどのボディラインをもつオリエンタルな美女。
ひとりは、新雪のように白い肌に、薄いピンクのビキニを着た、華奢だが均整の取れたスタイルのお嬢様タイプの美女。
こんな女たちが、ビーチをお供も無く歩いているのだから、男たちは放っておく筈ない。
しかし、誰も声一つかけられないでいた。
彼女らのあまりの美しさのためか、それともふたりの鬼のような形相のためか・・・

初めは、Wデートの予定であった。
ジュンは、久しぶりの4人そろった夏の休日を心待ちにしていた。ふたりきりもいいものだが、女っ気のない科学要塞研究所では、女性同士で話をする機会も少なく、さやかたちに会うのは、とても楽しみだった。
ウキウキしながら、新しい水着を買い、ランチの用意もおこたりなかった。なのに・・・
当日の朝、全ての支度を終え、鉄也に声をかけようと部屋をのぞくと、そこにはネクタイを締めている鉄也がいた。
ジュンは呆然として鉄也を見た。
「ああ、ジュン、早いな。俺も今から出てくる」
「出てくるって、そのカッコ・・・」
「スポンサーへの挨拶だ。向こうさんも、今日の午前ならと言うんでな。俺も今日は、たまたま空いてたんで、ちょっといってくる」
「・・・空いてたって・・・ ちょっと、鉄也、約束は?」
「約束? 何かあったか?」
「海よ! さやかたちと海に行こうって・・・」
「あ・・・ 今日だったか。すまん。忘れてた。午後には行けるかもしれんから、先に行っててくれ」
ジワジワと、怒りと悔しさが湧き上がるのを、ジュンは抑えられなかったし、抑える気もなかった。
―― せっかく用意してたのに・・・ 楽しみにしてたのは私だけ・・・
「なにが、すまん、忘れてた、よ! 珍しくみんなで休みが取れたと思ってたのに!」
「だから謝っているんだろう。何をそんなに怒っているんだ」
「それが謝っている人の態度なの? シラーっとして・・・ もうちょっと申し訳なさそうな顔してよ!」
「顔は生まれつきだ! こっちは遊びに行くんじゃない。仕事だ。子供みたいなこと言うな!」
「もういい! あんたなんか働きすぎて、過労死すればいいのよ!」
そういい捨てて、ジュンは鉄也の部屋を飛び出していった。ひとすじの涙を浮かべながら・・・
―― 人の気も知らないで・・・ 大バカヤロー!
自室に戻ると、出来上がった昼食のバスケットがポツンとテーブルにのっていた。
自分も行くのを止めようとも思ったが、あまりにそのバスケットが虚しく見え、
甲児と一緒に鉄也の悪口大会も気が晴れるだろうと思い直し、結局一人で出かけた。

待ち合わせ場所であるビーチサイドの駐車場に車を止めると、そこには一足早く到着したさやかが一人でぽつんと立っていた。
「あれ? 甲児くんは?」
するとさやかは、頬を膨らませ、
「ちょっと聞いてよ! もうアッタマきちゃう!!」
こちらはもう言うまい。いつもの事だ。


こうしてお互いのこれまでの出来事を報告しあうと、気が収まるどころか、怒りがますます倍増し、可憐なビーチサイドの花となるはずのふたりは、殺気をみなぎらせ、のっしのっしと砂浜を踏みしめ進んだ。

そのふたりの後方5メートルにあるボート屋の、立てかけてあるボートの陰に、赤いアロハにサングラス、目深に麦わら帽子をかぶった怪しげな男、ひとり。
「なんで、鉄也さん、いねぇんだよぉ〜」

そういう甲児の後方5メートルの駐車上の車の陰に、海辺では逆に目立ちすぎるスーツ姿の、これまた怪しい男、ひとり。
「なんで、甲児くん、そこにいる・・・」

甲児は、さやかとのケンカの後、バイクで飛び出したものの、とくに行く当てもなく、とりあえず3人の様子だけでもと思い、のぞきに来たところ、
男たちの視線をあびまくっているジュンとさやかを見つけたのであった。

一方鉄也は、飛び出していったジュンの涙が気にかかり、甲児に頼もうと連絡を入れたら、シローから事のいきさつを聞いた。もしやジュンひとりで海に行ったのかと心配になり、会うはずの客に断りを入れ、ここへ駆けつけ、女ふたりと、それをのぞく甲児を見つけたのであった。

「まったく、もう!」  ズサッ!!
「おとこなんて!」   ベキッ!!
やっと声をかけようと勇気あるナンパ男が近づいて目にした光景は、さやかが砂浜にビーチパラソルを突き刺し、ジュンが手にしていたコーヒーの缶を指先で握りつぶしている様であった。
もちろん男は180度向きを変え、その場を立ち去った。
その様子を、やっと合流した男がふたり、腹這いになりレンタルしたボートで頭を隠しながら、じ〜っと見つめていた。
その日の浜辺は、異様な空気に包まれていた。

「なんか喋るだけ喋ったら、おなかすいちゃったね」
ここに到着してから1時間あまりしゃべり続け、ようやく少しは気分がさっぱりしたさやかがジュンに言う。
「そうね、しっかり作ってきたわよ。あら? さやかは? 半分交換しようっていったのに」
「うん・・・ あのね、作るには作ったんだけど・・・ 無くなっちゃった・・・」
「え? 食べちゃったの?」
「ヘヘ・・・ 甲児くんの頭の上に食べさせちゃった・・・ プッ! フフフ・・・ アーッハッハッハッ・・・」
つられて、ジュンも笑い出した。しばらく大笑いが続いた後、ジュンの作ったランチをふたり仲良く食べた。

ボートをかぶった男たちも、売店のマズそうな焼きそばを、わびしく口に運んでいた。
「楽しそうですね、あのふたり。なんか、うまそうに・・・ でも、これもなかなかいけますよね」
「本気でいってるのか? 甲児くん・・・」
そばで見ていた子供が、そのおぞましい光景に泣き出した。

食休み、と言って気持ちよさそうに昼寝をしているさやかを見て、ジュンは思う。
まっすぐに自分自身の気持ちを相手にぶつけ、のびのびとしながらも他人に愛される。
甲児や自分はもちろん、あの鉄也に対しても、その姿勢は変わらない。
自分はどうであろう・・・ 鉄也の無反応が怖く、思ったことの半分もいえない。
言えたとしても、今日のように、言い捨てて逃げるだけ・・・
この白い肌の女性は、自分にないものを全て持っている。
鉄也が苦笑しながら優しく許す、唯一の人・・・ うらやましい・・・

ジュンにサンオイルを塗りながら、さやかは思う。
どんなときにも、自分を含めた周りの状況を忘れない。冷静に、けれど優しく全てを受け止める。。
だから、困ったときは、みんなが始めに思い浮かべる。心の柱になってくれる人。
みんながこの人を信じている。背中を任せられる。だから鉄也さんは、前に進める。
自分は、同じ背中でも、背負われているだけ。こんな大人の女が、私の理想だったのに・・・
さっきから、ちらちら視線を浴びせる男の人たち、このブロンズ像のような女性だけ見てる・・・
甲児くん、連れてこなくてよかった・・・ はぁ〜、隣にいるとみじめ〜

コンプレックスなんて、こんなものだ。

浜辺の注目の残り半分を集めている男たちは、あいも変わらず・・・
「なんか、気持ちよさげにしてるなぁ・・・ それにしても暑いですね〜、鉄也さん」
「君は、まだましだ。俺なんか・・・」
好奇心からか、近寄ろうとした子供が、母親に手を引っ張られている。

日が傾き始め、ようやく笑顔が戻ったさやかとジュンは、そろそろ帰ろうかと、周りをかたずけ始めたときであった。
ふたりの元に、なにやらガラの悪いニヤけた男たちが近づいてきた。
「オネーチャンたち、俺らヒマしてんの。ちょっと遊んでくんない?」
ふたりはおもわず顔を見合わせ、眉をひそめた。

「まずいな、鉄也さん」
「ああ、8人か・・・ いくらあの二人でも、相手が多すぎる」
「しょうがねぇ,行くか」
「場所が場所だ。落ち着いてこの場は治めるぞ」
「わかってますよ。あんなチンピラに本気になれますかって・・・」
そういいながら、ゆっくり立ち上がる二人だったが、腕をとられたジュンが抱きつかれ、背後から羽交い絞めされたさやかが胸を撫でられているのを見ると、
「!クッ!」
「!ヤロー!」
もともと僅かしかない理性を吹き飛ばし、チンピラたちに掴みかかっていった。

もしこの8人のチンピラが武装していたとしても、今のこの4人には勝てなかったであろう。
怒りがピークに達した4人の強さはハンパじゃなかった。
あっという間に、チンピラたちは砂の上に沈んだ。
それでも気の納まらない男ふたりは、無残に転がるチンピラに怒鳴りつけた。
「分をわきまえろ! よりによって、この俺の女に手を出すとはな!」
と、凄みながら鉄也は、ジュンの腰を引き寄せた。
「汚ねぇ手で触りやがって! これ以上、減っちまったら、どうしてくれんだよ!!」
そう言うと甲児は、さやかの胸の増減を確かめた。
気が納まっていないのは、女たちも同じであった。この瞬間、次の標的は決まった。
「誰の女ですって! 私は誰のものでもないわよ!!」
ジュンのニーインパルスキックが、鉄也の腹に深く入った。
「どこさわってんのよ! このスケベ!!」
さやかのゼロ距離ロケットパンチが、甲児の顔面にクリーンヒットした。
夕日の沈み行く浜辺の残骸に、もう二人加わった。

駐車場には、自分自身に微笑んだ勝利の女神がふたり。
「あ〜、スッキリしたぁ〜!」
「ホント、こんなに気持ちよかったことって初めてよ。さやかのおかげね。今日は楽しかった。ありがとう」
「ううん、こちらこそ。それよりこれからどうする? 夕食でも一緒にどう?」
「そうね、ここに来る途中、いい雰囲気のシーフードレストラン見つけたの。行ってみない?」
「いいわね。いっそのこと、車預けて飲んじゃおうか?」
「賛成! よし、とことん飲むぞ〜!」

 

おしまい

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