+++ Freakish bonbon +++

(愛と煩悩の留学編・その3)

鶏子

 

その日の講義が終わり、さやかは別クラスの甲児のもとに向かった。
手にしていたのは、公開中の推理サスペンス映画のパンフレットとチケット2枚。
友人に頼んでおいたものが今日届いたので、甲児を誘って明日の休みにでも観に行こうと思っていた。
製作中から楽しみにしていた映画なので、校内を歩くさやかの足取りも軽かった。

ドアから顔を覗かせ甲児を探すと、数人の学生と賑やかに話している甲児を見つけた。
微笑みながら近寄り、声を掛ける。
「終わった?」
「ああ、帰ろうか・・・ あれ?それ・・・」
「うん。あのね、この映画なんだけどね」
そういって、パンフレットを甲児に差し出した。
「今日やっとチケットが届いてね、週末にでもどうかな〜と」
渡されたパンフレットをじっと眺めていた甲児が、
「ね、さやか、ちょっと」
「ん?」
さやかがパンフレットを覗き込むと、甲児はそこに写っている少年を指差して、
「知ってる?コイツが犯人だよ」
バチーーーン!ガッターン!!
甲児を張り倒すさやかの平手の音とひっくり返った甲児の頭頂が椅子にぶつかる音が、教室内をたて続けに響かせた。
「ケイ、これあげる!」
傍にいた甲児のクラスメートでさやかとも仲のいいケイにチケットを渡し、さやかは走って教室から出ていった。
「〜ってぇ〜・・・ ナンなんだよ、いったい・・・」
「あなたが悪いのよ、コージ」
手でさすりながら起き上がった甲児のその頭を、ケイはチケットでポンと叩いた。
「彼女、この映画すごーく楽しみにしていて、原作の小説も読まずにガマンしていたのに。不注意すぎるわ」
ケイはチケットをヒラヒラさせ「Thanks」と言うと、周りの女子学生たちと共に退室していった。
頭をポリポリ掻きながら、甲児がため息をつくと、残っていた男子学生たちが傍に寄ってきた。
「それにしても、見事なカラテだったな〜、サヤカ・・・」
「俺、彼女の手の動きは全然見えなかったぞ!」
「ああ、火花が飛んでいるのは見えたけどな!」
興奮気味に喋り続けるクラスメートを横目で睨み、甲児はふてくされて椅子に腰掛けた。
「ひとつ聞きたいんだがな・・・」
そういって甲児の向かいに座ったのは、生徒自治会の会長で何かと甲児の世話を焼いてくれるフレディだった。
「サヤカは、女か?」
「ああ? 何言ってんだ? 当たり前だろーが! まあ、その辺のヤローどもより男らしいけどな」
「そういう意味じゃない、コージ。彼女は女の悦びを知っているのかと聞いている」
その質問の意味を理解するなり、甲児は顔を真っ赤に染めた。
「な、な、なんだよ、いきなり!!」
フレディは呆れ顔で大きくため息をつきながら言った。
「やはりな・・・ 男の真価を知った女性は、決してあのような態度を迷いも無くああも見事には取らない。
 ま、それもお前の不甲斐なさが悪いのだから、仕方ないのだがな・・・」
知るか、とばかり横を向いた甲児に、フレディは尚も続けた。
「心身ともにサヤカはまだ幼い。お前も同様だ。このままではお前達二人はあまりにも不幸だ」
「ほっとけよ!!」
「いーや、それは友として出来ない。そこでお前にありがたいものを授けよう。おーい、ダスティ!」
すると、イタズラ者と顔に書いたような生徒が近づいてきた。
「ダスティ、あれはまだ残っているか?」
「あれって、あのチョコレートボンボンのことか?」
「そうだ、よこせ」
「よこせってなぁ、あれはタダじゃないんだぞ! 手に入れるのにどんなに苦労したか・・・」
「ここにあれを正当な目的で必要としてる人間がいるんだ。つべこべ言うとキサマの悪事、洗いざらい彼女に・・・」
「わ、わかったよ、やるよ! コレで最後なんだからな!」
こうしてダスティから小さなピンクの箱をせしめると、フレディは甲児にそれを渡した。
「なんだ?これ」
「見ての通り、チョコレートボンボンだ。但し媚薬入り」
「媚薬?! 媚薬って、あの『ネコにマタタビ』のあの媚薬か?」
「ネコマタ? それは知らんが、性的興奮を呼び起こす、あの媚薬だ。今、男子学生の間で流行している。『効果は抜群!』だそうだ。
 ひとたび服用すれば、どんな身持ちの固い女も痴態を繰り広げ、どんな体力自慢の男も3日は枯れるという。 
 これを彼女に食べさせろ。30分以内には態度に変化が現れる。お前もついでに食っとけ。彼女3、お前1ぐらいの割合で」
おまえは筑波にいるガマの油売りか、と思いながら、甲児は不信の目を向けた。
「おい、食っとけって・・・腹でも壊したらどうすんだ? お前、食ったのか?」
「失敬な! 俺はこんなもの必要ない。安全性はアメフト部有志の協力を得て実証済みだ」
「あんな頑丈な奴らの胃が信用できるか!! やっぱり、やめとく・・・」
「なに、遠慮するな。これも日本からはるばるやってきた素晴らしい友のためだ。しっかりやれよ、応援しているぞ!」
そう言ってフレディは甲児の方をぽんと叩くと、高笑いをして出て行った。
他の男子学生も口々に、頑張れよだの、後で様子を教えろだの勝手な事を言いながら教室を出て行った。
「お、おい、待てよ・・・」
誰もその声を聞くものはなく、甲児はひとりその場に取り残された。

置いていく事も、捨てる事も出来ず、結局甲児はその箱を自分の部屋に持ち帰った。
リビングのテーブルにポンと置き、それを見つめながら腕組みをした。
・・・・最初の頃に比べれば、さやかもそれなりに変わってきたよなぁ・・・
  まぁ確かに、もう少し積極的になってもらうのもいいんだけど・・・
  恥ずかしがってばかりだからなぁ・・・ そこがいいと言えば、いいんだが・・・
  試してみるか? でもなぁ・・・ 一度ぐらい! マズイよなぁ・・・

頭の中で一人悶々と考えているその時、ドアチャイムが鳴った。
「はい?」
ドアを開けると照れくさそうにしてさやかが立ってていた。
「へへっ、さっきはごめんね、いきなりブン殴って・・・」
「あっ、いいや、俺こそごめん。考えナシで・・・」
「あのね、ケイがね、あのチケットのお礼って、コンサートのチケットをくれたの。甲児くんと、って。どうかな?」
「えっ、いいの? さっきの事は・・・」
「ケイに、甲児くん怒ってた?って尋ねたの。そしたら、怒るどころか酷く落ち込んで寂しそうだったって聞いて・・・
 ごめん、ちょっと頭の上、見せてくれる?」
「大丈夫、ほら、なんともないだろう?」
そう言いながら甲児は少しかがんで頭を見せた。さやかは傷が無い事を確かめホッとすると、そのまま甲児の頭を胸に抱いた。
「私、ちょっとやり過ぎた。ごめんなさい・・・」
甲児はちょうどさやかの胸に顔を挟まれた状態になり、その顔を必要以上に歪めながらこの幸運に浸っていた。
「元はといえば俺が悪かったんだ。でもこうして来てくれて嬉しいよ。とにかく入って座って。コーヒーでも淹れるよ」

キッチンでコーヒーを淹れながら、機嫌を直して訪ねてきてくれたさやかと、助け舟を出してくれたケイに感謝した。
何とか明日からのこの週末は、それなりに楽しいものになるだろう。
コンサートの後は、うまい物でも食って、その後はさやかの部屋に行くか、自分の部屋に連れてくるか。
そのよりも、今日はこのままさやかと過ごし、明日の午後からでもふたりで出かけるか。
時間はたっぷりある。あせらずゆっくり愛し合おう。あんな怪しげなものなんか不要だ。そう、あんな・・・
あっ! マタタビ入りチョコレートボンボン!!!

慌ててリビングに戻ると、テーブルの上に置いてあった小箱の蓋が開いていた。
「おいしいよ、コレ」
さやかの手元には、空になったアルミホイルの小さな包みが3個分あった。
「あ・・・食っちゃったのか?・・・」
「うん。いけなかった?」
「・・・い、いいや・・・・・・・・・うん。そうだよな・・・さやかひとりに恥ずかしい思いさせるわけ、いかないよな!」
覚悟を決めた甲児は、残りの9個を次々と自分の口に放り込んでいった。バリバリと噛み砕きながらつぶやく。
「あれ? 俺が3で、さやかが1? 俺が1で、さやかが3? どっちだっけ?」
その様子をア然としてみていたさやかは、突然立ち上がった。
「あっ、えっと、用事はそれだけだから。私、急用を思い出した。すぐケイのところに行かなくっちゃ!」
「えっ?! ち、ちょっと待って・・・」
「ごめん、明日の昼ごろに電話するから、またね!」
甲児の横をすり抜け、さやかはそのまま振り向きもせず逃げるように去っていった。
呆然と見送ってしまった甲児は、ハッと我に返り口の中のものを吐き出そうとしたが、時すでに遅し。
怪しげな物体はすっかり胃の中に流れ込んだ後だった。
気のせいか早くも心臓が高鳴り、血液の一点集中を感じ始めた甲児は、30分後の自分の運命に涙した。

甲児のアパートが見えなくなった所まで走ってきたさやかは、ポケットの中のハンカチに包まったチョコレートボンボンを取り出した。
「はーっ、あぶない、あぶない。全く、なに考えてるのかしら、もう!!」
実は、さやかは甲児のもとに来る前に、親切で友達思いのフレディから電話をもらった。
「何にもいわず、黙ってコージの差し出すボンボンを食べてくれ」と・・・
何のことやらと気にかけながら甲児のもとを訪れた。そしてテーブルに置いてあった毒々しいピンクの小箱は見覚えがあった。
女子学生の間でも(!)流行っている、アノ噂のチョコレートボンボン・・・
さやかも友人から勧められたが、断固として遠慮した品であった。
甲児の部屋で見つけたときは、からかうつもりで食べたフリをしたのだが、本当に口にしてしまった甲児を見て慌てた。
このまま部屋にいたら危険!と思い逃げ出した。何しろ『効果は抜群!』と聞いていたから・・・


おわり