Destiny

written by ゆう




何だか大変なことになっちゃった。
お父様の先生、兜十蔵という方が亡くなって、世界制服を目論む輩が現れるなんて。
十蔵博士の遺したロボット、マジンガーZとアフロダイAが協力してそれを阻止するなんて、ねえ?
そんなこと私にできるのかしら?
ううん、でもやんなきゃならないのよね。
突然私の目の前に現れたマジンガーZと兜甲児、それから弟のシローちゃん。
シローちゃんはかわいいけど、こっちの兄貴の方は最悪よ。
ろくに操縦法も知らないくせにロボットを操ろうなんて、そんなの虫が良すぎるのよ。
素人の付け焼刃って言葉知らないのかしら?
私が教えてやってるのに、「女のくせにでしゃばるな」ってどういう事よ?
さいてーさいてー!
デリカシーは無いし、ワンマンだし、偉そうだし、おまけにちょっと目つきがいやらしいんだもん。
あんな奴、あんな奴・・・・・・もう、知らない!

夕食後、自室で寛いで今日一日を振り返る。
今日という日も大変な一日だったわ。
あのバカ、先にシュミレーションとマニュアルをしっかりやりなさいって言ってるのに、
「何事も実地でなきゃ話しにならない」ですって、やってられないわよ、もう。
クッションに背中を預けて赤く澄んだ紅茶を抱えた。
なんだってあんな奴の面倒を見るハメになったのかしら?
お父様もお父様よ、いくら恩師のお孫さんだからって、好きにさせ過ぎなんじゃないかしら。
ムカムカして、両手に持ったカップが震えた。
浮いた波紋に憎らしいあいつの顔が見えた気がして、思わずぐっと紅茶を飲み込んだわ。
どうしてくれるのよ、私の大切なリラックスタイムを台無しにしてくれて。
このお茶、結構高いのよ。

コンコン

ん?今何か音がしたかしら?
フン、どうでもいいわ。今私はリラックスタイムなんだから。
この時間はたとえお父様でも出入り禁止なんだから。

「さやかさーん」

まったくもうこんな時に幻聴が聞こえるわ。
こんな時間にあいつがこの研究所にいるわけないのに。
弟と二人新居でテレビゲームでもしてるんでしょ。
そんな時間あるなら勉強しなさいよね。
操縦者として覚えなきゃいけないことはまだまだたーくさんあるんだから。

「さやかさん?入るぜ」

変ね、幻聴が喋ったわ。

「さやかさん、君いつ子供産んだの?」
「な、何ですってー!!?」

キョトンとした顔で立っている、それはまさしく未だ未熟な操縦者、
この度、東城学園に編入した兜甲児。

「何であなたが私の部屋にいるのよ!」

夕食後にお風呂に入ったせいもあって、ラフな部屋着で寛いでいた私。
つい胸元を押さえながら、相手を睨みつける。

「だって、何度もノックしたのに、返事がねえからさ。ドア鍵かかってなかったし」
「だからってレディの部屋に勝手に入る理由にはならないわ!」
「レディ?へー?どこに?この部屋のどこにレディがいるのかなー?っと」

すっとぼけたフリして部屋を眺め回す。
な、なんて失礼な奴!
レディならいるでしょうが!目の前に!とびきりのファーストレディが!

落ち着いて気を静めなきゃ、深呼吸一つ、フー・・・
気を取り直して、紅茶のカップを机に置いた。
一体何しにきたのかしら、この無作法男は。

「それで何の御用かしら?
 こんな時間に突然女性の部屋を来訪なんて、よっぽどの理由があるんでしょうね?」

まさか妙な気でも起こしたわけじゃないでしょうね。
この私がそう簡単になびく女だと思ったら大間違いよ。
いくら学校の女の子にはキャーキャー言われたからって、一緒にされちゃたまんないわ。

「ああ、マニュアル本でわかんないトコがあったから、弓先生に相談したら、君に聞けって」
「え?ああ、そう、そうなの、・・・そうよね・・・」

私ったら一体、何を気落ちしてるのかしら。
別に何も期待してたわけじゃないわよ、ふん!
甲児くんたら思ったよりも素直に勉強しているのね、まあ一応感心してあげるわ。
「じゃあ、座って」と彼を私の机に座らせようとしたら、反対に「君が座れ」と言われた。
生意気!って思ったけど、よく考えれば、こっちは教える立場なんだもん。
折角だから座らせて頂くわ。
でもこれじゃまるで家庭教師と教え子よね。
教えるのは私の方なんですけど。
彼は私の横に立って、胸ポケットからシャーペンを取り出した。

私の机の上にマニュアル本を開いて置く。
ろくに見もしないだろうと思っていたのに、意外にアンダーラインや書き込みがしてあった。
弟を踏み潰しそうになったのはよっぽど応えたんだろう。

「それでさ、ここの記述なんだけど、意味が繋がらないんだ」
「ああ、これはね、付属マニュアルのB−Uを参照するの」

机の本棚に手を伸ばして付属マニュアルを取り出す。
ドレドレ?と身を乗り出す彼の顔が私のすぐ横にあった。
何よ、何でこんな近くに寄ってくるのよ。
何気ないフリをして、資料のページを繰った。
彼の呼吸が首筋にかかるような気がして、恥ずかしくて、いてもたってもいられなくなる。
鼓動が少し早くなる。
こんな近くに寄り添っているから、心臓の音が聞こえやしないかと気が気じゃなかった。
でも甲児くんはどうなのかしら?
操縦法を覚えるのに必死で、私が近くにいることなんか、ちっとも意識にないのかしら。

それとも同じようにドキドキしてる?

そうだったらちょっと嬉しい。
そうじゃなかったらちょっと悔しい。





結局1時間近く二人で操縦マニュアルの勉強をしてしまった。
初めは落ち着かなかったけど、次第に部屋の空気が優しくなっていくような気がした。

「ふぁー、頭がパンクするぜ」

1時間の詰め込み授業にさすがの彼も音を上げる。
私は甲児くんにお気に入りの紅茶を淹れてあげた。
よくがんばったからね、これくらいはしてあげてもいいわよ。
二人でカップを抱えて向かい合って座る。
彼は私の机の椅子に逆向きに座り、私は又クッションを背にしてベッドの側に座り込んだ。
・・・当然部屋のドアは開けたままですとも。

気分が落ちついてくると、ふと思い出した事があった。

「甲児くん、さっき部屋に入ったとき、おかしな事言ってなかった?」
「おかしなこと?」
「そうよ、思いだしたわ!私がいつ子供産んだっていうのよ!」

空気が一変、また嵐が吹き荒れる予感がする。
それでも彼は悪びれもせず、机に置いてあった写真立てを手にとった。

「ほら、だってこの写真の赤ん坊、君にそっくりだろ、ドア開けた時、この写真がすぐ目に入ったんだ」
「そっくりって・・・これは私よ!」
「へー、さやかさん昔はかわいかったんだーなるほど」

もう!昔はって何よ、昔はってー!!
その写真は私が1歳の時のもので、亡くなったお母様が撮って下さった貴重な一枚なのよ。
大体なんで私が子供産むのよ、そういう発想自体がいやらしいっていうのよ。

「この女の子が君だとして、こっちのもう一人の赤ん坊は誰だい?」
「あ、それは」

写真にはもう一人私の知らない男の子が写ってる。
正面を向いてにこやかにかわい〜く笑う1歳のさやかちゃん。
緑の芝生にペタンとお尻をついてピンク色のベビー服が愛らしい(自分で言うのもなんだけど)
水色のベビー服を着た男の子は、斜め横を向いて顔はほとんど判らない。
名前も知らないその子は私の頬っぺにキスをしてた。

「知らないの、でもその子は私の運命の王子様なんだって」

とたんに甲児くんは紅茶を吹き出して、ゲラゲラ大笑いする。

「え?何それ?もしかして君、今時白馬に乗った王子様とか夢見てる人なわけ?」
「もう、ひどいわね、そんなに笑うことないでしょ!」
「君さ、一応科学者の娘だろ、夢みたいな事言ってると笑われても仕方ねーだろ」

甲児くんはいつまでも笑いが止まらない。
笑いをこらえようとして身体全体がひくひくいってるわ。
ほんとに頭にくるったらない!
立ち上がって彼の手から写真を取り上げた。

「いいじゃない!私だって簡単に王子様が現れるなんて思ってないわよ!
 でもこの写真は私のお母様が今際の際に、この男の子があなたの運命の王子様よって
 私にくれたものなの、私の大切なものなの、これ以上ヘラヘラ笑うと許さないんだから」

半分涙声になりながら彼をなじった。
お母様のことに触れると、彼が急に大人しくなってポツリと一言「悪かった」と呟いた。
彼と私に共通する母の痛み。

「ごめん、ちょっと調子に乗り過ぎたみてえだな。
 もっかいその写真見せてもらっていいかい?」

甲児くんはずるい、自分の非を素直に認めると、急に優しくなる。
嫌いにさせてもくれない。
だから私も彼の言う通りにしてしまう。
写真を手渡した時、ほんの少し触れた指先が傷も無いのに痛かった。

「んー、んーん、んー・・・」
「何唸ってんのよ」

写真を眺めながら彼はしきりと頭を捻っていた。

「この赤ん坊、どっかで見た事あるような」
「ふんだ、勝手なこと言わないでよねーだ」

写真の男の子はほぼ後姿、顔なんかわからないわよ。
それでも甲児くんは頭を捻っている。

「・・・わかった!シローの赤ん坊の時みたいだ。
 こんなポチャポチャっとしたガキだったんだ、あいつ」
「シローちゃん?私の王子様がシローちゃんなわけないでしょ、
 赤ちゃんなんてみんな同じような顔してるんだから」

そこまで言って二人ハッと目を見合わせた。
シローちゃん似の赤ちゃん・・・?
私と同い年くらいの・・・?

「・・・違う!違う!絶対に違うんだから
 この子は私のことをとっても大切にしてくれて、一生大事に守ってくれるって
 お母様が言ったんだもん、
 甲児くんみたいなデリカシーなくて単細胞で判らずやの自惚れやとは違うんだから」

お気に入りのクッションが甲児くんの顔面に飛んだ。
抜群の運動神経で彼はクッションを受け止める。

「俺だって勝手に王子様にされんのはごめんだよ!
 言っとくけど間違っても俺じゃないぜ、命かけてもいいよ。
 たとえ赤ん坊の時だろうが、君にキスするほど不自由しちゃいねえや」
「言ったわねー」

それから私の部屋にある物という物が空中を飛びまわった。
最後にマニュアル本と付属資料を投げつけてバカ甲児を部屋から追い出した。

冗談じゃないわよ、あんな奴、絶対絶対違うんだから
私の王子様はもっともっと素敵でもっともっとかっこよくって私の事誰よりも大事にしてくれるんだから。
女の子なら誰にでもデレデレしたりしないんだから。

短い生涯を私とお父様の為に懸命に生きたお母様、
写真を渡されて不思議な事を言ったけど、私は一度としてその言葉を疑ったことはなかったわ。
きっと死期を感じたお母様は、先が短いのと引き換えにほんの少し神様から啓示をもらったのよ。
ずっとそう信じてきたわ。

だからこそ、いつか会いたい
水色のベビー服を着た私の運命の王子様
一体どこにいるのかしら?

「そいつが現れたら、教えてくれよ。俺がZで踏み潰してやるぜ」

あいつの捨て台詞が心に染みた。
部屋に残る残像はいつかどこかで見たような後姿。
頬に残る感触は覚えている筈もない小さな唇。

 

Fin

 

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