こんな午後は

yamayama

 

 新緑を映した木もれ日が足元に広がる草や野の花をあざやかに照らす。橙、黄色といった色濃い花々が自由奔放にその手足を伸ばして咲き誇っている。光のベールをまとった鮮やかなその姿はどこまでも鮮やかで、目にまぶしい。吹き抜ける風は涼やかに心地よく、こんな静かな午後はたまにはこうやって歩くのも悪くない・・・。いつもは、バイクで走り抜けてしまう見慣れた風景も、こうやって、速度を変えて見てみると、見えなかったものが見えてくるようで、気付いていなかったものにも気付けるようで・・・と、柄にもなく考えてしまうのだが、それは、やはり、自分の意思で歩いている場合だろーー!!俺は、ちんたらちんたらと歩いているほどヒマじゃねーんだよ!!
 のどかな風景にもあわず、先ほどから一人ボヤキながら歩いていた兜甲児の胸に、再び、ふつふつと怒りがこみあげてくる。そして、今日何度目になるか分らない悪態を飽きもせず、風にゆれる木々の葉にむかって叫ぶのであった。
「くそったれ!俺が一体何をしたっていうんだ!」


 しかし、この愛すべきのどかな午後に、兜甲児が朝はバイクに乗って登校した道を、決してそのバイクが壊れたわけでもないのに、こうやって歩いて帰るはめになったのにも、やはり原因があるのであった。


 時は数時間前にさかのぼる。
 昼食をさっさと食べ終え、机に突っ伏して、ひたすら睡眠をむさぼっていた甲児のまわりをいつものように、甲児のファンだという女の子達が取り囲む。
「兜君。昨日も大活躍だったわね。」
「もうー、ニュースを見て、ドキドキしちゃった。」
「でも、さすが兜君よねー。兜君がいる限り、日本は安全よね。」
 可愛らしい女の子達に囲まれれば、眠気もどこへやら・・・である。
「いやー、あれっくらい、全然大したことないって。昨日のヤツラなんて、俺様とマジンガーの手にかかれば、朝飯前ってヤツで、チョー楽勝だったぜ。」
「えー、そうなのー。すごいんだー。」
「私なんてテレビ見ているだけで、恐かったのに。」
 女の子のあこがれと賞賛のまなざしに悪い気はしない。
「マジンガーに乗るのって、恐くない?」
「全然へっちゃらさー。」
「そう?私なんてバイクに乗るのだって、きっと無理だろうなー。」
「そうよね、バイクって恐そうだもの。」
「バイクなんて、もっとへっちゃらだよ。じゃ、今度ためしに俺のバイクの後ろに乗ってみる?」
 すっかり上機嫌になった甲児は、軽くウィンクなぞして見せつつ、愛嬌をふりまく。
「えー、本当??本当に兜君、バイクの後ろに乗せてくれるの?」
「いいないいな!私もお願い。」
「絶対によ、兜君、約束よ。」
 並み居る女の子達は、色めき立ち、甲児の周りは興奮のるつぼと化していた。
 甲児の一人舞台となった光景をクラスメート達、特に男性陣はいつものことかとやり過ごしていたのだが、その中に果敢にも割って入ってきた声。
「おいおい、随分と盛り上がってんじゃないのよー」
 声のほうに振り向けば、なにやら不機嫌そうに腕を組みこちらをにらみつけているボスの姿、そして、そのすぐ後ろにはいつものように、ヌケ、ムチャの二人。

「あー、女の子達に昨日の俺とマジンガーの活躍をちょーっとばかり、ご披露していたってところさ。」
 機嫌が悪そうだなと察しつつ、軽く返事する。
「そんなのは、先刻ご承知だわさ。しかしよー、昨日活躍したのはマジンガーだけじゃないんじゃないの?。俺とさやかの活躍があってこその勝利だろう。そこを忘れてもらっちゃ、ちょーっとばかし困るわけよ、兜。それをさっきから聞いてりゃ一体何だ、自分だけ女の子に騒がれて、いい気になりやがって。」
 それで機嫌が悪いのか?と、とあたりをつけながらも、殊更いつもの調子で話を続け、やり過ごそうとする。
「ま、確かに、なーんか、ウロチョロはしてたみたいだけどよ、あれは、活躍って言うよりも足手まといって言うんじゃないのか?ったく、いつもいつもチョロチョロとしやがって。戦闘は俺とマジンガーに任せておけばいいんだって。」
「何だとー、貴様、俺様はともかく、ダイアナンを負傷させてまでおめーを援護してくれたさやかのことを、そんなふうに言いやがって。何だよ、昨日の戦闘のあとには大丈夫かとか何とか言っちゃって、さやかにイチャイチャくっついていきやがってたくせに、今朝になったらこの態度かよー。今日という今日は許せねー。」

 は、はーん、不機嫌の本当の理由はそこか・・・甲児は僅かに眉を潜める。

 確かに、昨日の戦闘で果敢にも敵に突進していったボスボロットが返り討ちをくらい、空をふっとんでいく様子に、一瞬気をとられた隙に、甲児は敵にマジンガーの足元をすくわれてしまったのだった。あやうく敵の光線を一身に浴びそうなところを、ダイアナンAが光子力ミサイルを打って援護に入ったのだが、その結果、敵の攻撃はダイアナンAに移り、敵がまさに発射しようとしていた光線はダイアナンAの腕を直撃。腕は木っ端微塵になってしまった。しかし、その間に体勢を立て直したZのブレストファイヤーが敵にとどめをさして一連の戦闘に決着がついたのだった。そして、腕を吹き飛ばされた上に、胸部にも若干の傷を負ったダイアナンAをZが抱きかかえるようにして研究所に戻った次第だ。

「そうそう、ボスのことをすっかり忘れて、さやかさんとイチャイチャして二人で帰っていくから、あの後ボスの機嫌が悪くって大変だったんですよー。」と、うっかりもらしたヌケの頭をボスの鉄拳が直撃する。
「さやかさんって??」
「あの女の子のロボットの操縦者でしょう?」
「あー、あの髪の長い女の子のこと??」
 周りの観客も騒ぎ出し、それまで傍観していた男子達も会話に参加し始める。
「そうそう、俺さー、ちょっとだけテレビで見たことあるけど、めちゃめちゃ可愛いよなー。」
「あ、やっぱ、お前もそう思う?俺も実は可愛いと思っててさ、兜にお願いして、一度は実物を拝見させていただきたいと思ってたんだ。」

 観客の声が耳に入ってきて、甲児の眉が一層ひそめられた。
 そう、確かに、以前から甲児はクラスメートにこんな風にさやかの話題を持ちかけられていたのだった。そして、その度に、のらりくらりとかわしてきていたのであった。湧き起こってきた不快感を皆に気付かれないように、さりげなく言う。
「いいかげんにしろよ!ボス!自分が女の子にもてないからって俺に八つ当たりすんじゃねーよ。大体、さやかさんのことは、今は関係ねーだろう!こんなとこで、話題にすんじゃねーよ!」
 それでも、発せられた言葉の語尾は荒々しい。
「面白しれー。やる気か、兜?」
「何?」
「よーーし、いっちょ、勝負だ、兜。そうだな、じゃ、そのご自慢のバイクで勝負といくか?いいな、俺が勝ったら今後一切さやかには近づくなよ。」
 最後のセリフを聞いた途端、甲児は椅子を蹴り上げていた。
「あー、上等だ、受けてたとうじゃねーか。」


・・・そして、その数十分後、クラスどころか、学校中の生徒を観客として集めて、しかも堂々と学校のグラウンドを舞台としてのバイク勝負が教師達に気付かれないわけもなく、当然、甲児とボスの二人は職員室でこってりと絞られていた。

「一体どういうつもりなんだ。兜、ボス。たまに学校にやってきたと思ったら、授業中は居眠りばかりしてて。それでも、日頃の戦闘で疲れてるんだろうと思って、気を使って見て見ぬ振りをしてやったというのに、昼休みに堂々と学校のグラウンドでバイク勝負とは、あきれて物も言えないぞ。授業中に寝るんだったら、昼休みに寝ていればいいだろう!」
 だから、最初は寝てたんだって!という甲児の密かなる心の抗議の声は届くわけもなく、結局、その日一日バイク取り上げという処分を言いつけられた。


 ったく、ボスのやろー・・・あれから、甲児はずっとイラついていた。どうにも気に入らない。何が??何がって、バイクをとりあげられたことか?いや、違う。じゃ、、ボスのことか??ボスの軽口なんて、いつものことだろうよ。・・・じゃ、俺は何に苛立っているんだ・・・・。

と、その時だった。
「甲児くーーーん!」遠くから思いっきり手を振り、呼びかけてくる姿。
 その姿は甲児がすぐそばに辿り着くまで、大きく手を振りつづけている。自然、甲児の歩みも速くなる。
「恥ずかしいヤツだなー。そんな大きい声で呼ぶなよ。」
「別にいいじゃない。なんだか歩いて帰ってくるっていうから、せっかく人が迎えに来てあげたのに、何よー、その言い草は。」
 少し怒ったそぶりをしながら、笑いながらさやかが答える。
「迎えに?何で俺が歩いているって分ったんだよ。」
「うん?さっき、お父様のご用事で出かけて研究所に帰る途中で、ボス達に会ったのよ。そしたら、甲児君は今ごろ歩いて帰ってきているところだろうよって言ってたから、様子見にてきてあげたってわけ。」
「ボスに?」
「そうよー、ボスもバイクを取り上げられたのね。ヌケのバイクの後ろに乗っていたわよ。まったく、二人して一体、何したっていうのよ?って、聞くまでもないかー。どうせ、喧嘩でもしたんでしょう?」
 まるでいたずらっこのように眼をくりくりと見開いて、さやかが甲児の顔を覗き込む。思いもかけず至近距離にさやかを見ることになり、その明るい茶色の瞳に一瞬胸が高鳴る。明るい日差しのせいだろうか・・・前から色素の薄いヤツと思っていたけど、こんなにもこの瞳は、明るい色だっただろうか・・・見慣れているはずのさやかの顔をそれ以上見続けることに何だかとまどいを感じ、目を逸らしながら、わざとぶっきらぼうに答えてみせる。
「ほっとけよ。」
「ふーん、ま、いいけどね。それよりも早く乗りなさいよ。」
「え??乗りなさいよって??これにか??」
 そう甲児が聞き返したのも無理は無い。
 なぜなら、さやかが乗ってきていたのは、バイクでもなければ、彼女の愛機ダイアナンAでもない。彼女が乗ってきていたのは、つい最近「広い研究所内の敷地の移動は疲れて仕方がない。」としきりにぼやいていた三博士専用に購入されたばかりの自転車だったのだから。しかも、その自転車というのが、三博士専用だからなのだろうか、色は何故か原色に近い黄色で、しかも前に籐のかごがついている、どう見ても買い物自転車だろう、といった代物なのだ。

 そして、甲児はさらに聞かずにはいられない。
「さやかさんが運転してくれるの?」
「そうよ。いつもだったら何かとサボりたがるくせに、昨日、戦闘があったのに、今日はちゃーんと学校に行ったし、それに、ここまで歩いてきたんでしょう?疲れてるでしょう?乗りなさいよ。」
 昼休みにバイクの後ろに乗せて欲しいと騒いでいた女の子達の姿をふいに思い出し、突然、甲児は笑い出した。
「何がおかしいのよ?失礼しちゃうわね。こう見えても、自転車の腕前だって、甲児君に負けやしないんだからね!」
 目から涙がこぼれそうなほどに笑い転げながら、甲児はやっとの思いで答える。
「いやいや、誰もさやかさんの腕前を疑ってなんていませんよ。」
「じゃ、何が可笑しいのよ!」
「うん?いや、さやかさんは力持ちだなーって感心してさ。」
「はー?ったく失礼なヤツ。じゃ、乗らないでいいのね?」
「あ、ウソウソ、さやか様、ありがたく乗せていただきますよ。」
「宜しい、最初ッからそういう素直な態度でいればいいのよ。」
「えっと・・・、で、どこに掴まれば??」
 一体さやかの身体のどこに掴まればいいのだろうかと、とまどいながらも差し出された甲児の両腕は何とも中途半端に宙に浮んでいる。
「何をイヤラシイ手つきしてんのよ!肩に決まっているでしょう!後ろに立って乗りなさいよね!」
「チェッ、自分が乗れって言ったんだろうよ。」

 文句を言いながらも、大人しく指示に従う。足を乗せるのは後輪のネジあたりのほんの狭いスペース。足を巻き込まれないように注意しながらさやかの肩に掴まり、何とかバランスをとる。
「いくわよー。」
 掛け声も勇ましく、さやかがペダルを漕ぎ出した。最初はふらついたものの、すぐに軽快に走り出す。立っているせいで普段よりもはるか下にさやかを見下ろす形になったが、それでもさやかの長い髪は、風になびき、甲児の顔付近で舞っている。時折甲児の頬をくすぐっていくその髪の柔らかさに照れて、ついつい、いつものように茶化してみる。
「へー、結構上手いじゃん。」
「まかせておいてよ♪ねー、で、一体、喧嘩の原因は何?」
「・・・・。」
 答えない甲児にいぶかしげに、さやかが一瞬顔をあげる。途端、自転車がふらつく。
「うっわー、こっえーーの。おいおい、しっかりこいでくれよ。」
「分ってるわよ。ちゃんと掴まっててね。」
 前を見据えて、自転車をこぐことに集中するさやか。
 答えに窮した一瞬の間を気付かれただろうか。


「こらー、兜、ボス!お前ら何やっているんだ!今すぐ職員室に来い!!」
 女の子達の甲高い声援に包まれて、甲児がバイク勝負の勝ちを決めた瞬間、辺りにとどろき渡った先生の怒鳴り声。
「チェッ、見付かってしまっただわさー。」
 しぶしぶ先生の後に従い歩き出したボスに、甲児はすかさず近寄り、低い声ではあったが、はっきりとささやく。
「この勝負、俺の勝ちだからな。いいな、今後一切、さやかさんのことでとやかく言うんじゃねーぞ。特に学校では話題にすんじゃねーぞ。」
「?」思わず足を止め、甲児の真意を探るように、ボスが問う。
「兜、お前、やはり、さやかのことが、」
「そんなんじゃねーよ!俺はあいつのことなんて、どーでもいいんだよ。ただ、うるせーのは嫌いなんだよ。」
 ボスに最後までは言わせず、はき捨てるように言い放つ。同時にほんの一瞬、ボスを睨むと、まるで何もなかったかのように先を行く先生の後に続く。そんな甲児の後姿を、ボスはただ見つめるだけだった。


「ボスがね、甲児君に悪かったって言ってたわよ。」
 風に乗って、さやかの声が耳に届く。
「ふーん、ボスがね。・・・別に、たいしたことじゃないのにな。」
 そう、なんでもないことさ。俺とボスの喧嘩なんていつものことだろう?ただ、それだけなのに。ボスのヤロー、何を急に神妙なこと言ってやがんだ。その身体に似合わず、妙に勘が鋭く、変に気をまわす親友の言葉に苦笑してしまう。
「それより、何で自転車なんかに乗ってんだ?もっとましなものに乗ってくりゃー、ラクだったのに。」
「何言ってるの。こういう静かな午後は、ゆっくり自転車に乗るものよ♪風の匂いとか花の匂いとかたくさん感じられて、ロマンチックでしょう。」
 またさやかさんのロマンチック病が始まったか、と可笑しくなってしまい、からかってやろうかとも一瞬思ったのだが、ただ黙って前を見つめる。

 相変わらずさやかの長い髪は風に揺れている。その瞳と同じ明るい茶の色が、太陽の光を浴びてきらめきながら舞っている様子が、辺りに咲き乱れるどの花よりもあざやかで、二人っきりのこんな時には、素直に綺麗だななんて思ってしまう。そっと目を閉じると、甘い香りに包まれる。
・・この髪の毛に唇で触れてみたら、ひっぱたかれてしまうだろうか・・・。

・・悪かったのは俺のほうかもしれないな、ボス。そう、俺は、こいつのことなんて、どーでもいいし、好きでも何でもないけど、他のヤローがこいつの話をするのは何だか気にいらねーんだよ。例え、それがお前でも、な・・・。


「ねー、向こうの丘のふもとまで行ったら、交代してね。」
「ナンだよ、それ?ちゃっかりしてやがんの。」
「へっへー。いいじゃない。か弱い女の子に坂まで登らせる気?」
「どこが、か弱いんだか。ま、いいけどさ。」

 そう、確かにこんな午後は悪くはない。
 確かに、たまには自転車に乗るのも悪くはない。
甲児は、瑞々しくもどこか含羞を含んだ空気を胸一杯に吸い込んでみる。
 木洩れ日が何処までも続く花々を、道を、照らしている。
 二人を乗せた自転車は、一生懸命初夏の午後を進んでいく。

 

END

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