北陸・初タイケンツアー

鶏子

 

「おまたせ!」
待ち合わせのサービスエリアに着いたさやかは、甲児の運転する車の助手席から滑り降りると、すでに到着していた鉄也とジュンに向かって、勢いよく声をかけた。
続いて、甲児が運転席の窓からクビを出した。
「どうします、俺は行けるけど」
「よし、じゃあこのまま行くか」
「そうね、道路もすいているし・・・ さやか、大丈夫?」
「うん! 行こ、行こ!」
元気よく、再び甲児の車に乗り込むさやかを見て、ジュンは思った。
―― ホントにいいのかなぁ・・・ 私からひとこと言っとくべきかな・・・ でもねぇ・・・
   怒るわよね〜、さやか・・・


ジュンはここに来るまでの間、鉄也からこの旅行の本来の目的を聴かされた。
鉄也と甲児はここのところ、よく二人で飲みに行くのだが、その都度聴かされるのは、
「ア〜ッ!! メクルメクイチヤっていうの、すごしてェ〜!!」
という、健康な男子の魂の叫びだった。
2組とも形だけは、同居しているカップルであったが、その中身は雲泥の差だった。
鉄也とジュンは、とくに誰の気兼ねもなく、いわゆる"愛ある生活"をおくっていた。
しかし、甲児とさやかは、同じ屋根の下というよりは、ただの同じマンションの住人といった感じで、しかも、甲児の隣室には弟のシロー、さやかの真向かいには彼女の父親が住んでいる。寝込みを襲うには、あまりに不謹慎すぎる。夜、皆が寝静まった頃誘い出そうとしても、さやかは早寝早起きがモットーの元気印娘。誰より早く爆睡状態に入っている。無理に起こしても、さやかの精神年齢はシローより下・・・ 大騒動は間違いない。
涙ながらに語る甲児に、同じ男として、もらい泣きしながら鉄也は、とある提案をした。
ここはじっくり、旅行にでも連れ出し、ムードを盛り上げて口説き落としては・・・
もちろん、二人きりで旅行にいけるはずもないので、自分とジュンの4人一緒の休暇旅行ということではどうだろうか。
酔っ払い男同士、見つめ合い硬く手を握り合ったのだった。
ジュンは、多少気が引けたが、なかなか前進しない甲児とさやかのことは気にかかっていたし、なにより鉄也の、何か異常なまでの熱意あふれた説得にほだされた。
まあ、話は分かったが、問題はさやかがなーんにも気づいていないことだった。
―― 3人で騙してるみたい・・・
とりあえず、お膳立ての手伝いはしたので、あとは甲児の努力しだい、もしさやかが救いを求めたら、助けてあげればいいかと、自分に言い聞かせた。
こうして4人の、能登半島・めくるめく温泉一泊旅行が決行された。なにせ4人とも多忙な身、一泊がギリギリだった。
昼ごろには金沢に到着し、兼六園で美しい庭園を楽しみ、園内の茶屋で昼食を取った。
「ね〜ね〜、ジュン、ここの店長さん、顔も声もシブくてカッコイイよね〜」
「う、うん。そうね・・・」
「あのね、元モデルさんなんだって! さっき聞いちゃった、フフ」
さやかは、久しぶりにジュンと女同士の話ができるのがうれしくて、車から降りてからというもの、ジュンにべったり張り付いていた。それを見ながら、鉄也が甲児に囁いた。
「おい、まだ何も言っていないのか?」
「なんせメチャクチャ機嫌がいいモンで、逆に言い出せなくて・・・ 酒でも入ってれば何とか言えるんだろうけど・・・」
「宿に着くまでにナントカしろよ。ロビーで大ゲンカなんてシャレにならんからな」
「それまでには・・・ はい、がんばります」
そうは言ったものの、車内でハシャギまくるさやかに何も言えず、結局、旅館まであと
1時間という所の海辺に到着した。さやかは相変わらず、楽しそうに砂の上を走り回っている。
「お〜い〜〜〜」
「すいません、すいません、このあと必ず・・・」
「鉄也、甲児くんがかわいそうよ。確かにムード全然ないもの・・・」
3人がひそひそ話している所に、さやかが走ってきて声をかけた。
「ねぇ、3人でナニ話してるの?」
ジュンはさやかの手を取り、自分と甲児の間に座らせ、ゆっくりと話し出した。
「うん、こんなに綺麗で穏やかな景色を、4人で見られるなんて、いいねって・・・
 当たり前の平和な時を、私達やっと掴んだのねって・・・」
それを聞くと、さやかはつらかった日々を思い出したのか、静かに答えた。
「うん、そうだね・・・ 本当に、きれいだね・・・」
遠い目で海を眺めるさやかのその横で、甲児はジュンに深々と頭を下げた。
―― あとはがんばってね、甲児くん


それぞれの車に乗り込み、目的地の旅館に向かって海沿いの道を走り出した。
甲児が助手席のさやかを見ると、シートに体をまかせ、物静かに海岸線を眺めていた。
「あのな、さやか・・・ 今夜は、その・・・ つまり・・・ あの・・・ さやか・・・」
返事がない。
ZZZZZZZ・・・・・・ 朝から一日騒いでいたさやかは、疲れきってぐっすり眠っていた。
揺り起こす勇気が甲児にあれば、ここまで苦労することはない。
「ああああ〜〜〜〜、ど〜しよう〜、鉄也さ〜ん・・・」
鉄也たちに少し遅れて、古い造りの旅館の駐車場に到着した甲児は、ため息混じりに、さやかの肩を軽くゆすった。すると、パチリと瞳を開き、さやかが目を覚ました。
「着いたの?」
「あ、ああ」
急に開かれた瞳に、悪いこともしていないのに、心臓が口から飛び出るほど驚く甲児。
その甲児をよそに、睡眠をとりパワーを全回復させたさやかは旅館の入口に走っていった。
中に入ると、すでにチェックインを済ませた鉄也とジュンが見えた。ジュンはさやかに、
「お部屋、ちょっと離れちゃった。本館の201号と、別館の329号だって。どっちがいい? さやかの好きなほう選んで」
と言って、両手にひとつづつ、鍵をブラつかせた。
さやかは、はじめ201号の鍵を取ったが、なにか不思議な感じがして、ちょうど一足後れて入ってきた甲児をみつけると、
「はい、甲児くん、本館の201号だって」
と、201号の鍵を甲児の胸ポケットに突っ込み、自分は329号の鍵を握り締め、
「さ、いこ!」
ジュンの腕をとり、引っ張って奥へ進んでいった。首だけ振り返り、どうなってるの、と言いたげなジュン。ボーゼンと見送る鉄也。隣を見ると、頭を抱え込んでしゃがむ甲児・・・
「! おまえ〜!」
「わ〜〜! すいませ〜ん!!」
と、ますます小さくなる甲児。
そんな様子を見ながら、旅館の従業員が女将に耳打ちした。
「女将さん、いいんですか? 本館の201号って・・・」
「しっ! 今日は、団体が入って満室なんだから。それに男二人なら、そういうのニブそうだし・・・ 余計なこと言うんじゃないの!」


内線電話で連絡を取り、夕食にはまだ早いので、とりあえず1階の露天風呂で一汗流そうということになった。
高い岩塀の向こうのさやかのはしゃぐ声を遠くに聞きながら、鉄也は甲児を睨んだ。
「ナニがうれしくて、ヤローと二人、露天風呂に入らなければならないんだ!」
そう言うと、さっさと風呂から上がり、更衣室に向かっていった。
甲児も、ため息をついて、後を追った。


旅館の遊戯室で、どんよりとビールを飲みながら女性陣を待っていると、2人の大学生らしき女の子が声をかけてきた。そのうちのひとりで、元気のよさそうな娘が甲児に、
「ね、よかったら1ゲームいかがですか?」
と、卓球のラケットを手に持ち、誘ってきた。
普段からこういった誘いは断らない甲児だが、今、この空気を変えるチャンスとばかりに、
「お! いいね〜、温泉宿での卓球! 通はこうじゃないと!」
と、ラケットを取り、女の子の隣で構える。
「鉄也さん、ミックスダブルスで勝負!」
なにが通だ、軽いヤツめ、と無視しようとした。ところが、もう一方の女の子が、
「あの、お願いできますか?」
こちらは、弱々しい雰囲気で、おずおずと鉄也にラケットを差し出す。こうなると、鉄也も断れず、仕方なくダブルスラリーを始めた。
始まってみると、意外に鉄也のパートナーとなった娘は上手く、甲児のペアも意気が合い、それなりに白熱した展開となった。接戦の末、なんとか鉄也ペアが試合をものにした。
「キャー! うれしい!!」
と、弱々しかった筈の彼女は鉄也に抱きついて喜んだ。甲児ペアも健闘を称え合って握手。
それはちょうど、ジュンとさやかが風呂から出て、遊戯室に来たときであった。
「楽しそうね、鉄也」
微笑むジュン。
「ほんと、もうお友達できたんだ。よかったね〜、甲児くん」
ニッコリとさやか。2人とも目は笑っていない。
「あ、あの、これは・・・」
あわてる男達を無視し、
「ねえ、ジュン、私おなか空いちゃった。部屋で夕食にしない?」
「そうね、鉄也と甲児くんはたっぷり汗かいて、もう一度お風呂に入りたそうだしね」
そういって、自分達の部屋へ引き上げていった。
その姿を見送ったあと、鉄也は甲児のむなぐらを掴み、言った。
「お、おれだってなぁ、ジュンとの旅行、楽しみにしてたんだぞー!」


半ばヤケ食い気味に、夕食をとり終えた頃には、さすがにこのままでは何をしに来たのかわからなくなると、ジュンは思った。その時、電話が鳴った。
スタスタと洗面所に向かうさやかを横目で見ながら、ジュンが受話器を取った。
案の定、鉄也からで、やはり同じ事を考えていた。とりあえず、なんとかさやかをなだめるから、30分後、フロント横のロビーで待ち合わせをし、近くの演舞場で行われる陣太鼓を見に行こうということになった。


「いいな、今度こそ、決めるんだぞ」
「ハイ、ガンバリます。ところで、鉄也さん」
「ん?」
「なんか、あの掛け軸、ヘンじゃないですか?」
「そういえば、うん、妙に浮いてるな・・・ ああ、普通は床の間に飾るもんだよな」
「ええ、この部屋、床の間ないし・・・ なんか、まるでポスターみたいで・・・」
「壁の汚れ隠しか、穴でも開いているんじゃないのか?」
甲児が近寄り、掛け軸をめくると、とくに壁には変わったところがなかった。元に戻そうとすると、掛け軸の裏に何かが書いてあるのが目に入った。
「なにかなぁ、コレ・・・ 達筆すぎて、よくわかんないなぁ・・・」
「どれ・・・」
確かに、達筆な草書体で、見たこともないような漢字が並び、首をかしげる2人だったが、
その中に見たことのある文字が2文字あった。
"魔"と"除"・・・
「鉄也さん、コレってまさか・・・」
「バカバカしい、出るとでもいうのか!」
「そういえば部屋に来た仲居さん、挨拶もそこそこに妙にそそくさと出て行ったけ」
「くだらん事いってないで、ホレ、でかけるぞ」
「あ、ちょっと俺、トイレ・・・」
そういって甲児が洗面所に入ると、鉄也は膳の徳利の酒を飲み干した。
「ったく、余計なこと考えてないで、この後のことを心配しろ!」
そう言った途端、膳の上に顔を突っ伏し倒れた。
「さ〜てと・・・」
甲児はトイレのドアを開けたとき、急に意識がなくなった。トイレのスリッパを履いたままで、足先はトイレにそのまま、体はかろうじてトイレの外に・・・ 
そして、怪しげな声が部屋に響く・・・
  ふふふふふふ・・・ わかいおとこ・・・ ふたりも・・・ こんやはにがさない・・・

1時間たっても現れない男どもに痺れを切らし、ジュンはフロントから鉄也の部屋に電話をかけた。だが、誰も出ない。なだめたさやかも、もう限界だ。キレる寸前だった。
自分達も少し遅れたので、もしや先に行ってるのでは、と思ったところに、先ほど鉄也達と遊んでいた2人が、バタバタと走ってきた。もれ聞こえた会話は、
「早く、早く! さっきの卓球のお兄さん達、海岸で待ってるって!」
「あ〜ん、まってぇ〜」
実は、この二人が遊んだお兄さん達は、鉄也達以外にも何組かいたのだが、ジュンとさやかがそんなこと知る由もなかった。
「・・・さやか、飲も・・・」
「・・・うん、飲み明かそ・・・」
北陸の夜はこうして更けていった。


翌朝5時・・・
パーン!という何かの音が頭の中ではじけ、甲児と鉄也は驚いて起き上がった。
鉄也は額にお猪口を張り付かせ、甲児は頬に廊下の木目をくっつけていた。
「なんなんだ・・・ いったい・・・」
「なんか、すごい汗かいてる・・・ え!うわっ!鉄也さん、5時っスよ!朝の5時!」
「なんで・・・ 俺たち、飯食って、出かけようとして・・・ そんなに時間が経つわけ・・・」
「ねむっちまったのか・・・ 2人そろって・・・」
「バカな・・・ 8時前だったぞ・・・ しかもこんな体勢で・・・ そんなに飲んでないのに・・・」
互いに顔を見合わせ、視線をあの掛け軸に向けた。暫し、そのまま固まった。
「とりあえず、この酷い汗流しに行くか・・・」
「そうですね、頭もスッキリさせたいし・・・ 荷物どうします?」
「持っていこう・・・ 重いもんでもないし・・・」
「俺もそうします。早くこの部屋から出ましょう・・・」
そそくさと荷物をまとめ、2人は大浴場へ向かった。朝の廊下を歩きながら甲児は尋ねた。
「俺、何にも憶えてないんだけど、鉄也さんは?」
「俺もだ。4,5分眠ったような気がしているだけで、どうも体が重苦しく疲れている」
「同じです。何がなんだか・・・ こういう時、霊感の強いヤツなら、なんか見るんですかね」
「・・・わからん。それより、あいつらにはどう説明する?」
「ヘンなもの見たなら、まだ言いようがあるけど・・・ 気がついたら朝でした、なんて・・・」
「ただじゃ済まんな、コレは。なんかいい理由ないか?」
「カンいいからなぁ・・・ ヘタなウソはバレますね・・・」
「アア! クッソー! いったい何なんだー!」

 

がんばれ!!

 

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