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(愛と煩悩の留学編・その1)

鶏子

 

「それでは、今後一年間、どうぞ宜しくお願いいたします」
甲児とさやかは、今日から始まるアメリカでの留学生活の中、何かと世話になることであろう、ワトソン博士に深々と頭を下げた。
「ああ、こちらこそ宜しく頼むよ。但し、二週間後からだけどね。それまでは、ゆっくり休みなさい」
「え? いや、明日からでも・・・」
「弓教授から頼まれているのでね。暫くは君たち2人に休養をさせてくれと。私も同じ意見だよ」
「でも、休養なら日本で充分にさせて頂きましたわ」
「ハハハ、悪い日本人気質だね。よく考えてごらん。君達2人は、今すぐ社会から引退しても不思議ではない働きをしてくれたんだよ。
 二週間ほどで、申し訳ないぐらいだ。この近くを眺めて歩くもいいし、旅をするのもいいだろう」
その穏やかな笑みを見て、ふたりは甘んじてその言葉を受けることにした。

「・・・とは言ってもなぁ・・・ どうする?さやかさん」
「どうすると言われても・・・ 甲児くんはどうしたいの?」
「日本にいる時は、警備の目盗んで遊びに行ったけど、こうも、さあどうぞとお膳立てされるとな・・・」
「そうね・・・ 旅って言っても、二人だけではね・・・」
そう答えると、さやかはぼんやりと空を眺めた。甲児はその横顔を横目で覗きながら、思った。
・・・・・コイツ、わかってないな・・・ 二人だけ、じゃなく、ふたりっきりだっちゅーこと・・・・・・

日本にいる時は、科学要塞研究所の動向が気に掛かっていたが、渡米の際、その事は忘れようと決めたふたりだった。
グレート・マジンガーの事、破壊されたマジンガーZの事、シローの事・・・
全てを日本にいる信頼できる人々に任せることが、彼らに対して自分達の出来る唯一の事だった。
しかし、そうなると自分の手元には何も残らない事に気が付いた。
今、こうして肩を並べている、さやか以外には・・・

 こんなにも肩が白かったろうか・・・
 こんなにも首が細かったろうか・・・
 こんなにも髪が甘い香りをしていたろうか・・・

「どうしたの? 甲児くん、顔が赤いよ?」
「! な、なんでもねーよ!」
不思議そうに自分を見つめている瞳を正視できず、甲児は顔をそむけた。
「へんなの・・・ あ〜あ、つまんない・・・」
公園のベンチに腰かけて、ただ日が暮れるのを待つ、不器用なオトコと鈍いオンナでしかない、かつてのヒーロー&ヒロインだった。

それから3日間、ただ仮下宿先のワトソン宅をうろうろする二人に、最初に業を煮やしたのは、ワトソンの長女ジョディだった。
誰よりも早く甲児の気持ちに気付き、それを全く感じていないさやかの態度にイラだった彼女は、彼女の友人宅で所有する海岸沿いのコテージを、一週間ほどふたりのために借りてくれた。
ジョデイは出掛けの甲児に声を掛け、小さなプレゼントを渡した。
「がんばって、コージ。コレでダメなら、あなたたちにハッピーエンドは一生訪れないわ」
甲児は顔を引きつらせて、既にタクシーに乗り込んでいるさやかの元に歩きながらその袋を覗くと、中の小箱に書かれた文字は・・・
[STOP THE AIDS!!]
袋の中身をぶちまけそうになった甲児は、慌ててその場にしゃがみ込み、腹でそれを抱え込んだ。
「何もらったの?」
「な、な、な、なんでもない!!!!」
甲児は振り返り様にジョデイをひと睨みすると、座席に滑り込んだ。

飛行機を乗り継ぎ、ようやく目的地に到着した。コテージが10件ほど並ぶ、白い砂浜が目前に広がる眺めのよい場所であった。
「うわぁー! きれいね、静かね、いいトコねー!!」
半日の移動の疲れをカケラも見せず、さやかははしゃいでいた。
ガキ、と小さくつぶやきながら、甲児の顔にも笑みが浮かぶ。渡米して以来、初めて緊張が解けたふたりだった。
「ね、ね、どうする? まだ泳いでいるヒト、いるけど・・・」
「今日は止めておこう。とりあえずコーヒーでも飲んで、周りをブラつかないか?」
手に持った缶コーヒーを掲げながら、甲児は答えた。
「うん、そうね。じゃあ私は先に荷物を部屋へ運んじゃおうっと!」
落ち着いていられないかのように、さやかはリビングを飛び出して2階へ駆け上っていった。が、すぐに戻ってきて、甲児に尋ねた。
「甲児くん、ダブルベッドでいい?」
ブーーーーーーーーーッ!!
飲んでいたコーヒーを噴き出し、甲児は椅子から滑り落ちた。
「な、な、な、な・・・・・・・」
「なにやってんのよ? ほら、拭いて!」
渡されたタオルで顔とシャツを拭きながらも、甲児の動悸は収まらなかった。
「・・・さやかさんは、構わないの? ダブルベッドでも・・・」
「私? ええ、別に構わないけど、甲児くんこそいいの?」
「ああ、俺は構わない。・・・というより、ダブルがいい・・・」
タオルを被り顔を隠しながらも、甲児ははっきりと答えた。
「?え? 何? ダブルでいいのね? それじゃ、私は隣のツインルーム貰うから」
「は? ツイン?」
「ええ、2階は寝室が二つでダブルの部屋とツインの部屋よ。いいんでしょ?ダブルで」
「ああ・・・ そういうことか・・・」
力が抜けた甲児を見ながら、さやかは首を傾げた。
「なんなのよ? この頃ヘンよ、ドタバタしてばっかりで」
荷物を抱えて再び2階へ上がるさやかを上目で見ながら、大きなため息をつく甲児だった。

翌日から二人は目前に広がる青い海を楽しんだ。
海は穏やかで、ふたりも特に大喧嘩する事もなく落ち着いた日々を過ごした。
時折、近隣のコテージの男性客が、長い髪のオリエンタルな少女に声を掛けてきたが、ヤル気満々の殺虫剤に追い払われた。
特に何事もなく、4日間が過ぎた。そう、全く、全然何事もなく・・・・・・

5日目の午後、流石に自分の不甲斐なさが身にしみた甲児は、ジョディの言うハッピーエンドを諦めた。
隣でビーチチェアーに身体を預け、全く警戒心のない寝顔を見せるさやかを見ていると、ざわめき起つものを覚えたが、あわてて頭を振って考えを逸らせた。そうなると、頭に浮かぶのは唯ひとつ・・・
 今、日本はどうなっているのだろう・・・ 自分達はこんなところでこんな事をしてていいのだろうか・・・
 無残な敗北の後、全てを次の人々に任せ、周りの優しさに甘え、自分は結果としては逃げ出してしまったのでは・・・
その事を思うと、自然に顔が険しくなっていった。
「・・・なに、考えているの?」
寝ていると思っていたさやかが、身体を起こし尋ねた。
「いや、別に・・・」
「うそ。日本の事でしょ。目が怖かったもの」
「・・・・・・・・・・・・・」
「どうして?! 日本を離れる時、約束したじゃない! 全て任せようって! 自分達の未来だけ考えようって!」
「・・・じゃあ、さやかさんは忘れる事が出来るのか? 今、命をかけて必死に戦っている人たちのことを」
「バカッ!」
瞳を潤ませながら、そう怒鳴りつけると、さやかはその場を後にした。甲児は暫く動けず、夕凪の海を見つめていた。

甲児がコテージに帰っても、さやかは部屋に閉じこもったままだった。甲児も声を掛けず、自分の部屋に戻った。
日付が変わっても寝付けない甲児は、自分の不注意な言葉を振り返った。
やはり自分が悪かったと、また、このままではこうして休暇をくれた人々の心遣いを無駄にすると思い、さやかの部屋に向かった。
さやかの寝室のドアの前に立ち、声を掛けようとした。すると、中から苦しげな声が聞こえてきた。
「・・・うっ・・・いや・・・こないで・・・」
「どうした! さやかさん」
驚いて部屋に入ると、額に汗を浮かべたさやかがベッドの上でうなされていた。
「・・・やだ、助けて・・・早く来て、甲児くん・・・」
「おい、起きろよ、さやかさん!しっかりしろよ!!」
さやかを揺すり、上半身を抱き起こした。さやかは尚も苦しげにもがく。
「いやぁぁぁ! 怖い、ダイアナンが溶ける! 溶けていく! お父様! 甲児くん!!」
甲児はやっと気がついた。今、さやかの脳裡にあるものはミケーネとの初戦、そして自分達の最後の戦い、それは初めての敗北・・・
自分自身の事で頭が一杯だったが、さやかにとっても辛い闘いだったのだ。ひどい怪我も負った。
恐怖に囚われていないはずは無かった。それなのに、甲児自身を元気付けるのに必死だったさやか・・・ 
甲児はさやかをしっかりと抱き締めた。
「ごめん!俺、あの時、助けに行けなかった・・・さやかが待っていたのに・・・ ごめん、ごめん」
「・・・甲児くん? え?・・・ 私、何泣いてる・・・あっ・・・」
「気が付いたか・・・ 大丈夫か?」
「・・・うん。嫌な夢見てた・・・あの時の・・・」
「いいよ、わかってるから。もう、言わなくていい」
「・・・さっきは、ごめんなさい。私、日本での事、忘れてしまいたかったの。もう闘いに巻き込まれるのは嫌なの。
 二度とダイアナンには乗りたくないの。甲児くんにも戦って欲しくないの。卑怯よね、私・・・」
「そんな事ないよ。あれだけの思いをしたんだ。当然だ」
「甲児くんの心はあの苦しい思いを乗り越えて次に向かっているのに、私はまだ恐怖に囚われて・・・
 もう忘れたいの。でも、夜になるとこうして夢に出てきて、忘れさせてくれないの・・・」
泣きながらしがみ付くさやかの頭を優しく撫でる。瞳を揺らしながら顔を上げたさやかの唇は、未だに青ざめ震えていた。
恐怖を奥底から拭い去れとばかり、甲児はさやかの唇に、不器用に、だが力強く唇を重ねた。
やがてさやかの震えが納まり、甲児は唇を外した。
「ごめんな、さやか。俺がもっと早く気付いてやるべきだったのに。俺、自分の事ばかりで」
「ううん、そんな事ない。こうして、傍にいてくれる・・・もう充分よ・・・」
「これからは、独りで泣かせないから。二度とこんな思い、させないから・・・」
甲児はさやかを抱き上げ、自分の部屋へと向かっていった。

ぎこちなく暖かい時が過ぎると、ふたりは互いの鼓動を確かめながら深く眠りについた。

真昼近くになって、ようやくさやかは目を覚ました。隣で甲児は片肘をつき、空いた手でさやかの髪を梳いていた。
「おはよう」
「・・・おはよ・・・ もう、起きていたんだ」
「うん、さっき。・・・その、身体、大丈夫? ごめん。俺、また、自分勝手で」
「ううん、大丈夫・・・ もう平気・・・」
「ふぅーっ、良かった。もう2度とイヤだなんていわれたら、どうしようかと思った。
 俺ばっかすっごく良くって、でもさやかはずーっと痛そうでさ」
さやかは真っ赤になり、毛布で顔を隠した。
「お願いだから、それ以上言わないで・・・」
「ええーっ?! 今後の為の反省会やろうと思ってたのに。どうすればさやかも気持ち良く・・・」
「もう! イヤッ!!」
さやかは飛び起きて、甲児の言葉をさえぎった。
元来は明け透けな甲児のことだ。思いの全てを正直に曝け出した今、何を言い出すかわからない。
何とか話をそらさなければ、本当に反省会が始まってしまう。
「ねえ、今日が遊べる最終日なんだから、お弁当作って、海辺で食べようよ、ね」
「いいのか? その顔で外なんか出てさ」
「え?」
甲児はさやかに鏡を渡した。見るとまぶたが真っ赤に腫上がっていた。
「うわっ! ひどい顔・・・ 怖い夢見て、泣いたから・・・」
「それだけじゃないだろ、その後だって泣きっぱなしだったしさ」
イタズラっぽく笑う甲児を睨み、再び鏡を覗いてさやかはため息をついた。
「はぁ〜・・・ しょうがないか。今日はもう諦めるしか・・・」
「ところで、怖い夢はどうなった?」
「お陰さまで久しぶりにぐっすり眠れました。フフッ・・・ ね、私、お父様に電話しようと思うの」
「なんて?」
「日本を出発するとき言えなかったこと。ダイアナンの修理、宜しくお願いねって」
「ふぇ〜、凄い立ち直り! 帰ったら、またドンパチ手伝うのか?」
「うん、もちろん!あの雪辱、必ず晴らさなきゃ。それに甲児くんだって、またZに乗るんでしょう?」
「あったりまえだろ! そのための休養の1年なんだからさ」
「それなら、やっぱり私が隣にいなきゃ! 私の助けが甲児くんには必要なんだから」
ふたりは大声で笑いあった。それが収まると、どちらからとも無く優しいキスを交わした。
「次は俺の番だな・・・」
「何が?」
「さやかが嫌な記憶を断ち切ったんだから、俺も日本の事しばらくは忘れるんだ。だから・・・」
「?だから?」
「手伝って!!」
そういって甲児はいきなりさやかに覆い被さった。
抵抗虚しく、やがてさやかは暖かく大きなうねりの中に引きずり込まれていった。


おわり