素直になれないHOLY NIGHT


鶏子


「えーっ!彼氏にマフラーあげるの?!それって考えナシ&ヤな女の象徴ーっ!」
「やっばり女の粘着性感じさせるよねぇ・・・他のものにしよ〜っと」
そんな女の子の会話を背中に聞いて、さやかはダークブラウンのマフラー掴んまま、顔を伏せてしまった。
・・・わかってるわよ。でも仕方ないのよ、ちゃんと理由があってプレゼントするんだから・・・

数週間前、離れて暮らす甲児とさやかは、久しぶりに会えた短い休日を他愛のない会話で楽しんでいた。
「でさ、コキッ! そのときさ、コキッ! そいつが、コキッ! 泣くんだよ、コキッ! アハハハハ!ボキボキボキッ!」
「・・・ねぇ、その首を鳴らすの、やめてよ。一昔前の漫才師みたい」
「仕方ないだろ。コキッ!昔の古傷が今頃になって疼くんだよ。別に痛みはないんだけど、どーもジャマくさいんだ。コキッ!」
気になったさやかが甲児の首に手を当てると、うっすらと冷たいものを感じた。
「左のほうが冷えてるよ。マフラーでも巻いて暖めておいたら?」
「そう思って買ったんだけど、慣れないから余計にジャマくさくって、挙句どっかで失くした。面倒だからもう買わねぇ。ゴキゴキゴキッ!」
おっちょこちょいな甲児はすぐに物を紛失する。しかしさやかからのプレゼントは失くした事はない。
まあ、他の女の子から貰った物も同様に大事にするのだが・・・
さやかはこの時クリスマスプレゼントにマフラーを贈ろうと決めた。

そしてデパートに赴き、目を引いたマフラーを手にしたその時に、先述の会話が聞こえてきたのである。
心の中で『必要だから!持ってないから!』と自分に言い聞かせ、小走りで会計に持っていった。
「ありがとうございます。贈り物ですか?」
その店員の言葉を聞いた途端、さっきまで言い聞かせていた言葉が吹き飛び、再び顔を伏せてしまう。
「・・・はい」
「ではお包み致します。恐れ入りますが包装紙の柄をお選び頂けますか」
そういって店員が差し出した包装紙は、どれも赤や緑、金銀のまばゆい物であった。
それらに包まれたマフラーをプレゼントする自分を想像し、さやかは立ち眩みを覚えた。
「ち、違います・・・ のし・・・」
「はい?」
「あの・・・お歳暮なので熨斗紙をお願いしますっ!」
「へっ?あっ、いや・・・大変失礼致しました。ではご用意いたしますので少々お待ちください・・・」
間の抜けた抵抗ではあったが、百貨店の店名の入った地味な包装紙におめでたい熨斗紙が巻かれたおかげで、さやかは自分の中に広がる消え入りたくなる気持ちを、他でもない自分自身から包み隠すことができた。

クリスマスは街も人も華やぐ。子供達ははしゃぎ、恋人達は色めき立つ。
しかし、ここは日本。クリスマスは休日ではない。
人一倍多忙な甲児は、なんとしても年明け三が日を休むために必死となるのが通年の12月であった。
クリスマスを一緒に祝うなど、夢のまた夢。そう諦めてしまうと街頭を飾る美しいイルミネーションでさえ、さやかには気恥ずかしいだけである。
例年のクリスマスプレゼントは、さやかが手作りの白菜キムチと一緒に宅配で甲児に送り届け、それを受け取った甲児が慌てて菓子折りと同梱して送り返すというものであった。
贈り物ではなく送り物、そんな実用的なやり取りがここ数年続いていた。

「でも、いくらなんでもこのままじゃ送れないな・・・」
自室に戻り、改めて地味な包装紙と熨斗を見て、さやかはつぶやいた。
既にキムチの準備は万全ではあったが、包み直す包装紙が見当たらず、どこにあったか思い出そうとしている時に携帯電話の着信音が鳴った。
「オレ、オレ〜」
「あら、どうしたの?まだまだ忙しいんでしょ?」
「わっはっはっ!明日はクリスマスイブだからな〜、電話なんぞ掛けてみた!」
何を今更と思いながらも、その声はさやかを暖かくさせた。
「ということは、今年のプレゼントは忘れずに用意してあるのね?」
「おうよ!見て驚け!ふっふっふっ〜 そういうお前さんはどうなんだ?」
「抜かり無しよ!ここにあるわ。これから配送にまわすとこ。待っててね」
「あ、配送の必要なし。オレ、今年は今日から年明けまで休暇取れたから帰れるんだ」
思いも寄らぬその言葉に喜び、例の歳暮を腕に抱きしめ、それは大変、帰ってくる前に包み直さなければと思いつつ、
「じゃあ何時ごろ戻れそうなの?途中まで迎えに行くわよ」
といつもの十倍増しで優しく尋ねた。
「『その必要もなし!ジャンジャジャーン!』」
甲児の肉声が電話の声に重なって聞こえたのと同時に、さやかの部屋のドアが景気良く開いた。
「メリークリスマス!」
驚くさやかの目前でパーンとクラッカーが鳴り、不恰好なサンタクロースの衣装を着た甲児が大きな包みを差し出してきた。
「・・・・・・・・・・・・まだ一日早いわよ・・・」
ため息をひとつついて諦めたさやかも、抱きしめていた包みを差し出した。もちろん、キムチと一緒に・・・

「世界中にクリスマスはあるけれど、サンタにお歳暮を贈ったのは私だけね・・・」
肩を落としてつぶやいたが、隣でマフラー巻いたままキムチを頬張る気の早いサンタを見ると、この先しばらく共に過ごせる楽しい日々を思い描き、自然と笑みがこぼれた。


おしまい


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