純情らぷそでぃ

鶏子

 

今、私は、ウチから4時間ほど離れている所にある某大学の研究室にお世話になっている。甲児くんは、光子力研究所・・・ 相変わらずのすれ違いの日々。
昨夜、珍しく甲児くんから電話があった。なにか、いつもと違う、ちょっと沈みがちな声で・・・ それでもそちらの様子を面白おかしく話してくれた。少し会話が途切れた後、甲児くんが言った。
「・・・会いたい・・・」
心臓の音が、電話の向こうでも聞こえるくらい大きく鳴った。
「明日、休みだろ・・・ 俺、朝早くこっち出るから。トンボ帰りになるけど、いいかな?」
「・・・うん・・・ ね、どうしちゃったの?」
「なんとなく、な・・・」
そう言って、電話を置いた。胸のドキドキが止まらない。こ、この急展開は、もしかして・・・


次の日の日曜日、お昼前に私の住む街に、車とばして甲児くんはやってきた。やっぱり、ちょっといつもと違う。お昼御飯もあまり食べず、黙りがち。瞳はうつろで、伏し目がち。
これは・・・ うん、そうよね・・・ いいかげん長い付き合いだし、そろそろ・・・
近くの紅葉のきれいな公園へ、甲児くんを連れ出す。思い切って、尋ねてみた。
「ねえ、何かあったの? いきなり・・・ いつもとは違うし・・・」
「・・・うん。ちょっと、ヘンなんだよな、オレ・・・ なんか、気持ちが沈んで、身体が熱いし・・・ このところ、小さなミスばかりしてさ・・・ ここは一発、さやかに活を入れてもらおうかなと・・・」
・・・ヘンな告白。ほかに言い方無いのかしら? そう思いながらも、知らんぷりして、
「ね、どんな時、ブルーになって、身体が熱くなるの?」
と、吹っかけてみた。
「うん、ここ2,3日、急にな・・・ なんか、だるくって、火照るんだ」
ン? だるくて、火照る? 恋の病の症状に、だるいは不適切でしょうが・・・
「・・・胸が痛いとか、息苦しいとかじゃなくて?」
「?いいや、ああ、そういえば下っ腹は時々痛いな・・・」
下っ腹ぁ? なにそれ、と思ったとき、
「ウッ! な、なんだ、急に・・・ イタッ!」
そう言って甲児くんは、その場にうずくまった。ち、ちょっと! どうしちゃったのよ?!


急性盲腸炎だった。救急車で運ばれ、休日にもかかわらず、即、手術となった。ケガは、全身したことない部分がないくらいの甲児くんだったけど、病気で入院は初めて。
病名聞いて安心したのと、痛み止めと局部麻酔を打った甲児くんは、すっかりいつもの甲児くんに戻った。
「だってさ、身体が思うように動かないなんて初めてだろ。なんか情けなくなっちゃって。まさか、このオレが体調悪いなんて信じられなくてさ。とにかく、景気つけなきゃと思って、ここまできたんだけど・・・ いやぁ〜、悪かったな、驚かしたうえに迷惑かけて。ウン、そうか、盲腸か、アハハハハハハ!」
なにが、アハハハよ! こっちは昨夜眠れなかったんだから! そんなこと口が裂けても言えないけど・・・
手術が終わったら光子力研究所に送りつけてやる、と思ったんだけど、お父様に電話したら、距離もあるし心配だからって、結局このままこちらに入院する事になった。
病室に戻ると、甲児くんが看護婦さんにハナの下を伸ばしてる。まったく、手術前だって言うのに!!
「兜さんのご家族の方ですか?」
そう看護婦さんが私に訊くと、横から甲児くんが口を出す。
「いや、とんでもない! コイツはただの通りすガフッ・・・」
甲児くんを枕で窒息させ、私は看護婦さんに頷いた。
「この後手術となります。順調に行けば2時間ほどで終わります。恐れ入りますが、その間に入院の手続きと、術後のお支度をお願いいたします」
そう言われて、手続きの用紙や、説明書を受け取った。そうか、甲児くん何も持ってきてないものね。いろいろ買ってこなきゃ・・・ とんだ休日になっちゃった・・・


甲児くんが手術室に元気よく(?)入るのを見送ると、手続きを済ませた私は、買い物に出かけた。病院のスグ前に、大きなスーパーがあったので、そこで揃えることにした。
え〜と、洗面用具に、スリッパ、寝着、下着・・・ !下着!? 甲児くんのパンツとか?
お父様のだって買いに行ったことないのに! やだ、どうしよう・・・
光子力研究所からわざわざ4時間もかけて、届けてもらうわけにもいかないし・・・ 
そうだ! 時間かけずに、スグに来られる人がいた! 電話、電話と・・・
「あ、もしもし、さやかです。お久しぶりぃ〜」
「おう、久しぶりだな。元気か?」
「ウン、私はね。でもね、甲児くんが入院しちゃって・・・」
「入院? 誰にヤラレたんだ?」
「相変わらず、物騒なこと言うわね。ただの盲腸よ」
「なんだ、驚かせるなよ・・・ で?」
「うん、こっちで手術する事になってちゃってね。入院の準備してるんだけど、甲児くんのパンツとか買いに行かなきゃならなくなって・・・ でもね、私ひとりじゃ恥ずかしいから、悪いんだけど、ブレーンコンドルでちょこっと来て、一緒に買いに行って・・・」
そこまで言ったら、いきなりブチッと電話を切られた。
まったくどうして、こう短気なんだろう! ケチ! 乙女の純情、まるでわかってない! 
あ〜あ、しょうがない、ひとりで行くしかないか・・・


スーパーで、安心して買えるものから揃えていく。日用品はすべてOK。
次は、いよいよ、2階衣料品売り場・・・ 
まずは、パジャマ。せっかくだからオシャレなのとも思ったけど、そんなの着せたら病院中の女性目当てにフラフラすると思い、ジジムサ〜イ安物を2枚買った。
はあ〜、そして・・・
意を決して、紳士下着売り場に足を踏み入れた。とうとう、私、汚れちゃったのね・・・
ランニングシャツ2枚組み。これは、甲児くんが着てるトコ、見たことある。
次は・・・ パンツ・・・ あった・・・ あったけど・・・ なんか、種類がいろいろある・・・
お父様のワイシャツを買ったときも、血液型があって驚いたけど、その比じゃない!
ブリーフに、トランクス・・・ コレはなんとなく知っていたけど、甲児くんはどっちよ・・・
前開きに、前閉じってなによ・・・ ビキニに、スタンダード、膝まであるパンツもある・・・
え? ええっ!? ハンモック・サポートって・・・ いったい誰が、何のために、パンツの中にハンモックを仕込んだの???
店員さんに訊くのも、ちょっと恥ずかしいし・・・ どっ、ど、どうしよう・・・


とりあえず掴んだもの買って、ダッシュでその場を離れた。今度、男性下着の文化と歴史について、いろいろ調べてみよう。こっそりと、じっくりと・・・
でも、照れくさいのと、なんかウレシイのとで、笑っちゃう。ふつうの奥さんたちって、みんな旦那様の下着、買っているのよね・・・ ちょっと新妻気分、かじっちゃったかな?
まだまだ、先の話だろうけどね、あのドンカンくんでは・・・


病院に戻ってしばらくすると、無事手術を終えた甲児くんが病室に戻ってきた。さすがに麻酔慣れしてるだけあって、全く眠気感じさせずにピンピンしている。とりあえず、一安心。
「でさ、赤くてきれいな腸の一部が見えてさ、こうズルッと引き出して・・・」
手術中も元気だった甲児くんは、時間をもてあまし、お医者様にお願いして鏡を借りて、手術の様子を見ていたそうだ。自分の腹上で繰り広げられた惨劇を、別に頼みもしないのに事細かに話してくれた。ドンカンの上に、無神経・・・


まあ、これから一週間の入院生活、せいぜい通ってあげようかな・・・ 
まだまだ話したいこと、いっぱいあるし・・・ 甲児くんも退屈するだろうしね。
「あ、これ、買っといたからね。足らないものあったら言ってね」
「お、サンキュ! 助かるよ」
嬉しそうにそう言って、買い物袋の中身をゴソゴソと広げた。
「 ・・・・・・・・・ところで、一週間の入院なのに、なんでパンツだけが15枚もあるんだ?」


おだいじに・・・

 

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