こだわりのPRESENT

鶏子

 

7月初旬のある日、光子力研究所の昼食後の事だった。さやかは甲児に尋ねた。
「ねえ、誕生日のプレゼント、何がいい?」
その言葉を聴いた途端、甲児はさやかをひと気の少ない階段の昇降口に引っ張っていった。両手でさやかの肩をしっかりと掴み、暫くはうつむいていたが、やがて顔を上げた。
その頬は上気し、目は血走って、ナニやら鬼気迫る様子で、さやかは一瞬たじろいだ。
「今年の誕生日のプレゼントだけどさ・・・」
「あ、うん。そうよ」
「去年も、その前も、気持ちはありがたく貰った」
「うん・・・ 気に入らなかった?」
「いや・・・ 便利に使わせてもらった・・・ 確かに重宝した・・・」
そうであろう、とさやかは満足げに頷いた。
一昨年のプレゼントは、いきなり円盤作りを始めたので、簡単な一式の入った工具箱。
去年のプレゼントは、いきなり円盤と戦い始めたので、簡単な応急処置のできる救急箱。
どちらもそばに置いといて役に立つ、さやかなりに趣向を凝らしたプレゼントだった。
「やっぱり、今年もここはもうひとつ箱つながりで・・・」
「イヤ、頼む。箱はもういい。そうじゃなくてさ・・・」
「ン?」
くもりのない瞳をまるくさせて顔を近づけてきたさやかに、自分自身の下心まで覗かれた気がして、甲児は目をそらした。が、咳払いをひとつして、再度さやかを見た。
「あのな、よ〜く考えてくれよ。俺は今年で、二十歳になる」
「うん」
「俺は、男だ」
「うん、わかってるよ、そんなこと」
「い〜や、今ひとつ分かってない。今までのは、兜甲児に必要なものだった」
「当たり前でしょ、兜甲児にプレゼントしたんだから」
「だから、そうじゃなくて、普通の、その、健康な二十歳の男が、女の子から貰いたいものであって、役に立つとか、そういうんじゃなくて、ほら、その・・・」
ここまで言うのが、甲児には精一杯だったが、さやかには全く通じていない。
「ナンか、全然わかんないんだけど・・・ 何が欲しいの?」
意を決して告げようと思った甲児だったが、愛らしく小首をかしげるさやかを見ると・・・
その時、数人の所員が階段を昇ってきた。午後の始業時間となっていた。
「・・・俺の眼を見て、わかってくれよ・・・ とにかく、この話はまた今度な・・・」
そう言うと、肩を落として持ち場へ帰って行った。
ひとり残されたさやかは、その姿を見送りながら、思った。
――眼を見て、って言われても・・・ 充血してたなぁ、目薬は去年の救急箱に入れなかったわね・・・
  とにかく、よく考えてみよう。ナンか物凄く欲しいものらしいし・・・



午後3時を回り、一息ついたさやかは、周りの所員にそれとなく"二十歳の男の欲しい物"を尋ねたが、どれもピンとはこなかった。
ライター、タイピン、衣類、バッグ、靴、ゴルフクラブ、釣竿、商品券に現金・・・
意見が出尽くしたところで、こうなれば甲児に一番似ている立場の人間に聞くのが良いと思い、科学要塞研究所の鉄也に電話をした。


ちょうどその頃の鉄也は、苦手な事務処理に追われ、昼食もとれず、机に拘束されていた。
「ああああ、クソッ、なんでこんなもの、飯も食わずにやらなきゃならないんだ!」
そばにいた所員が小さく笑いながら、
「仕方ないですよ、今まで溜め込んどいたんですから。片手で食べられる物でも持ってきますか?」
そんな時に、光子力研究所のさやかから緊急の用事という事で電話がかかってきた。
「ね〜、鉄也さん、もうすぐ甲児くんの誕生日なんだけどね〜」
聞こえてきたのんきな声に、鉄也はムッとした。
「それのどこが緊急なんだ?」
「私にとっては緊急なのよ。鉄也さんなら、今一番なにがほしい?」
「メシ!!」
イラついていた鉄也にそれだけ言われ、ガチャンと電話を切られた。
「何を怒っているんだか・・・ まあいいや、メシっと・・・ うん、確かに二十歳の男には必要ね」
二十歳の男でなくとも必要だ。さやかも甲児から誕生日に食事を奢ってもらっている。
手作りの食事、と本来はいきたいのだが、それについては大失敗の例しかない。甲児の作る料理のほうが、格段に豪華で美味である。
「しょうがない、コレはお金をかけるしかないわね・・・」
手帳に、"鉄也―食事"と、ため息をつきながらメモをする。


改めて、科学要塞研究所に電話をいれ、ジュンを呼び出した。
「甲児くんにプレゼント?」
「うん、ナンかいい案ないかな〜と思って。ジュンなら鉄也さんに何あげたい?」
「そうねえ・・・ 今なら、モノとかではなく、ゆっくり休ませてあげたいわね。雑事や電話に気を取られる事なく、のんびり寝かせてあげたいなァ。ここのところ、朝から夜遅くまで軟禁状態で、大嫌いな事務仕事してるのよね。かなりイライラ気味だし・・・」
「ああ、そんな感じだったわ。怒鳴ってたもん」
「フフフ。でも、これって甲児くんにも言えることよね。相変わらず忙しいのでしょう?」
「うん・・・」
その通りであった。甲児は3月に宇宙科学研から戻って以来、まとまった休日がとれていなかった。徹夜明けに気を失うかのごとく爆睡、これが甲児の休日のスタイルとなっていた。
ジュンに礼を言って、さやかは電話を切った。
「う〜む、さすが・・・ なにか形に残すってことに、こだわらなくてもいいのよね・・・」
そうつぶやいて、メモをする。"ジュン−誰も邪魔する事のない、ゆとりのある休日"


夕食後、自室に戻ろうとすると、父親の部屋から明かりが漏れていた。多忙な父が、この時間に部屋にいる事は珍しく、さやかは父の部屋に入っていった。
一人でウイスキーグラスを傾けていた父と、久しぶりにゆっくりと取りとめのない話をして、ついでにご相伴にあずかった。心地よくなり、そろそろ自室に戻ろうとした頃であった。
あまり参考にはならないかなと思いながら、父に尋ねた。
「お父様が、今一番ほしいものって何?」
「それなら今、貰っているよ」
「?」
「君とこうして水入らずで、のんびりと穏やかに、今日の一日を振り返る。
 他の人々には当たり前のことなんだが、私達には欠けていることだと思うよ」
「お父様・・・」
「普段手にしていないから、その分、余計貴重に思えるね。大切に思う人と過ごす時間。
 何物にも代え難い、幸福な時間ではないだろうかな・・・」
「うん。本当にそうだね。ありがとう、お父様。また、話聞いてね。おやすみなさい」


部屋に戻り、手帳を広げた。が、何も書かずに手帳を閉じた。
父の言葉は、体の芯から暖かくなった。大切に思う人。自分はいつまでもそうであっていたい。
甲児へのプレゼントは決まった。簡単な事であった。
みんなの優しい気持ちをすべて贈りたい。どうしても譲れない自分自身の想いに包んで・・・



翌朝、所内の通路で甲児を見かけ、さやかはそっと耳うちした。
「あのね、プレゼントのことなんだけど。当日まで内緒にしておきたかったんだけど、前もって準備しといてもらいたくって・・・ お誕生日とその翌日、お休みとって貰えないかな?」
「! ・・・そ、それって、もしかして1泊っていうこと?」
「うん。無理かな・・・」
「全然!!問題ない! 休む! 絶対に休む! でも、本当にさやかはそれでいいの?」
「私自身があげたいモノだもの。今までは、小さなことやカタチに囚われていたんだけど、コレと決めたらすごーく自由になれた。世界が広がったの。来年も、再来年も、その先も、ずっと贈り続ける事ができると思うの。もちろん、甲児くんが受け取ってくれるならだけど・・・」
「当たり前だよ! よろこんで! ありがとう、さやか!!」
感激した甲児はそう言うなり、人目も憚らずさやかの腰を抱え高々と抱き上げた。優しく降ろすと小躍りしながら休暇届を提出しに行った。嬉しそうな後ろ姿を見ながら、さやかは思った。
――まさか、全部バレちゃったかな・・・ いや、私のこだわりまでは、まさかね・・・
  とりあえず、シロー君には口止めして伝えよう。
  豪華食事つき(鉄也案)、私以外は誰にも内緒の場所で湯治休養(ジュン案)、
  シロー君と家族水入らず(父案)の一泊旅行・・・
  それをすべて含めた私の、特に意味なく、でも最初から引っ掛かってる、箱・・・ 箱根温泉郷。
  箱根をOKにしたんだから、他にも箱、たくさんあるわよね。ホント、幅が広がったわ・・・ 

 

おしまい

 

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