▲△▲ 第17話 ▲△▲

 
鉄也よ!!林野の闇から這い上がれ!!

 

鶏子:作

 

「この機密だけは死守せねばならない。敵にも、そして…ヤツだけには絶対に!」
そうつぶやくと鉄也は規定の三倍のカプセルを口に含んだ。一気に喉の奥に流し込むと胸中の不安も流れ落ちる気がした。
今日は研究所で毎月行われる定例会議の日。今月は科学要塞研究所で行われることだけが、鉄也にとって救いとなった。ヤツの周囲だけ用心すれば、このミッションはクリアする。もしこれが敵地開催であれば、鉄也にこの作戦を実行することは不可能であったろう。来月の会議は4月中旬、その頃には機密保持の必要は無くなるはずだ。


「チワーッス!」
「ブェッッッックシュン!」
「…んだよ〜、いきなり汚ねぇなぁ…鉄也さん、鬼の霍乱か?」
顔面にかかった鉄也の分泌液をぬぐいながら、甲児は尋ねた。
「いや、すまん。体調は万全だ。ところで甲児君、今日はバイクか?」
「いや、教授やさやかさんと一緒に車で来たけれど、それがどうかした?」
「道理で…グッ!ちょっと失礼…」

そういうと鉄也は足早に洗面所へと走り去った。慣れた手つきで鼻うがいをしながらも、鉄也は慄然としていた。
「富士山麓の空気をバイクで振り払ってくれればまだマシだったのだが…ヤツめ、悪魔をそのまま運んできやがった…」


鉄也が会議室に戻ると、ドアの向こうで甲児とジュンの声が聞こえた。
「ええ〜っ!?鉄也さんが花粉症〜っ??」
「そうなのよ、この春から発症しちゃってね。ちゃんとマスクしてればいいのに、なんか今日は無理しちゃってね〜」


「しまった…ジュンに口止めするのを忘れていた…」
自分のくしゃみと鼻水を止めることに必死だった鉄也は、ジュンまで気を配ることができなかった。
こうして死守すべき機密はあっさり暴露され、鉄也が守るものは自分自身のみとなった。


「なんだ〜、言ってくれればいいのになぁ。言ってくれれば…」
「言ってくれればどうしたの?」
「抱きついて挨拶してやったよ、わははははは〜♪」
「悪いことしちゃったわ。私と甲児君、ココに来る前にお土産にと思ってタラの芽摘みに山を歩き回っちゃったの…はい、コレ」
「わ♪ありがとう、さやかさん、甲児君。今夜は天ぷらにしよう♪」
新たな悪魔の出現に、閉じたドアの前、無言で涙する鉄也であった。


会議は幾度も鉄也のくしゃみで寸断されつつも、無事に終了した。
ティッシュに埋もれグッタリとする鉄也の様子に、甲児は笑いながら話しかけた。
「鉄也さん、これで少しは病人の苦しさがわかったろ〜?」
「甲児君、そんな言い方、鉄也さんが気の毒でしょ」
「だって俺が風邪ひいて寝込んだとき、『日頃の管理がなってない。そもそも戦士とは…』って延々と枕元で説教してたんだぞ。益々熱が上がっちまった。それを思えば当然の報いだよな♪」
「うふふ、鉄也には薬になるかもね。他人の痛みがわかる良いチャンスだわ」
「……いいがだ、ぼうがえで…」
「は?なんだって?」
「いいがだ、もうがえれーっ!ブシュン!」


甲児たちが去った後も鉄也の表情は晴れなかった。
「これで終るわけがない…ヤツはまたきっと来る!」


鉄也の想像通り、その後甲児はスギ花粉をたっぷりと身に纏い、毎日科学要塞研究所を訪れた。
負けじと鉄也も甲児の最も苦手とする「ガラス爪立て攻撃作戦」を敢行するも、「私も嫌いなのよ!」とジュンにハリセンを喰らい、あえなく中止せざるを得なかった。
いまや鉄也に残された手段は、呼吸もままならず意識が遠のく中をひたすら逃げ回るのみとなってしまった。


疲れ果てた鉄也はベッドに横たわった。
「なぜ俺だけがこうも苦しまねばならないのだ…毎日大量の抗ヒスタミン剤を投与し、眼科・耳鼻科通いも欠かさない。甜茶、青汁、柿の葉茶、アロマテラピーにプロポリス。あらゆる民間療法も試している。鼻腔には直接ワセリンを突っ込み敵の侵入経路をシャットアウト、その上コットンを詰めてマスクをしてるというのに、いともたやすくヤツラは潜り抜け侵入、滝のように流れ出る涙と鼻水…。ティッシュ(もちろん保湿ローション配合)は1日2箱も消える。夜はくしゃみで起こされ、熟睡なぞ到底不可能。外出時はコートの襟を立て、マフラー、帽子、マスク、ゴーグルまで着用せねばならない。いくら世間に同じような恰好の人間が増えたと言っても、俺ほどのガタイを持つ花粉症男はそういない。コンビニに入れば店員は非常ベルに手をかけ、街を歩けば子供は泣き出し、警官は職質してくる…一番辛いのは何を食っても味が無く、カレーの香りすら感じられない…」
(※途中のくしゃみ及び鼻をかむ音は割愛させて頂きます)
「…鉄也」
「ジュン、正直に言ってくれ。俺の鼻は再起できるのか?」
「鉄也、あなたはどんな苦しみにも耐え抜いてきた人じゃないの。絶対に再起するのよ、絶対に!」
「ジュン!」
「鉄也!」
…そんな大袈裟な、あと数週間のガマンでしょ。思っていても言葉にしない賢明なジュンであった。


数日後。ついに桜のつぼみがほころび始め、スギ花粉飛散ピークの終末を告げた。
春の息吹を思い切り吸い込み、優しい陽の匂いに幸せを感じる鉄也ではあった。
「ちぇっ、つまんねぇなぁ〜。ま、また来年のお楽しみってとこかな?」
そんな甲児の言葉を聞きながら、鉄也は心を新たに誓った。
「いつか必ずこの病を克服する!不可能ならば研究所ごと北海道に移動してやる!兜甲児め、いつか天罰が下るぞ!」


まるで仇役のようなセリフではあるが、図らずも天罰は近付きつつあった。
来る日も来る日も杉林を訪れて花粉を大量に浴びた甲児の身体は、既にスギ花粉症発症直前のレベルまで来ていた。
来年は肩を組み同病相哀れむ二人の姿が見られることになる。



次回、第89話「待ったなし!!脅威の飛散量4,000個/cu!!」お楽しみに♪

 

END

 

 

 

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