ある黄昏時

上尾美奈

 

 鉄也は光子力研究所の窓から、富士山を眺めながら剣造のことを思い出していた。あれから半年が過ぎようとしていた。
 剣造と暮らした10年あまりの日々、ほとんどは戦士になるための訓練ではあったが、剣造が最も力をいれていたのは優しい心を持つことだったのだと思う。憎しみで戦うのではないのだ。それで、音楽や絵画、文学などの芸術にふれることも多かった。習うことは出来なかったが折りにふれ聞いていた音楽、そのとき、かすかに、所長が特に好きだった曲が聞こえてきた。
 その音源をたどると、研究所のピアノ室だった。ほんの少し開いていた扉から覗くと、甲児がピアノをさやかがヴァイオリンを弾いているところだった。それは稚拙ながら2人の息があって優しい音になっていた。鉄也は思わず拍手をしていた。
 突然の拍手に2人は驚いて、さやかは頬を染めた。
「君たちにそんな特技があるとはしらなかったな。」
「今日、わたしのヴァイオリンが出てきたので、弾いてみたら甲児君が合わせようって。偶然なの。」
「二人とも、10年以上きちんと習った腕だな。しかし、3年以上練習していないっていうところかな。」
 二人は顔を見合わせた。
「わかります?アフロダイに乗るようになってやめたけど、3才からならっていたの。」
「俺も、同じようなものかな。でも鉄也さんすごい耳ですね。」
「剣造博士は音楽が好きで、よく一緒に聞いたんだ。その曲は所長が好きな曲だ。」 
「そうなんですか。それでおじいちゃんがこの曲をよく練習させたのかなあ。」
 甲児は少し遠い目をした。

 それは、甲児がNASAへ行き、さやかがフランスの某研究所へ留学する前のほんの少し持ったふれあいの時間だった。

 

BACK