◆ そして、男は苦労する(2) ◆

by SAKURA

 

「謝りに行こう」一人取り残されて10分程泣いた後、ジュンはそう呟いて立ち上がる。
こんなのはイヤだと思う。せっかく時間が取れたのにケンカして終わりたくはなかった。
あの二人を見て、ジュンは可愛いと思った。鉄也がそう思ったからって不思議ではなかった。
それに、淋しいのも、会えないのも、ジュンが自分で納得してのことなのだ。
鉄也のせいではない、と思う。
ジュンが淋しいと思ってることに、気付いて欲しいかった訳でもない。
それを、あの鉄也に望むのは無理というものだろう。ジュンにも、そこの所はわかっていた。わかっているつもりだったのに・・・。鉄也があんな事を言うから、分らなくなってしまったのだ。
ジュンは、あの二人が羨ましかった。一生懸命、自分の仕事の大変さを伝えて理解して貰おうとする朝倉の姿が、それを聞いてる由梨の可愛らしい女の子らしい姿が、羨ましかった。
鉄也にもあんな風に言い訳をして貰いたかった。あんな風に仕事の大変さを話して欲しかった。
"ばかね・・・。そんなことをする人じゃないってわかっているのに・・・"
淋しかったのかも知れない。最近、二人はあまりにも離れすぎていた。話す機会も少なくて、いつ会ったのかさえ忘れてしまう程・・・。
"バカみたい・・・そんな自分の気持ちにも気づかないで・・・鉄也にあたって・・・"



「開いてる。勝手に入って来い」
ジュンが、鉄也の部屋のドアを叩くと中から鉄也の声が返ってきた。
「鉄也・・・
さっきはごめんなさい」
ジュンが部屋に入ると、鉄也は机に向かっていた。
「・・・まだ怒ってる?」
「わけを言え。」
「え?」
「ごめんなさいじゃ納得できん。どういうことだったんだ、さっきのは?」
そう言われても、なんと答えていいかジュンには分らなかった。
「・・・わけなんて・・ないわ。
なんだか、イライラしてたの。ごめんなさい」
「それじゃあ、わからん。
訳もわからないまま怒られたんじゃ、これから困る」
確かにそうかも知れない。でも、ジュンは言いたくなかった。言えるほど自分の気持ちの整理も出来ていなかった。
「だから・・・」
「不満ってのは何のことなんだ?」
鉄也がジュンの腕を取って、顔を覗き込む。
「いいじゃない、もう」
ジュンは顔を上げて鉄也を見る。もう、この話は終わりにしたかった。
自分なりに納得したことが、こんな風につつかれると、また爆発してしまいそうだった。
「ジュン!!」
しかし鉄也も引きそうになかった。こんな顔をしてる時の鉄也は絶対に引き下がらない。それがジュンには、よく分っていた。
「わかったわよ。言えばいいんでしょ!?」
そう叫ぶと、ジュンは喋り始めた。最悪の気分だった。
朝倉たちに会った時のこと、羨ましいと思ったこと・・・喋りながら、ジュンは自分が情けなくなってきていた。
「おい。ジュン・・・」
「何よっ」情けない気分のまま鉄也を睨み返す。
「お前、なんで泣いてるんだ?」
いつの間にかジュンは喋りながら、泣いていた。鉄也に言われて初めて気づく。
「情けないからよ。こんなこと思う自分も。それを喋ってる自分も」
言いながら、涙を拭う。
「・・・ばかだなぁ。何も泣くことはないだろう?」
そう言いながら、鉄也はジュンを抱き寄せる。
「何よっ。鉄也が言わせたんでしょ?」
鉄也の胸の中で、今度は本格的に涙が流れてくる。もう、止まりそうになかった。
「そうじゃなくって・・・なんで、こんな風になる前に言わないんだ」
"・・・鉄也の言う通りだわ。こんな風になるんなら、もっと早くに言えば良かった。自分に正直になって・・・"でも、そんな自分の気持ちさえジュンは気づいてなかったのだ。そう思うと、ますます情けなくなった。
"大体、そんな簡単に言えるくらいなら苦労しないわよ"泣きながらジュンはそう思う。
「ま、言えるようなら苦労はしないか」
ジュンの頭を抱いて、鉄也が言う。
「だが、俺は言わないと分らないぜ」
"わかってるわよ。そんなこと・・・。わかってたのに・・"そう思って、ジュンはまた情けない気分になっていた。
"わかってたから・・・"言えなかった。
"・・・鉄也には、あの子みたいに可愛く、会いたいのと言える子の方が向いてるのかもしれない"そう思うとまた、涙が溢れてきた。
一度、マイナス思考に落ち込むと、とことんマイナスな方にばかり考えが行くらしい。
「私たちって、相性最悪かもしれないわね・・・」とジュンが言うと
「ああ。そうかもな」と鉄也があっさり答える。
"なに?それ?"思わず涙も止まって、ジュンが顔を上げる。
「だが、何とかやっていくさ。」
そう言いながら、机の上から書類を取り上げる。
「さっきの続きだ。今度は、ちゃんと見ろよ」
差し出された書類を見て、ジュンは目を丸くする。何だってこんな時に仕事の話なの?
もう、うんざりだった。だが、逆らう元気も、もう無くなっていた。
涙を拭いて、書類に目を通す。新しいプロジェクトのスケジュールだった。
「・・・鉄也。これって、ちょっと厳しいんじゃない?」
仕事の話はもうイヤと思いながら、思わず言ってしまう。
かなり厳しめのスケジュールが組まれていた。"こんなに急がなきゃなんない仕事だったかしら?"仕事内容と、全体のスケジュールを頭の中で確認してみる。
「?」
どう考えても、特別、急ぐ仕事とは思えなかった。
ジュンは、不審に思って鉄也を見上げる。
「静には、残業はして貰うと答えた」
"なんでまたその話に戻るの?"
ジュンは話について行けずに、更に不審の表情で鉄也を見つめる。
「お前のところも、これに合わせられないか?」
「えっ?無理よっ」
思わず即答してしまう。この間やっと、苦労してスケジュールを組み終わったばっかりなのだ。もう2度と見たくなかった。
「1週間ぐらい、なんとかなるだろう?考えろ」
"ならないわよ。何勝手なこといってるのよ"ジュンは、思わず鉄也を睨みつける。
「なんで1週間も、早めなきゃなんないのよ?」
「このプロジェクトを3ヶ月で終わらすことが出来れば、そのあと休暇が取れる」
「え?」
「お前のチームと俺のチーム全員、2週間の休暇だ。
静には、それで手を打て、と言っておいた」
「休暇?」
「ああ。もちろん俺たちもだ」
えっ?
ジュンはもう一度、鉄也の顔を見る。
「私たち?・・・鉄也も?」
「ああ」
「鉄也も、休暇が取れるの?!」
ジュンは喜びの声を上げる。
「ああ。だが、俺たちは1週間だ。
頑張ったが、どうしても2週間は無理だった」
「十分よ!1週間もあれば十分だわ!嘘みたい・・・ね?本当に?本当に休暇?」
「ああ。どうだ、考える気になったか?
俺のチームは全員やる気だぜ?」
「もちろん。うちだって、休暇が待っているってなったら、全員OKよ。
最近、まとまった休みをあげられてなかったもの」
そう言ってスケジュール表を見つめる。2週間の休暇なんて信じられなかった。
そんなにまとまった休暇は、まだまだ取れないと思っていた。
しかも、鉄也も一緒なんて!
「よく取れたわね。鉄也」
「俺だって仕事ばっかりじゃぁな。たまにはゆっくりしたい。
しかし、休暇を取るってのは難しいな。今日も、それで最後ゴタゴタして、結局、1週間だ」
悔しそうに鉄也が言う。
「1週間もあれば十分じゃない」スケジュール表から目を上げてジュンが答える。喜びに目が輝いてる。
「そうだな。温泉にでも行くか?」
「本当?温泉大好き!」そう言ってジュンは鉄也に飛びつく。
「そうか。そりゃ良かった。実はもう予約してある」
「早いのね」あまりの行動の早さに驚いて、鉄也を見つめる。
「予約してしまえば、こっちのもんだろ。何がなんでも、3ヶ月で仕上げようと気合が入るし、他の仕事を入れられることも無い」
「ね?静由梨ちゃん、喜んでたでしょう」
「ああ。というかチーム全員喜んでたな。お前は?嬉しくないのか?」
「もちろん。嬉しいわよ。信じられないくらいよ」
「そうか」そう言って、鉄也は満足そうに笑う。
「遅くなったな、食事にでも行くか」
そう言って立ち上がる。
「ここで食べましょうよ。もう遅いし・・・何か作るわ」
「え?」
「いや?」
「俺は、別にいいが・・・いいのか?その服を着て外に出たかったんじゃないのか?」
「いいの。別に外に着て行きたいってわけじゃなくって、ただ、着たかっただけだし・・・」
"それに鉄也には見てもらえたし・・・"とジュンは思う。目的の半分は果たしたようなものである。
「そうか。そういうもんか?」
鉄也はそう言うと、またジュンの横に座る。
そうしてジュンの肩を抱いて、唇を重ねてくる。ジュンもそれに応える。
「・・・鉄也?何してるの?」
気がつくと、いつの間にか、鉄也の手が後ろに回って、背中のボタンを外していっている。
「もうこの服はいいんだろう?」
「えっ?そういう意味じゃなくって・・・」
ジュンの背中に、鉄也の手が滑り込んでくる。
「・・・鉄也・・食事の用意・・」
「後にしろ」
「だって・・・私・・泣いたらお腹すいちゃったし・・・」
そう言って、どうにか逃れようとするジュンを押さえて鉄也の手はどんどん進んでゆく。
「後で食べさせてやる」
「・・・だって・・・だめ・・てつや・・・」
ジュンの声が甘く闇に溶けていった

 

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