爆走の Unlucky day

鶏子

 

完全に遅刻だ。もう言い訳は尽きた。とりあえず急ぐが、まず、もういないだろう。
なんで、こんな目にあうんだ。俺は、バチあたるような事してないぞ!


今、俺は、さやかのいる光子力研究所から約2時間の某研究所に客員として勤務している。
通えない距離ではないんだか、夜遅くなったり、早朝から出たり、徹夜したりという事が多く、結局一人暮らしを始めた。休みの日には戻ろうと思うのだが、それもままならない。
それでも、必死に時間を作り、さやかと会う。ちょうどお互いの距離の真ん中の街で落ち合う。苦労が報われるひと時が過ごせる。
さやかも時々遅れて息せき切って現れる事があるが、なんといっても自分の家からなもんで、上手く都合をつけるんだろう。遅刻の数は、圧倒的に俺のほうが多い。
忘れてるわけではないんだが、(時々、ある)時間通りに終わらないのは、どんな仕事にもあることだ。俺自身、何かに取り掛かると夢中になりやすいのは、ガキの頃から変わらない。
前回の約束は、当日の朝になってポシャった。
その前の約束は、出がけにポシャった。
そのまた前の約束は、1時間待たせた挙句ポシャった。
そのまたまた前の約束は・・・
かれこれ、2ヶ月会ってない。全部俺のせいで・・・
前回の約束不履行になった時、電話で徹底させられた。
「次は、私の誕生日。もし、また約束破ったらアアアアアアア・・・・・・」
そのあとは、怒鳴り声だけで聞き取れなかった。いったい何をされるんだろう。
いや、今度だけは絶対に守らなければ! 休みは取れないが、幸い、多忙のピークの後だ。
必ずや今までの汚名を返上し、過去に類を見ない最上級のバースディを過ごさせ、そんでもって"今夜は帰りたくない"などと言われたりして、そんでもって・・・・・・
準備は入念に行われた。仕事を完璧に終わらせ、プレゼント、ホテルでの食事および酒席の予約、ついでに部屋の予約・・・ 全て怠りなし。さあ、いつでもかかって来い!!


そんなこんなで、決戦の日を迎えた。待ち合わせは、二一〇〇時。無事、18時キッカリ終業。
待ち合わせ場所まで1時間はかかるが、それでも2時間の余裕あり。問題なし。
週末という事もあってか同僚達の誘いもあったが、全て断る。
いざ参る、と思って立ち上がると、靴紐がブチッと切れる。が、ロッカーに別の靴あり。問題なし。
研究所の外に出ると、黒いネコが横切る。しかし、俺も科学者の端くれ。問題なし。
歩き出すと、上から植木鉢が落ちてくる。反射神経には自信がある。少しビビるが問題なし。
車を使おうかとも考えたが、以前、渋滞に引っかかったり、駐車場が見つからなくて遅刻した前例がある。ここは、安全策をとり民間の移動手段を利用しよう。それでも時間的には変わらない。まずは最寄り駅まで路線バスだ。
バス停に向かおうとすると、同僚(おっとりとした美人)が声をかけてきた。駅まで車で乗せてってくれるという。
やっぱり、靴紐も黒猫も植木鉢(?)も迷信だ。俺はツイている。


主要道路は込み合う時間帯なので、裏道を通るという。一瞬、イヤな予感が走るが、彼女の言う事も一理あるので、了解する。主要道路とは正反対の悪路だが、確かに空いているし、信号もない。バスだと30分近くかかるところ、コレなら20分で駅に着く。
あと5分くらいで到着、と思った時だった。プシュルルルルルという音とともに、車体が沈黙した。謎のエンストだ。運悪く、ここは車が1台しか通れない、なのに一方通行ではない商店街の前の狭い道。とりあえず手で押して、すぐそこの広い道路に出よう。だ、大丈夫、まだ時間はある。
普通に歩くには、なんて事のない道なのに、車を押して歩くとエラく長い。しかも、目には見えないくらいの軽い上りになってるようで、かなり重い。運転席でブレーキ&ハンドル操作をする彼女も、細身のはずだったが、こうなるとやたら重い。
それでも、どうにかこうにか一般道に出ることができた。ボンネットを開けてみると、完全にイカレてる。こりゃあ、JAFでも呼ぶか、と思ったら、運転席の彼女が、相変わらずおっとりと、微笑みながら、前方を指差している。100mほど先に修理屋の看板・・・
うつろに笑みを返し、再び押し始める。名優故K・Aが、男はつらいなと肩を叩く。
やっと着いたその店は、この忙しい時に休業で、そのもう先150mの修理工場まで押すはめになった。結局1時間のタイムロス・・・ まあ、それでも充分間に合う。
ここから駅までダッシュで10分、そこの公園の中を突っ切ろう。


公園に入ると、中央に植えられた木の下で、人影があった。ふと見ると、7,8歳くらいの男の子と、その母親(人妻の危険な香り漂う美人)。
「心配したのよ。もう夕ご飯でしょ、さあ、諦めて帰りましょう」
「でも・・・」
ああ、木の上にバトミントンのシャトルが引っかかってんのか。イヤな予感・・・
親子して、こっちをじっと見てやがる。しょうがないか、元ヒーローとしては・・・
上着を脱いで、スルスルと木を登り、シャトルを男の子に放る。このくらいは朝飯前だ。
地面まで、あと2メートル弱というところで飛び降りた。ビリッ! へ?
ズボンの尻が木の表皮に引っかかり、破けた。ヤバイ・・・
すぐ近くだからといわれ、母子の家に誘われた。このままでも上着で隠せるかとも思ったが、子供がシャトルと俺の上着を大事そうに持って走り出している。諦めて世話になろう・・・
確かに近くではあったが、また駅から離れてしまった。出されたお茶には手をつけず、修繕の終わったズボンをはいて、早々に立ち去る。19時半を少し回った。ここからだと約40分で到着できるが、人生何があるか判らん。とりあえず急ごう。線路沿いのひと気のない道をひた走る。


10分ほど走った時だった。人がうずくまっている。周りを見回すが、他に人影はない。
またしても、イヤな予感・・・
妊婦(脂汗流して苦しがっているが美人)だった。急に産気づいたらしい。救急車を呼ばなくてはと思い、胸ポケットを探ると・・・携帯がない! あ、実験用白衣のポケットだ・・・ 苦しい息の下から、奥さん(未確認だが)が、自分の携帯電話を俺に差し出す。
救急車が来るまで、俺はどうしたらよいか迷ったが、昔の牧場での経験を思い出し、奥さんのハラをさすりながら声をかけ励ます。奥さんは必死で俺の腕を掴む。う〜む、やはり、馬の出産とは違う。そんなことしてる間に、救急車到着。あ〜助かった・・・
と、思ったのも束の間、奥さん、物凄い力で俺の腕に指を食い込ませたままだ。指をはずそうとしたが、なかなか離れない。救急隊員が俺に向かって言った。
「だんなさん、早く!」
奥さん、うなされながら、
「あ、あなた〜! うぐっ! た、たすけてェェェ〜!!」
ち、ちがう! 俺はちが〜う! カンケーないんだぁぁぁ!
叫びもむなしく、俺は奥さんごと病院に搬送された。まるで悪夢か、それともマンガか・・・


安産だった。ラマーズ法出産とやらで、俺は神秘の瞬間に立ち会ってしまった。望んでもいないのに・・・
元気な女の子だった。(看護婦の話によると、俺によく似た美人だそうだ。何故だ・・・) 生まれた直後に駆けつけた亭主が、どんな様子だったか詳しく聞かせろと食い下がるのをムリヤリ引きはがし、病院を出た。時刻はすでに23時。もうおしまいだ。
それでも、公衆電話に駆け込み、光子力研究所に電話する。さやかの携帯の番号を聞かなくては・・・(番号、暗記してない) シローにつないでもらい、話をすると、さやかは戻ってないという事だった。ついでに、さやかの携帯がここにあるという事だった。さやか、お前もか・・・
とりあえず、待ち合わせ場所に行こう。絶対にいる筈ないが、僅かながらの誠意だ。


飛び乗った電車さえ、事故とやらで遅れた。今更あせっても、もうムダとあきらめ、車内でイラつくような事はなかった。ホームから走り続け、ようやく待ち合わせ場所である公園・時計台の下に到着。ただいまの時刻23時50分。3時間の大遅刻は、記録更新だ。
急に疲れがドッと出て、頭を抱えてベンチに座り込んだ。
いくらなんでも、許してはもらえまい。アレだけ念を押されていたにもかかわらず、このザマだ。
言い訳にもならないような不幸(めでたい事もあったが)の連続・・・ 言っても、信用してもらえないだろう。普段のおこないが、おこないだから・・・ マズイよなあ・・・
っつーか、ヤバイよ、コレは・・・ 何かされるどころか、もう何もさせてくれないだろう・・・
話しすら、聞いてはもらえないだろう・・・・・・


「えっ?! 甲児くん? ええっ!! うそ! 待っていてくれたのォ〜!!」
驚いて顔を上げると、息せき切った半べそ顔のさやかが立っていた。どういうことだ?
「ごめんね、スゴい遅刻しちゃって・・・ ウチを出るのも遅れてしまったんだけど、乗り込んだ電車が事故で止まっちゃったきりになって、暫く閉じ込められちゃったの。そのあとも迂回、迂回で思ったより時間がかかって・・・ 携帯も忘れてきちゃって、甲児くんにも連絡が取れなくて・・・ もう、とっくに甲児くんはいないだろうと思ったんだけど、行くだけ行こうと思って・・・ でも、まさか待っていてくれていたなんて・・・ ごめんね、本当にごめんなさい・・・ ああ、でも、スゴく嬉しい! 大好き!!」
そう言って、泣きながら抱きついてきた。ああ、そういえば、電車内のアナウンスでそんなこと、言ってたっけなあ・・・ ん? じゃあ、俺の遅刻は・・・
!助かった! やっぱり俺はツイてる!!


俺は両手をそっとさやかの頬に当て、顔を見る。カンヅメになった疲れと涙でグシャグシャになってる。でも、この世のどんな美人達よりも、俺にとっては最上級の顔だ。
さやかは静かに瞳を閉じる。ツラかった事が全部フッ飛ぶ。
食事はパァになったが、他の予約は役に立ちそうだ。
おっと、時刻は23時58分。コレだけは、言っとかなきゃ。
「誕生日おめでとう、さやか・・・」

 

Happy birthday・・・

 

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