「僕のおにいちゃん」

written by ゆう

 

ぼくのおにいちゃんはとてもつよいんです。
ぼくのおにいちゃんはとてもおおきいんです。
ぼくらみんなのためにたたかっています。
あぶないときはいつでもやってきてくれます。

でもときどきものすごくおこるときがあります。

おこるとこわいです。
ずっとまえぼくをいじめた子をボコボコにしちゃいました。
はんごろしというそうです。
おじいちゃんはよくいってました。

『甲児は我慢ができん子じゃのう、・・・まあそれもいいがな』

なにがいいのか、ぼくにはわかりません。






うちの兄貴とさやかさんは例によって例の如く、今日も仲良くケンカしている。
僕らがこの研究所で暮らし始めてもう随分になるから、二人のケンカに所員の誰も彼もが慣れっこになってて特に気にもしなくなった。
二人共今では研究所で大事な立場だから、以前みたいにコンピュータを破壊しちゃうとか、部屋中の窓ガラスを割っちゃうなんて事はあんまりしない。
兄貴もさやかさんに手を上げると、女性所員からの支持が一気に下降するって事を経験から知っている。



だからね、

二人共、口だけだ・・・

「何なんだよ、その服は!仕事場に変なカッコしてくんなよな!」
「変なカッコとは何よ。これはね、キャミソールっていうの。いいでしょエネルギー炉の点検は暑いんだもん」

朝の喫茶室で二人のバトルは、カウントゼロ。
喫茶室には就業前の所員が数人と僕と弓先生。
いつもの事だけど、二人は周りの目なんかちっとも気にしてない。
まあ、確かに慎みのあるさやかさんにしてはちょっと刺激的なお洋服かな?
でもその上に白衣着るんだし、んな事にこだわるのはうちのおにいちゃんだけで・・・

「ろくに見せる胸も無いくせに、見栄張るなよな!それってあれだろ、誰でも豊かに見えますって奴だろ」
「失礼ね、そんなに不自由してないわよ!」
「俺が不自由してるっての」
「よくもそんな事が言えるわね!」

「ウォッホン、ゴホゴホ」

思わず弓先生は咳き込んだ。
最近おにいちゃんとさやかさんが喧嘩すると、先生の呼吸器によくないらしいんだ。
そんな先生が僕は気の毒でならない。

「先生、コーヒーお代わりいかがですか?」
「ああ、シローくんすまないね」

先生は僕のいれたコーヒーを溜め息と一緒に飲み込んだ。

「私がどんな服着ようと私の勝手だわ」
「ここは研究所なんだぜ、チャラチャラしてる奴がいたら仕事の邪魔だ」
「あら、この間所員の女の子に、そのワンピース素敵だねとか言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
「・・・社交辞令だろ!」

兄貴ほど社交辞令って言葉が似合わない人間もいない気がする。
大体、お世話になってる人のお嬢さんとよくもまあ、ここまでどつきあいの喧嘩ができるもんだと僕はずーっと前から思っていた。
普通できないぜ。
それでも僕らがこの研究所でみんなとうまくやってこれたのは、
兄貴の人徳?
先生の懐の深さ?

それとも僕のいじらしさ?

「とにかく何とかしろ!その枕カバーみてえな服」
「枕カバーじゃないわよ、高かったのよ!」
「鎖骨丸出しでみんなの気が散るだろ」
「そんなの甲児くんだけよ、ほんといやらしいんだから」

普通こういう事はさやかさんの父親であり、上司である弓先生が指摘する事なんだよね。
先生が何も文句言ってないんだから、別にいいんじゃないの?
兄貴だってめんどくせーとか言って起き抜けに白衣だけひっかけて、仕事に入ったりするのを僕は知ってる。

二人のやり取りを聞くとは無しに聞いていると、大体状況が判ってきた。
判りたくもないけど・・・

要するに、最近社交辞令しちゃう兄貴に対して、ちょっと気を引いてみたいんだろ?
そのための枕カバー、じゃなくてキャミソールなんだよね。
僕ね、さやかさんほど女心が純粋な女性はいないと思うよ。
そこらへん、判ってやれよな兄貴。
ワンピースよりキャミソールの方が素敵だよって一言言ってやれば済む喧嘩じゃないか。
どうして僕ってこの手の事に敏感になっちゃったのかな。
絶対兄貴の鈍感のせいだと思わない?

「システム立ち上げまでまだ時間あるからな、着替えてこいよ」
「絶対に嫌よ!」

でもさやかさんも判ってない。
チラチラとさやかさんの首筋に視線を寄せるのは、兄貴だけだって事。
目のやり場に困るのは、兄貴なんだよね。
そんでもって他の人間が同じ視線でさやかさんを見るのは、許せないんだ。

だーいじょうぶだって。

この研究所でうちの兄貴に喧嘩売ろうって所員がいるわけないじゃん。
誰だって命は惜しいもんね。

この頃よく思い出すんだ。
おじいちゃんが生きてた頃、おじいちゃんは兄貴の事を我慢できない性格だって言ってた。
兄貴の価値観はゼロか百かだって。
その頃、僕はまだ小さくて、何を言ってるのか理解できなかった。
でも色んな事があって、僕はあの頃よりも色んな事が判るようになって、ちょっぴり大人になった。

「絶対に着替えさせてやる!ちょっとこっち来い!!」
「え?ちょ、ちょっと甲児くん・・・!」

それから僕の人生の反面教師は、さやかさんの腕をぐいぐい引っ張って、喫茶室を出ていった。
所員達は、何も無かったような顔をして、コーヒーカップを片付けたり、今日のスケジュールを確認したり。
弓先生はコーヒーを飲み干して、眼鏡を拭いた。
忙しい研究所の一日が又始まる。
僕のおにいちゃんとさやかさんの喧嘩をスタートのゴングにして。



兄貴とさやかさんがどこへ行ったのか、僕は知らない。
あんまり知りたくもない。
でもさやかさんは、後で会ったら襟元がきっちり締まった服を着て、暑苦しいエネルギー炉で難儀してた。
肌の露出度が百からゼロになってた。
僕や他の人と目が合うと、真っ赤になって首筋を隠して走って逃げちゃうんだ。
当分キャミソールは着られないらしい。
兄貴は「ヘン、ざまーみろ、思い知ったか」とか言ってるし。


・・・大概にしろよ、兄貴。

おじいちゃん、僕は今ならよく判るよ。

僕のおにいちゃんは、我慢できない性格じゃなくて、我慢しない性格なんだ。

誰か、うちの兄貴の困った性格、何とかしてくんないかな。
僕のおにいちゃんに手加減ってものを誰か教えてやって。

僕、いつまでも小学生じゃないんだぜ。

 

<おわり>



mioさん、10万ヒットおめでとうございます。
温かく優しさに満ちたmioさんのサイトが大好きです。
リクエストに答えて頂いてありがとうございました。
ゆうはとっても幸せ者です。
10万ヒットのお祝いと、リクエストのお礼として投稿させて下さいませ。

私の方こそこんな素敵なお話をありがとうございます
これからもよろしくお願いします♪
mio


 

 

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