さくらさく。

 

 あたしの名前は弓さやか。ここ、光子力神社の一人娘。
 うちの神社はこれでも結構有名で、どう有名かというと、ここで結婚式を挙げると末永く幸せに暮らせる…なんていう評判が立っているかららしいのよね。
 一体誰がそんな評判立てたんだか。おかげであたしは、土日ともなると結婚式の手伝いをさせられてもうホントに迷惑だったら。
 だってね? あたしも一応働いてるわけよ。某会社で9時から5時まで。月金が会社で、土日が家業の手伝いともなれば、いつ遊べばいいっての?
 まあね、会社帰りに友達と飲みに行ったりとかね、そういうのは出来るんだけど、丸一日遊ぼうと思うと、土日が仏滅の日を待つしかないっていう状態なの。うら若き女性としてはちょっと悲しくない?
 考えてみてくれる? まともにデートも出来ないのよ?
 実はあたしはちょっと前から同じ会社の兜甲児って人とつきあってるんだけど、悲しいかな、いまだに彼のスーツ姿しか見たことがない。それっていうのも、付き合い始めてから、彼の都合とあたしの都合…つまり土日のどっちかが仏滅であることなんだけど…が合わないからなのよ。
 いい加減バイトを雇ってくれと父に主張してるんだけど、若い女の子が苦手な父はなかなかその気になってくれなくて、幼馴染のジュンとあたしが毎回駆り出されるというこの現状はそうそう変えようがないみたい。
 ホントなら、結婚式のある日に無理やり遊びに出かけちゃえばいいのかもしれないけど、父を困らせるのはしのびなくて、そういう強硬手段には出られないあたり、あたしも気弱なんだけどね。

 

 神社の境内に植えられた桜もそろそろ満開。今もちらほらと風に花びらが散っている。
「こうやって見てると綺麗なんだけどねぇ…」
 ジュンがため息をつきながら言う。
「そうよね、あとの掃除のこととか、毛虫のこととか考えなきゃね」
 掃除するのはあたしか父の役目。幸いうちの境内での宴会は禁止されてるから、よそさまの神社みたいに花見客に傍若無人な振る舞いをされる心配はないけど、それでもお掃除はなかなか大変だ。
 今日は例によって大安の日曜日で、もう少ししたら結婚式のカップルが親戚一同と共にやってくるだろう。あたしとジュンは境内と式場の掃除をしたあと、巫女の衣装に着替えてから、神社の受付でぼんやりしていた。
「…あれ…?」
 満開の桜を眺めながら、過去に起こった結婚式でのアレコレ(新婦が来なかったこととか新郎が途中で逃げたこととか三三九度の酒を飲んで酔っ払った新郎あるいは新婦のこととか)を思い出していたあたしは、ジュンの訝しげな声に振り向いた。
「…なに…?」
 神社の入口方面を見たあたしの目に、見覚えのある姿が飛び込んでくる。あの、少し弾んだ歩き方、まとめようとしてもまとまらないという髪、あれは…。
「甲児くん!?」
「あ、やっぱりそーだった?」
 ジュンがにやにやとこっちを見て笑ってる。ジュンは甲児くんを知ってるし、あたしが彼と付き合っているということも知ってる。何故かというと、ジュンの彼である鉄也さんが、甲児くんの大学の先輩だからなのだ。
 それはともかく、あたしは、どうして今ここに甲児くんが現れたのかがわからずにぽかんとして彼を見上げていた。
「よお」
 甲児くんが片手を上げてにっこりと笑った。営業先の皆様に好評を得ているとっときの笑顔である。Tシャツの上にチェックのシャツを羽織って、下はジーンズ。スーツ姿以外の甲児くんを初めて見たけど、なかなかカッコいいかもしれない。
「なんでここにいるの?」
「なんでって、どっか行こうって誘っても家の手伝いがあるって断られてばっかだからさ、こっちから来てみたわけ。ここの桜は綺麗だって鉄也さんも言ってたから、ヤロー二人で花見もいいかなってハナシでさ、もうすぐ鉄也さんも来るから」
 甲児くんはなんでもないことのようにそう言った。
「でも、あたし、住所なんて教えたっけ?」
「電話番号しか聞いてないけど、神社の名前は教えてくれてたろ。だから、ほら」
 甲児くんが雑誌から切り取ったらしい紙を見せてくれた。そこには、『ここで式を挙げると幸せになるという言い伝えのある神社』などという見出しと共に、うちの神社の写真が住所と地図つきで載っていた。
「これ……」
「ああ、これさ、『××』っていう結婚情報誌に載ってたんだぜ? さやかさんちって有名なんだなー」
 そのとき、間髪いれずにジュンが会話に割りこんできた。
「え? 甲児くん、結婚情報誌なんかどーして見たの?」
「………………っっ!!」
 とたんに甲児くんの顔が赤くなった。
 甲児くんが普段からそういう雑誌を見ているはずがない。だから何か理由があって見たってことなんだろう。
 それは…つまり、甲児くんはあたしとのそーゆーことも考えてたって…こと? だからそんな雑誌まで見たのか…な??
「まっ、そんなのはいーじゃん。ほら、仕事はいーの?? 今日の結婚式なら天気も良くっていいよなー」
 甲児くんがあたふたと話題を変えようとしているのを見ながら、あたしは少し幸せだった。
 初めて会ったのは去年の春、甲児くんが転勤でこっちにきたときだったんだけど、そのときからあたしはずっと甲児くんのことが気になってた。最初は仕事のこととかでぶつかって、喧嘩ばっかしてたんだけど、本当はいい奴なんだって気がついて。
「あ、さやかっっ!! 皆さん到着されたみたい!!」
 ジュンが急に立ち上がった。駐車場に車が止まり、ばたんばたんとドアの開く音がする。本日一組目のお客様の到着らしい。
「ごめんね、甲児くん。あたしこれから仕事だから」
「ああ、俺は鉄也さんが着いたらここいらブラついてるわ。そっちの仕事が終わるの何時?」
「え? 今日は二組しかいないから三時には終わるけど…」
「ならそれから花見しねえ? そこの桜の下にゴザとか敷いてさ。俺ら弁当買ってくっからお父さんも一緒に五人でどーだ?」
『ホントは花見の宴会は禁止なんだけど…』
 そう思ったけど酒さえ出なきゃ宴会じゃないし大丈夫か…なんて勝手に解釈することにした。
 結婚式が終わったら、お父様に甲児くんを紹介して…。
「あ、そーだ」
 花の方へと歩いていた甲児くんがふと振り返った。
「な、その巫女さんの衣装、いいよなー。花見の間もそのままでいてくんねーかな?」
 オヤジくさい顔でそんなことを言うもんだから、あたしは思わず手元にあった雑巾を投げつけてしまった。
「うわっっ、ひっでー」
 笑いながら甲児くんが去っていく。

 それを見ながらあたしは思っていた。お父様がいやがっても、そろそろ巫女のバイトを一人、探さなきゃね。
 でないとあたしとジュンの結婚式のとき人手が足らなくなっちゃうもんね。

 

 空はあくまで青く、うす紅い花びらのゆれる、春の朝のことだった。

 

おしまい。

 

……なんのこっちゃ…(汗)。
どーしても巫女さんでマトモな話は作れませんでした。ごめんねー(汗)。
さんざん悩んでコレかと思うと情けない…。やじこさんゴメンね。  Mio

 

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