かくし芸大会の悲劇



 光子力研究所かくし芸大会、それは例年秋に行われる年中行事の一つだった。基本的にパーティー好きで楽しいこと好きのここ光子力研究所では、年間を通して様々なイベントが組まれている。以前は新年に行われていた「かくし芸大会」は、年末年始の忙しい時期では十分な練習が出来ないという所員たちの声により、数年前から比較的暇な秋に移ってきたのである。
 優勝賞品の豪華さもあって、出場者は毎年かなりの数にのぼる。彼らは皆、夏も終わる頃から出し物を考え始める。夜にはジャケットが必要になる頃には、出場者は忙しい仕事の合間を縫って練習に必死だ。そして、大会一週間前ともなると衣装も届き、本番さながらの練習が繰り広げられることになる。



 ここにもまた、本年度の大会に出場するメンバーが顔を揃えていた。
「…………こ……これはなんだ……」
 地の底から響いてくるような鉄也の声に、甲児が楽しげに答える。
「今度のかくし芸大会の衣装に決まってるだろ。みさとさんが作ってくれたんだよ。良く出来てるだろー??」
 目の前に並べられた衣装を手に取ると、甲児は集まった一堂に広げて見せる。
「すごいわね、さすがみさとさんだわ」
「ほんと。プロ顔負けね」
 ひどく感心したジュンとさやかの声。
「ボシュ。今年の優勝はいただきでしゅね」
「ちゃんと入るのかよ、ボス」
 ヌケとムチャも興味しんしんで衣装を見ている。
「……俺にこれを着ろっていうのか………!?」
 再び地の底から響いてくるような鉄也の声。しかし、答えるさやかはあっけらかんとしたものだった。
「いい出来じゃない。サイズだってぴったりのはずよ? ジュンからちゃんと教えてもらったんだから」
「…………!!」
 鉄也は隣に座るジュンをすさまじい目つきで睨む。しかし慣れているジュンは平然としたものだ。
「ほら、鉄也だって、サイズの合わない衣装じゃ困るでしょ」
「………………」
 鉄也の顔色が徐々に赤くなっていく。
「衣装がどうって問題じゃないんだっ!! 大体誰がかくし芸大会なんかに出るって言った!?」
「なんかに…なんて言っちゃ失礼よ、鉄也。皆さん楽しみにしてらっしゃるんだから」
「皆さんが楽しみにしてようとどうしようと、俺は楽しみにしてないっっ!!」
「何言ってんだよ、鉄也さん。今年の大会の目玉は鉄也さんの出場なんだからな。皆に期待されてるぜー?」
「そうそう、お父様も“あの鉄也くんが明るくなってくれたものだ…”なーんて涙ぐんでたくらいよ?」
「弓先生が、涙…?」
「そう。お父様、鉄也さんとジュンのこと、ずっと心配してたんだから。“かくし芸大会に出ようなんていう気持ちになってくれたんなら安心だ”って、こないだも嬉しそうに言ってたわ」
「…………」
 弓の名を出されると弱い鉄也だった。保護者である兜博士を亡くした鉄也とジュンのことを、親身になって世話してくれたのは弓教授だった。兜博士が遺産を残してくれたため、金銭面で不自由することはなかったが、人間それだけで生きていけるものではない。あの戦いの後、苦しんでいる鉄也とジュンを、影から何かとサポートしてくれていたのは弓だったのだ。その暖かい心遣いに鉄也はとても感謝している。
「言っとくけど、鉄也、私も今度のかくし芸大会には出場するのよ」
「ジュンも?」
「そう。ジュンとみさとさんと私は、男装してSMAPするの。総務と受付から踊りの上手い女の子を二人スカウトしてきたからバッチリよ」
 さやかはVサインをする。 
「今練習してるから楽しみにしててね。私キムタク役なのよ♪」
 ジュンはとても楽しそうだ。彼女はもともとダンスが上手かったから、さぞかし見事に踊るに違いない。
 ジュンも参加し、弓が涙ぐむくらいに期待してくれているかくし芸大会。もう今更「出ない」とは言えない雰囲気になっている。
 が、しかし。よりによってこれはないだろう。
「わかった。出る。出るけどな、これはないだろう、これは!」
 鉄也は目の前に並べられた衣装を手にして甲児の前に突きつける。
「えー? 今が旬だし、いいアイデアじゃねーか。大体鉄也さん、こないだ相談した時俺らに任せるって言っただろ?」
「こないだ?」
「ほら、花火&盆踊り大会のとき」
 鉄也の脳裏に嫌な思い出が蘇える。
 8月の行事である盆踊り大会に参加した時、甲児とさやかと同じペースで酒を飲んでいたら、いつの間にか飲みすぎて記憶を飛ばしてしまったのだ。鉄也は決して酒に弱い方ではない。ということは、甲児とさやかが異常なまでのうわばみだということだ。後日、さやかが携帯のカメラで撮ったという、記憶を飛ばしていた間にご機嫌で歌い踊っていた(らしい)自分の写真を見せられて、鉄也は激しく落ち込むとともに、二度とこの二人のペースでは酒を飲まないと決意したものである。それまで自覚はなかったのだが、自分は酒が過ぎると性格が変わってしまうらしい。さやかの携帯の中の鉄也は、この上なく楽しそうに歌い踊っていたのである。シラフの時には考えられないことだ。酒が醒めてから必死に思い出そうとしたのだが、何故あんな醜態をさらしたのかは、決して思い出すことができなかった。
 そんな時に何を言われたとしても、鉄也が覚えているわけはない。かといって、記憶を飛ばしていたなどと白状するのも恥ずかしい。結果として、鉄也は黙っているしかなかった。
「さ、そんじゃあ、着替えるか。俺たち、仕事の都合で今まで練習できなかったんだから、今日からは毎日練習だからな、優勝目指して頑張ろうぜっっ!!」
「おー!!」
「ちょ…ちょっと待て、待てって言ってるだろっっ!! おいっっ!! 待て〜〜〜〜っっっ!!」
 鉄也は甲児とボスに両脇を掴まれて別室へと引きずられていく。いくら鍛え上げた鉄也といえど、ボスと甲児の二人がかりではかなうわけがない。
 徐々に遠ざかっていく鉄也の悲痛な声を聞きながら、さやかは心配そうにジュンを見た。
「ねぇ、ジュン。ホントにいいの? 鉄也さん」
「いいのよ。鉄也にもいろんな人生経験が必要なんだから」
 ジュンはいい香りのお茶を啜りながら、さやかに向かってにっこりと微笑んだ。


 それからしばらく後、『GOLDFINGER'99』だか『Livin'La VidaLoca』だかの曲と共に、ものすごーくノリノリの甲児とボスに引きずられるようにして鉄也が部屋に登場した。ぴちぴちのレザー(に見えるが予算の関係で実はビニール製)の衣装を身にまとったその姿は、最近テレビで人気の某芸人の格好そのものだった。太りすぎのボスや、ちょっと細身の甲児より、適度にマッチョな鉄也が一番似合っていたのである。しかしその顔は、甲児やボスとは違い、魂を抜かれたようで、とても腰振りの練習など出来そうになかった。
「どうするの、甲児くん。あの調子じゃ鉄也さん、練習なんか出来そうにないわよ?」
「任せとけって、俺に作戦があるんだからさ」
「作戦?」
「そう、さやかさんも手伝ってくれよな?」
 企み顔の甲児に協力することを誓ってから、さやかは作戦の内容を聞いて納得したのだった。



 それからしばらくの間、鉄也は何度か甲児とさやかの飲み会に誘われ、必死に断ったにも関わらず無理矢理同行させられて、しこたま酒を飲まされたのだった。そしてそのたびに記憶をなくしてしまったのである。もちろん、後で思い出そうとしても、記憶をなくしていた間に何をしていたのか覚えてはいない。
 一方、かくし芸大会の練習の方は、それ以来一度も行われなかった。出来ればかくし芸大会など出たくなかった鉄也は、これ幸いと忘れたフリをして日々を過ごし、やがて大会の当日がやってきた。



「きゃー!! 素敵っっ!! 鉄也さーん!!」
「すげーぞ、甲児〜!! ボス〜!! 鉄也〜!!」
「やっぱり鉄也さんが一番素敵〜っっ!!」
 舞台の上の鉄也はノリノリだった。会場はやんやの大喝采である。三人のレイザーラモンHGは腰を振り雄たけびを上げ、それはもう見事なばかりの演じっぷりである。しかし、一番ノっている鉄也一人だけが、妙に顔が赤く酒臭かったのに、審査員は誰も気づかなかった。
 その日、大会開始数時間前から、鉄也は甲児とさやかとボスヌケムチャにさんざん酒を飲まされ前後不覚になっていたのである。それなのに、何故か見事にレイザーラモンHGを演じきったのだ。それはもう、とても練習なしで出来るとは思えない技だった。そう、実は記憶がないだけで鉄也はきちんと腰振りの練習をしていたのだ。もちろん、甲児とさやかに誘われて酒を飲み、記憶を飛ばしている間に。


 甲児とボスをはるかに凌駕していた鉄也のレイザーラモンHGは、光子力研究所の伝説となって語り継がれたのだが、鉄也は二度と「かくし芸大会」に出場しようとはしなかった。もちろん、その後二度と甲児とさやか主催の飲み会には出席することもなかったのである。

ちゃんちゃん。

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