RAINY DAY

 

 さやかは概ね運のいい方である。
 あのとんでもない戦いを無事に生き延びたというだけでも強運だと実証済みだ。
 だからこそ、常日頃、さやかは自分の運を過信しているのだった。

「……うわ……、降ってる……」
 とあるファッションビルを出ようとして空を見上げ、さやかはひとつため息をついた。
 ジーンズにサンダル履き、キャミソールにサングラス…というさやかのいでたちはもうすでに「夏」だったが、不幸なことに、本日の空は曇っており、あまつさえしとしとと雨まがで降っている。
 それも当然で、今はまだ6月末、梅雨明け前なのだ。
「今朝は晴れてたじゃないのよぉ〜」
 思わず空を睨んで文句を言うさやかだったが、いくら朝晴れていたとはいえ、この梅雨の真っ只中、傘も持たずに出かける方がある意味どうかしていると他人が聞いたら言うだろう。
 さやかだって、朝、出かける時には傘を持ってこようと思ったのだ。実際傘を持って車には乗った。ただ、その傘を、ここまで送ってくれたシローの車に置き忘れてきたのが失敗だった。
 しかも、傘を忘れたことにすぐ気づいたにもかかわらず、「あたし運はいい方だしぃー」などと思って、シローを呼び戻さなかったのも失敗である。
 確かにそのとき空は晴れており、すぐには雨など降りそうになかったのだが。
「あーあ、どーしよ」
 さやかは両手に持った荷物を見下ろした。
 大きな紙袋の中身は、買ったばかりの洋服だの靴だのバッグだの化粧品…などなどである。先日ボーナスが出たばかりとあって、日頃買い物にも滅多に出られないストレス解消とばかりに、今日は夏物を買いあさって来たのだ。
「これ、濡らしたくないわよね。かといって、傘買うのももったいないし…」
 シローは大学の友人と遊びに行くと言ってでかけたし、みさとは実家に帰っている。ボスヌケムチャは今日は仕事のはずだ。そして…。
「甲児くんは出張だって言ってたっけ…」
 迎えに来てくれそうな人間がいないことを頭の中で確認すると、さやかは諦めて1歩踏み出した。
 こうなったらタクシーを拾うよりほかないだろう。
 そのとき。
 RRRRRRRRRR…。
 バッグの中から呼び出し音が聞こえてきた。
 慌てて携帯を引っ張り出して通話ボタンを押す。
「はい、……あ……」
 電話の向こうから聞こえてきた声は、今、「迎えに来てくれる可能性はない」と却下した人間のうちの一人のものだった。
「……甲児くん? なに、どーしたの?」
『俺さぁ、仕事がやけに早く終わって、もう帰るトコなんだけど、さやかさん今日オフだっつってたろ? 時間あったらどっかで飯でも食わねぇ?』
 聞くと甲児はもう、この近所まで帰ってきているらしい。
「ラッキー♪」
『へ?』
「あたし、今、買い物に来てるんだけど、ここからどうやって帰ろうかなーって思ってて。ほら、こないだ甲児くんがおいしいおいしいって言ってたインド料理屋のあったビル、覚えてる? そこの南側の出口んとこにいるから……」
『……のさぁ、もしかして、俺ってものすごーくタイミング良く電話した?』
 あまりに上機嫌なさやかの様子に、甲児の声に不審げな響きが混じる。
「………わかる?」
『……まさかとは思うけどさ、この天気に傘も持たずに出かけちゃって、帰りの足に困ってた…とか…?』
「ぴんぽーん♪」
『……………………』
「あ、でも、出かける時は傘持って出たのよ? ここまで送ってくれたシローちゃんの車に置き忘れただけで…」
 その返事に、甲児はため息をついたらしい。呆れたような声が返ってくる。
『シローの奴、今日きっとデートだぞ? 彼女が乗ってきたときに、女物の傘なんか置いてあったらどーなることか……』
「………………あ………」
 そこまで考えていなかったさやかは、頭の中でその状況を思い描き、シローに小さく頭を下げる。
『ま、いーや。とにかくそこで待ってろよ。あと10分くらいで着くからさ』
「うん」
『ただし今日はさやかさんの奢りな』
「……えーっっっ!!」
 軽い笑い声と共に電話が切れる。
 さやかは少し眉を寄せて携帯を睨んだあと、目の前のまだ雨の降り続いている街に視線を移した。
 色とりどりの傘をさした人たちが通り過ぎていくその光景は雨の中に花が咲いているようだ。
「綺麗ねぇ」
 さっきまでは鬱陶しいとしか思わなかった雨も、迎えが来て、濡れずに帰れるとなればなかなか楽しいものである。
 甲児が来たら一緒にどこかのお店で食事をしよう。居酒屋で飲むのもいいし、パスタなんかも食べたい。いっそ渋く和食はどうかな…?
 そういえば、甲児と二人きりで外食なんて随分久しぶりのことだ。このところ仕事が忙しくて、なかなかデートも出来ずにいたのだ。
 それなのに、偶然こんな機会が訪れるなんて…。
「あたしって、やっぱり運がいいわよね」
 運がいいから、多分全面的に奢らされることもないだろう。
 さやかはにっこり笑って呟いて、多分間違いなく「運が悪い」状態に陥っているだろうシローへの詫びに、何を買って帰ろうかと考え始めた。

 

おしまい。

 

 

すいません。誰使ってもいいよーな話で…(汗)。
でも、こーゆーのならいくらでも書ける気がする(笑)。

 

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