◇ Valentine Wars ◇

 

 

 2月13日夜、兜甲児は余裕しゃくしゃくだった。
「明日はきっと、俺宛のチョコレートがいっぱい届くぜー♪」
 今日が13日ということは明日は当然14日。2月14日と言えば世の男性をわくわくドキドキさせる年に一度の一大イベント、バレンタインデーである。
 甲児の場合、これまでバレンタインにチョコをもらえず切ない思いをしたことがない。明るくスポーツ万能でそこそこ顔も整っていた甲児にとって、バレンタインとは“必ずチョコをもらえる日”を意味していた。なので、光子力研究所に来てからも当然そういう気持ちでいたのだったが……。
「なーんか、いけすかない感じよね」
 そう呟いたのは、余裕ぶっこいている甲児を見ていたさやかである。
 しばらく何事かを考えていたさやかの口許に、やがて悪そうな笑みが浮かんだ。


 翌日は日曜日だった。今のところ女の子本人も女の子からの荷物も甲児の元には届いていない。
 それでも甲児はまだ余裕で、「今年は何個もらえるだろう」などと考えながら、のんびりとバレンタインの話題を取り上げているテレビ番組を見ていた。
 そこへ……。
「……甲児くん……」
 さやかが甲児のいる部屋へやって来た。
「……え……?」
 振り向いた甲児は訝しげな顔をしてさやかを見つめた。伏目がちでもじもじとしているさやかは、いつもとはまるっきり雰囲気が違っていたからだ。
「……あの……。今ちょっといいかしら……」
 さやかは遠慮がちに言った。
 普段は余り気づかないが、客観的に見ればさやかは可愛い。はっきり言って美人である。こうやってしとやかにしていると、そのことがやけに意識されて、甲児はちょっとどきどきした。
「……ど……、どうしたんだよ、さやかさん」
 いつもと勝手が違う雰囲気に、甲児は動揺していた。しかし甲児の動揺など知らぬげに、おとなしやかなさやかはおずおずと甲児の元に近づいてきた。その顔はわずかに赤らんでいる。
「……甲児くん、あの………」
 そこでさやかは言葉を途切れさせた。恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。
「……………!」
 その時甲児は気がついた。今日はバレンタインデーだ。そして、さやかの右手は背中に回っている。そこには何か持っているに違いない。その何かがチョコレートである可能性はかなり高い気がする。
「なーんだ、それならそうと言ってくれればいいのに……」
 途端に甲児に余裕が少し戻ってきた。さやかがチョコをくれるとは。しかも、この表情から考えると、ものすごく本気チョコっぽい。
 いつも喧嘩ばかりしているが、あれは愛情の裏返しだったのだ。さやかは本当は甲児のことが好きだったに違いない。
「そんな恥ずかしがらなくっていいって、さやかさん。俺に渡したいもの……あるんだろ?」
「……う……うん……」
 さやかは甲児から目を逸らすと、おずおずと右手に持っていたものを差し出した。
「……これ……、あの……、もらってくれる?」
 赤いリボンのついた小さな包みは、まぎれもなくバレンタインチョコだと甲児は思った。
「あとで……一人になってから開けてね」
 小さな声でそう言うと、さやかは甲児に包みを押しつけて去っていってしまう。
「………さやかさん………」
 予想もしていなかった相手からチョコを貰って、妙にじーんとしてしまった甲児は手の中の包みを見た。綺麗にラッピングされたそれは、開けるのが勿体ない気がするほどだ。それでもリボンに手を掛けようとしたとき。
「兄貴〜〜!! チョコ届いた〜〜?
 元気な声と共にシローがやってきた。シローの手の中には赤やピンクの袋やら包みやらがある。
「ほら、クラスの由紀ちゃんや亜美ちゃんからもらったんだよ。バレンタインチョコだって。今日は日曜日だからわざわざ持ってきてくれたんだぜー」
 何故だかは自分でもわからなかったが、甲児はさやかからもらった包みをシローに気づかれないようそっとポケットに隠した。
「あれ、兄貴んとこには届いてないの?」
「………あ、ああ、まあな」
「ふーん、珍しいね。兄貴がチョコを一枚ももらわないバレンタインデーなんて。まぁ今日は日曜日で学校休みだもんね。でも、俺はちゃんと貰ったけどー」
 シローの言い方は若干勘にさわったが、ここは兄としての度量の見せ所だ。余裕の笑みさえ浮かべて聞いてやった。
 しかし。
 シローに言われて甲児はやっと気がついた。窓の外では既に太陽が沈もうとしている。こんな辺鄙な場所にある研究所に、日が暮れてからわざわざチョコを届けに来る女の子はいないだろう。
 よく考えれば、こっちへ来てから戦闘戦闘で余り学校へ行っていないし、ボス以外の同級生と遊びに行ったこともない。当然女の子と仲良くなる機会なんてなかった。
 と言うことは、今年甲児は誰からもチョコをもらえなかったということだろうか。毎年毎年十個はかたいと言われていた自分が、一個も貰えないなんて……。これまでまったく気がつかなかったが、チョコを貰えるということは思いの外有り難いことなのかもしれない。
 甲児が思わず凹みそうになったとき、手がポケットに触れた。そうだ、さやかからのチョコがある。
 由紀ちゃんと亜美ちゃんについてひとしきり語ってシローが去っていった後、甲児はさやかからもらった包みをポケットから出した。
 今年もらったチョコはこれ一個だ。さやかさんに感謝してありがたく頂こう。
 そう思ってリボンを解いて、包み紙を開けて。
 そして………。
 甲児は叫び声を上げた。



「さやかさんっっ!! これは一体何の真似だよっっ!!」
 甲児はさやかから貰った箱を、さやか本人の前につきつけた。
「何って……、甲児くん、何を騒いでんのよ?」
「これ……、これってバレンタインチョコじゃねーじゃねーかっっ!!」
「あら、誰がそれをバレンタインチョコだなんて言ったのかしら?」
「………………っっ!!」
 そう言えば。さやかはこれがバレンタインチョコだとは一言も言っていなかった。
「あたしは、日々の戦闘で疲れた甲児くんの心を和ませるために、びっくり箱をプレゼントしたのよ? それを甲児くんがチョコだって勘違いしただけでしょ?」
「……………っっっ!!」
 そう。さやかからもらったそのその箱はバレンタインチョコなどではなく、びっくり箱だったのである。
「甲児くんは今日、さぞや沢山のチョコをもらったんでしょうねぇ〜? だったら、あたしなんかに貰う必要ないでしょ?」
「あーその通りさっ!! 俺はさやかさんからのチョコなんて貰わなくても、他からいっぱい貰うから平気だねっっ!!」
「あ、さやかさん。兄貴今年は誰からも貰ってないみたいだから…」
 甲児とさやかの戦闘を眺めていたシローが、そのとき口をはさんだ。
「………シローっっ!!」
 甲児が叫び、さやかが笑う。
 そうして、バレンタインデーのこの日、甲児とさやかの喧嘩がまたしても始まった。




 しかし甲児は気づかなかったのだ。自分が投げつけたびっくり箱の奥の方から、そのとき小さなハート型のチョコが転がり出たことに…。

 

しそさんから上のイラストをいただいたので、それを元にこんな話を書いてみました。

“「今日はバレンタインかぁ」とくつろいでる甲児くんの元に、
さやかさんがチョコを渡しに行くのだけど実は中身はびっくり箱というシーンです”…とのことです。

しそさん、変な話をつけちゃってごめんね(汗)。

 

END

 

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