Merry Christmas !!

 

「メリークリスマス!!」
「また来年も来てねーっっ!!」
 楽しげな子供たちの声が、3人のサンタを見送ってくれる。
 赤いサンタの衣装に身を包んだ甲児、さやか、ボスの3人は、とある建物から出てくると、空っぽの袋を背負って歩き出した。さやかはともかく、甲児とボスは白い髭までつけていて、完璧なサンタぶりだ。
 今日は12月24日、クリスマスイブ。
 街には彼らと同じ格好をした即席サンタがあふれかえっていることだろう。
 しかし、彼ら3人がサンタの扮装をしているのは、ケーキを売るためでも、ピザを宅配するためでもない。
 彼らは本当にサンタになって、子供たちにプレゼントを届けるためにここに来たのである。
 いや、正確にはここだけではなく、すでに本日他の数カ所でもサンタの役目をしてきたのだが。
「兜、さやか、今日は悪かったな。二人とも久しぶりに日本へ帰ってきたっていうのに、こんなこと手伝わせちまって。まったく、ヌケの奴は風邪ひいて起きられねーし、ムチャはスキーに行って骨折しやがるし。シローは年明けたら受験だから手伝わせられねーしよ」
 ボスが、妙に似合っている髭を顔からばりばりと剥ぎ取りながら言う。
「ううん。甲児くんはどうせ予定より早く帰ってきて別にすることなかったんだし、あたしは去年手伝えなかった分、今年は絶対参加したかったんだもん。衣装まで自前で用意したのよ?」
 さやかが着ているサンタの衣装は、ズボンのかわりに短いスカートがついたものだった。
「一昨年借りた衣装、だぶだぶでめちゃくちゃカッコ悪かったから、もう着たくなかったのよね」
「でもそれ、サンタっていうより、クリスマスバージョンのキャンギャルみてーだぜ?」
 白い大きなつけ髭を取りながら素直な感想を述べた甲児を、さやかが睨みつける。
「……いいでしょ!! 子供たちは可愛いって言ってくれたんだから!!」
「最近の子供はお世辞がうまいよなぁ」
「それ、どういう意味かしらぁ〜?」
「そのまんま」
「なんですって!?」
「………ちょーっと待った!!」
 寒空の下、いきなり戦闘態勢に入りかけた二人だったが、あやうい所でボスの制止の声がかかった。
「………おまえらも、相変わらずだわねぇ」
 ボスは呆れたように二人を見比べている。
「こんなとこで喧嘩してたら風邪ひくぜ? さっさと研究所へ帰って、今夜は二人でゆっくりしろって。なんてったって久しぶりなんだしなぁ」
 にやにや笑いのボスの言葉に、言外の含みを感じとったさやかが、夜目にもわかるほど真っ赤になる。
「………な…っ、なに言ってっっ(汗)。シローちゃんももうすぐ帰ってくるし、研究所に戻ったらみんなでクリスマスパーティーするのよっっ!!」
「そうそうっっ!! 今みさとさんがパーティーの用意してくれてんだよ。ボスもパーティーに来てくれって誘おうと思っててさっっ!!」
 甲児の顔も心なしか赤い。
 それぞれ別の国の研究所で働いている二人は、もう半年以上も直接顔をあわせてはいない。確かに今回の休暇が本当に久しぶりではあったのだ。そして久しぶりともなれば、二人でゆっくり過ごしたいと思って当然だし、それなりにしたいこともあるわけで。
 ドクターヘルとの戦いから数年、恋愛下手の二人の仲もそれなりに進展しているらしく、そのことは最近では周りの人間にも感じ取れるようになってきていた。
 特にボスの場合、見かけによらずこれでなかなか鋭いのだ。しかも、昔さやかを好きだった者として、そして甲児の親友として、自分には二人をからかう権利があるのだと思ってもいる。
「パーティーは遠慮しとくわよ。俺が参加すると兜と二人で潰れるまで飲んじまうから、貴重な一日がパァになってさやかには迷惑だろ?」
「…迷惑だなんてそんなことないわよっっ!!」
「ほんとほんと、みさとさん、ボスの好物作って待っててくれてるしっっ!!」
「そうそう、ボスがいないとパーティーもつまんないわよ!!」
「シローも久しぶりにボスに会いたいって言ってたしな!!」
 二人して顔を赤くして言い募るのを、しばらく黙って聞いていたボスだったが、やがて堪えきれないように笑い出した。
「…あっはっはっはっっ!! 悪ぃ悪ぃ、からかっちまってよ。でも、ホントに今日は駄目なんだわ。明日出勤なもんでよ。俺だって、おまえらと騒いでる方がいいんだけど、しょーがねーのよ」
「ボス、ちゃんと社会人してるんだなぁ」
「まーな。それよりほんとに今日はありがとうな。おまえらのおかげでガキ共大喜びだったぜ。改めて研究所へは顔出しするから、そんときには一緒に飲もうな」
「ああ」
「んじゃーなっっ!!」
 暗い夜道を騒ぎながら歩いてきた3人は、先ほどの建物から少し離れた場所にある駐車場にやってきていた。
 そこに停めてある一台のトラックが、今日のトナカイの橇役だ。甲児とさやかが乗ってきた車も、少し先に停めてある。
 ボスはトラックの運転席に乗りこむと、車の窓を開け、二人に向かって言った。
「メリークリスマス!!」
 ボスが下手くそなウィンクをしているのが薄暗い街灯の下でもわかる。
 エンジンの音がしてトラックはゆっくり動き出した。
「メリークリスマス!!」 
「おやすみーっっ!!」
 甲児とさやかはボスのトラックに向かって大きく手を振った。車はどんどんと遠ざかって行く。
「……俺、知らなかった」
 やがて、ボスのトラックが見えなくなった頃、甲児がぽつんと呟いた。
「ボスがこんなことしてたなんてさ…」
「甲児くん、去年も一昨年もクリスマスに帰って来れなかったものね。その前はまだドンパチしてたし」
 今日、甲児とさやかがボスに頼まれてやってきたのは、かつてのドクターヘル、ミケーネとの戦いに巻きこまれて親をなくした子供たちの暮らす施設数カ所だった。
 ボスがこれらの施設に毎年クリスマスプレゼントを届けていたということを、今回、ヌケとムチャのピンチヒッターとしてサンタ役の手伝いにかりだされた甲児は初めて知ったのだ。
 どこの施設でもボスは子供たちに慕われていた。年に一度クリスマスプレゼントを持ってくるというだけで、子供たちがボスに対してこんなにも信頼と愛情のまなざしを向けるわけもなく、ボスがいかに頻繁にこれらの施設に出入りしているかはそれだけでもわかった。
 そして、ボスの友人であり、マジンガーZの操縦者でもある甲児もまた、子供たちに大歓迎を受けたのだ。
 施設にいるのはマジンガーZと機械獣の戦いに巻きこまれて親を失った子供たちである。彼らの中には、かつての西城のように、マジンガーZとその操縦者を憎んでいる者もいただろう。それなのに、今日どの施設に行ってもそこにいる全員に心から歓迎されたことに甲児は少し驚いていた。
「………ボスはすごいな」
「……え?」
 さやかは、まだボスの乗ったトラックが消え去った方向に視線を向けている甲児を見上げた。
「…………そうね」
 さやかもまた、初めてボスと共に子供たちのところへ行ったときの驚きを覚えていた。だから、今の甲児の顔を見て、彼が何を考えているのかがわかる。
「ボスのね、あの図々しいくらいの明るさとパワーには、どんな子供の心だって溶かす力があるんだわ」
 もちろん簡単ではなかっただろうけれど…。
 二人は声には出さず、心の中だけでそう呟く。
「……来年も、クリスマスは日本で過ごそっかなー」
「んじゃ、来年もキャンギャルサンタでご一緒しますわ」
 にっこり笑ったさやかに、甲児は一瞬いやそうな顔をした。
「……ちょっと考えとく…」
 そう言うなり、強くなってきた北風に背中を丸めて歩き出す甲児を、頬を膨らませたさやかが追う。
「いいわよーだ。来年は…………へ?」
 言いかけたさやかの言葉がふいに途切れる。
「………なに?」
 さやかの目の前に、いきなり振り向いた甲児の手が突き出されたのだ。
「ほらよ」
「なに、甲児くん。プレゼント一個渡すの忘れたの?」
 甲児の手の中には、クリスマスカラーのリボンで飾られた小さな包みが置かれている。
 それは確かにさっき二人で子供たちに渡してきたプレゼントと外見はそっくりだった。
 ……………が………。
「…………………誰が子供にアクセサリー送るんだよ!?」
「え?」
『…………はー。なんでこの女はこーゆーときだけ鈍感なんだか……』
 びっくりまなこのさやかを見て、甲児はがっくりと肩を落とす。
「……もしかして、これって、あたしへのクリスマスプレゼント!?」
 しばし甲児の手の上の包みを見て考え込んでいたさやだったが、急にぱっと顔を輝かせて甲児を見上げた。
「感謝しろよ? わざわざ向こうで買ってきてやったんだからな」
 照れ隠しがばればれの尊大な態度に、さやかはくすりと笑みをこぼす。
「…………ありがと…」
 甲児とクリスマスを一緒に過ごすことなんて、もう随分と久しぶりのことだった。クリスマスプレゼントを貰うなんて、さやかの記憶にある限り初めてのことかもしれない。
「………俺には?」
「…え?」
「俺にはなんかプレゼントくれないわけ?」
「…あーーー………ごめん………」
 本来甲児はクリスマスも済んだ暮れの押し詰まった頃に帰ってくる予定だったので、さやかは何の準備もしていなかった。
「…ちぇー、せっかく仕事をさっさと片づけて、予定より早く帰ってこれたったいうのに、その仕打ちかよ」
 わざとらしく寂しそうな顔を作って、つま先でアスファルトを蹴っている甲児を見て、さやかがふいに悪戯っぽく笑った。
「んじゃ、これがクリスマスプレゼントね♪ あと、サンタさんやってくれてお疲れ様って意味も込めて…」」
「…………へ……………は………ん……!?」
 暗い駐車場の片隅の二つの人影が重なった。
 クリスマスイブ。赤い衣装のサンタ二人が優しいキスを交わすところを見ていたのは、降り始めた白い粉雪だけだったかもしれない。

 

おしまい

 

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