この話は、「グレンダイザー」がなかった世界のお話です。
「Z」のあとは「グレート」で戦いの物語はおしまい。甲児くんはNASAに行ったかもしれないけど、宇宙科学研究所には行ってません。大介さんは地球に来てないし、ベガ星連合軍も攻めてきてません。
そういう世界観ですので、そのつもりでお読みください。
外からの光がたっぷりと入るリビングは、広くはないが狭くもなく、落ち着いた色合いで統一された内装と家具のせいかとても居心地がよさそうだ。壁際の飾り棚の目立つところにはいくつかの写真たてが置かれている。左から順に、二人で写ったものが三人になって四人になって五人になって…と徐々に映っている人数が増えていく写真。どの写真の中でも、みんな幸せそうな笑みを浮かべていてる。
室内には年配の男女。ソファに隣り合って腰かけている二人は、飾り棚の一番左の写真に写っている二人の何年も後の姿をしていた。
「いい天気だなぁ」
「そうねぇ」
「静かだなぁ…」
「ほんとに」
「なんていうかこう、いいよなぁ、こんな毎日って」
「ゆっくりお茶飲んでぼーっとするなんて、昔だったら考えられないものね」
「ああ。マジンガーZで戦ってた頃が嘘みたいだよ」
「あの頃は毎日が生きるか死ぬかで。まぁ、楽しいこともいっぱいあったけど」
「そうだよなー。あの頃は憧れたよな、戦いのない平和で平凡で穏やかな毎日ってやつに」
「そうよね。あの頃に憧れた生活をしてるのよね、私たち」
「平凡でありふれた日々、最高だな」
「本当にそうよね」
「こういう日がずっと続いて欲しいよな」
「まったく」
まったりとした夫婦の会話。そこにいきなり割り込んできた声がある。
「だーれが、平凡でありふれた日々を過ごしてるんですかっっ!」
部屋のドアを開け放ち、息を切らせて立っているのは一人の女性だ。
「あらいらっしゃい、どうしたの、怖い顔して」
「怖い顔なんてしてません! お父さまとお母さまの平凡が、私の思ってる平凡と違いすぎてびっくりしてるだけです!」
「「え?」」
夫婦は同時に小首を傾げる。その息の合い方すら腹立たしいと言うように、女性は強い口調で言いだした。
「お父さまとお母さまの平凡って言うのは、その年になって宇宙旅行へ行くことですか!?」
「あら。知ってたの」
「当たり前でしょ! 慌てた叔父様が教えてくれたわ!」
「あいつ、羨ましがってただろ?」
「いいえ! 心配してました! いい年して何やってんだって!!」
そう、彼女が今日は来るはずのなかった実家にやってきたのは、集合時間の確認のために電話をしてきた叔父から、両親が宇宙へ行くのだと聞いたからだ。
ちなみに、実は叔父は慌ててはいなかった。どちらかと言うと呆れていた感じである。いい年して何やってんだと言ってはいたが、完全に諦め口調ではあった。
「別に初航行じゃないのよ? 去年の秋に戻ってきたチームがあるんだから安全だし…」
「そうそう。俺たち事前の身体検査や体力測定はちゃんとクリアしてるんだから心配しなくていいぞ」
「測定結果がね、私たち二人とも、実年齢より二十歳以上若いんですって!」
すごーく嬉しそうに笑う母親に何と返事をしたらいいのかわからない。
確かに二人とも外見も中身も若いとは思う。それでも少し前に現役はリタイアしているのだ。そこはかとなく白髪は増えているし、皺だって深くなっている気がする。両親は明らかに老いていっているのだ。
それなのに! 孫を抱いて日向ぼっこでもしていればいいものを、何を考えて宇宙旅行へ行こうなんて思ったのか。
この時代でも、そう簡単に宇宙に出られるわけではない。辛うじて太陽圏内ならある程度行き来が出来るようになったが、外宇宙へ行くなど、昨年旅立ったチームが初めてだったのだ。
その、昨年無事に地球へ戻って来た宇宙船の建造には、現役時代の両親も深く関わっていたらしい。何度も何度も計算してシミュレーションして大勢の人間の頭脳を結集して作り上げられた宇宙船。しかし、その宇宙船が無事に地球に帰ってくる保証などどこにもなかった。どこで何が起こっても不思議ではなかったのだ。
今回の目的地もその時と同じ星だと聞いているが、二度目の航海といえど危険性が変わるわけはない。
なのにこの両親は!!
そう思って、数を10数えて気持ちを落ち着かせる。
「いくら実年齢より若いって言っても年なんだから、他の乗組員の方たちに迷惑でしょう!?」
「いや? みんなから頼りにしてるって言われてるぞ?」
「…………………」
父は下の世代の人間にとって憧れの存在だ。宇宙船の建造にも携わっているし、まんざらお世辞でもない…かもしれない。
だがしかし、ここでひるんでいる場合ではない。両親を説得すべく口を開こうとした彼女だったが。
「心配かけてごめんね。でも、大丈夫よ。前よりずっと安全に航行できるはずだから。そうでなければ、いくら何でも私たちみたいなのを連れて行ってはくれないでしょ?」
「安全?」
「そう。前回より宇宙船の性能は上がってるんだよ。あっちの星の先代の王様って人が親切でな。滞在中に少し改造してくれたんだ。ちょっとした改造であれだけ性能と安定性が上がるとはなぁ。びっくりしたよ。随分と進んだ科学技術を持ってる星らしいぞ」
父の目がきらきらと輝き始めた。
「その星にはな、守護神と言われてるロボットがあるんだそうだ。前回のメンバーはそっち方面の専門家じゃなかったから詳しいことはわからないんだが、そんなのこの目で見たいに決まってるだろ? しかもな、なんかちょっとマジンガーZに似てるらしいんだ」
ロボットの話になったとたん、父の目が一段と輝きを増してくる。
これはダメなやつだ。父がこんな目をするときには誰も止めることができない。縋るような気持ちで隣に座る母に視線を移すが、母の目もまたきらきらと輝いている。
父だけならまだ母がストッパーになってくれることがある。しかし二人が結託するともはや誰にも止められない。
一瞬強面の伯父(血の繋がりはないらしいが)の顔が目に浮かんだがすぐに消えた。彼ではとうてい無理だろう。その妻である伯母(同じく血の繋がりはないらしいが)ならワンチャン説得してくれるかもしれないと考えたが、ちらりと伺い見た両親の姿に無理だと悟った。
自分の両親がある意味最強(最凶ともいう)だということを、彼女は生まれてこの方思い知ってきたのだから。
彼らのいわゆる「平凡でありふれた日々」に起こった出来事のあれこれが次々と脳裏に浮かんでは消えていく。楽しいことも多かった。いや、概ね楽しかったような気がする子供時代をきょうだいと共に送った彼女だったが、それがかなりなところ一般常識から外れたものであることをある程度の年齢になってから知った。けれど両親は、あの日々さえも「平凡」で「ありきたり」で「ごく普通」だと思っているのだ。
幸せそうな顔をした二人は、わくわくと楽しそうに宇宙へ行くときに何を持っていくか…なんていう遠足前の子供のような話をしている。ただその内容は、お菓子やジュースではなく、どんな機材だとか装置だったりとかだったりするのだが。
彼女は一つ大きく深呼吸をした。
「わかりました!仕方ありません!許可します!」
「いや、別におまえに許可もらわなくても……」
「なんですかっ!?」
「あーーー、何でもありません……」
父が若干小さくなったのを見て、彼女はふふんと鼻を鳴らす。
「お父さま、お母さま、だけど一つだけ約束してほしいの」
彼女の口調が真面目なものになったことに気づき、両親は居住まいをただす。
「なんだ?」
「なあに?」
「お父さまとお母さまのことが大好きな孫たちを、絶対に悲しませるようなことはしないって約束して」
それを聞いた母が柔らかくほほ笑んだ。
「もちろんよ。孫も子供達も悲しませるようなことはしない。ちゃんと帰ってきますとも。約束するわ」
「そうだぞ。俺たちも無事に帰れる保証があるからこそ行くんだから」
「あっちのロボットに夢中になったこの人が「まだ帰らない」って駄々こねても、無理やり引きずって帰ってくるから安心してね」
「……そんなこと言うわけないだろ」
「どうだか」
いつも通りの二人のやり取りに笑いが漏れる。
子供たちの知らないところで危ないこともやっていたらしい両親だが、約束を破ったことだけはない。それならもう信じて待つしかない。
ある程度予感してはいたが、結局こういう結論になってしまった。おそらく叔父も同じだったんだろう。あの呆れたような声が耳をよぎる。こうなった以上は仕方がない。
「じゃあ、今日のお父さまの誕生日パーティーは、お父さまお母さまの壮行会も兼ねることになるわね。みさとおばさまにも連絡しておくから」
「おー」
父がひらひらと手を振ってくる。
「どっちにしろ、今日、お前たちに話す予定だったからな」
「……反対されるとは思わなかったの?」
「あなたたちは最終的に認めてくれると思ってたわ」
母の言葉に、隣で父がうんうんと頷いている。若干腹立たしいものを感じたが、それはぐっと堪えることにした。黙って出発するのではなく、一応きちんと話してくれるつもりではあったらしいとわかったので。
昔、時々父は黙っていなくなった。そんな時、何をしていたのかはわからないが、危ないことをしていたんだろうとある程度の年齢になってから気が付いた。何しろ父は世界を救ったヒーローだったから、何かあれば頼られただろうことは想像に難くない。そんな時は伯父と、時々は母と伯母も不在だったものだ。全員子供達には何も言っていかなかった。「なるべく早く帰ってくる」という約束だけは必ず残していったが。
でも今回は話してくれるつもりだったのだ。つまり危いことをしに行くわけではないと解釈することにする。
「私と子供たちは直接みさとおばさまのお店に行くけど、お父さまたちは?」
「俺たちはボスと合流して行くよ」
「じゃあまたあとで」
彼女は部屋を出ようとして足を止めた。父を見てニッと笑う。
「頭に血が上ってて忘れてたわ。お父さま、お誕生日おめでとう」
「ありがとよ」
本日は夕刻から父の誕生会が行われる。昔から何かと忙しい両親だが、家族の誕生日は必ず集まって祝うのが習慣になっている。そこには両親の古くからの友人たちも顔を出すのが常だ。
今日は両親の友人であるみさとの経営している飲食店が会場になっている。両親の宇宙行きを聞いたら、みさともきっと驚くだろう。いや、叔父と同じように呆れる可能性の方が高いかもしれない。
きょうだいや孫達にも連絡しておかなければならない。反対しても無駄だということを彼らにもわからせておかないと。誕生会で揉めたくはない。もっとも、彼らの中で反対しそうなのは自分ぐらいかもしれないが。
そんなことをつらつらと考えながら今度こそ部屋を出ようとして、彼女はもう一度足を止めて振り返った。
「あ、そうだ。お父さまとお母さまが行く星って何て名前だったっけ?」
随分進んだ科学力を持っているという星。父が直接自分の目で見たいと思うようなロボットのある星。親切な先代の王様がいる星。その名前は。
「フリード星だよ」
「フリード星よ」
両親は声を合わせてそう言った。
おしまい
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで
このご夫婦の年齢は実年齢か、それよりちょっと下のつもりです。
どうしてその星へ行くことになったかというと、ある日故障した宇宙船(?)が地球に不時着し、乗組員の怪我の手当てと船の修理を、地球のとある研究所(多分八ヶ岳にあるやつ)がしてあげたことが縁になったからです。その時に、宇宙からやってきた彼らが、恒星間航行のシステムやそのノウハウもある程度地球に残してくれたりしました。
その星の先代王妃が誰かは決めておりません。ベガ大王が他星を攻めてない世界なのでルビーナか、あるいはナイーダか、それともどちらでもない女性、あるいは生涯独身で王位は妹の子供が継いでたり…とか?