PRESENT???

「……あ!!」
「どうしたの、さやかさん」
「しまった…。忘れてた……」

 さやかはシローが持っているリボンのかかった箱を見てうろたえ始めた。

「あー、もしかして、兄貴の誕生日を忘れてた…とか?」
「………や、誕生日の日付はね、覚えてるのよ、ちゃんと! ただ、ほら、ここんとこ忙しかったでしょ? 研究が大詰めだったりして。だから……」
「プレゼント用意するのを忘れてたのか」

 本日は甲児の〇回目のお誕生日である。身内で誕生日パーティーが開かれるのが恒例になっているので、特に確認することもなくシローが光子力研究所へやってくると、偶然同じ時間に研究所へ戻ってきたさやかと駐車場でバッタリ遭遇したのである。そしてそのまま所内のいつもの部屋へやってきたのだが。
 そこでさやかが、シローの持っている紙袋の中身に目を留めて、焦り始めたのだった。

「さやかさん、もしかして研究所に戻ってくるの久しぶり…とか?」

 さやかがこくんと頷く。ここしばらく、さやかは某研究所に行っていて、光子力研究所に帰ってはいない。しかも出張先の研究所は修羅場のごとくだったため、甲児の誕生日のことなどすーっかり忘れていたのだ。当然プレゼントは買っていない。

「……今日帰ってこられただけでも良かったね」

 シローがしみじみと言う。そんなシローは現在大学生。先ごろ車を手に入れてご機嫌である。

「兄貴さぁ、この前のさやかさんの誕生日、ガラにもなく結構頑張ってたじゃん」
「……そ…そうよね……」

 前回のさやかの誕生日、甲児は珍しいことにアクセサリーなんて贈ってくれたのだ。盛大に照れていた顔を今でもよく覚えている。
 それなのにさやかが甲児の誕生日を忘れていたなんて。プレゼントを何も用意していないなんて知ったら……。

「……当分責められる……」

 もちろん喧嘩した時に…である。どう考えてもこれはさやかの失態だから、言い返すことも出来ない。

「どうする? 今から買いに行く?」

 心配そうにシローがそう言った時、部屋のドアがいきなり開いて、顔を覗かせたのはみさとである。

「あ、二人ともやっと来たのね。もうすぐ食事だからもうちょっとだけ待っててね」

 それだけ言ってみさとの姿がドアの向こうに消える。

「……間に合わない……ね」
「……そう……ね」

 この分では甲児ももう到着しているんだろう。今から何か買いに行くのでは到底間に合わない。
 さやかは若干投げやりに言った。

「ほら、この際あれってどうかしら、シローちゃん」
「なに?」
「プレゼントは、あ、た、し!!…っていう……」
「じゃあ、もらおうか!」
「え……!?」

 さやかの言葉にかぶせるように誰かの声がした。

「…………!!」
「……………あーー」

 さやかはびくっとして、シローはチベットスナギツネ的な目になって、二人同時に振り返る。

「甲児くん!!」
「兄貴、いつからいたの?」

 そう、そこにいたのは甲児だった。ドア前でぐだぐだ言っていたさやかとシローからは見えない位置に最初から甲児はいたらしい。大きめの三人掛けのソファに寝転がっていた甲児に、二人は気づかなかったのだ。

「最初から」

 甲児はそう言うと、二人の方へ大股に近づいてきた。

「……もらって……いいんだな?」

 にんまりと口角を上げてさやかを見下ろす甲児の目は若干据わっているように見える。

「……え? あの、甲児くん?? もらってって、なにをデスカ?」

「今言っただろ、さやかさん。『プレゼントはあ・た・し』だって。だからありがたくいただこうっていうだけ」

 そう言うなり、さやかに何も言わせないまま、甲児はさやかを横抱きに抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこである。

「え、ちょ……、ちょっと甲児くん、なにしてんの!? 頭沸いてる!?」

 じたばたと暴れるさやかをものともせず、甲児は器用にノブを回し、ドアを足で蹴り開ける。

「ちょっとっ! 下ろしなさいよっ! 甲児くん! 酔ってんの!? なにキスしようとかしてんのよ、やめろって言ってるでしょーーーーっっ!!」

 さやかの声が徐々に小さくなっていく。

「……酔ってるんだね、兄貴……」

 残されたシローは、甲児が寝ころんでいたソファに目を向ける。その前には空になったボトル。高くてなかなか手を出せないと甲児が常々愚痴っているとある酒だ。お値段同様度数もかなり高かったはず。
 これを持ってきたのはボス、ヌケ、ムチャあたりだろうか。我慢できなくて飲み始めた甲児は、そのまま飲み続けて出来上がって、さやかとシローが来るまでは横になっていたと思われる。

「あーあ」

 シローは一つため息をつく。
 あの二人は最近随分大人になって落ち着いてきた。甲児が意識しているのは見え見えだし、さやかもまんざらでもなさそうだ。タイミング次第ではいつ出来上がってもおかしくはない。
 が、今ではないだろう。

 シローはもうひとつため息をついた。
 もうすぐさやかが甲児を殴り飛ばすか蹴り飛ばすか投げ飛ばすかしてこの部屋へ戻ってくるはずだ。そしてあの酒瓶を見て別の意味でもキレるだろう。あの酒はさやかもお気に入りだったはずだからだ。今度一緒に飲もう…なんて二人で仲良く話しているのをシローは聞いている。

 この前ここに電話をした時、弓が風邪で寝込んでいるという話だった。せわし博士は商店街の福引で当たった温泉旅行に行ったと言っていたし、電話に出たみさとは、ぎっくり腰になったのっそり博士を病院に送っていって帰ってきたところで、今からボスと二人で実家に帰るのだと言っていた。なんでも法事があるらしい。
 つまりはしばらくの間、甲児は一人で研究所のあれこれをこなしていたわけだ。みさとの栄養満点でバランスのとれた美味しい料理もなしで。

 そりゃあ疲れも溜まるだろう。そういえば目の下にクマがあったような気がする。
 それでも…だ。あれはないだろう、あれは。

 さやかが戻ってきたら、弟として兄の行状を謝るしかない。さやかが誕生日プレゼントを用意していなかった失態と比べてどちらがひどいのだろうか。いや、そもそもさやかが冗談であんなことを言わなければ、いくら酔っていたとはいえ甲児の中の何かのスイッチが入ることはなかっただろう。だったら一体責任の所在はどっちにあるのか…と考えて、そんなこと考えている場合じゃないと悟る。

「こっっ、甲児くんの馬鹿ーーーっっ!」

 隙間の開いたドアの向こうから、さやかの大絶叫が聞こえてくる。そして近づいてくる荒々しい足音。

「ほんっと、バカだなー。自分の誕生日に何やってんだよ」

 あの様子では主役不在の誕生日パーティーになるだろう。

「ああいうことは二人きりの時にやってくれ…」

 甲児が酔っ払って血迷うことがあっても、さやか以外の相手にああいう行動は取らないと実弟として確信している。しかしそれをさやか本人がわかってくれるだろうか。

 シローは心の中でもうひとつため息をつくと、さやかをなだめるにはどうしたらいいかを考え始めた。

 

 

おしまい

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

無理無理展開ですみません。
単に、「プレゼントはあ・た・し」っていうのと、強引で積極的な甲児くんが書きたかっただけです。酔っ払いにしないと無理だったけど(笑)。
さやかさんを部屋に連れ込んで(笑)ベッドの押し倒した甲児くんは、そこで沈没しちゃって床の上にずるずると滑り落ちました。
さやかさんの大声と甲児くんの奇行に気づいていた研究所の面々が誰も助けようとしなかったのは、どうせさやかさんが自力で何とかするとわかってたから。