転生したら侯爵令嬢だった件(3)

 

 そんなわけで。

「じゃあ、いくぞ。言っておくけど、今から言うことは本心じゃないからな」
「ええ。わかってるわ。私の方も同じだからへこまないでね」
「へこむわけないだろ」

 いつの間にか、殿下とは気安い口をきくようになっていた。会話のテンポも心地いい。うっかりかつての誰かを思い出しそうになり、私はそれを振り切るように声を上げた。

「……ひどいですわ、殿下っ!!」
「なにがひどいんだ! 本当のことだろうが!」
「わたくしは殿下のためにっ!!」
「それなら少しは私に寄り添う態度を見せたらどうだ!私は君に心を開いてもらえるよう努力してきたつもりだ!」

 殿下がしまったという顔をする。どうやらこれは本心らしいが、王族が感情を顔に出すものではない。ついでに言えばそんな努力、こちらにはみじんも伝わっていない。

「わたくしだって、殿下のために王太子妃教育を頑張ってきたのですわ! 陛下にも王妃様にもそれは認めていただいております!」
「父上と母上をうまく篭絡したものだ! 君が欲しいのは王太子妃の座だけだからな!」
「そんなことは……っっ!」
「あるだろう? 私にはかけらほどの関心もなかったこと、気づいていないとでも思っているのか!?」
「それを言うなら、殿下も最初からわたくしのことを疎ましくお思いでしたでしょう!? 嘘くさい笑顔で接していただいても本音は隠せておりませんでしたわ!」

 ついつい本音が出てしまう。でもそれはお互い様だろう。今まで心の内に溜め込んでいたものを吐き出すのは思いのほかすっきりするものだった。私をののしっている殿下の楽しそうな顔を見ると、あちらも同様であるらしい。
 殿下は案外いいやつだった。その言動であいつを思い出してしまうぐらい、私の中の好感度は高くなっている。もう少し早く、こうやってお互い本音でものが言い合えていたら、私と殿下の関係は変わっていたのだろうか。

 そんならちもないことを考えた時だった。

「……………え………?」

 私と殿下の間に、ふよふよと漂ってきたもの。それは。

「……水魔法?」

 水魔法で作られた水球、それもとても見覚えのあるものだ。何度も一緒に練習した私は知っている。この魔力が誰のものでこの後どうなるのかも。
 とっさに防御魔法を発動したおかげで私の被害は最小限で済んだが、殿下まではカバーできなかった。強大な魔力を持つ殿下だ、自分のことぐらいなんとかするだろう。それよりも問題は、この魔法を放った当人たちだ。私の教えをマスターした彼らにとって、この庭園へ忍び込むぐらい朝飯前だろう。一体いつから話を聞いていたのか。

「駄目よ、お兄様! 喧嘩なんかしては駄目!」
「そうだよ、二人とも! 少し頭を冷やした方がいいんだ!」

 案の定、植木の間から飛び出してきた第一王女殿下と第二王子殿下が、体のあちこちに葉っぱや泥をくっつけたまま王太子殿下に訴えかけている。が、しかし、その内容がこれならば、肝心なことは聞かれていない。

 胸をなでおろして顔を上げた私の目に、頭から水をかぶった殿下の姿が映る。
 今の水の爆発をまともにくらったらしい。あれは当たると痛い上、当然ながらびしょ濡れになってしまう。私も一度二人の水爆発をくらったことがあるのでわかっている。あの時は王妃様に謝罪され、替えのドレスをプレゼントしてもらったものだ。最近は魔力操作も随分上手くなったと聞いていたが、感情が昂ると制御できなくなるのだろう。さっきの水球は以前見た時より大きかったから、多分威力も上がっているに違いない。
 そんなことをつらつらと考えていた私だったが、殿下のある部分に目が留まり、そのままそこに釘付けになった。殿下付のスーパー侍従が王子と王女を小脇に抱えて退場していったのにも気づかないぐらいに。

 水に濡れた殿下の髪型が徐々に変わっていっている。今までは見慣れた柔らかウェーブの王子様ヘアだったのに、少しずつ少しずつ髪が跳ねあがっていく。こんな風に重力に逆らった髪を持つ人間を、私は前世含めて一人しか知らない。
 侍女からタオルを受け取ってぞんざいな仕草で髪をぬぐう殿下。その手つき、腕の動き、それは私にとってとても見慣れたものだった。

 今まで何故気づかなかったのだろう。

 心が震えた。まさかそんな都合のいいことがあるなんて信じられない。きっと気のせいだ。でも!
 防御魔法で防いだとはいえ、私も少しは濡れてしまっている。着替えを勧めてきた私付の侍女を断り、王宮の侍女と護衛も遠ざける。

 そうこうしているうちに、殿下の髪は完全に重力に逆らってしまっていた。前世で出会ってからずっと見ていた見慣れた髪型。

 顔は違う。目の色も髪の色も違う。声だって違う。だけど、あの髪に触れた感触は私の知っているものなのではないのか。

 殿下は不思議そうな顔をして私を見返している。自分の髪型がどうなっているのか気づいていないようだ。
 本当だろうか。私が今考えていることは当たっているのだろうか。
 確かめるのが怖い。落胆したくない。でも確かめずにはいられない。
 ぎゅっと握ったこぶしが震えているのが自分でもわかった。

「……どうしたんだ?」

 私のそれまでとは違う態度に、殿下も気づいたのだろう。手を伸ばしたら触れられる位置まで近づいてきた殿下に向けて、私は思わず言葉を紡いでいた。この世界の人間が知るはずのない言葉、けれどあいつなら思わず反応してしまうだろう言葉を。

「……マジン?」
「ゴー」
「パイルダー?」
「オン」
「スクランダー?」
「クロス」

 殿下の目が驚きに見開かれるのがわかる。

「……………………」
「……………………」

 衝撃、驚き、疑い、そして喜び。そんな感情が殿下の目の中に浮かんでいく。
 二人してたっぷり1分は見つめ合った後。

「甲児?」
「さやか?」

 そうして私たちは、前世ぶりの再会を果たした。

 

 

 

 そしてそれから。

 私たちはこの世界に生まれてからのこと、前世を思い出してからのことを話し合った。お互いの気持ちのズレに肩を落としたり、バカバカしい意地の張り合いには笑いあいもした。
 学園を卒業したら、絶対に長期の休みをもぎ取り、殿下の愛竜と一緒に私の愛竜に会いに行こうという話になった頃には、婚約解消計画なんてすっかり忘れてしまっていた。
 それでも一応確認だけはしてくれた殿下に私は頷いた。彼の前でなら猫を被る必要はないのだ。それなら王太子妃になってやってもかまわない。こいつに王子様が出来だのだから、私にだって王子妃ぐらい出来るだろう。せっかくみつけた前世の夫だ。離してやる気は全然ない。

 それに。

 私は確信している。彼といればきっと楽しい。前世と同じく山あり谷あり喧嘩ありの人生になるだろうけど。何かとトラブルに巻き込まれてそのたびに右往左往するだろうけど。泣くことだってあるかもしれないけど。それ以上に。
 二人一緒ならずっと笑って生きていけると思うのだ。
 もしかすると、そのうちこの前世の記憶は今世の記憶に飲み込まれて消えていくのかもしれない。実際、あれから徐々に前世の細かい部分を思い出せなくなってきている。それは彼も同じらしい。
 惜しいような気はするけれど、それもいいのではないかと今は思う。私はあくまで、この世界で今を生きているのだから。それに、たとえ前世を忘れても、この繋いだ手のぬくもりだけは、来世でも忘れないと思うのだ。

 ただ。私にはどうしても疑問に思っていることがある。

「ねぇ。もしも前世の記憶が薄れて消えちゃったら、この髪、元に戻ると思う?」

 最早スーパー侍従も諦めたライオンヘアを引っ張ると難しい顔をされた。そんな私の髪も、以前のぐるぐる縦ロールはどこに行ったというほどのさらさらストレートになっている。

「わかんねーなー。女神に聞いてみないと」

 こいつは女神に会ったのだそうだ。その時色々あったらしいが、その色々は教えてくれない。私は会っていないと言ったら微妙な顔をして話を逸らしてきたけれど、今のところは追及せずにいてやろうと思う。

「もう、この先どんな髪型になったって構わねーよ。会いたいと思ってた奴には会えたんだし」
「………………」

 私から目を逸らしてそう言う彼の耳が少々赤くなっている。
 もはや50年以上一緒にいるというのに、いつまで経ってもこいつはこういう方面で照れ屋である。「純情か!?」と突っ込めないのは、私の顔も赤く染まっているだろうからだ。

 体が若返ると気持ちも若返るものなのだろうか。

 そんなことを考えながら、すっかり仲良くなった私の愛竜と彼の愛竜を眺める。二人で手を繋ぎながら。

 

おしまい

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

終わりましたー!合言葉(?)に「スクランダークロス」まで入ってるのは、鉄也じゃないことをはっきりさせたかったからでした。王子編含めてですが、最初に意図した話となんだかちょっと違ってしまいましたが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。こんなのでも楽しかったと思われた方、感想いただけたら嬉しいです。