そしてその前その明日

 

 それは、某研究施設内の格納庫の一角。
 先ほどまで激励兼見送りに来ていた、今回の研究開発製作に関係した面々はすでにその場から去り、残っているのは男女二人だけだ。しばしの別れとなる彼らを二人きりにしてやるため、離陸まで見送ることをせず早めに退いてくれた同僚や上司達の心遣いを、当の二人が気付いているのかどうか…。

「はい、これ。忘れそうになってたでしょ、今!」

 さやかが甲児にバッグを渡す。甲児の身の回りのものが入ったボストンバッグだ。これがなければ今日の下着の替えもない。

「あ、さんきゅ」

 受け取った甲児はきまり悪そうな顔になる。どうやらさやかの言った通り忘れそうになっていたらしい。

「まったくもう!」

 渋い顔のさやかを受け流し、ボストンバッグを持つと甲児は軽い調子で言った。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

 まるですぐそこまで買い物にでも行くかのようだ。文句を言いたくなったさやかが口を開けるが、言葉は出ずに次の瞬間ため息にかわった。

「………心配だわ……」
「え? 俺のこと心配してくれるの?」

 甲児が一瞬目を見開く。その顔がにんまりとした笑顔に変わるのを見て、さやかはつんとしてそっぽを向く。

「そんなんじゃないわよ!」

 甲児が苦笑してさやかを見つめる。
 まったくこいつは素直じゃない。とはいえ、ここは甲児としてもちゃんと言っておかなければならないところだ。甲児は自分の作り上げた機に絶対の自信を持っているのだから。

「設計段階から見てきてんだから問題ないってわかってるだろ? さすがに太平洋はまだ横断してないけど、試験飛行も成功してるしさ。俺のTFOは完璧だって!」
「……TFOの心配はしてないわよ…」
「じゃあなに?」
「甲児くんの体質が心配なのよ」

 甲児はきょとんとして首を傾げる。

「体質? 俺別に持病なんてないしいたって健康だぜ?」
「そういう意味じゃない!」

 さやかは微妙に口ごもり、それから眉間に皺を寄せつつ言葉を続ける。

「甲児くんのね、巻き込まれ体質っていうの? トラブル引き寄せ体質っていうの? そういうのが心配なのよ」

 それが自分のいない場所で発揮されるのが心配…というのがさやかの本音だ。

「えー? 俺別にそんなこと……」
「裏通りで女の子が襲われそうになってるの助けたり……」
「あれはすごかったなー、相手熊みたいな体格でさぁ。なのにさやかさん、軽々投げ飛ばすんだもんなー」
「相手が隙だらけだったから技が決まっただけよ。それ言うなら残り二人は甲児くんがこてんぱんにのしてたじゃない」
「そんなこともあったっけ」

 あっけらかんと甲児は笑う。

「教授の息子さんが誘拐されそうになったところに居合わせたり」
「あの子が無事でよかったよなぁ」
「研究所のデータ盗もうとした所員を捕まえたり」
「あー、そういやそんなこともあったな、確かに」

 さやかが羅列していく諸々は、確かにトラブルと言えなくもない。それらはすべて、甲児が留学に来てから遭遇したあれこれで、小さなことから大きなことまで多岐にわたっている。

「でもな、さやかさん。それ全部、俺たちが一緒にいるときに起こったことだってわかってる?」
「……………!!」

 すべての詳細を知っているのは、さやか自身が一緒にいたからである。今更ながらにさやかもそのことに気がついた。

「俺のことをトラブル引き寄せ体質って言うなら、さやかさんもじゃねーの? むしろ、俺じゃなくてさやかさんの方がそういう体質なのかもしれないぜ?」
「え? え? 別に私はそんなこと……」
「そんなことないって断言出来る?」

 さやかは黙り込んでしまう。トラブルに遭遇した際、常に甲児と一緒にいたのは事実なので否定もしきれない。

 そしてこの時、甲児もまたさやかの気持ちを理解したのである。
 さやかの言う「トラブル巻き込まれ体質」を持っているのが、甲児ではなくさやかだったとしたら?
 さやかは強い。頭もいいし機転も効く。しかしあんな風にいろいろなトラブルに巻き込まれたら、いつかはへまをやらかしてしまうかもしれない。この国は銃の所持が認められているのだ。
 甲児は割と真剣に慌ててしまう。なのでついうっかり口にしてしまった。

「一緒に日本に行くか?」
「TFOは一人乗りでしょ。それに私はこっちで勉強することになってるから一緒には行かない」

 甲児がTFOを作っている間、さやかもまた自分の選んだテーマに関しての論文を書いていた。それが認められて、憧れていた研究者から自分の研究室へ来ないかとお招きいただいたところなのである。
 お互いの希望がかなった二人は祝杯をあげ、そしてしばしの別れとなったのだ。
 そんなさやかを無理に日本に連れて行くわけにいかないということは、甲児にもわかってはいた。けれど…。
 心配だと素直に口に出来ないことが甲児の甲児たるゆえんである。なので明後日の方向を見て話を変えてみる。

「…そ…そういえば、こっち来てからさやかさんと一か月以上顔を合わせないなんてなかったよな」
「そういえばそうね」

 二人一緒にこちらに来て、一緒に学んで、それぞれの道を選んだ。

「しばらく喧嘩も出来なくなるんだな…」
「寂しい?」

 さやかがにやにや笑って顔を覗き込んでくる。

「さやかさんこそ! 俺がいなくなったら寂しいだろ?」
「うぬぼれないでよ! 私は全然ヘーキだから!」

 口ではそう言っていても、さやかの内心が違っているということぐらい、今では甲児もわかるようになっている。さやかの方もそのことを承知しているに違いない。二人きりのこの国での生活は、甲児とさやかの関係を少しだけ変えていた。それでも喧嘩がなくならないのは、お互い意地っ張りなせいだろう。

「ま、俺は半年で戻ってくるしな。そしたらさやかさんのとこへ顔出すから。それまで頑張れよ」
「言われなくても頑張るわよ。それより……」

 やっぱりトラブル巻き込まれ体質は甲児の方だとさやかは思う。確信はない。単なる勘ではあるけれど。
 それでもこれはお互いが自分の意思で決めた道だ。変な弱音を吐いてしまった自分に若干の自己嫌悪を感じつつ、さやかはすべてを振り切るようにして言った。

「とにかく! 何事もなく研修期間を終えるよう祈っとくから!」
「何かあるはずねーだろ。つつがなく研修を終えて帰ってくるって」
「約束よ?」

 そう言ったさやかの顔は真剣で。あれ?ちょっとさやかが可愛いな?と思ったけれどそれを口に出さない分別は甲児にもあった。そんなことを言ったが最後、つんけんされることは目に見えている。なんなら、売り言葉に買い言葉的に喧嘩に発展するかもしれない。万が一にも、さやかとの喧嘩が原因でTFOが破損した…なんてことになったら、TFO製作のために指導・協力してくれた面々に合わせる顔がなくなってしまう。

 だから甲児は、今はにかっと笑うだけにした。

 心の中で何を思っていようと、意地っ張り同士、意地を張り通してお互いに頑張るしかないのだ。
 そうして約束をする。

「ああ、約束な。破ったらハリセンボン飲んでやるよ」
「その言葉、忘れないから!」

 さやかと指きりげんまんをした甲児は、今度こそさやかに背を向けてTFOへ向かって歩き出す。その足取りはあいかわらず軽い。

 ボストンバッグをTFOに放り込んだ後、ひらひらと手を振って甲児がTFOに乗り込む。格納庫の天井が開いて青い空がさやかの目に飛び込んでくる。
 何度もつきあったテスト飛行の通り、TFOはゆっくりと浮上すると格納庫から青い空に向かって飛び立っていった。
 その姿を最後まで見送ることなく、さやかは格納庫に背を向けて歩き出した。

「さ、私も行かなくちゃ」

 半年後のはずだった再会まで、一年半もの年月がかかることを、この時の二人は想像もしていなかった。

 

 

 

 

 甲児は振り返って室内を見回した。こうやって見ると意外に広く感じる。

 一年と半分ぐらいの時間を過ごした部屋はがらんとして、もとから置かれていた家具以外何もなくなっていた。ここにいる間に増えた私物は、わずかなものを残して全て処分したため、甲児がここにいたという痕跡はほぼなくなってしまった。
 この部屋は、来月研究所に入所する所員が使用すると聞いている。彼か彼女のここでの生活が充実したものであるよう心の中でエールを送る。

 甲児が今手にしているのは身の回りの品を入れたボストンバッグ一つ。思えばこれ一つを持って、甲児はここへ来たのだった。
 それ以外に持ってきたものと言えば、TFOに関する多数の資料。だがそのTFOはすでにない。

「まさかここにきてまで戦うことになるなんて、あのときは思わなかったよなー」

 本来甲児はここ宇宙科学研究所に半年間の研修のために訪れたのだった。研修後は米国に戻り元の研究施設で論文をまとめつつ自分の進む道を決めるつもりでいた。
 あのときの甲児の目は宇宙を向いていた。今もそれは変わらない。しかし。

 一年半の戦いは甲児の意識を変えた。

 自らがロボットに乗って戦うのではなく、サポート役として臨んだ戦いで、甲児はかつての仲間たちの気持ちを真の意味で初めて理解した。
 それとともに、自らの相棒とはあまりにも違う宇宙のロボットの強さを目の当たりにすることになった。
 危機に陥ることはあってもグレンダイザーは強かった。かつての甲児の相棒のようにボロボロになることは決してなかった。
 その能力差は歴然で、それゆえに甲児は心のうちに新たな炎を灯すこととなった。

『グレンダイザーに負けないロボットを作りたい』

 結局、蛙の子は蛙…だったんだろう。
 今にして思えば、あの頃の自分には、父や祖父とは違う道を選ぼうという意識が心のどこかにあった気がする。それは彼らに対する反発だったのか、それとも父と祖父という大きすぎる壁を前にして怖気づいていたのか、その心情は今考えてもよくはわからないが。

 宇宙に対する憧れは今も変わらずにある。しかし、その方向性がこの一年半ですっかり変わってしまった。
 一年半の間、グレンダイザーに関しては、調べられる限りのことを調べつくした。それはベガに対抗するためであり、事実その調査はスペイザーやコズモスペシャルの建造に生かされている。
 戦いが終わった今、自らが得たその知識をどう使うか。それを考えた時、甲児は自分の前に新しい道が拓けていることに気づいたのだ。そしてもはや、その道を走りだしたくてうずうずしている自分がいる。

「あ、良かった! 甲児君、まだいてくれたのね!」

 ふと見ると、ひかるが走ってやってくる。その後を宇門も速足で追っていた。

「おはよう、ひかるさん。わざわざ見送りに来てくれたの?」
「もう! こんな朝早くに発つなんて聞いてなかったわよ!」

 昨夜はシラカバ牧場でお別れパーティーだった。研究所の所員も参加して盛大に盛り上がった送別会だったため、今朝から出勤予定だった所員以外は二日酔いで寝込んでいる者も多いだろう。今朝早朝の出発を決めていた甲児は、最初からあまり飲んでいなかったのでぴんぴんしているが。
 ちなみに宇門にだけには甲児も出発時間を告げていた。

「はいこれ、お父さんから。あちらの方たちにって」

 ひかるから風呂敷に包んだ何かを押し付けられる。

「なにこれ?」
「うちの牧場で作ったバターとかチーズとか。皆さんでどうぞ」
「ありがとう。きっと喜ぶよ」

 礼を言うとひかるが嬉しそうに笑う。宇門から甲児の出発時間を聞いて慌てて見送りに来てくれたのだろう。几帳面なひかるらしくもなく風呂敷はかなり雑に包まれていて、結び目も歪んでいる。

「甲児君、長い間ありがとう。本来なら君にはこの研究所でゆっくりと勉強してもらうはずだったのに、戦いに巻き込んでしまって…」

 申し訳なさそうな顔の宇門にに甲児はきっぱりと告げた。

「それは博士もひかるさんも同じですよ。おかげで俺は普通なら出来なかった勉強が出来ました。多少色々ありましたけど、ここにきて良かったと思ってます」

 そのあれこれは「多少」などという言葉で片付けられるものではなかったが、お互いそこに触れることはなかった。

「これからもまた、何かあったら教えを乞いに来ますので、よろしくお願いします」
「ああ、いつでも来てくれたまえ。待ってるよ」

 宇門と握手を交わし一礼する。

「元気でね」
「ひかるさんもな」

 ひかるに軽く手を振ると、甲児は二人に背を向けて歩き出した。
 手に持っているのはあの日渡されたボストンバッグ。甲児の身の回りの品の他に、この一年半の思い出も詰め込んできた。

 あっちに着いたらこれらを見せて、この一年半のことをみんなに話そう。多分全員から質問攻めにされるだろうから。

「ハリセンボンは嫌だなぁ…」

 ふと、あの日の指切りを思い出した。結局甲児は危惧された通りトラブルに巻き込まれ、あの日の約束を守ることが出来なかったのだ。
 戦いが終わる少し前、さやかも帰国したのだと聞いた。つまり、ビンタのひとつも覚悟しておいた方がいいということだ。

「いや、でも、あっちはあっちで何やかやあったかも……」

 ワンチャン、お互いさまでビンタから逃れられるかもしれないと考えたが、それはそれで嫌かもしれないと思い直す。さやかがトラブルに巻き込まれて危ない目にあったなんて話を聞くぐらいなら、自分がビンタをくらった方がましだ。

「やっと帰れるんだな……」

 甲児の脳裏に、さやかやシローやボスや博士たち、みんなの顔が浮かぶ。
 そうしたら、今までどうにも強張っていた肩の力が抜けた気がした。

 ボストンバッグを、愛車であるオートバイの後ろに括り付ける。

「帰ろう。あいつらと……のところへ」

 声に出せずに口にした名前は、自分の耳にすら届かなかったけれど。

 バイクのエンジンを入れた甲児の顔には笑みが浮かび、新しい道に踏み出そうとするその目は生き生きと輝いていた。

   

   

END

   

   

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

グレン放送開始50周年祝いを騙った、単なる甲児×さやかなお話でした(笑)。
やっぱりね、甲児くんの帰るところはさやかさんやシローちゃんのいる所だと思うわけですよ。
それに、戦ってるうちにきっとこっちの道に行くことになるんだろうなとずっと思ってたのでこんな感じになりました。
あ、それと、甲児くんとさやかさんは二人で留学中になんとなーくわずかながらも進展があったので、今回は自分たちで喧嘩を回避しております。一緒に大人になっていってね♪