手紙

この話は、旧グレンダイザーにおける甲児ファン最大の地雷を匂わせております。
ダメな方はこの時点で読むのをやめた方が賢明だと思われます(汗)。

 

***

 

 甲児の元へは時々手紙が届く。白い飾り気のない封筒に勢いのある文字で、宛名として甲児の名が書かれているが、差出人の名前はない。
 林の件があってから、自分と関りがあることを敵に知られた場合のリスクを危惧した甲児は、自分との連絡を絶つよう友人知人に伝え、甲児の方からもコンタクトを取ることをしなくなった。
 それまでは甲児宛ての手紙も電話もよくあって、そのたび甲児はどことなく嬉しそうな顔をしていたものだったが、連絡を絶ってからはそれが一切なくなり、時折寂しそうな顔をするようになった。多分本人は気が付いていないだろうが。
 そんな中、この差出人不明のエアメールだけは、変わらず甲児の元へ届いていた。たとえ甲児との関わりに気づかれたとしても、差出人名がない上に海外だ。誰が出したものかをつきとめるのは容易ではないだろうし、敵がそこまで手間暇を掛けるとは思えない。だからこれだけは受け取っているのだと所員は甲児から聞いていた。彼は所長宛の郵便物の中に混じっていた甲児宛ての手紙を渡しに行っただけだったのだが、手紙について質問もしていないのに、甲児本人からからそう説明された。なのでそのことは、甲児宛てのエアメールについて他の所員が噂しているときに情報として提供したことがある。ただし、その説明をしていた時の甲児の口調が普段より随分早口になっていたことには気づいていなかったので、当然そのことは彼の口から語られることはなかったが。

「そういえば、最近届いてないみたいですねぇ、エアメール」

 ふと思い出したように彼が口にした。

「そうですね。今まで一か月に一回は届いてたみたいですけど」

 話に乗ってきたのは同じ観測室にいた所員だ。

「まさか、だから最近の甲児くんがイライラしているとか?」
「いやー、それはないと思いますけど」

 最近、甲児の様子が少しおかしいことを、彼らは気づいていた。なんとなく雰囲気が荒んでいるとかいら立っているとか、そんな感じなのである。戦闘時はそんなそぶりは見せないし、大介や宇門に対してはこれまで通りに振舞っているので彼らは気づいていないと思う。しかし、大介や宇門がいないとき、ふと気を抜いた時の甲児の表情を見る機会のあった彼らは、その表情が若干暗いことを知っている。

「どうしたんでしょうかねぇ、甲児くん」

 たまたま研修で来ただけなのに戦闘に巻き込まれ、友人や家族との連絡もままならなくなった甲児。まったくもって気の毒な話だ。自分たちだって、たまたまこの研究所へ就職しただけなのに戦闘に巻き込まれているのだが、そんなことを考えもせず、彼らはこっそり甲児に同情していた。そういえば、自分を含めたここの人間は、甲児の家族構成すら知らないことに気づく。あのエアメールは家族からのものかもしれないし、友達からのものかもしれないし、もしかすると……。

「エアメール、早く届くといいですねぇ」
「そうですね」

 以前手紙を渡したとき、表情は変えないながらも少し口角が上がっていた甲児。きっとあのエアメールは、彼にとって大切な人からのものなのだろう。
 さすがに、手紙が来ないというだけのことで苛立っているとは思わないが、手紙が来てくれたら甲児の気分が少しでも晴れるんじゃなかろうかと彼らは思い、だからこそ早くあのエアメールが届くよう願った。

  

 

 所員たちの推測通り、少し前まで甲児は若干苛立っていた。原因はわかっているし、すでにその件にはけりもついた。自分のとんだ思い違いだったことに気が付いて、それはそれで凹んだものだった。
 で。そうなってくると気になるのが、届かない手紙である。
 アメリカ留学時代の甲児との共通の友人の話だったり、自分の研究の話だったり、最近食べたおいしいものの話だったり、戦闘とは全く関係ないごくごく日常のあれこれを綴った手紙。甲児から返事は出せないので、一方的に送るだけなのに、一か月と開けずに届く手紙。一時は「俺は戦ってるのに呑気なもんだな」と腹を立てたりもしたのだが、今の甲児はこの手紙に救われていた自分を自覚していた。
 手紙を読んでいる時だけは、ベガ星連合軍もグレンダイザーも関係なく、少し前までの日常に戻れる。それによって何故か力をもらって、また頑張ろうと思えるのだ。次の戦いもその次の戦闘もくぐり抜けて、必ず生きてまた笑いあうのだと強く思う。
 が、その手紙が届かない。届いていた間は特に気にもならなかったのに、いつも定期的に届いていた手紙が届かないだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。
 アメリカは決して治安のいい国ではない。今は研究所の近くに部屋を借りて一人暮らしをしていると聞いていた。そこで何かあったんだろうか。いや、たまたま忙しくて手紙を書けないだけかもしれない。でもあれでなかなかの美人なのだし、そういう方面で何かあったのでは……。
 流行り風邪のような気持ちは消え失せて、残ったのは今までずっと大事に握りしめていたもの。どうしてこんなに大切なものを、一時とはいえ見失っていたのだろう。今思えば、愚かとか言いようがない。
 今度会ったらぶっ飛ばしてもらおうか。でもそんなことを言ったら、余計にややこしいことになるかもしれない。意外に察しがいいことは知っている。喧嘩を吹っかけてわざと殴られる方向でいくのはどうだろう。
 甲児は頭の中で、今度会ったらどうやって殴られるべきかを考え始める。

 それにしても手紙が届かない。

 

 

「甲児くん、牧場へ行かないか?」
「あ、悪い。今日はやめとく。またな」

 そそくさと自分の部屋へ向かう甲児を、大介は怪訝な顔で見送った。甲児は牧場の生活が気に入ったらしく、研究所での仕事とトレーニングを終えると牧場へ顔を出すことが多い。吾郎には懐かれているし、団兵衛からも気に入られている。今日は午後から時間があると言っていたので、てっきり誘いに乗ってくれるかと思ったのだが。
 さっき、研究所の事務方の所員と話していたから、何か急用が出来たのかもしれない。そしてそれは決して悪いことではないのだろう。何故なら、見送っている甲児の背中が妙に楽しそうに見えたからだ。

 大介から楽しそうと思われていることなどまったく気づかず、甲児は足早に自室へ向かっていた。その手には二通の封筒が握られている。一通は綺麗な白い封筒。そしてもう一通はあちこち汚れた封筒だ。
 どこをどう旅してきたのか訊いてみたいほどよれよれになった封筒は、一か月以上もかけてそれでもなんとか甲児の手元にやってきた。手紙は途絶えたわけではなかったのだ。遅れたせいで次の手紙と一緒に届くとは思いもしなかったが。
 部屋に入るなり、ペーパーナイフで二通の手紙の封を開け、甲児はどさりとベッドに座り込んだ。
 まず、取り出したのはぼろぼろになった封筒の手紙だ。いつもと同じ何気ない日常が綴られているが、そこに個人や場所を特定できる言葉が一切ないことに甲児は改めて気が付いた。共通の友人の名前はファーストネームだけかあだ名、地名はせいぜい州名どまりで都市の名前は出てこない。場所の名前は一般的な名詞のみで語られている。長い付き合いの甲児になら誰のことかもどこのことなのかもわかるが、それ以外の人間には特定することは不可能だろう。

 「気を遣ってくれてたんだな」

 少し前の自分はそんなことにさえ気が付かなかった。まったくもってバカだったのだと思う。
 一緒にワトソン博士のところにいた時に世話になった人が結婚したこと。甲児と二人分だと言ってお祝いは渡しておいたから、今度会った時に必ず支払うようにとも書かれていた。

 立て替えたお金を返せと。今度会ったときに必ずと。それは、必ず生きて帰って来いという意味に他ならない。こんな風にしか言えない本音。あまりにもらしくて笑ってしまう。

「まったく。素直じゃねーんだからな」

 それは自分も同じなのだという自覚ぐらい甲児にもある。

「早く金を返しに行かないとな」

 少しぐらい利子をつけてもいいかもしれない。例えば、好きだと言っていた菓子を持ってあっちまで会いに行ったら驚くだろうか。嬉しそうに食べるだろう顔を想像していたら楽しくなってきた。最後の一個を取り合って、軽く一戦交えてもいい。そのタイミングでなら、うまく殴ってもらえそうだ。
 楽しく手紙を読み進めていた甲児は、最後の一文に目を止めた。

「………そういや、忘れてた」

 去年は二人で祝った。TFOの製作があってしばらく研究所から外に出られずにいたら、わざわざ祝いに来てくれたのだった。気分転換も必要だと外に連れ出され、地元で人気の店で食事をして、ケーキを買ってお祝いした。日本のものより数段甘いケーキを完食するのに二人とも苦戦し、最後は涙目になったりして。

「来年は、直接おめでとうって言ってくれよな」

 手元に届くのが一か月も遅れてしまった手紙の一文を指で弾く。
 そこに書かれていたのはもちろん。

 

『お誕生日おめでとう』

   

   

END

   

   

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

えーっと、皆さまの地雷に触れてしまったことをお詫び申し上げます…。ごめんなさい(汗)。