手紙 ~from K

 

 荷物をトランクに詰めていた手を止め、さやかは窓へと視線を向けた。少し前まで窓を打ちつけていた雨音がいつの間にか聞こえなくなっている。
 立ち上がって大きく伸びをする。体をほぐしながら窓辺へ向かい、窓を大きく開けると、雨はすっかり止んでいた。空には星が瞬いている。

「星…綺麗。甲児くんもこの空を見てるのかな…」

 思わず呟いて慌てて首を振る。

「いやいやいや、時差があるから日本は今頃昼間だしっ!」

 柄にもなく乙女なことを考えてしまった自分が恥ずかしくなり、慌てて窓を閉めると星空に背を向ける。
 今の呟きを誰にも聞かれていなくて良かったとほっとして、そして少し寂しくなった。

 一人暮らしが寂しいものだと気づいたのはいつだっただろう。

 渡米してすぐは二人一緒にワトソン博士のお宅にお世話になっていた。日本から帰ってきてアパート暮らしをするようになっても、隣同士の部屋を借りていた甲児とは食事も一緒にしていたし、ほぼ一緒に暮らしているようなものだった。甲児が宇宙の研究をするのだと突然言い出して猛烈な勢いで論文を書いてそれが認められてNASAへ居を移しても、さやかは特に寂しいとは思わなかった。会う事こそ減ったが常に連絡は取っていたし、TFOの制作に入ってからは顔を合わせる機会が増えた。TFOの設計にはさやかも少なからず関わっていたからだ。

 今も甲児の身を守っているだろうパイロットスーツも一緒に作りに行った。TFO制作の合間に一時帰国をした際、無茶な試験飛行をしそうな甲児のために、せわしのっそり両博士に頼んで作ってもらったのだ。「ブルー系の方が大人っぽく見えねぇかな」と色に注文を付けたのは甲児でデザインにも口出しをしていたようだったが、出来上がったものを見たさやかは、甲児のセンスは正直微妙だなと思ったものである。とはいえ両博士の自信作、性能面は申し分ないはずだ。あの時、余り気が進まないようだった甲児を博士たちのところへ引っ張っていった自分を誉めたいとさやかは思う。あのパイロットスーツが、紙一重で甲児の命をつなぐような日がもしかしたら訪れるかもしれないのだ。

 一緒に留学し一緒に勉強し一緒に笑いあった。しょっちゅう喧嘩もしていたけれど、当たり前の様にそばにいた人間が急にいなくなり、声すら聴けなくなるのは案外寂しいものなのだなと、さやかが気が付いたのは最近の事だ。
 しかも、奴はまたぞろ戦いに巻き込まれている。

 一緒に戦っている方がどれだけ楽なことだろう。しかし、甲児はそれを望まなかったし、状況を分析・把握したさやか自身が、今の自分が行ったところで何の役にも立たないと判断せざるを得なかった。
 喧嘩の時はあんなにも感情のままに振舞えるのに、こういう時だけは感情で動けない自分に嫌気がさす。が、それが正しい判断だとわかってもいるのだ。

 だから、手紙を書いた。こっちはこんなに美味しいものを食べてるんだぞ、興味深い研究をしているんだぞと楽しいことばかりを書き綴った。それは、自分を一緒に戦わせてくれなかった甲児へのちょっとした意趣返しでもあるし、本音を言えば、そういう楽しい日々に早く帰ってきてくれという願いでもあった。もちろん、甲児からの返事は一時期からすっかり途絶えていたけれど、それでも出し続けるのは半ば意地のようなものだった。

 連絡をするなという言葉を簡単に了承すると思っている方が甘いのだ。こっちから送るのは勝手だろう。一応差出人名は隠しているし、人物や場所を特定できる文章を書いてもいない。そういう文章を書くのは結構大変だということを奴はわかっているのだろうか。いや、そもそも手紙を読んでいるのかどうかも怪しい。

 大体、甲児は気にし過ぎなのだ。直接行くのは確かに危険かもしれないが、手紙や電話ぐらいどうということはないだろう。敵もそれほど暇ではない。先日帰国した時、甲児と直接連絡が取れないことを、シローも寂しがっていた。

 それにだ。そもそも矛盾してもいる。自分は光子力研究所に協力要請をしておいて、シローやさやかや今はボスたちにも連絡するなと言うのだから。
 そう、光子力研究所も今回の戦いに協力しているのだ。それは当然だろう。いくら手を加えようとTFOで戦うのには限界がある。いずれ攻撃能力の高い新しい機体が必要になる。超合金Zをその装甲に使おうと考えるのは自然な流れだ。特に、最近新しく開発された、軽量で薄くとも従前の性能を期待できる新しい超合金Zは、新機体にはもってこいのはずだ。

 甲児の協力依頼を、もちろん光子力研究所は快諾した。宇宙科学研究所の宇門博士と弓には面識があったこともあり、話はスムーズに進んだ。
 そして、なんと3機体が出来上がったのだそうだ。3機である。3機!
 3機も作るならさやかの出番もあるだろうに、声を掛けて来なかった甲児のことは、ちょっと許せないと思っている。会ったら殴ってもいいんじゃなかろうか。多分。

 甲児は弓に口止めをしたらしいが、そんなものは無意味だ。なにしろさやかは一機目の機体の制作に関わっていたのだから。その当時日本にだって帰っていた。設計は確かに甲児だったが、甲児一人で作り上げたわけではないのだ。設計の問題点を弓の名前でさやかが指摘したこともあり、そういった関係で機体製作期間の一時期、さやかは日本に帰っていた。一刻も早く3機体を作り上げなければならなかった宇宙科学研究所だが、独力では時間がかかりすぎる。設計段階から外部機関の協力を仰ぎ、制作の一部も委ねることになった。その外部機関が光子力研究所だったわけだ。
 機体製作に関わっていたさやかは当然、続けて用途の違う2機を作る予定であることは知っていた。なんなら設計図も見ている。
 内緒にしていたから、さやかが知っていることを甲児は知らない。知ったらきっと驚くだろう。その顔を見るのが楽しみだ。

 そして。

 さやかはトランクに蓋をした。明日の朝、ここを発つ。以前論文と共に出していた依頼が受けてもらえた為、新しい研究所へと向かうのだ。

 戦いはまだ続いている。今の相手は地球外生命体だ。となれば、いずれ戦いの舞台は宇宙へと向かうだろう。3機のスペイザーが宇宙での利用を考えて作られていない以上、また新しい機体が必要になるはずだ。
 だから。それに備えてさやかは移籍を決めた。しばらくはこの部屋に戻ってこられない。
 甲児は、次の手紙が、かつて自分が所属していた研究機関から出されたものだと気づくだろうか。

 荷造りを終えたさやかは再び窓辺に向かう。星はまだ瞬いている。

「こんなに綺麗な星空なのに…」

 この空のどこかで戦いが繰り広げられている。そしてその闘いはいずれ地球の外へと発展していくのだ。
 さやかはぎゅっとこぶしを握った。感情を溢れさせないよう目を固く閉じる。

「大丈夫」

 祈りの様に言葉を紡ぐ。

「あいつは大丈夫。そう簡単にくたばったりしない」

 何十回何百回と唱えてきた言葉。

「だから」

 そばに来るなと言うのなら、行かないでいてやろう。自分たちが危険にさらされることを甲児が何より恐れていることを知っているから。あんな連絡拒否をするほどに。
 でも、自分に出来ることはする。無駄でもなんでも少しでも勝利の…いや、再び笑いあえる確率を上げるために。
 そうやって動いていないと多分自分は耐えられない。さやかはそれを自覚している。

 だから。

 今度会ったら一発殴ろう。

 

 

 翌朝。午後のフライトに間に合うよう、ワトソン研究所へ旅立ちの挨拶に向かったさやかに、一通の手紙が手渡された。差出人名の書かれていない手紙だったが、さやかにはその文字だけで誰からのものかがわかった。そういえば、奴はさやかの今の住所を知らないのだ。
 ワトソン博士のにやにや笑いにさらされながら、さやかは封を開ける。入っていたのは一枚の便箋、そこに書かれていたのは、

「絶対帰る」

 の一文だった。

   

   

END

   

   

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

どうせ絡ませるならがっつり絡ませようと思って書きました。
グレンダイザーの裏で、もしかしたらこんなことがあったかも?って妄想してもいいよね。
私にとっては、テレビ本編で語られたことがすべてです。雑誌に載ったことやスタッフの話など、TV本編を見た限りではわからないことは、「設定」として採用しておりません。以前、ちょっと言われたことがあるので念のためにひとこと書かせていただきます。