マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (17)

HARUMAKI

 

「魔人(後編」



「うわああああああああっっ!!」
廊下が牙を剥いて襲いかかってくる、と言うあまりにも非現実な光景に思わず目を瞑ってしまったシローと健作の体が、ふわり、と浮いた。
次の瞬間、全身を衝撃が襲う。
"やられたっ!"、とシローは全身を硬くする……が、それっきり痛みは来ない。
おそるおそる目を開くと…。
「タレちゃん、シロー君、いったい何があった!?」
「あ、明さんっ??!」
驚愕の表情を浮かべている明の顔が、そこにあった。
身を焦がす焦燥感に突き動かされて牧村邸に駆けつけた明が、バイクから飛び降りるのももどかしく扉を引きちぎる勢いであけたところ。
絶叫するシロー達と、牙を剥く廊下。
と、言うシュール極まりない光景に出くわしたのだ。
一瞬混乱した明であったが、体が反応した。
咄嗟にシロー達の襟首を掴むと、玄関から外に放り投げるように二人を引きずり出したのだった。
助かった、と安堵感で全身の力が抜けかけたシローだが、なんとか気力を振り絞ると、明に自分が牧村邸で体験したことを告げた。
曰く、牧村夫妻が突如牙を剥いた屋敷に喰われてしまった事、そして、まだ屋敷内に美樹が居ることを―――。
牧村夫妻が喰われたことを聞いた明は愕然と膝を折ったが、美樹がまだ屋敷の中に取り残されていることを伝えられた途端、バネのように跳ね起きた。
そして未だに車輪が空転しているボルケーノの巨体を冗談のようにあっさりと引き起こすと、
「うぉおおおおっ!!!」
と、咆哮を上げながらエンジンを掛け、魔法のような滑らかさでフルスロットルまでクラッチを繋ぎ、ウィリーの体勢になると玄関へと突っ込んでいった。
べきいっ!、と乾いた破壊音を響かせ屋敷の中に突入していく、鉄騎兵。
そのあまりにも素早い行動を、唖然として見送るしかないシローであった。


家の中に入った途端、廊下が口を開けて襲ってきた。
「五月蠅え。」
俺は振り上げていた前輪を勢いよく振り下ろして踏みつけてやる。
ぐちゃ。
何だか嫌な汁を出して廊下は大人しくなった。
バイクをそこで打ち捨てて、床の残骸を飛び越えた俺は応接間まで走り込んだ。
「うっ!?!」
すでに。
小母さんは、殆ど足先まで飲み込まれていた。
小父さんは、辛うじて首から上が見えていた。
駄目だ。
一目見て、2人とも絶望であることが分かった。
「…ごめんよ、2人とも!」
また床が蠢き始めたのを視界のはしに捕らえた俺は、後ろ髪を引かれながらもきびすを返した。
どこだ。
美樹ちゃんは、どこにいる?
今までの美樹ちゃんの行動パターンからは……。
「風呂か!?」
畜生、ここの廊下は無駄に長え!
こら、足!、速く回転しやがれっ!
…風呂場だっ!
ちっ、鍵が掛かってる。
「おらあっ!」
蹴り破って入った。
と。
俺の前に、幻想的で、そして、途轍もなく残酷な光景があった。
浴室のガラスの向こうに、舞い踊る白き人魚。
いや。
美樹が。
浴室に満たされた水の中で、見えない手で人形遊びをされているように体を捻られていた。
苦悶に歪む、貌。
まだ、生きている!
「美樹ぃいいいーーーっ!!」
俺は浴室の扉を思いっきり引き開けた。
と、意外に抵抗無く開く、扉。
しかし。
目に見えない壁があるかのごとく、水は浴室から一滴もこぼれ落ちない。
俺は、唖然として2、3歩後ずさってしまった。
が。
美樹の口から、ごぼり、と空気が漏れる。
やばいっ!
俺は、水の壁の中に突っ込んだ。
途端。
「うぐぅぅぅうぅぅ!!」
引きちぎられるような圧力で手足があちこちに行ってしまう。
指一本動かせねえ!
辛うじて眼瞼を開けると、
ごぼぼっ!
ひときわ大きく美樹喉から、肺に残った最後の空気が、絞り出された。
美樹がっ!

どくん

美樹の体に痙攣が走る。
美樹が、死んじまう!!

もぞり

水の圧力に辛うじて抵抗していた美樹の手足から、力が抜ける。
畜生、力が!

(…欲しいか)

美樹の全身から、血の気が失せる。
力が足りねえ!

『…力が欲しいか?』

焦燥感の中。
俺の中でナニかが、蠢いた。
俺の知らない、ナニかが。
だが、美樹が助かるためなら。
「神でも悪魔でも構わねえ!俺に、力を!!!」
その瞬間、俺の体の中に、圧倒的な存在が、弾けた。

「ふむう、こいつも違うか。」
浴室の壁がぐにゃり、と歪んで顔の模様が浮かぶ。
その口が動き、水の中だというのに、声が響く。
「くくく…、しかし、この人間の苦痛、という感情は、・・・楽しいね〜〜〜」
つう、と口が三日月を形作る。
「じゃあ、そろそろ手足でも引きちぎって…。」
「調子に乗るんじゃねえぞ、ゲルマー。」
「へ?」
明の口から水の中であるというのに明瞭な言葉が漏れる。
と、
ばしゃあっ!!
爆発したかのように、美樹と明に纏わり付いていた水が弾け飛んだ。
「うおろろろろろ!?」
予想もしない事態に慌てふためく顔・・ゲルマー。
しかし、明はそちらに一顧だにせず、崩れ落ちる美樹をそっと抱き止め横たえると、
ぐっと背中を押した。
ごふっ、と水を吐き出して息を吹き返す、美樹。
それを見て明はほっと息を吐き、羽織っていた黒いライダースーツの上を、そっと美樹に掛けた。
「ここここらこらこら、おおおお前、アモンかあ!?」
対照的にゲルマーは狼狽しまくり、絶叫する。
にやり、と嗤う、明。
「アモン?その名は、今は無い。」
「んなあ?!、じゃ、じゃあ、お前は、なんなんだあ!!?」
ますます狼狽する、ゲルマー。
「俺か?俺は…」
すうー、と腕をクロスさせて蹲る。
内に力を呼び込み、溜めるように。
そして。
傲っ!
天に向かい、右拳を、突き上げる!
喉から迸る、咆吼!
「でっび〜〜〜〜る!!」

僕は、明さんが突入していった跡を、呆然と見つめていた。
なにかしなきゃ!、と頭では思うのだが、体が全く動かない。
どれ位その状態だったのか、短いのか長いのか分からない時間がたったとき、朗々たる声が響きわたった。
「でっび〜〜〜〜る!!」
明さん!?
その瞬間、家が内側から膨れ上がり、
ぶしゅーー!
血を吹き出しながら、痙攣するように身悶えた。
と。
屋根を突き破り、巨大な手が天に伸びた!
それに続いて、耳まで避けた口を持った、そう、皆が脳裏に浮かべる悪魔そのものの顔が。
家から吹き出す血にぬらぬらと塗れながら。
天に向かい、そそり立っていった。
それは、まるで地獄そのものの様な光景で。
けれども、喩えようもなく高貴な美しさを伴った光景であった。
「我が名は、デビルマン!デーモン族に叛旗を翻す者!」
そう言った異形の者は、突き出した拳に握りしめていた、ぬらぬらと脈動する赤黒い物体に、ぎろり、と目を向けると、
「伝えたか、ゲルマー。…いや、聴こえたか、ゼノン!!」
と、獅子吼し、ぐちゃん、とそれを握りつぶした。
途端、あの大きかった牧村邸が、ごそり、と粉々に崩壊してしまった。
その場に残ったのは、唯、全身を血に染めた巨人。
蝙蝠を模した仮面をかぶったような風貌で、血よりも赫い口に並び立つ、肉食獣を思わせる牙。
巨木が縒り合わさって創り上げられたような筋肉の鎧に包まれた、巌のような上半身。
背中からは暗闇色の蝙蝠のような翼が生え、下半身は同じ色の獣毛で覆われている。
それは。
凶が凶がしい暴力の匂いを全身から発しつつ、静謐なまでの理性を漂わせる、彼方世の神像。
それが、僕の方を向いて、突き出していたのと逆の拳をすっと差し出してきた。
目の前でそっと開かれる拳。
「美樹さん!?」
明さんのライダースーツにくるまれた美樹さんが、そこに横たわっていた。
その胸が上下に動いている。
生きている!
慌てて美樹さんを奪い取るように受け取った。
それを見た巨人は、恐ろしげな牙が生えそろった口を、ふっ、と微かに微笑ませたんだ、確かに。
「…明、さん?」
そう口に出した僕を無視するかのように、巨人―デビルマンは暗闇色の翼を広げると、ふわり、と宙に浮かび、空の彼方に、消えた。
―今日一日で、何が起こった?
小父さんたちが家に喰われて、美樹さんはほとんど全裸で倒れていて、明さんは牧村邸と共に、消えてしまった。
冗談にしか聞こえやしない。
でも。
これが。
本当に起こったことなんだ。
もう、何が何だか分からなくなった僕は、健作の方をながめた。
そう言えば、先刻から静かだよなあ、とぼんやりと思いながら。
「ぷっ。」
未だに地べたにへたりこんだままの健作のズボンの前には、湯気を立てた水溜りが出来ていた。
ああ、タレたんだなあ、そう思ったらなんか、無性に可笑しかった。
こんな状況だというのに、無性に――。
気が付いたら。
嗤っていた。
僕は、笑っていた。
壊れたレコードみたいに、延々と。
後ろで、サイレンの音が大きくなっていた。

斯くして。
日本の空に、魔人が躍り出でし時。
遥か東南アジアの地にて。
魔神が。
墜ちた。


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