マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (16)

HARUMAKI

 

「魔人(前編」



重厚な唸りを上げて1500ccのVツインエンジンが吼える。
その途方もないトルクによって暴れる火神の名を持つ巨体を押さえ込み、冗談のようなラインでカーブを削り込んでいく。
見る者全てに戦慄を与えるであろうライディングは、勿論完全に道路交通法違反のスピードであるが、あまりの腕の違いに警察車両は追いすがることもできない。
「ちっ!!」
だが、運転している当人にはそれでももどかしいらしく、1mmたりともスロットルを戻す気配さえ、ない。
そう、彼、不動明は身も焦がされんばかりの焦燥感に突き動かされていた。
明はまだ5才の頃、飛行機事故により両親を失った。
自身も生死を彷徨う重傷を負ったが、奇跡的に一命を取り留めたのだ。
今もその両肩には深い傷跡が刻み込まれている。
そして彼は、その事故における唯一の生存者でもあった。
その悲惨な事故の影響なのかどうか。
彼は常人とは比較にならないくらい、危険に対する"勘"が鋭くなった。
引き取られた先の牧村家でハイキングに行ったときには、吊り橋を渡ることを強く拒み、その目前で他の家族が渡り始めた途端橋が切れて落ちてしまったことや、彼の忠告で一本ずらした列車が脱線したり、と言った事が多々あったのだ。
いわゆる予知能力と違うのは、自身、または近しい者に危険が迫ったときしか効かないことで、同居人兼幼なじみの美樹によれば、「虫の知らせの強化版」のようなもの、である。
その「虫の知らせ」が。
牧村家に近づくな、と。
最大限の警告を発しているのである。
美樹、タレちゃん、おじさん、おばさん、何があった!?
近づけば近づくほど大きくなる警告に心を灼かれながら。
明はスロットルを絞り続ける。


「は〜、食った、食った!」
健作が見事に膨れ上がった腹をさすりながらゴロン、と横たわった。
「こ〜ら、タレ!行儀が悪いぞ!」
美樹さん、意外に礼儀に厳しいんだよね。まあ、当然かも。
何故って、
「うむ、健作。いくらシロー君とは言え、お客さんの前では失礼だぞ。」
と、言う感じで、健作の父さん、耕作おじさんが礼儀に厳しい人だから何だよね。でも、決して四角四面な感じじゃなくって、なんて言うのか、ジェントルマンってのはこういう人を言うんだろうなって感じの暖かい人なんだ。だから、自然と襟が正されると言うか、何と言うか。
「てへへへ…、ごめんなさい。」
さすがに健作もばつが悪そうに笑って身を起こした。
「でも、美樹さん。すっごくおいしかったですよ。」
これは、本当だ。ケーキ作りに関しては、プロ級だよ、美樹さんは。
と、健作の母さんがほんのりとした上品な微笑みを浮かべながら、のんびりとした口調で口を開いた。
「本当に、美樹ちゃんも料理の腕が上がったわね。これでいつでも明君にお嫁にいけるわあ。」
…あ、盛大に美樹さんがお茶吹き出した。
「あらあら、美樹ちゃんったら、はしたない。」
「おか、おか、お母さん!?」
わあ、見事に茹で上がったもんだ。
いま美樹さんのおでこに卵載せたら目玉焼きが出来るんじゃないだろうか?
「あら?、あんなに料理音痴だった美樹ちゃんが料理を必死に覚えたのって、明君への花嫁修業じゃなかったの?」
おお、クリティカルヒット(笑)。
美樹さん、撃沈。
金魚みたいに口をパクパクしてたけど、そのまま逃げるように応接間を出て行っちゃった。
「あらあら、あんな調子じゃ孫の顔を見れるのはまだまだねえ。」
おばさんはと言えば、澄ました顔でお茶をすすってる。
「まあまあ、母さん、こういうのは本人達の気持ちが一番だからねえ。」
「あらあ、お父さん、そうは仰いますけど…、」
また始まった。
僕と健作は苦笑いをして目配せを交わすと静かに応接間から退散させていただくことにした。


シャー。
水音がバスルームに響きわたる。
キッチンから逃げ出した美樹は、直行でバスルームに飛び込んでいた。
「まったく母さんってば、ろくな事言わないんだから…。」
火照った頬に掛かる水流が、気持ちいい。
シャワーを浴びたのは、もちろん顔の火照りを鎮めるためであったが、同時にかいてしまった冷や汗を流すためでもあった。
なにしろもうすぐ気になる同居人が帰ってくるのである。
身だしなみには、気合いが入ろうというものだ。
水流は、美樹の張りのある瑞々しい肌に弾かれるように流れ降りてゆき――
すう。
這い昇ってきた。
アメーバのように。
ぬったりと融合しながら。
美樹は、気付かない。


「う゛があああぁああああっ!!」
突然上がった絶叫に思わずコントローラーを取り落としてしまった。
「父さん!?」
健作が顔に?を張り付けて立ち上がる。
そりゃ、そうだろう。
あの、いつも沈着冷静な耕作おじさんが、まるで蛙がひしゃげた時みたいな絶叫を上げたんだから。
僕らはそろって階下の応接間に駆け込んで――
固まった。
目の前で起こっていることは、見えてはいる。
けど。
理解が、出来ない。
おじさんが、床に腰まで喰われて血を吐いている。
おばさんが、壁に頭から喰われて痙攣している。


何なんだよ、これ!!
思わず悲鳴を上げそうになったとき、
「…逃げろ゛…ふだりども…!」
ごぼり、ごぼりと血泡に濁った声を耕作おじさんがあげた。
その視線の先の床が、ぐにゃん、と波打ちながら僕らの方に寄せてくる!
やばいっ!!
いち早く我に返った僕は、まだ硬直している健作の襟をひっ掴むと、玄関に向けてダッシュした。
なんでこの家はこんなに広いんだよ!
気ばかり逸って足がついていかない。
よし、あと1m!
「うわっ、うわっ、うわわわわっ!」
と、引きずっていた健作が悲鳴を上げた。
思わず振り返ると、
がぱん。
と、廊下が牙を剥きだして大口を開けていた。
「うわああああああああっっ!!」
追い付かれる!!!
ぎゅっと目を瞑った僕の体が、ふわり、と、宙に、浮いた。


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