SNOW,SNOW,SNOW! 2

written by yamayama


「甲児くーーん、早く早く。あの角を曲がればすぐ見えるはずよ。」
「そんなに慌てるこたーねーだろうよ。たかがツリーだぜ。ツリーに足でも生えて逃げていくって言うのかよ?」
いつものように軽い悪態をついてくる甲児を軽くにらみつけながら、さやかは小走りに角を曲がった。そして、さやかのお目当てのツリーはその荘厳な姿を現した。


「へー、こりゃ、確かに見事だな。」甲児も思わず感嘆の声をあげる。
しかし、さやかからは、いつものような元気過ぎる返事は返ってこない。さやかは、大きな瞳を一層大きく見開き、一心にツリーに見入っていた。その横顔に一瞬心奪われていた自分に気付き、甲児は慌てて視線をツリーに向ける。
『ツリーを見にくるってのも、確かに悪くはないな。』
舞い散る粉雪の中、しばらく、二人はそのままツリーを見つめ立ち尽くしていた。時折、風にゆれるさやかの髪の甘い匂いが甲児の鼻をくすぐっていた。


それは、ほんのつかの間の静けさ。
自分達が立ち向かうべき戦闘、それは今も遥か日本で繰り広げられている。
その戦闘を心ならずも鉄也達に預けてきた自分達は、誰一人頼る者もないこの地で新たなる戦闘へ立ち向かう準備をしなくては。
そのために自分達はただ二人でここへやってきたのだから。
前へ進まなければ、次へ進まなければ・・・自分を襲う不安と焦燥。


「ツリーを見に行こう♪」
「はあ?」
いつだってそうだ。俺が真剣に悩んでいる時や戦っている時にもさやかさんは思いがけない事を言い出す。しかもご丁寧に手には何処から手に入れたのか色とりどりのツリーの写真が載っているパンフレットまで持っていた。そういう場合じゃないんだって!!ったく、さやかさんといると何だか調子が狂うからイヤになる・・・


それなのに、気付くと、さやかさんとツリーを見ている俺。
しかも、それが全然イヤじゃなくって、楽しくって。
冷たい灰色の街並みしか目に映らなかったこの街も今は何故か暖かくって。
そう、二人でいるとイヤなことも忘れてしまう・・・
いつの間にか笑っている俺がいる・・・。


「OH!SORRY.」
ずっと立ち尽くしていたさやかが人とぶつかったらしい。気が付くと辺りは、やはり、ツリーを見物に来たらしい人で一杯だ。
「間抜けな面して、ぼーっと突っ立ってるからだよ!」
思わずムッときたらしいさやかが甲児に平手打ちの一つでもくらわそうかと思った瞬間、
「ほら、折角来たんだから、俺達ももっと近くで見てこようぜ。」
甲児はさやかの白い手をとりツリーめがけて走り出した。
その手のぬくもりに怒ることをやめ、さやかもツリーを目掛けて一緒に走り出す。
誰一人知る人もいない街、たくさんの見知らぬ人の中、決してはぐれることのないように手をつなぎ、二人は走り出した。決してはぐれることのないように。


・・・このまま何処までも走っていける・・・。
・・・それは決して言葉には表すことのなかった想い・・・。


二人で走っていたあの瞬間。
思い出すたびに、あの甘い匂いがよみがえる。
あいつは、あのツリーを覚えているだろうか。
あいつは、今年はどこでクリスマスを迎えるのだろうか。
誰と一緒に・・・



甲児の心に鈍い痛みが走る。
いつもは心の奥底に封印している面影。
それでも、ふとした瞬間に思い出してしまう。
そんな自分がイヤで、喧騒な街に出かけてきたというのに・・・
結局は、思い出してしまう、か・・・


誰にも気付かれる事のないような密やかなため息をついて、ツリーから目をそらすと、手の中の缶コーヒーがすっかり冷めていることに気が付く。急がなければ、ひかる達との約束の時間に遅れてしまいそうだ。


そう、今はまだ戦いの最中。まだ闘い続けなければ。
今はまだ・・・、戻れない・・・。
今度会ったら、めちゃめちゃ怒られるんだろうけど。
平手打ちの一発や二発は飛んできそうだけど。
それでも、さ、待っててくれてるんだろう?


きっと今ごろ、あいつもどこかでクリスマスツリーを見てるんだろうよ。
来年のクリスマスには俺から言ってみようか。
「ツリーを見に行こうぜ!」
あいつは、どんな顔をするだろう。
照れて憎まれ口を返してくる姿が目に浮かぶぜ。
途端に心がはしゃぎだす。
そう、来年のクリスマスこそは二人一緒なのだから。


甲児は、時計に一瞥を投げかけると、軽快に駆け出した。やばい、本当に遅刻だな。
角を曲がると、マリアの膨れっ面とゴローが大きく手をふっているのが見えてくる。
ひかるさんは眉をしかめているようだ。やれやれ、どうやら、この後のお茶は俺のおごりってことになるんだろうな・・・。 

 

さやかさん♪

 

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