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剣鉄也、新たなる戦場へ! (1)

シローK

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「う、う〜ん」、無機質な電子音が奏でるメロディーが頭の中で鳴り響く。
何時の間にか転寝をして突っ伏していたテーブルから上体を起こして女が言う。「あっ、電話!」
受話器を取る前にチラッと時計を見ると針は午前0時半を指し示そうかとしていた。
つい先程まで観ていた筈のTVドラマが何時しか深夜帯の低予算バラエティー番組に取って代わられている。画面一杯、この時間には不釣合いな程にハイテンションで駆けずり回るお笑いタレントが映し出されていた。
「きっと鉄也ね。」女は深夜の電話をかけて来た相手が誰であろうか想像ついたが、果たしてその通りであった。
「もしもし、ジュンか? 俺だ!」「どうした?もう寝ていたか?」 電話の主はかけた先の確認も取らずにイキナリ2〜3の質問を告げて来た。が・・・
「ううん、まだ。 鉄也は?」すんなりと始まった会話が互いに互いを確認出来たのであろう。
女に「鉄也」と呼ばれた電話の主は続け様に話をする。
「すまんが今日は帰れそうにないんだ、だから今夜はもう・・・・・。」
「うん、うん、そう・・・うん、・・・・。」(なんとなく判っていたわよ!)そんな感じが取れる様な声で「ジュン」と呼ばれた女が答える。
「明日は?」今度は女が男に問い掛ける。
「まだ作業が残っているし、その後仮眠を取って、・・・こっちで朝食を済ませて行くからそうだな?
9時位か?」
「そう、判ったわ。じゃあ、がんばってね。」
会話としては味気ないものであった。が、かといってこれ以上に何を話す事も無い。
お互い相手に伝えるべき事、聞くべき用件を済ませ電話を切る。

「ふう。」受話器を置いた女は溜息をつくとテーブルの上の食器を片付け始めた。
洗い物を済ませ彼女がキッチンの灯りを消したのは午前一時になろうかと言う時だった。
「鉄也ったらもう少し早く連絡してくれればいいのに。」届かぬ愚痴が口をつく。
先程の電話で女に「鉄也」と呼ばれた男はこの家の主である。
そしてその主である「鉄也」に「ジュン」と呼ばれたこの女性は以前、自身の姓を「炎」といったが今は「剣」の姓を名乗っている。
かつてミケーネ帝国の地上進攻に自らの全てを賭けて戦い守り抜いた二人。
だが二人は大戦中のパートナーからその後人生の伴侶とその仲を深め、今は小さいながらも郊外に一軒家を構えている。
やっとの事、「彼女の今日一日」を終えたジュンは家の中ですら冷たくなった空気に両肘を抱え込み、出窓からほんの僅かに見える外の街灯に向かって小さく震えながら呟いた。
「今夜は冷えるわね。」
確かに満開に咲いた桜が凍え散ってしまいそうな程に今夜は寒い。
深夜の電話、小さな出来事、些細なやりとり、そして間もなく家の全ての灯りが消える。
小さな寝息を立て、花冷えの夜は深まって行く。





海辺の研究所に朝が訪れ施設も所員もすっかり目を覚まし皆が朝食を済ませた頃、鉄也は研究室にいた。
鉄也は現在、此処、科学要塞研究所で、あるプロジェクトチームの主任技術者として勤務していた。
大戦後、彼は第二の人生を科学者として再スタートする事を選んだ。
本来ならばその立場から言っても「所長」クラスになるべきではあったが一人の技術者、科学者として又、一人の人間として一から出直したいと言う本人の希望を光子力研究所の弓博士が聞き届け従来道り弓教授が所長職を兼任し鉄也は研究に勤しむ事となった。
確かに「所長職」ともなれば肝心の研究に没頭出来る時間は限られてしまう。 学会や視察等はもちろんの事、役所関係の手続きや役人の接待等もこなさなければならない。さらにいかに政府の管理下にあるとは言え「経営」なるものも重要な職務である。無限に予算が計上される訳では決して無い。
弓博士は重要ではあるが雑務とも言える事柄まで今の鉄也に背負わせるのは彼と科学の将来の為にも損失であり、今は科学者として研究と向き合い経験を積み力を付けて欲しいと考えた。
そこで一番力を得たり発揮したりしやすい立場にと「主任業務」を命じた。
そして今鉄也と彼のプロジェクトチームが研究しているのは「超合金NZのコーティング技術」である。
超合金Z並びにNZはその原石となるジャパニュウムの産出量が極めて微量である事から量産が効かない。 しかし金属としての利用価値には素晴らしいものがある。 そこで従来の鉄やアルミニュウムなどの金属の表面に超合金ZやNZを皮膜化して吹き付けようと考案されたのだ。
従来の金属に表面処理を施しレーザーミラー鋼板として更にそこへ超合金ZやNZを塗装皮膜の様に噴き付ける事が出来れば対酸化腐食性や衝撃等に対する引っ張りや曲げ、ねじれ剛性等を飛躍的に高める事が可能である。こうすれば微量の超合金でも莫大な量の金属に処置を施す事が出来る。しかし、「言うは安し・・・」である。
超合金ZやNZはその製造過程で複雑な熱処理を幾度もこなさなければならない。吹き付けの為に噴霧化するには更に工程を増やさなければならない。そして増やした工程によって出来上がった物が従来の超合金ZやNZの強度を保っているかが問われる。またコーティングする金属の熱膨張等による変形にも柔軟に対応出来なければ剥離してしまい使い物にならない。
幾重にも重なる問題の山。だが彼らはその数々の問題をひとつひとつクリアしてなんとか実用化のメドを立てられる所まで来たのであった。
そう、このコンピューター上のシュミレーションの結果次第で!

所員A:「主任、とうとう!これでメドが立ちそうですね。」
鉄也:「ああ、だがそのまますんなりとは行かないだろう、必ず何処かにバグはあるだろうし、補正も掛けなきゃならんだろう。」
所員A:「まあ、そりゃあそうですが、ココまで来たんです。素直に喜ばなきゃ。」
鉄也「ふふ、そうだな、それもこれも皆のお陰だよ。」
所員B:「何言ってるんです、主任が一番大変だったではないですか。このプロジェクトが立ち上がった時から皆をまとめて、不可能と思えた事までこうして容になろうとしているのですから。」
鉄也:「いや、俺が一番大変だったなんて事は無いよ、これは本当に皆が頑張った成果だよ。」
所員B:「まったく、主任は。そうは言っても皆はそう思ってないですよ。」
所員C:「そうそう、主任、此処暫らくずっと泊り込みでご自宅にも帰っていないんでしょう?」
所員A:「だめですよ、主任、いっくらなんでも。解ってないなァ〜。」
鉄也:「おいおい、すまんがその『主任』と言うのはやめてくれよ。どうも、なッ。」
所員C;「そうは言っても主任"は主任ですよ。」「それに自覚してもらわなきゃ。」
鉄也:「?」「自覚と言っても事実、科学者としての俺はまだまだ駆け出しだし、みんなの方がずっと経験豊かで。だから『主任』ってよばれるのがどうもその・・・、なんだ!」
そこまで言うとたまりかねたと言う感じで近くに座っていた女性職員が「バッ」と立ち上がり鉄也に語りかける。
女性職員:「いいえ違います。私たちの言っているのは奥様の事ですッ!」
鉄也:「エッ?ジュンの事?」
職員C「そうですよ。・・・やっぱり判っていなかったか。」
やれやれ、という表情をうかべて皆が肩を落とす。
職員A:「主任。そんな事ではその内、奥さん、主任を置いて何処かへ出て行ってしまいますよ!」
一同:「そうそう。」
鉄也:「おいおい、そんな脅かさないでくれよ。」
女性職員:「まったく、コレなんだから。」あきれたと言わんばかりの表情。
女性職員:「いいですか?主任。主任は奥様の事をどう思われているんですッ?いくら奥様とは先の大戦で一緒に戦ったパートナー同士とは言え今では奥様も一人の女性なのですよ。」「まさか連絡もいれていないんじゃないでしょうね?」
鉄也はその女性職員の圧倒的な威圧感にうろたえながらも「い、いや、そんな事は無い、ちゃんと連絡もいれているし、それにジュンは」
女性職員:言い訳する鉄也にすかさず「それに?なんです?」「今、それにジュンはこの状況を判っているのだからこんな事位で出て行ったりしない。」「とでも言おうと思ったんでしょ?」「まったく、朴念仁もここまでとは思っていませんでした。」
鉄也「ううッ」
酷い言われようだが鉄也には反論する余地が無い。なにしろ今、自分が言おうとしていた事をほぼそのまま言い当てられてしまったのだから「ぐうの音」も出ない。
すると先程の職員が鉄也に助け舟を出してくれた。
職員B「ハハッ、さしもの歴戦の勇者も形無しですね。 まっ、ここは我々に任せてもらって主任は家へ帰って下さい。」「どうせシュミレーションに数日はかかるのですから。」
職員C「冗談はそこまでとしても、ホントそう、ですよ。」
他の女の子がボソッと「冗談で済めばイイですけどね!」
鉄也は一瞬「ぎくッ」っとなった。やや引き攣りながらも「ああ、判った判った。そこまで言ってもらえば流石の朴念仁も帰るしか無いようだな。」「それじゃあ、皆、すまんが後を宜しく頼む。何かあったら・・・」職員:A「あったら連絡するんでしょ?」「判ってますって」
鉄也:「すまんな、みんなも上手く交代して休んでくれよ。」先程の女の子達に向かって「君たちもゆっくりデートでもしておいで。できたらな。」
女子職員:「イ〜だッ!朴念仁の主任さんに心配してもらわなくても結構ですよ〜だ!」
なんとか一矢報いた鉄也は白衣を着替え研究室を後にした。
研究所のガレージから車を出し、一路家路へと走らせる。
車の中で鉄也は「やれやれ、体よく追い出されちまったな。」一言つぶやくが彼には彼らが頼もしくまた心配でもあった。自分同様、此処しばらく彼らも十分に休息を取っていない。
以前の鉄也ではこうは考えられなかったかもしれないが経験や別れ、時は人を変えたのであろう。
今日は穏やかな、春のうらら、時がゆっくり流れる。



市街をかすめる様に暫く車を走らせるとやがて郊外の住宅地に入る。
研究所からはおおよそ20分の距離。通勤にも買い物等の生活にも便利なこの地に鉄也夫婦は新居を構えた。 結婚当初は研究所内の宿泊施設に住んでいたがナンといってもそこは要塞。
鉄也の仕事柄確かに便利ではあっても居住区のしっかりした光子力研究所とは違い色々と不都合もある。それに今となっては・・・・・・。
そこで新しく造成された住宅地にメーカーの土地付き建売住宅ではあるが居を構える事にした。
鉄也やジュンにとっては初めての二人だけの城。大きくはないが大切な場所である。
次の交差点を曲がれば我が家が見えてくる。
穏やかな春の日差し、柔らかな空気に包まれ家々が並ぶ。
道路は新興住宅地らしく綺麗に整備され並木が影を落とす。
その隙間に自宅を見つける事は此処に住む者にとって至福の時であろう。鉄也もそう感じていた。
立ち並ぶ近所の家々からTVや人の話し声が聞こえてくる。イヤ、実際には車中の鉄也には聞こえていないのかもしれない。だがそこに住む人々や家々の生活は伝わってくる。
「本当に平和だ。本当に良かった。」鉄也は思った。
あの辛く厳しい訓練の日々。そして迎えた実戦の苦しさ、儚さ。だが今こうして平穏な時の中に我が身を置いているとそれはまさに「ツワモノどもが夢の後。」
鉄也は車のウィンドウを少しばかりさげて外の空気を満喫した。

 

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