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剣鉄也、新たなる戦場へ! (2)

シローK

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程なく我が家が見えてきた。中3日程ではあったが久しぶりだ。そう感じた。
研究所では微塵も感じなかったのだがこうして我が家の前まで来ると本当にそう感じた。
「やはりジュンには・・・・」少しばかり心苦しい。
「そうだな、この休みの期間、僅かな時間でも大切にしなくては!」
最初は屋根や壁の一部しか見えていなかった我が家がだんだんと大きく姿をあらわす。
が、あと3〜4件程前に差し掛かった時、鉄也は違和感を覚えた。
「ンッ、ナンだ?何かが?」
そう、何かが違う。隣近所の家々と自分の家は違っていた。
別に家屋の何処かに損傷がある訳でもない。建売の住居はその容姿も近所の家屋とそう変わっている訳でもない。もちろん自分が留守の間に増改築等を行った様でもない。そんな事を頼んだ覚えもないしジュンが何の話もなしに勝手に手を付けるとは思えない。第一、いくら留守勝ちとは言え4日前には一度帰宅しているのだ。たかだか中3日程度では改装するにしてもその程度は知れている。
「おかしい?どうしたと言うのだ?」鉄也は疑問や不安を覚えながら急いで車を自宅の車庫に入れる。
荷物を抱え車外へ。そこで鉄也は知った。いや理解した。この違和感の正体を!
そう、隣近所の家はこの春の穏やかな日に窓を開け、カーテンがゆらゆらと気持ち良さそうに泳いでいる。洗濯物もたっぷりと日を浴びふわりふわり。先程車中で感じた人やTVの話し声。物音。
犬やネコものんびり転寝をしている。辺りの木々や庭の草花もナンともいえない心地よい香りや音を放っている。そう、そこには人々だけではない動物や植物達も交えた生活の息吹がある。
だが・・・・、だがその生活の息吹が我が家からは感じられない。
この穏やかな春の日差しが降り注ぐこんな日にも雨戸や窓は閉め切られカーテンも踊る事無くただ静かに垂れている。もちろん中からは何一つ物音はしない。そうだ、この家はまだ目覚めていないのだ。
鉄也の頭の中に先程研究所で所員達に言われた言葉が蘇った。「その内、奥さん出て行ってしまいますよ。」「朴念仁もココまでとは・・・。」 「ま、まさかな・・」青ざめた鉄也は慌てて玄関へと。
柔らかな日差し、薄桃色の風、春の陽はそ知らぬ顔。
鉄也は玄関の扉を開けようとしたがやはりカギがかかっている。
上着やズボンのポケット、手当たり次第に手を突っ込んでみるがカギは無い。
カバンやバッグの中を見るべく玄関の前でしゃがみこんで引っ掻き回す。
だがこんな時に限ってお目当てのモノは出て来ない。
気があせる、あせる。「ううっ、出てこないじゃないか!」鉄也はだらしなくうろたえていた。
頭の中を先ほどの妄想が駆け巡る。ロクなことしか思いつかない。
「くっ、こんな所、甲児君には見せられんな!」
どうでもいいような事が浮かんで来ては消え、浮かんできては消え!
やっとカバンの奥底にカギを見つけた鉄也は急いで扉をあける。
家の中は薄暗く中からは冷やりとした冷気が流れ出て来た。
この暖かな春の陽気と焦りから噴出した汗に怪しげに冷気が纏わり付、鉄也を凍てつかせる。
ゴクリ!生唾を飲み込み鉄也は家屋におそるおそる足を踏み入れる。
ズカズカと踏み込んで行く事が出来ない!
「お、おい、ジュン?」「ジュン?」やっとの思いで出した声にも中からは何の応答も無い。
「まさか、ホントに?」ますます青ざめる鉄也。
だがその直後、凍てつき、身動きの取れなくなった鉄也の目に薄暗い中に何か動くものが映った。
「ンッ?」ピクリと反応する鉄也。
すると中から小さな可愛らしい声で「パ〜パァ」・・・と。
「かんな?かんなじゃないか!」そう、それは紛れもなく鉄也の、いや鉄也とジュンにとって最愛の娘であった。
此処に新居を構えて今年の初夏には丸三年を迎える鉄也夫婦だが最初の一年目の夏の終わり、子宝に恵まれ授かった娘である。「かんな」は葉芭蕉に似た植物で夏から秋にかけ黄や赤の花を咲かせる観賞用の多年草の植物である。毎年の誕生の月に花を咲かせる此花にちなんで付けた名前であった。
口の悪い甲児には「かんな」の名を付けた時に「剣は鉄にカンナ・・か、こりゃイイや!」とからかわれたものの鉄也とジュンにとってはそれこそ目の中に入れても痛くない愛しい一粒種である。
その娘が薄暗い家の中から呼び掛けて来たのであった。
鉄也はチョコチョコと近寄ってくる娘を抱き上げ抱きしめる。
すると娘は「パ〜パ、かえり〜」と無邪気に笑う。
「ああ、ただいま!」鉄也は返事を返しながらも娘の身体に何か異常がないか調べる。
(別に外傷等は何処にも無さそうだ。)一まずは安心。
だがこれで問題が解決した訳ではナイ。
すかさず鉄也はかんなに訪ねる。「かんな、ジュ・いや、ママはど〜した?」
するとかんなは少し困った顔をして鉄也の問いに答える。
「マ〜マ、あたま、たいたいでこ〜してゆ。」
そう、ジュンは病気なのか寝込んでいるのだ。
(そうか、そうだったのか)やっと鉄也は自体が把握出来た。
(出て行った訳では無かったのか、いや、良かった、・・・い、いや少しも良くない。)
鉄也は安堵と不安をまた覚えた。
「そうか、ママは病気になっちゃったのか、それでかんなが一人でお留守番をしてたんだね、偉いぞ!さあ、もうパパが帰って来たから大丈夫だ、一緒にママの所に行ってみよう。」
娘を抱えたまま鉄也は2階の寝室へとむかった。
家の中にもようやく春が舞い込む、柔らかく慎ましく風は鉄也の背を押した。
寝室に入るとベットの上でジュンが息苦しそうに寝ている。
「おい、ジュン、ジュン、大丈夫か?」鉄也が覗き込む。娘のかんなも心配そうに「マ〜マ〜」と。
鉄也がそこに来た事を知ったジュンは「あ、鉄也、お帰りなさい。」力なく顔を上げて言う。
「いや、いい、そのまま寝ていろ、かんなから聞いた。どうした?風邪でも引いたのか?」
「うん、どうやらそうみたい。」目を開けずにジュンは答える。
傍で見ていてもジュンの容態が余り良くない事は十二分に判った。
「熱があるのか?薬は飲んだか?」鉄也の問いにジュンは「さっき。で・・・」
「そうか、なら暫くはそのまま寝ていろ。」だがジュンはやはり娘が心配な様子だ。
「鉄也、まだかんなのご飯が・・」必死に起き上がろうとするジュン。
「大丈夫だ、後の事は俺がやるから。」流石に今のジュンには何も出来ないだろう。
「とにかく、後の事は俺に任せてお前は寝ていろ、だいいちそれじゃかんなにだってうつすだろう?」
「なあに、研究所でちゃんと仮眠もとってあるし、・・・いいな暫くじっと寝ているんだぞ。」
ジュンには鉄也の言葉が嬉しく頼もしくも思えたがそれでも娘が気になる。それに不安も覚えた。
だが今、ジュン自身はどうする事も出来ない。「うん、ごめん、てつや・・・」熱がある、また薬が効いている事もあってか返事もそこそこに意識は薄れていった。
再びジュンが寝入ったのを確認すると鉄也は娘に「さあ、ママは痛い痛いでねんねしたからね、パパと一緒に下に行こう。」
不安げな顔をした娘を抱き抱えたまま鉄也は寝室を後にした。
1階へ降りて来た鉄也は娘を降ろすとまず雨戸と窓を開け広げた。
ふわっとした空気が部屋中を満たす。ようやくの遅い目覚め。家の中も外と同じ春になる。
「ふうッ、これで良し!」玄関に散らかした荷物を片付けて鉄也は満足げに深呼吸をする。
「さあ、お腹が空いただろう?ご飯にしようね。」無邪気ににっこり笑いながらかんなはうなづく。
「さてさて、ナニがあるかな〜?」冷蔵庫を覗き込むと昨晩のものであろう、何品かのおかずが皿に盛ってある。(え〜と、これならかんなでも食べられそうだな)鉄也は幼い娘でも大丈夫そうなものを選んで一つの皿に盛り直して電子レンジに入れる。
(後は飲み物か。)「え〜と、かんなはナニがいいのかな?」娘に訪ねながらもパックの牛乳を出してくる。かんなもそれが当然と言った顔で笑っている。
電子レンジは今使っている最中なのでミルク鍋に空けてガスレンジにかける。
(おっ、そうだそうだ今の内に洗濯物を!)「さて、これでヨシ、さあかんな、もうスグ出来るからな、そこに座って大人しく待っているんだよ、パパはお洗濯するからね。」鉄也は持ち帰った洗濯物を風呂場に備え付けてある洗濯機に放り込む。・・・が、「さて、洗剤は?」そこには赤やピンク、ブルーと色とりどりの容器が幾つか並んでいる。「え〜なんだと?」鉄也は一つ一つを手にとってそこに書いてある説明書きを読む。「なになに、衣類を柔らかく?え〜こっちは柄物には・・・・?」暫くラベルと見あいっこをしていると娘がやって来た。
何故か困った様子で「パ〜パ〜」と鉄也を呼ぶ。
「かんな、ダメじゃないか、大人しくお座りして待ってなきゃ」だが娘はなおも鉄也を呼ぶ。
(マッタク困った)と思いながら説明書きもそこそこに適当に何種類かの粉末を洗濯機に入れる。仕方なく娘の呼ぶ方に。近づきながら「しょうがないな、かんなはイイ子なんだろ?待っていなさ・・」娘に言い聞かせようとした鉄也の耳に「シュアァァ〜〜〜」と言う音が聞こえて来た。一瞬何の音だか判らなかった鉄也だがスグに判断が付いた。「ウッ、し、しまった!!」案の定キッチンではガスレンジの上の鍋からミルクが吹きこぼれていた。
穏やかな春の日の惨事。庭の草木が「クスクス」と笑いながら風にそよいでいた。
「やっちまったか!やれやれ、これじゃもうダメだな。え〜い仕方ない。」鍋の中にミルクはもう殆ど残っていなかった。観念した鉄也は鍋を流しの中に入れて吹きこぼれたミルクを洗い落とす。
レンジ周りにもこびり付いてしまった。綺麗に汚れを落とそうとすると未だ熱い。布巾が触れる度に「シュアッ」っと!こんな時に限って何故か甲児の顔が浮かんでくる。そしてまた「くそう、まったく甲児君には見せられんな、こんな所。」思わず口をつく。
一通りレンジ周りを綺麗に整えると新しくミルクを注ぐために冷蔵庫へ。
だが中にもうミルクは無かった。「困ったな、さっきのが最後だったのか。」「仕方ない、これで我慢してもらうしか・・・」鉄也は娘にミルクの代わりにオレンジジュースを与えた。
だが幾ら春の陽気で暖かくなって来たとは言え今冷蔵庫から出したばかりの冷たいジュースでは幼い娘にとって酷であった。やはりお気に目さない。ストローで一口ばかり吸い上げてはみたものの直ぐイヤになってしまった様である。そしてミルクの大好きな彼女はレンジ、そして鉄也の顔を恨めしそうに見ている。もしこの子が男の子だったのなら鉄也の反応もまた違っていたのかもしれないがどうも娘、女の子と言うのは・・・・。
「おい、頼むよ、かんな!そんな顔でみるなよ。」父、鉄也、形無しである。
が、此処で閃いた。「なあ、かんな、それなら後でパパと一緒にお買い物に行こう。」そうだこれなら昼や晩の食事に必要なものも買い揃えられるし、かんなとも久しぶりに一緒に出掛けられる。外で遊ばせる事も出来るしジュンもゆっくり寝ていられるだろう。名案だ!鉄也は娘に問う。「その時にミルクも買ってこよう。それでいいだろ?そうだ、お買い物と一緒にお散歩もしてこよう!何時もママと一緒にお散歩、しているだろ?かんなは何処に行きたいんだ?」
今まで恨めしそうな顔をしていた娘の顔がパッと明るくなる。
そして元気一杯に答えた。「こ〜え〜ん!!」鉄也も助かったとばかりに「おお、そうか、公園か。それじゃあパパと一緒に公園に行こう。さあ、それでは朝ごはんを食べてしまおうね。」
ナンとか鉄也はかんなに食事を取らせ、その間に着替え等をすませる。
簡単に身支度を整えるともしジュンが起きて来た時に心配させない為にとテーブルにメモを残す。
「かんなを連れて公園に行く、鉄也」
やがて娘を連れて久しぶりの外出。いや、ジュンと一緒、3人での外出はあったかもしれないがもしかしたら二人だけでの外出は始めてなのかもしれない。
かんなと手をつなぎながら歩く歩道は桜が薄く桃色の日を落とす。
優しい風が柔らかなかんなの髪を撫でては離れる。
父親とのお外は楽しくてしょうがないといった感じの娘。道行く車、空の鳥、軒の草花、一つ一つ指をさし鉄也に告げる。確実な娘の成長に満足の鉄也。
「こんな時間をもっと待てるようにしなくては!」
今までの自分に余裕が無い事を改めて思い知ったのである。
家を出てから10分も歩いたであろうか家々の先に広場が見えて来た。
娘のかんなは「早く!早く」とばかりに鉄也の手を引っ張る。
「おいおい、かんな。そんなに引っ張るなよ!大丈夫だ、公園は逃げたりしないよ!」娘をなだめながらもその気持ちが判る故、鉄也も早足になる。近づくにつれ子供達の「キャッ、キャッ」と言う元気な声が聞こえる。なんと平和な時であろうか。
鉄也も気分が弾む。

せかす誰かがいる訳でなし、まだ登りきっていない春の日はのんびりやさん。
ほのぼの時を刻んで行った。

 

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