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剣鉄也、新たなる戦場へ! (5)

シローK

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さて、何処をどう通って帰って来たのか判らないが薄っすらと鉄也が意識を取り戻すと我が家のスグ近くまで来ていた。手にはスーパーの袋を持っている。中には今夜の夕食の食材であろうか幾らかの肉や野菜。もちろんちゃんとミルクも入っている。
だが鉄也には記憶が無い。娘に手を引かれるままに買い物をして来たのであろう。
哀しいほどに情けなかった。
最後の角を曲がると自宅の前に一台の車が止まっている。
やや意識もハッキリとして来た。「こ、甲児君か。」もちろん娘のかんなにもその車の持ち主が誰であるかは分っている。「こ〜いくんだ〜。」誰にでも愛想の良い、そして子供好きの甲児とかんなは大の仲良しである。もうこうなったら情けない父親どころでは無い。鉄也を見捨てると走り出してさっさと家の中に入って行ってしまった。
水先案内人を失った鉄也はよろめく足でその後に続く。
玄関にある靴をみて「さやかさんも一緒なのか。」(やれやれ今一番会いたくない奴らが来ちまった。)何とか無事?に我が家までたどり着いたのに鉄也は気が滅入る。
それでもリビングまで行くと甲児とさやかがいるのはもちろんだがジュンもいる。
「よう、鉄也君、邪魔してるゼッ」「鉄也さん、お帰りなさい。お邪魔してます。」甲児とさやかが帰宅した鉄也を出迎えた。
「ああ、い、いらっしゃい。」挨拶もそこそこに鉄也は問う「ジュ、ジュン、起きて大丈夫なのか?」。
だがジュンはしっかりとした口調で「鉄也、お帰りなさい。うん、薬が効いたのかもう大丈夫よ。」
すかさず甲児とさやかが「いや〜、びっくりしたよ〜、チョット寄ってみようって来たんだけどジュンさんが病気だったなんて。」「そう、汗びっしょりでふらふらして出て来るんですもの、びっくりしちゃったわ。」
「汗をかいたお陰で熱も下がったみたいだから起きて来たのよ。そしたら丁度!」
「そ、そうだったのか。」経緯を聞いて鉄也は納得する。
「それより甲児君、今日は?」突然の二人の訪問の理由を聞く。
すると甲児はさやかを指さして「ああ、今日は実験のほうが一段落したんで病院まで連れて行ったんだ。」さやかも甲児の言葉を受けて「もう自分で運転するのもちょっと怖くて。」
さやかのお腹には甲児との子供がいた。今日はそのお腹の中の子の検診日だったのだ。
「もうじきでしょ?7月だったっけ?パパと一緒ね!」ジュンが聞く。
さやかが「ええそうなの、もう甲児ったら『俺と同じ日に生め!』って無理言ってるの」さんざん言われているのかうんざり呆れ顔で言う。
「ふふっ、甲児君ったらしょうがないわね。」微笑んでジュンがたしなめる。
すると甲児の膝に抱っこされていたかんなが「こ〜いくん、ぱ〜ぱ〜?」と見上げながら訪ねる。
甲児はでれでれの顔をして「お〜そ〜だよ〜、こ〜いくんもパパになるんだよ〜〜。」と答える。
ジュンが「かんなは甲児君がパパになるのにいい練習ね。」かんなに言う。
「ぱ〜ぱのれんすう〜」かんなの言葉に笑いがあがる。
「パパになるのは大変だな〜〜」甲児もおどけてかんなに答えた。
「そうそう、大変と言えば鉄也さんも大変だったわね、夜勤明けでお疲れでしょう?」さやかが鉄也に気を使う。「ちょっと連絡くれればいいのに〜。ジュンさんだって気が休まらないわ。」甲児も「おう、そうだぜ鉄也君、(またさやかを指差しながら)こいつじゃ大した役に立たないだろうけど家事なら俺にも任せてくれよ。」甲児の言葉にムッとしながらも「大変な時はお互い様なんだから遠慮なく何でも言ってね、そのうちこっちもお世話になるんだから。」さやかが言う。
二人の言葉に鉄也は「ああ、今度からは遠慮なく君達に頼む事にするよ。まぁ、俺はそんなに大変って訳じゃなかったからな。ハハッ!」と答えた。とは言うものの内心(冗談じゃない、あんな所、間違ってもこの二人にだけは見せられやしない。)これが鉄也の本心である。
大丈夫だと見栄を張った鉄也ではあるが本当はクタクタである。
ソレが顔に出たのであろうか「でも鉄也さん、やっぱりお疲れなんじゃない?」さやかに問われる。
甲児も聞く「ああ、そうだな、それにどうしたんだ?服が泥だらけじゃないか?」。
鉄也は答える「い、いやこれはチョッとかんなと遊んでいて転んでな!」
すかさず甲児に「転んだぁ〜〜?おいおい鉄也君、大丈夫かい?さしもの剣鉄也も夜勤明けで疲れが出たのか?そんな年でもねえだろうよ。それとも久し振りにかんなちゃんと出掛けてはしゃぎ過ぎたか?ハハッしょうがねえな〜〜!!」と笑い飛ばされてしまった。
鉄也は「ま、まあ、そんなところだよ!」といい加減に答えておいたのだが「あら、でも顔も何となく熱っぽいわよ、目も充血しているみたいだし。今度は鉄也さんが風邪でも引いたんじゃない?」とさやかにつっこまれてしまった。病気となれば甲児も心配する。「おお、そうだな、目元も腫れぼったいみたいだしな。風邪引いたのか?ホントに大丈夫かい?」
すると突然、甲児とさやかの顔の前に可愛らしい指が3本出された。
「ぱ〜ぱ、こ〜えんでびーゆのんだ〜。」つまりはパパは公園でビールを3本飲んだと言う事である。
今や可愛い娘は子悪魔、言いつけ魔。よりによって最悪の二人に言いつけられてしまった。
とたんに「ビール〜??」「おいおい鉄也君!」甲児に言われてしまう。更にさらに「まあ、鉄也さんったらいけないわ、かんなちゃんを一人で遊ばせておいて自分は昼真っからお酒だなんて!」「それに家ではジュンさんだって病気で寝ているって言うのに、ダメじゃない、そんな事してちゃ。」さやかには思いっきり説教をくらってしまった。
ただ横でその話を聞いていたジュンには(公園、ビール)と来てその意味が解かった。『あの人達に会ったのね。』ある意味ジュンにとってそれは吉報である。普段から無愛想で困っていた鉄也が公園で父兄に会って、そこでビールをご馳走になったと言うならば鉄也は一様、彼女達に受け入れられたと言う事だ。甲児やさやかの手前、顔には出せないが兎も角、一安心である。
だが甲児とさやかはそうは行かない、特にさやかはいっそう激しく鉄也を責める!
(くっそう、人の都合も知らないで言いたい事いいやがって、だから今日はこの二人には会いたくなかったんだ。)鉄也は思う。
だが口で喧嘩して勝てる鉄也ではない。散々に言われてしまった。
しかし此処でそのまま終わってしまう鉄也ではなかった。
ある妄想、そして野望が鉄也の心の中、頭の中に芽生える。
その証拠に攻め続けられる鉄也の顔、口元に僅か、ほんの僅かではあるが笑みが浮んだ。
やはりパートナー、いや夫婦であるからかジュンは気付いた。そして今鉄也が考えている事、思いついた事までが判った。(なんてくだらないコト。)その鉄也の考え付いたことがあまりにもバカ馬鹿しく、恥ずかしさでジュンは思わず顔を塞ぐ。(もう、鉄也ったら。)
そう、ジュンが読み取ったその鉄也の考えついたコト、とは・・・・
鉄也:「くそう、二人して言いたい事いいやがって、こっちにだってこっちの都合ってもんがあるんだ、それを知らないで。ふん、だがな甲児君、さやかさん、これはいずれ君達の身にも起こりえる事なんだぜ、いや、絶対に起こる事なんだよ。やがて君達の子供も生まれて来る、そう、その時にこそ起こる事なんだ。きっと君達もその子供をつれて公園に散歩に行ったりするであろう。ましてや子煩悩な甲児君がソレをしない訳がない。大体公園なんて所は何処でも同じ様なものだろうし同じ様な連中がいるに決まっている。フッフッフッ!その日、その時こそこの世の終わりが来る!甲児君、君のその社交的過ぎる性格がきっと災いをもたらすであろう。意気投合、おおいに盛り上がるはずだ。だがソレをこの世間知らずでやきもち焼き、お嬢様育ちのさやかさんが果たして君を許せるかな?絶対に無理だ!ククッ。その時こそ天と地は暗く兜甲児は地獄の苦しみを味わうであろう。だがな甲児君、この前の時の様に俺は助けに行かないからな、今度は、その時こそは高見の見物をさせてもらおうじゃないか、クククククッツ、今からその日がくるのが待ち遠しいぜッ!」
マッタク、ロクな事、考えない!たまらなくなったジュンは「鉄也!もう、早くその服、着替えていらっしゃいよ!」鉄也を遠ざける。
だがこの鉄也の「ロクでも無い妄想」の様な希望は約一年後、現実と化してしまいかんなややがて生まれて来る甲児とさやかの子が大人になっても語り継がれてしまう程に最悪の日、光子力研究所は壊滅的な打撃を受けてしまうのである。しかしまだココでは鉄也の単なる楽しみでしかない。
甲児とさやかに説教を喰らっていた鉄也はこれ幸いとばかりにポケットから財布や携帯電話等をテーブルに放り出すと「ああ、分かった分かった。」と言いながら風呂場へ行ってしまう。
鉄也に逃げられた二人であった。が。甲児は「クックックッ」っと笑いがこみ上げてくる。
間もなく鉄也が風呂場からすっ飛んできた。
「お、おいジュン、い、い、いったいどうなっているんだ?家の風呂場は?」
足元は泡だらけである。
たまらず甲児が「アッハッハッハッハッハッハ、鉄也君、いったいどれ程洗剤を洗濯機に入れたんだ?
さやかだってそんな間抜けな事しないぜ。クックックック!」と笑い飛ばす。
「もう、鉄也、ちゃんと綺麗に泡を拭き取っておいて頂戴よ!もうほんとに!」呆れ顔でジュンにも怒られてしまった。
もう散々な鉄也。すっかりしょげてまた風呂場へと消えて行く。
(チィッ、今日は最悪な一日だ。酷い目に遭った。ああ、くそう、ついてないぜ。)
だが春の女神様達はそれで終わりにしてはくれなかった。
テーブルの上のマナーモードに設定された鉄也の携帯電話がカタカタカタカタカタッとメールの着信を知らせる。
後にソレを見た鉄也は愕然とした。タイトルは「お誘い♪」先程、公園で会った母親達からの「午後のカラオケボックスへのお誘い」であった。
その後ファミレスでのお茶会、夕食後の居酒屋パーティーへとイベントは続く。
次の日からの残り3日間の休みは鉄也がジュンに代わって寝込む羽目になった事はあまりに順当。
鉄也の新たな戦場は嵐が吹き荒ぶ。されどこれは春うらら、桜吹雪舞う穏やかな日の物語。
ぱ〜ぱ〜、がんばお〜ね!

 

 

おしまい

 

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