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シローK
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すると後ろから小走りに鉄也達がいる藤棚に向かってくる一人の女性。だが半ば意識を失いかけた鉄也はこの女性に気付けなかった。
トン"っと軽く触れる肩と肩。だがその僅かな衝撃にも今の鉄也では耐えられない。
フラフラとだらしなくよろめく。されどそんな鉄也に構う事無くその女性はそこにいる母親達に声を掛ける。「ゴメンゴメ〜ン、遅くなっちゃった〜〜ッ。」すると次々に返事が返って来る。「も〜〜、遅いよ〜」「すっと待ってたんだよ〜〜」「時間、無くなっちゃうよ〜〜。」ブーイングの嵐!
「ごめ〜〜ん、だって今日はあの交差点に行って来たんだモ〜ン。」言い訳をする彼女に「エッ?交差点?」事情が飲み込めないのか質問が返される。だが中にはその意味が判った者もいるらしくて「ああ、アレ、今日だったんだ〜。」
「アレって?」会話は進む。「うん、実はね、此処の住宅地から県道にでる交差点があるでしょ!そこの視察に行ってきたのよ。」「で、あそこの交差点って小学校とかの通学路にもなっているでしょ?」
どうやら話の内容、この女性が遅れて来た訳は子供達の通学路に関する事らしい。
まだ頭の中の整理がつかず混乱状態の鉄也であったが話の内容が子供に関する事とあっては無視する訳には行かない。今はまだ幼い娘も時が来れば学校に通う様になる。此処は何としても意識を繋いで話を聞かなくては。ふら付きながらも決意する鉄也を知ってか知らずか話は進む。
「此処の宅地ってさ〜、新しいじゃない、だからあの交差点も新設されたんだけど、元々は無かったし、県道って高速道路のインターと市街地を結ぶ道なのよ、それに港からも出入りするトラックとかが通る道路でもあったのね。」「だから郊外って言っても結構トラックとか車の交通量は多いでしょう。」
彼女の説明に一同、うんうんとうなずく。「でも、小学校とかこっちからだと道路の向こう側じゃない。だからみんな学校とか行くのにはあそこ渡らないと行けないのよ。」「信号も付いてはいるけど道が混むモンだから信号が変わったからって言っても結構、車とか突っ込んでくるんだよね〜〜。」「だからさ〜マジ、危ないじゃない!」そこまで説明されて皆も同意権なのか「うん、そ〜だよね〜〜。」「あそこって危ないよね〜〜。」「そうそう、私もそう思ってたんだ〜」口々に不満を洩らす。
今までそんな事にあまり関心を持たなかった鉄也ではあったがそう言われてみれば確かにそうである。
父兄の一人としてこのまま放ってはおけない問題である。深く彼女達の話に聞き入る。
「でね、一度、地元の警察にどうしたらいいのか?って聞きに行ったら『それでは地元の自治会から要望書を提出して下さい。』って言われてさ〜、それで今日自治会長に頼んで視察に来て貰ったんだよ〜。」
「そ〜だったんだ〜。」「で?どうなったの?」鉄也も一生懸命意識を繋ぎ報告を待つ!
「それがさ〜〜、自治会長のヤツ、電話で話とかした時は『判りました、それは問題ですね、見に行きましょう!』とか調子こいてたのにイザ見に来たら、『特別今は事故が起こった訳では無いしこのままで様子見たらどうか?』とか言ってんのよ。」「もう面倒な事はイヤだ、ってのが見え見えなんだよね〜〜。」すると今までにも増して不満が爆発する。「え〜〜、やなヤツ〜〜ッ、」「あったま来るジャン!」
「オヤジ、とんでもね〜〜!」皆の言葉を受けて「でしょ〜〜ッ!でさ〜、私もあったま来ちゃってサ〜、『テメーー、話が違うじゃねーかー!』って自治カイチョーの胸ぐら掴んで道路の上でブンブン振り回しちゃったのよ〜〜。」「そしたらカイチョーの奴、ふらふらになりながら『そんな事言われても。』とか言ってベソかいてんダヨ!」問題の本質を他所に「え〜〜ッヤルヤルーーッ。」キャッキャ!っと一同、大喜び!
(どうしたらこんな展開になるんだ?)鉄也は思う。普段は冷静な判断を下せる鉄也もマッタク持って理解出来ない。
なのに彼女達は当然の如く会話を続ける。
「うそ〜〜、スゴーい!」「おかしーィ」「でもそれってデビル入ってな〜い!!」
「えへへ、まぁ〜ね〜、悪魔の力を身につけた正義の味方ってトコかなぁ〜」
「アハハハハハーッ、それっておもしろーッ!」
微塵も悪びれず屈託のない笑顔で会話を楽しむ彼女達であった。
だが、此処に会話に取り残された者が一人。鉄也は子供の事と思いなまじ真剣に聞き入っていただけに彼女達の話の脱線に付き合い自らの意識までトリップさせてしまいそうになる。
薄れ行く思考は鉄也の五感を奪う。頭はクラクラ、視覚は歪み彼女達の染められた髪や春っぽいパステルの服が色とりどりそよ風に吹かれまるで万華鏡の様にグルグルと渦をまく。
遠くに耳鳴りがして口の中が乾く。喉がひりひりと焼ける。(ああ、苦しい!)まるであの時、グレートマジンガーに乗ってミケーネ帝国との戦闘をしていた頃に味わった苦痛の様だ。
いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
確かに鉄也が戦った相手には悪霊型戦闘獣などと言う妖術とも幻術とも取れる攻撃を仕掛けてくる者もいた。それでも「打倒、グレートマジンガー」を掲げて最終的には物理的な攻撃になる。
戦闘がどんなに辛くても苦しくても自分が何をしなくてはいけないか、どうしなければいけないのかはあの時は判っていた。
だが今回は違う。彼女達は自分を攻撃してくる訳では無い。術を用いている訳でも無い。
訳がわからないのだ。理解出来ない、なのに彼女達は平然としている。
味わった事の無い、経験した事の無い状況に追い込まれた鉄也。幼少の頃から鉄也は兜剣造によって戦闘員としての教育、訓練を受けさせられて来た。この世のありとあらゆる事を学んだハズである。
だのに何故か?剣造はこんな事、自分には教えてくれなかった。
一人勝手にピンチを迎えるのであった。
一通りの話を済ませた彼女はふと、後ろを振り返って怪訝そうな顔をして鉄也を見る。
友達の母親に「だれ?」と聞く。
すると皆、口々に「剣さんよ〜。」「ほら、かんなちゃんのお父さん。」「ジュンさんのご主人様よ〜。」
鉄也が何処の誰かを教えられると「エッ、剣さんって、あの剣さん?」
皆に確認をとって「まあ、剣さんのご主人様でしたの〜。」とにっこり笑って挨拶をして来た。だが鉄也の視覚は彼女の顔をしっかりと捉える事が出来ない。そこにはただ"色"がうごめいているだけである。「は、あまう。」言葉にならない言葉で挨拶をする鉄也。
「そうよ、あの剣さんよ!」「あなたも覚えているでしょ?ロボットに乗って戦っていた剣さんよ。」彼女達の説明が続く。「ほら、あの、まがじんぜっととか言うロボットに乗っていらした方だよ〜。」
しかしそこまで聞かされた彼女は「あ〜〜、ソレ、違うんだ〜!」と反論を唱える。
一同揃って「え〜〜?違うの〜〜??」「え〜〜、何処が何処が??」
(判らないよ、教えてよ)と彼女に迫る。
「だって剣さんのご主人が乗って戦っていたロボットはまがじんぜっとなんかじゃナイもん!。」
しっかり否定された彼女達は「え〜、違うんだ〜。」「なんとかゼットじゃないんだ〜。」と!
鉄也にも聞こえた、(ああ、良かった、こんな人達でも中にはちゃんと覚えていてくれる人はいたのか。)
救われる思いだ。
だがここから先を鉄也は自身で説明出来ない。まだ口が自由に動かない、言葉が出て来ないのだ。
そして彼女は彼女たちの疑問に答えた。
「いい?剣さんのご主人が乗っていたって言うロボットはね。」
一同真剣な眼差しで彼女と鉄也を見つめる。
「ロボットの名前は"げったーろぼ"よッ!!」自身満々に答えた彼女は鉄也に視線を移す。他の彼女達も鉄也を見上げて「そうだったんですか〜、失礼しました〜〜。」と口々に話し掛ける。
だが、当の鉄也は向こう側に行ってしまっていた。
(げ、げったー??なんだってそうなるんだ、ううっ、リョウ君、ハヤト君、ベンケイ君、そしてムサシ君、ほんとに俺達は終わっちまった様だ!)期待していただけに鉄也のダメージは大きい。
ソレまでに蓄積されたダメージも大きかったがコレは本当に効いた。
流石の鉄也も(もうダメかもしれない)弱音が出る。
そよ風に桜の花びらが怪しく舞っている。さわわと吹く風に乗せて何処からか声が聞こえて来る。
時空の彼方で手招きする暗黒大将軍がいた。「剣鉄也よ、こっちに来い!」
(マズイ、このままでは、本当にマズイ!)薄れ行く意識の中で鉄也は必死に耐える。娘の事を思えば此処で気を失う訳には行かない。糸一本程にかろうじて意識を繋ぐ。
疑問も解決!一通り話を終えた彼女達はなにやら木のテーブルの上に色とりどりの包みを広げた。
さながらピクニックである。
やがて鉄也の耳に「プシュッ!」と言う音が聞こえて来た。
「剣さんもお一つ如何ですか?」一人の母親が声を掛けた。
鉄也は残った思考で考える。(音からすると炭酸飲料か?)普段なら「炭酸飲料など身体に良くない」と言って鉄也は口にしない。だがひりひりとする喉を潤せば意識を取り戻せるかもしれない。
一口の飲み水でかなりリフレッシュ出来るハズである。
「ああ、はうう。」返事にならない返事をして必死に手を差し出す。
感覚が麻痺しそうな鉄也の指に冷たくツルッとしたアルミ管が心地よい。これだけでもかなり助かる。
さあ、これを一口飲む事が出来ればまだ何とかなりそうだ。
懸命に口に運ぶ。
そしてグイッと一飲み。とたんに「シュアーーーッッ」と炭酸が泡となり口の中いっぱいに広がる。
冷たい、なんと良い気持ちであろう。この泡と苦味が・・・??「苦味?あ、甘いハズでは?」
次の瞬間、鉄也はむせる、「グッ、ゲホゲホッ」「ビ、ビールじゃないか!」
確かに気付けにはなった様だが、果たして。
「まあ、剣さんったらそんなに慌てなくても。」「うふッ、可愛いわ〜。」
そう言ってバッグの中からハンドタオルをとりだすと咽て泡だらけになった鉄也の口元や顎を拭き始めた。とたんに「あ〜〜、ズル〜〜イ、自分だけ〜〜!」とまたもやブーイングの嵐が沸き起こる。
「早いモン勝ちだも〜〜ん!」とまるで鉄也はぬいぐるみ状態である。
藤棚の元のささやかな?宴会はこうして盛り上がっていった。
あれからどれ程の時間が過ぎたのだろう?完全に自我を失ってしまった鉄也には時間の経過が判らない。もう自分がどんな風になっているのかさえ判断付かない。
キーンコーンカ〜ンコ〜ン♪
暫くして何処からか正午を知らせるチャイムが聞こえる。
すると突然なのかあらかじめ予定されていた事なのか「あ〜もお昼だよ〜、帰らなきゃ!」「そ〜だね〜。」「お昼終わってお迎えでしょう?」「そうそう、2時半だよ〜〜。」「じゃあ、そのあと何時ものトコだね〜。」「うん、そうじゃあね〜〜。」
やはり予定調和なのかすんなりと交わされた会話、てきぱきとテーブルの上が片付けられて行く。
荷物を纏めると「それじゃあ、剣さん、さようなら、またいらしてくださいね〜〜。」とまるで今まで何も無かったかの如く鉄也に最後の愛想を振り捲く。
その後は蜘蛛の子を散らすかの様にあっという間に彼女達はいなくなってしまった。
鉄也はその光景をまるで映画のスクリーンに映し出された映像を眺めるがの如くただただぼんやりと観ていた。
広い公園にはもう鉄也とかんなの二人しかいない。お友達も帰ってしまった。
かんなは鉄也の所まで来ると「ぱ〜ぱ〜、おーち、か〜ろ〜よ〜。」
鉄也の手を引っ張る。ほけーっとした鉄也は「はうう、ううっ」っと僅かな反応を見せただけ。
もう、どちらが保護者だか判らない。娘はちっちゃな身体で鉄也の手を引っ張りながら家路についた。