ズリルの罠、さやかを救え!(2)

上尾美奈

 

 甲児はベットに横たわるさやかの手をじっと握っていた。さっき、医者から言われた言葉を思い出していた。
「傷自体はたいしたこと、ありませんが、処置まで少し時間が経ってますので出血がひどい。あとは本人の体力、気力、運でしょう。今晩がやまです。明日の朝まで気づかないと危険です。」
『さやかの体力、気力は並みの人ではない。そうするとあとは運だけ。』
 甲児は祈るような思いでさやかの手を握り続けた。
 そして、夜が明ける頃さやかがふっと目を覚ました。そして、不思議そうな顔をして甲児を見詰めた。
「甲児くん、どうしてフランスにいるの。」
「ばか、ここは日本だよ。宇宙科学研究所だ。」
「えっ…。」
「もう、大丈夫だ…。」
「やっぱり、甲児くんが助けてくれたのね。」
「さあ、話をしてないで、もう少し休め。俺が側にいるから。」
「ずっと側にいてね…。」
「ああ。」
 さやかが眠るの見てそっと甲児は部屋を出た。
 観測室には、宇門博士、大介ら全員がそろっていた。
「今、気が付きました。先生が峠は越したといっていました。」
 ほっとした空気がその場に流れた。
「甲児くん、反陽子エネルギー理論を読ませてもらった。予想以上のエネルギーのようだ。しかも、さやかさんはエンジンの開発もすでに手がけているようだ。どうやら、波動は光子力より光量子に近い。新しいスペイザーのエネルギーとして有効と思われる。早く彼女に研究をしてもらいたいものだ。」
「たぶん彼女もそう思っているはずです。ただ、あれで、さやかは人見知りで恥ずかしがりやなところがあるんで精神的に落ち着くまでしばらくゆっくり静養させたいと思います。」
 そして、さやかは甲児の看病と研究に戻りたい気持ちで予想以上に早く回復した。甲児が、さやかが落ち着くまで、宇門博士以外の者には会わせなかったのもよかったかもしれない。それからしばらくして、いよいよ、研究の成果を発表することになった日が来た。
 その日、甲児は急用で出かけることになった。
「なあ、俺がいなくて大丈夫か。先に延ばしてもかまわないんだぜ。」
「大丈夫よ。研究の結果を見てもらうだけだもの。でも、早く帰って来てね。」
 さやかは甲児が出かけると白衣に着替えた。髪をまとめ、濃紺のパンツに細くて黒い金属の縁の薄い緑の入ったサングラスを掛けた。白衣の襟から見える赤いセーターだけが柔らかい印象を与えるものだった。
「いざ出陣。」
 さやかは呟くと宇門博士はじめ所員の待っている会議室へノックして入った。
「はじめまして、フランス高等エネルギー研究所から来ました、弓さやかです。先に発表した反陽子エネルギーについて説明いたします。」
 さやかはひと通り説明し終えた。
「何かご質問はございませんか。」
 所員はなんとなく気後れして、質問出来ないでいた。その様子を見ていたひかるは横にいる大介に呟いた。
「なんだか、さやかさんって恐い感じの人ね。甲児くんの恋人なんでしょ?」
 そこへ甲児が帰って来た。
「さやか、説明はうまくいったか?」
 いきおいよく入ってきた甲児を見てさやかは思わず頭を抱えた。
「おい、さやかなんて格好しているんだ。視力いいくせにそんな眼鏡かけて。それに髪は垂らした方がいいぜ。」
 甲児はさっと、さやかの眼鏡を取り、くくってあった髪をほどいた。
「もう、甲児くんたら、目が疲れるから薄い緑の入ったサングラスかけているのに。髪だって邪魔でしょう!」
「だけど、10歳は老けて見えるぜ。それにかわいげないし。」
「若く見えると研究の成果見てもらえないでしょう。特にフランスじゃ小娘は馬鹿にされるんだからねっ!だいたいね、いつだって甲児くんは…。」
 二人の様子を見て、周り中が耐え切れないようにどっと笑った。それを見てさやかは頬を真っ赤に染めて「いや…。」と呟くと甲児の背中に隠れてしまった。
 その様子を見てひかるが大介にささやいた。
「さやかさんてかわいい人ね。」
「いや、弓博士があまりにすごいんでみんな気後れしていたんだが、仲良くなれそうだ。よろしくお願いします。」
「さやかさん、父が是非牧場の方に食事に来て下さいって。」
 次々と所員が握手を求めてきた。それに応じている間に甲児は、反陽子エネルギー理論の資料を読んだ。
「さやか、これすごいよ。俺と離れてもどうしてもしたい研究があるっていっていた成果がこれか!」
 それを聞いて、さやかがほろりと涙をこぼした。
「甲児くんが、始めて私を認めてくれたわ…。」
「馬鹿だなあ、俺はいつもさやかさんを認めているさ。」
「だって、いつも足手まといとかなんとかいって対等に扱ってくれなかったもの…。」
「馬鹿、さやかを危険な目に合わせたくないだけさ。」
「だって、だって…。」
 もう、さやかは声にならない。顔を覆ってしまった。
 その様子を見て、宇門博士、大介、ひかる他所員は目配せし合って出ていった。
 甲児は2人きりになったのをしって、そっとさやかを胸に抱いた。ふと、さやかが顔を上げた。どちらからともなく2人は唇を合わせた。

 

 その夜、さやかは甲児と一緒に白樺牧場にやってきた。薄紅色のワンピースを着たさやかは、初めて会う人への恥じらいも伴って、打って変わって可憐に見えた。和やかに晩餐は続いた。
「うちのひかるは日本一美人だと思っていたが、さやかさんもきれいだねえ。」
「もう、お父さんたら。さやかさんの部屋も用意しなくちゃならないわね。」
「俺といっしょでいいさ。」
「そんな不道徳は俺様が許しません」
「どうせ、そんなに長い間じゃないし、そのくらいなら、どっちが研究所に泊ってもいいし。」
「甲児くん、そんなひどいこといわないで。」
 団兵衛が怒鳴り、ひかるが非難したが甲児はさやかにはなし掛け、二人の世界を作ってしまった。
「知っていたの…?」
「あの、研究はジャパニュームのある光子力研究所でするのが一番さ。そうだろう?」
「そうよ…。」
「君は研究に一番適した環境を、感情とは別にちゃんと選べるはずだ。だから、俺と一緒にここへ来なかった。ちがうかい?」
「そうよ、そ…。」
 さやかは唇をかみ締めていた。
 大介は隣の自分の部屋に行こうとして、二人が入ったあとの甲児の部屋の前を通りかかり、もれてくる声を聞いてしまった。
「この傷残るかしら…。」
「俺以外見るものはいないんだからいいじゃないか。」
「でも、醜いわ…。そんなところ甲児くんに見られたくないもの。」
「ばか、尊い傷じゃないか。俺にはすごくきれいに見えるよ…。」
「甲児くん…。」
 大介は切なくなって、二人の邪魔をしちゃいけないとそっと今へ引き返した。
 一人静かにギターをつま弾いていると、甲児が来た。
「さやかさんは寝たのかい。」
「ああ、疲れたらしくて、少し泣いたけど…。」
 その夜、大介は珍しく静かな甲児相手に静かにギターを弾き続けた。

 

 次の日からさやかは精力的に新しいスペイザーの開発に所員と取り組んだ。
 三日程したある日、円盤獣が近くに出現した。一人で苦戦する大介をモニターで見ていたさやかは、しばらくして、叫んだ。
「大介さん、円盤獣のこめかみにミサイルを撃って!!」
「OK!!」
 ミサイルは命中した。その瞬間、軽い爆発のあとじわりと炎が広がりやがて大爆発を起こした。
「なんだい?あのミサイル?」
 甲児が聞いた。
「うん、成果を試すために、反陽子ミサイルの実験機仕掛けておいたの。実験成功ね。」
「おい」
「なあに」
「いや、なんでもない『相変わらずあぶねーやつ』」
 そんな甲児とさやかをよそに大介は新しい戦いの始まる予感を憶えていた。

つづく

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