転生したら王子様だった件(1)

【注意!!】
この話はほんっっとーに、暇を持て余し、かつ、広い心をお持ちの方のみ、お読みください。
いいですか? 注意しましたからねっっ!!

 

***

 

 とある世界のとある王国のとある王城のとある一室。豪奢というよりも落ち着いた調度で整えられた室内。開かれた窓からは花の香りを乗せたさわやかな風が入ってくる。しかし、今、俺の心境はさわやかとは程遠いものだった。

「殿下、恐れながらまたおぐしが…」
「……ああ、すまないな、セバスチャン」

 振り向いた俺の前には、ヘアブラシを持ったまま困惑の表情を浮かべている侍従兼世話係のセバスチャンがいる。
 子供の頃から身の回りの世話をしてくれるセバスチャンは、ロマンスグレーで引き締まった体つき。王宮侍女の間ではイケオジと評判だ。彼はめったなことでは動じない。俺が子供の頃、猫を捕まえようと木に登っているのを発見した時も、泥や馬糞にまみれて馬や竜と戯れていても、表情一つ変えずに俺の首根っこをつかまえて身だしなみを整えさせ、しかる後に理路整然と説教をかましてくるような男だ。そのクールな表情はめったに崩れることはない。
 その彼がここまで困惑するのは異例だ。しかもたかだか俺の髪などというものに対して。
 俺の髪にはもともと確かに多少の癖はあった。しかしその癖はセバスチャンの手によってうまく生かされ、あっという間に緩やかウェーブの爽やか王子様ヘアに整えられてしまう。
 つまりはついこの間まで、俺の髪はごくごく普通だったのだ。この星の重力というものに対して逆らうことなく従順に、生まれてこの方生え続けてきたわけだ。

 それが。

 今、俺の髪は、何故か重力に逆らおうとしている。初めの頃こそは、最近髪が少しはねるようになったなと思うぐらいだったのに、徐々に徐々に毛先が上やら横やらを向いていったのだ。
 セバスチャンもそのことには気づいていた。とはいえ、最初の頃は熟練の技を駆使し、今まで通りの俺のヘアスタイルを作り上げることに成功していた。しかし、俺の髪はどんどん手に負えなくなっていく。やがて自分の技術だけでは無理だと悟ったのか、母上付の侍女に指南を乞うていたことも知っている。ヘアセットの技術だけではなく、髪によい栄養剤やスタイリング剤、オイルやクリームなどなど試せるものはすべて試してきた。そして今、さすがのセバスチャンも困惑の表情を隠せなくなった。もはや呪いでは?と侍女やメイドが囁くほどに、俺の髪は重力に逆らうようになっていたのだ。
 それでも彼は決して敗北しない。セバスチャンは常に俺のために戦ってくれる戦士なのだ。たとえ元のヘアスタイルに完全には戻せなくても、公務や夜会の間だけならまだ元の髪形にすることが出来ている。そう、ちょうど今のように、公務の後自室に戻って髪が自己主張を始めると、ささっと近づいてきてヘアスタイリング剤を駆使して戻してくれる。が、徐々にそのスタイリング剤の量や種類が増えていることに俺は気づいている。

 セバスチャンに髪をセットしてもらいながら、俺は心の中でため息をついた。
 わかっているのだ。なぜ髪が重力に逆らい始めたのか。いや、わかってはいるが納得はしたくないというべきか。まさか記憶と髪型が紐づけられているなんて誰が思うだろう。

 そう、記憶だ。

 俺はこの国の第一王子として生を受けた。子供の頃から活発でこの侍従や乳母、両親を困らせたりもしたものだが、齢17になる現在では、なかなかに模範的な王子になれている…と思う。
 容姿はそこそこ整っているし、王太子としての教育もそつなくこなしている。剣を持たせれば騎士団でも5本の指に入るほどの腕前で、十歳にして竜を乗りこなし、魔力量においては王家随一とも言われている。もちろん努力はしているが、それに見合う成果を出していると自負している。

 そんな俺が、竜どころか馬から落ちて頭を打ったのが一カ月ほど前のこと。馬の耳に蜂が入り、それを嫌がった馬が暴れて落馬…といういささか間抜けな顛末はともかくとして、落馬して頭を打った俺は丸一日眠り続けた。そして目を覚ました時には思い出していたのだ。前世ってやつを。

 前世だの転生だの、孫が読んでいたマンガや小説でそんなジャンルがあったことは知ってる。しかしそれがまさか自分の身に起こるなんて誰が思うだろう。
 俺は天寿を全うし、穏やかに死を迎えたはずだった。子供や孫たちに囲まれ、何の悔いもなく、あいつが待ってる天国だか地獄だかに行こうとしていた。いや、実際そっちに向かって歩いていた…ような記憶がある。
 しかし俺は、そちらへ向かう長い列から突然ひょいと摘まみ上げられ、気が付けば一人、真っ白な空間にいて、目の前に発光している美女がいたのだ。光りすぎていて全体像はよく見えない。が、うっすら判別できたその顔は見たことがないほど美しかった。

『あなたの今世での功績は称賛に値します。ついては神様会議であなたに特別褒章を与える事が決定しました』

 発光美女はいきなり俺にそう切り出した。

「……神様会議?」

 神様が会議を開くとは知らなかった。孫にでも教えてやりたいものだと考えて、自分が死んでしまったことを思い出す。
 美女は優し気な声で話しているが、俺にはわからないことだらけだ。

「特別褒章って…なんですか?」

『簡単に言うとご褒美ですね。こういうことは時々あるのです。人間の世界に直接介入することが出来ない我々神が、それでもずっと見守ってきたあの世界を、あなたは救ってくれました。だから神様会議は、次に生まれ変わるにあたって、あなたの望みを叶えてあげることにしたのです。あなたは我ら神に認められたのですよ』

 発光美女はどうやら神様であるらしい。

「……………」

 まぶしい光に少し目が慣れてきた俺は、美女の顔をじっと見つめた。人間離れした美貌ではあるが、俺の好みではない。俺の好みは……。

『どうですか? あなたはどんな自分に生まれ変わりたいですか?』

 発光美女…もとい発光女神に問いかけられて、俺は明後日の方向へ行こうとしていた思考を元に戻した。

『容姿でも才能でもあるいは経済力でも。次の人生であなたは何を望みますか?』

 女神は俺に微笑みかける。つまりは、大金持ちにでもなれるし超イケメンにも、あるいはスポーツの才能や優秀な頭脳でも、望めばなんでも手に入るというわけか。

「……別に何もいらないな。俺、精一杯生きて死んだからやり残したことなんてないし」

 この人生、つらいことや悲しいこともあったけれど、俺はやれることをやってきた。両親とは早くに死に別れたが、その後は家族にも友人にも恵まれたいい人生だったと言えるだろう。大体、俺が死んだ後に会いたかったのは発光女神なんかじゃない。

 俺の返事を聞いて、発光女神は困った顔をした。

『あー、そのパターンですか。多いんですよね、そういう方』
「は?」
『我々が褒美を与えようというような人は、無欲な人が多くて。だからそういうパターンも多いんです。それでもそのうち皆さん何かしら思いついてくれるものですよ。たとえば、「両親より早死にしたくない」という早世した天才音楽家もいましたし。そうそう、「異性にモテたい」なんて望みを言った生涯独身の厳格な学者もいましたね』

 発光女神はくすくすと笑いながら『あの時の学者は最初何もないと言っていたくせに、そのうち真っ赤な顔でそんなことを言いだして。可愛かったですよ。次の人生では何人かの女性に好意を抱かれ、その中の一人と結婚して幸せな人生を送りましたっけ』とかなんとか言っている。

『そういうのどうですか?』
「いや、俺、それなりにちゃんとモテてたからそういうのはいらない」
『……あなたの場合、まんざらうぬぼれでもないところがちょっとムカつきますね』

 女神の眉間に若干皺が寄っている。俺はそれに気が付かないふりをした。

「うーん」
『何かないんですか? あるでしょう!?』

 一向に望みを言わない俺に、女神はじれてきたらしい。

『とにかく! 早く決めてくださいね。業務が滞りますので!』

 業務が滞ると上司に怒られでもするのだろうか。神様業界も案外世知辛いのかもしれない。
 女神の立場も考えて、俺は真面目に考えてやることにした。次の人生で自分が何を望むのか。
 神様に望む…というか願うと言えば、連想するのは神社仏閣へのお参りだ。最近の俺の定番は子供や孫の健康と幸せだったが、次の人生で今と同じ子供や孫が生まれるとも限らないから多分これは却下されるだろう。
 でも。「健康」だけならいけるんじゃないか? 次の人生、大きな怪我も病気もせず穏やかな人生を送り、最後は妻子と孫に看取られてぽっくりと逝く。

 これならいいだろう。俺はその望みを口にしようとして、でもこの時何かを思いついたのだ。「健康」よりいいと思える望みを。
   しかし、何を思いついたのかは覚えていない。この先は頭の中に霧がかかったようになっていて、どうにも思い出せそうになかった。
 しかし今、こうやって生まれ変わっているということは、俺はその時、発光女神に望みを叶えてもらったということだ。

 そう考えて愕然とした。今の状況を鑑みるに、まさか俺は「王子様になりたい」なんて望んだのだろうか。
 いや、さすがにそれはないだろう。前世の俺はそんなメルヘン野郎ではなかった。
 では一体なんだ? 「王子」という肩書を望んだのでなければ、王子に付随するもの、つまりは「地位」とか「権力」でも望んだのか。

 前世では地位や権力を差し出されたこともあった。それがあれば物事がスムーズに進むだろうと思ったこともあった。しかし、そんなものに縛られて自由を失うことの方が嫌だったので、きっぱりお断りしたものだった。そんな俺がまさか「地位」や「権力」を望むとは思えない。
 とはいえ、こうやって転生している以上、俺は何かを望んだのだろう。それはとても大事なことだったような気がするのだが、いくら考えても思い出せなかった。
 それにだ。そもそもなんで異世界なんだ? 同じ世界に生まれ変わらせてくれれば良かっただろう。竜の飛ぶ剣と魔法の世界に転生したいなんて俺は絶対に望んでない…はずだ!! そこのところを発光女神に突っ込んでおけばよかった。

「……はーーー」

 思わずついた溜め息に、セバスチャンの眉間に皺が寄った。

「殿下、そのようなお顔、今からのお茶会でご婚約者様にはお見せになりませんよう」

 セバスチャンは俺のため息を違う意味に取ったようだ。一瞬否定しようとしたがやめておいた。溜め息の本当の理由はとても口にできるものではない。それぐらいならば、婚約者とのお茶会が嫌でため息をついたのだと思ってもらった方がいい。俺が婚約者とのお茶会を嫌がっていることを、セバスチャンはよく知っているのだから。

「わかってるよ、セバスチャン。私は彼女を婚約者として尊重している。これからもちゃんとやっていくさ」

 王子殿下の一人称は「私」だ。誰かと話す時は自然とそうなる。前世の記憶が蘇ってすぐは若干お尻がむずかゆくなったものだが、今ではもう慣れた。

「わかっていらっしゃるならよろしいのです。それではまた後程」

 いつの間にか、鏡の中の俺の髪は以前のようなふんわりウェーブに整えられていた。さすがセバスチャンである。整髪剤を山ほど載せたワゴンを押して部屋を出て行く彼の背中に心の中で称賛の拍手を送る。あの跳ねまくった髪をよくもここまで整えられたものだ。

「兄上!」
「お兄さま!」

 セバスチャンが出て行くのを見計らったかのように、俺の私室にノックもなく入ってきたのは双子の弟と妹だ。
 そう、今世の俺には弟だけではなく妹もいるのだ。

「こら。おまえたち、ノックを忘れてはいけないよ」
「ごめんなさい、お兄さま」

 しょぼんとする妹、可愛い。妹という存在がこんなに可愛いものだとは思わなかった。弟も可愛いけれど、妹は輪をかけて可愛い。
 二人は今年11歳になる。落馬した俺が意識を失っている間、二人ともベッドの傍から離れようとせず、父上母上が言い聞かせて何とか引きはがしたのだと後で聞いた。可愛い。
 俺が目を覚ました時にはすぐに飛んできて、覚えたての水魔法で、コップ一杯の水を作り出して差し出してくれた。魔法制御が上手くできなくて、生み出した水球を弾けさせてしまい、コップ一杯の水を作るために二人ともずぶ濡れになってしまっていたのもまた、可愛かった。
 そんな愛する弟妹は、俺の記憶がよみがえった当初少し違和感を抱いたらしい。
「お兄さまらしくない」と妹がふくれっ面になったのは、俺が模擬戦で騎士団の平騎士に負けたときだ。俺が勝つとばかり思っていた妹は、俺が負けた姿を見てショックをうけたらしい。何しろ俺は、今まで副団長級の騎士以外に負けたことがなかったのだから。
 言い訳させてもらえば、その時はまだ今世と前世がうまくかみ合っていなかったのだ。意識も体も前世にひっぱられすぎた結果、前世で経験のあった乗馬はこなせても、縁のなかった剣術はさっぱりだったし、所作は荒く執務も満足に出来なかった。落馬の後遺症だろうと弟妹だけでなく両親や側近たちにも心配されたが、10日も経つ頃には前世と今世の折り合いがつくようになり、俺は以前と同じく優秀な王子に戻って皆を安心させることが出来た。そして現在に至る。

「それで、どうしたんだ?」

 何か用があったから、こうやってセバスチャンが出て行くのを待っていたかのようにやってきたのだろう。

「嫌だわ、お兄さま。今日が何の日か忘れてしまったの?」

 妹に睨まれ、俺はふと笑みを漏らした。少しじらしてやろうかと思ったが、こんな顔を見るとそれもできない。

「はい。お返し」

 妹の手にピンクのリボンを掛けた包みを渡す。
 この世界では、前世のバレンタインデーのような風習がある。大切な人に手作りの刺繡のハンカチを贈って気持ちを伝えるというものだ。この国の信仰対象である女神にまつわる言い伝えから生まれ、今では平民貴族問わず広がっている風習だ。本来恋愛の相手だけに贈っていたハンカチは、今では親しい家族や友人、世話になった人などにも贈られるようになっていて、さながら前世の義理チョコである。義理チョコと違うのは、贈るものが市販のチョコではなく、手作りのハンカチだということだ。つまり、量産は出来ないので、本当に贈りたい相手にしか贈らないのが普通である。貴族の令嬢の中には刺繍の得意な使用人に作らせてバラまいている猛者もいるらしいが。

 バレンタインがあればホワイトデーもあるわけで、一ケ月後である今日は、男性側がお礼をする日である。告白と共にハンカチを贈られた相手にOKの返事をする場合は自分の目や髪の色を入れた装飾品を返し、それ以外はクッキーや砂糖菓子などの消えものを返すのが一般的だ。
 俺が妹に用意したのは、城下のパティスリーで買ったクッキーだ。アイシングで花や動物などが描かれている人気の品で、並ばないとなかなか手に入らない。もちろん俺は変装して自分で並んだ。その程度の労力は使う。妹は可愛いので。
 妹は父王と魔法学の教師、それに俺と弟にハンカチを贈ったらしい。「僕にくれたのは練習台だったみたい」と弟は愚痴っていたが、見せてもらったらなかなかの力作だった。
 多分一緒に来るだろうと予想していた弟にも、同じパティスリーで買った焼き菓子を渡す。これもまた人気の品である。嬉しそうにお礼を言ってくれる弟に前世の弟を思い出す。うん、弟も可愛い。

 早く回らないと魔法学の授業に間に合わないからと、次は父上の所へお菓子をもらいに行った弟妹を見送ってから、俺は机の引き出しから一枚のハンカチを取り出した。これは一ケ月前、婚約者である侯爵令嬢から贈られたものだ。
 一か月前の俺はまだ俺ではなかった。前世の混じったちょっとスレた王子さまなどではなく、この国の誇る立派な王子様だった。だからこのプレゼントに対しても、にっこり笑って言えた。「素敵なハンカチをありがとう」…と。
 もっとも頭の中では、これは嫌がらせだろうか。それとも暗に自分に興味がないからこの程度の刺繍でいいと主張しているのだろうか。そんな風に思ったものだ。

 立派な王子様だった頃の俺がそう思うほど、その刺繍はお粗末だった。
 婚約者は世間では完璧な淑女と言われている。侯爵家という身分、美貌、マナー、王子妃教育も見事な成績でこなし、王である父も王妃である母も未来の国母にふさわしいと太鼓判を押している。もちろん、淑女の嗜みである刺繍の腕も良かったはずだ。
 それなのにこの出来である。妹が弟へ送った練習台のハンカチと比べても格段に劣っている。このようなものを贈るということは何らかの意図があるのではと疑っても仕方ないだろう。
 もし彼女が本来刺繍が下手で、今までは使用人が作ったものを贈ってきていたのだとしても、今回何故それをやめてこんなひどい出来のものを渡してきたのかがわからない。
 社交辞令であることはみえみえだったが、それでも顔色を変えずにお礼を言えた一ケ月前の俺は立派だった。前世が混じった今の俺だったら絶対に顔が引きつっていただろう。

「ふう……」

 俺はもう一度ため息をついて、自室の窓から庭園を見下ろした。
 婚約者と初めて会ったのはあの庭園で開かれた顔合わせの茶会だった。その時点で俺と彼女の婚約は内定していた。
 彼女は長い歴史を持つ由緒正しき侯爵家の令嬢だ。国内の政治情勢、派閥、血縁、そして一部の貴族の間で未だに重視されている魔力の大きさなどを鑑みて組まれた婚約だった。そこには当然、当事者二人の意志は反映されない。王家の人間の結婚などそんなものだ。

 俺はその時、彼女と仲良くしたいと思っていた。結婚する相手だ。仲が悪いより良い方がいいに決まっている。
 王宮の中庭。色とりどりの薔薇の咲く庭園にいた婚約者は、しっかり巻かれた髪と猫のようにな大きな目が印象的な綺麗な女の子だった。俺は一瞬見惚れたけれど、その気持ちはすぐにしぼんでしまった。
 いくら話しかけても彼女はつんと澄ましたまま。木で鼻をくくったような…という表現がぴったりくるような受け答えしかしてくれなかったのだ。
 それでも顔合わせの後すぐ正式に婚約が結ばれ、以降、月に一度義務付けられたお茶会で顔を合わせ、親睦を深めることになったのだが、彼女との距離は一向に縮まっていない。
 俺よりむしろ、王太子妃教育で接点のある母上や、侯爵と学生時代の友人だった父上、王城に上がった時たまに魔法を教えてもらっているらしい弟妹との距離の方が近いぐらいだ。考えて落ち込んできたが。

 多分、気が合わないのだろう。彼女が王太子妃教育を頑張っていると聞いて、宮廷パティシエ渾身の力作であるスイーツを並べて労ってみても、ほとんど口さえつけてくれない。言葉にして労っても「殿下も頑張ってくださいませ」という淡々とした言葉が返ってくるだけ。俺が竜の騎乗が出来るようになった時には見に来てくれたものの、目を背けられる。深窓のご令嬢にとって竜は恐怖の対象だったのかもしれない。ましてや野外の埃っぽい場所へ足を運ぶなんてあり得なかったのだろう。
 彼女は毎年刺繍のハンカチを贈ってくれたが、それだってなんというかおざなり感がすごかった。感情表現を押さえるのが淑女の嗜みとはいえ、婚約者相手に棒読みのセリフとこわばった表情はどうだろう。少しぐらい感情を載せたセリフを口にしてくれてもいいと思う。たとえそれが社交辞令でも、この際心からの微笑みを向けられるのは諦めるとしても。

 俺は一応努力はした。けれどいつの間にか諦めてしまった。将来の王妃として尊重はするし頑張って子孫も残す。彼女は将来の国母としては非の打ち所がないのだから、ないがしろにするつもりはない。でも、それ以上の感情を彼女に向けることは出来そうにない。
 そう割り切ってしまうと、親睦を深めるためのお茶会に出席するのも気が進まなくなり、なんらかの公務でお茶会が中止になるとむしろ喜ぶようになってしまった。城内で彼女に似たぐるぐる縦ロールの髪形の女性を見かけるだけでテンションが下がる。

 イマココである。

 が。

 前世の混じった俺は改めて考える。確かに彼女は態度に難があったが、それは俺に対してだけである。王太子妃教育には熱心に取り組んでいるので、俺との結婚が心底嫌だというわけでは無いだろう。
 婚約者殿は俺の事が嫌いなわけでは無くて、緊張しているだけではないか。極端な上がり症、あるいは男性に免疫がない。もしくはツンデレ。
 孫たちの会話によく出てきたツンデレの意味は俺にもわかる。何しろ身近にツンデレっぽい人間がいたので。
 そう思うと、今からのお茶会も少し気が楽になる。

 そう、彼女はまだ17歳。天寿を全うした俺からすれば孫みたいなものだ。孫と結婚…と考えるとちょっと…とは思うけれども、こればかりは仕方がない。俺の中にある「私」の部分が必要なことだと主張していることでもあるし。
 でも。長い年月一緒にいるのなら……。
 一瞬頭に浮かんだ面影を慌てて追い払う。ここは異世界、俺はこの国の王子。たまたま前世を思い出しただけで、今はこの世界に生きている人間なのだ。
 何故あの発光女神が元の世界ではなくこの世界に俺を転生させたのかはわからないが、今の俺はこの世界の人間なのだ。過去に縛られていてはいけない。
 この一ケ月考えて得られた答えがこれだった。思い出した前世の知識や経験を利用することはしても、前世に縛られても振り回されてもいけない。今の俺はこの世界の人間なのだから。

「殿下、お時間です」

 戻ってきたセバスチャンから声がかかる。
 覚悟を決めてお茶会の場へ向かう俺の視界に、早くも重力に逆らおうとし始めている髪がちらりと映り込んだ。

 

つづく

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

ね?わけわかんない話だったでしょ?どこが甲児くん?とか思ったりしますよね。私も思いました。でもまだ続くんですよ、これ(汗)