Uが終わったそのあとで 番外編(2)

 Ka 

  

 カサドが生まれたのはそれなりに平和な星だった。中央から離れた、長い間一つの王家が治めてきたごく普通のなんの特色もない星。唯一の取り柄は古くからフリード星と親交があることぐらいで、強大なベガ星には一顧だにされてはいないような、そんなごくごくありふれたベガ星連合に属するとある星。
 父王は穏やかな人柄で星の民の幸せを一番に考える人だった。母は父を支え、共に公務に励む人だった。そんな両親を見習って二人の兄も勉学に公務にと忙しい日々を送っていた。

 忙しい両親、年の離れた兄、幼い頃のカサドは乳母や侍女に育てられたようなものだった。そしてフリード星から嫁いできた祖母に。
 両親や兄とは違ってカサドはこんなちんけな星で埋もれている気はなかった。いつか自分を認めさせてベガ星連合で成り上がるつもりだった。そのために勉強もしたし剣技も磨いた。幸いだったのは、祖母の持っていたフリード王家の血が発現したことだ。

 フリード王家の血は特殊だ。王家の血を濃く引く者は常人離れした身体能力と特別な能力を持ち、フリード星はその血を婚姻外交に利用しているとも言われている。
 カサドの祖母は二代前に王妹が降嫁した公爵家の娘だった。本人はごく普通の人間だったが、孫のカサドにフリード王家の血が出たようだ。隔世遺伝は滅多に起きないと言われていたが、この能力はカサドにとって最大の幸運だった。

 スターカーの騎士の素質を持つ者を探しに来たフリード星の人間に、スターカーの騎士になる訓練を受けないかと言われたとき、カサドは「来た!」と思った。成り上がる一歩目の階段が目の前にある。踏み出さないという選択肢はない。

 そしてカサドは故郷を離れた。

 

 

 スターカーの騎士になるための審査は厳しいものだった。勉学はともかくマナーや教養なんてどこに必要なのかと思っていたが、この時ばかりはそれを叩き込んでくれた祖母に感謝した。
 表面を取り繕うことに長けていたおかげで、度々の面接や訓練生候補同士の共同作業なども難なくこなし、カサドは無事にスターカーの騎士の訓練生となることが出来た。

 カサドの身柄を引き受けてくれたのは、祖母の実家であるバロン公爵家だった。そこで引き合わされた公爵の娘のナイーダは若い頃の祖母によく似た顔をしていて内心ゾッとしたが、親切にしてくれる彼女には不快感を気づかせることはなかったと思う。

 スターカーの騎士訓練生となり、カサドはその場で初めてフリード星の王子と会うことになった。かつて祖母が何度も語っていたフリード星の王子。

 デューク=フリードは最初からいけ好かない奴だった。誰からも愛される王子様。堂々とその地位を享受していればいいものを、どことなく自信がなさそうなところにも腹が立った。自分が与えられている地位がどんなに素晴らしいものなのか気づきもしない王子様。王や王妃、側仕えの者たちから大切にされ次期王位を当然のように手に入れるだろう王子様。同じ王子という立場でありながら、カサドとはあまりに違う箱入りの王子様。

 心の奥底に蠢くどす黒いものを隠して、カサドはデュークに近づいた。田舎の星から出てきたばかりの少しおどおどした内気な少年と認識されたカサドは、デュークにとっての友人という立場に簡単におさまることができた。

 

 

 スターカーの騎士の訓練は厳しかったが、学びの多いものだった。勉学に励み剣技を鍛えながら、カサドは自分が成り上がるために観察を怠らなかった。

 そんな中、ナイーダがデュークを慕っていることにカサドは気づいた。そんなことはナイーダを見ていればすぐにわかる。なのにナイーダとは幼馴染だというデュークは気づきもしない。あの箱入り王子の綺麗な青い目は、周りの人間を見てなどいないのだ。とことん人の機微に疎い人間。だからこそカサドが悪意を隠して近づいても全く気付かなかったのだから、ある意味助かったとは言えるのだが。
 デュークが見ているのは婚約者のルビーナ王女だけだ。しかしこの女もまた箱入り…というより頭がお花畑なんじゃないかと思うような女だった。それに惹かれたのだからデュークと彼女は似た者同士といえるだろう。

 デュークがナイーダの気持ちに気づいていないのと同様に、ルビーナもまた姉の気持ちに気付いていなかった。
 彼女の姉のテロンナ王女がデュークを慕っていること、これもまた一目瞭然だった。デュークを見るあの目が表情が単なる友情であるはずがない。けれど本人ですらその気持ちを自覚していないのだから、箱入りとお花畑が気づかないのは当然かもしれない。デュークと二人の王女。いつかお互いの気落ちに気づいて修羅場になればいいとカサドは思っていた。

 そしてナイーダ。彼女は王子妃になるだけの地位も美貌もある。幼馴染のはずなのに、どうしてあんなお花畑にさらわれるまで放っておいたのか。祖父の美貌に惚れて強引に嫁いできたカサドの祖母とナイーダの、そこは似ても似つかぬ部分だった。

 ある日、ナイーダがルビーナ王女の侍女になるという話を聞いた。ルビーナたっての希望という話で、デュークからの打診があったのだとバロン公爵が苦虫を噛み潰したような顔で言っていた。彼もまた愛娘の気持ちに気づいていたからだ。
 ルビーナがナイーダの気持ちを知った上で彼女を侍女にと望んだのなら面白いと思ったがそうではなかった。ルビーナはナイーダの気持ちに気づいていなかった。やはりデュークの婚約者、箱入り王子の同類だけあるとカサドは思った。どんなに残酷なことをしているのか、彼女は自覚すらしていないのだ。

 ルビーナからの申し入れ直後、王女マリアからもナイーダを侍女に欲しいという要望があったと聞き、マリア王女は気がついていたのかもしれないと思った。シリウスともう一人の少年と一緒に、そこいらを駆け回っているだけの馬鹿なお姫様ではなかったらしい。

 マリア王女のことはカサドも警戒していた。巫女姫と呼ばれる予知能力の持ち主だというだけではなく、たとえ幼くとも彼女の青い目は兄と違って随分色々なものを見ているような気がしたからだ。そんな彼女にカサドの心の中を気づかれてはいけない。だからカサドはマリアに近づくことをしなかった。

 マリアからせっかく逃げ道を与えられたのに、ナイーダはルビーナの侍女となる話を受けた。マゾじゃないかとカサドは思った。
 テロンナも「親友」なんていう嘘くさいポジションのままデュークと付き合っている。あの双子姫とデュークが三人でいるのを見るたびにカサドはウソ寒い気持ちになった。

 けれど、ナイーダとテロンナのことは別に嫌いではなかった。デュークの被害者として同情していたのかもしれない。
 だからあの騒ぎの後、デュークに近しい者としてベガ星兵士に拘束されていたナイーダを、カサドは強引に自分の部下にした。二人が血縁関係にあることを知っていたルビーナもカサドの要望を後押ししてくれた。

 そしてカサドはナイーダをいたぶった。自分をいたぶるカサドにナイーダは反発しなかった。愛するデュークが王都を破壊し行方不明になったこと、あるいはバロン公爵邸が跡形もなく破壊され親兄弟の生死がわからないことで気力を失ったのか。もしかするとナイーダは知っていたのかもしれない。カサドの元にいるからこそ、自分がベガ星の変態じじい共のおもちゃにならずに済んでいるということを。その美貌から、ナイーダのことをそういう意味で狙っているベガ星の腐った高官は多かったのだ。

 ナイーダを保護はした。しかしカサドは彼女をいたぶることしか出来なかった。どうしてもあの女の顔が重なるからだ。あの女と同じ顔を見るたびに、カサドはどうしようもなくこの顔を痛めつけたいと思ってしまう。カサドを溺愛し、片目を失ったとたんに壊れたおもちゃを捨てるように関心を失った祖母。関心を失うどころか醜いものを見せないでとまで言った女。

 カサドの顔は祖父に似ているらしい。カサドが生まれる前に亡くなった祖父は美しい顔をした男だった。フリード星留学時代の祖父に惚れ、強引に妻の座をもぎ取った祖母は祖父に似た美しい顔をしたカサドを溺愛した。両親は忙しく兄たちとは年が離れていたこともあって、カサドの面倒を祖母が見てくれることを誰もが有難いと思っていた。

 祖母は日々、フリード星とフリード王族の素晴らしさを語った。祖父に惚れて嫁いで来たにも関わらず、この星のことを見下していた祖母はそれをカサド相手に隠そうともしなかった。カサドは祖母から、お前は賢く美しい。フリード王族にも負けはしない。王位は兄たちではなくお前が継ぐべきだと囁かれた。
 幼いカサドを溺愛する半面、祖母は学問やマナーや教養を学ぶことを強いた。けれどそれは、兄を教えていた家庭教師たちから「カサド様は兄君たちとは比べ物にならないほど優秀」だと誉めそやされ、祖母にも褒められることが嬉しくて頑張れた。
 カサドは祖母が好きだった。祖母はカサドの世界の全てだった。だからフリード星に憧れた。兄たちを押しのけて自分が王になる夢を見た。王になった自分を見て、祖母はどんなに喜ぶだろう。どんなに褒めてくれるだろうと夢想した。

 しかしある日、不運な事故でカサドが片目を失った時、病床でいくら待っていても祖母は一度もカサドを見舞うことはなかった。回復しても祖母はカサドに会いに来なかった。
 祖母に会いたかったカサドは自分から彼女の宮に訪ねていき、そして言われたのだ。「片目を失い醜くなったお前の顔など見たくはない」…と。

 カサドは祖母から壊れた人形のようにあっさりと捨てられたのだ。そこからカサドは大きく歪んでいった。

 

 

 あれから色々な事があった。もし、ベガ大王の声が聞こえなかったら、自分はどうしていただろうかとカサドは思う。たとえあの箱入り王子を陥れるよう立ち回ったとしても、王や王妃を殺すまでのことをしただろうか。

 本当はわかっている。
 カサドは正しいことをしたかったのだ。デュークのように人々から愛されたかったのだ。
 けれどそれを、どうしても自分で認めることが出来なかった。
 だから憎んだ。正しいことをし、周りの人々から愛され、なのにそのことに無自覚でいるデュークを。

 カサドは一体どうすればよかったのだろう。どうすればこんなことにならずに済んだのだろう。

 牢から救い出し、マリンスペイザーを与えてくれたあの女の言うことを聞いていれば良かったのか。
 あの女、ヒカルは変な女だった。彼女の言うことにはいつも嘘がなく、腹は立ったが不思議に嫌悪感は覚えなかった。
 思えば、彼女と一緒にいたあの日々の間だけは、祖母のことなど思い出すこともなく、心穏やかに過ごせたと言えなくもない。
 ヒカルはカサドに余計なことを言うことも訊くこともなく、ただ、正しいことをしろと言った。その言葉にカサドは従ったのだ。それは決して不快ではなかったからだ。

 自分はあの時、ベガ大王の声ではなく、心の奥底で小さく消えそうになっていた自らの声に従ったらよかったのか。
 たとえ罪を犯していても、あの時に立ち止まればまだ間に合ったのか。

 けれどもう遅い。

 カサドは自分の意識が徐々に薄れていくのを感じていた。
 この混沌とした恨みや憎しみや嘆きの思念の渦の中に、間もなく自分という一人の人間の思考が混ざりあって溶けて消えていくのだとカサドは悟った。
 こんな最後、愚かな自分にこれほどふさわしい最期があるだろうか。

『………ヒカル………』

 そうつぶやいたのを最後に、カサドの意識は怨念の渦の中に消えていった。

  

  

END

  

  

NEXT

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

捏造設定集に書いてたものを番外編にした2本め。以前日記にもちょっと書いたカサドくんです。
読み返してみたら、ただひたすらUーク(とルビーナ)をディスってるような話になってました。これはあくまでカサドくん視点ってことで(笑)。