Uが終わったそのあとで(3)

 H 

  

「私と結婚して」

 それはグレンダイザーの巫女であるヒカルにとって当たり前の要求だった。
 彼女の先祖たちも、マレビトが現れたら同じことを言っていただろう。たまたまヒカルの世代でマレビトが地球にやって来た。だからヒカルは祖先から伝えられた使命を果たすために動いただけだ。

 逢神島のグレンダイザーの巫女は、マレビトの心が善性だったならば結婚をして血を繋ぎ、悪人であったならばグレンダイザーを悪用させないために滅する命をおびている。何代も何代も前から伝えられてきた巫女の使命だ。

 でも、今回はまだ時期ではないと一族の長たるヒカルは判断した。カサドは光を求める自分から目を背け闇に沈んだ。デュークは闇を内包しながら光の道を歩んでいる。が、それは余りにも危うい。

 ヒカルは長く決断出来なかった。デュークを自らの使命の相手とするべきかどうかを。

  

 いつかの未来。彼らは、宇宙を二分する戦いから自らの星を守るためにグレンダイザーを作りあげた。

代々ロボットの研究に特化していた彼らが総力を結集して作り上げたグレンダイザーは強かった。迫りくる脅威を蹴散らし次々と敵を倒していった。しかしそれ故に、中央に目を付けられて戦いの最前線へと引っぱり出された。辺境の小さな星は中央の大きな力に逆らうことは出来なかったからだ。

 中央による自星の守護を条件に戦いの最前線へ赴いたグレンダイザーはそこでも活躍し、中央が期待した以上の戦果をあげた。しかし長引く戦いに搭乗者の心は疲弊していった。親しくなった者の死、中央の醜い勢力争い。それでも故郷の星を戦火に巻き込まないためにグレンダイザーは戦った。搭乗者の心の傷を少しずつ少しずつ広げていきながら。

 そしてある日。搭乗者の負の感情が限界を超えた時、グレンダイザーは暴走を始めたのだ。それはグレンダイザ―を作り上げた彼らにも予想外のことだった。

  

 あの日、先祖の封印を解いたヒカルは、同時に流れ込んできた思念によっていくつかのことを知るに至った。けれどそれを誰にも伝えてはいない。
 ヒカルは恐らく、生涯このことを口にすることはない。

  

 グレンダイザーはもともと、誰もが乗れる機体ではなかった。ある種の因子を持つ者だけが搭乗でき、それ以外は排除される。
 搭乗者は高い運動能力と一種の超能力とも言える力を持つ者。人間にとある因子を埋め込み、特殊な進化をさせた個体だけが搭乗出来たのだ。

 しかしそんな因子を埋め込んだ者のほとんどが生まれてすぐに死んだ。搭乗可能な年齢まで成長出来た者もまた短命だった。十代になるかならないかで搭乗者となり、数年経たずして消耗して死んでいく。生殖能力も認められない。
 そんな人間を生み出し続けることが許されないことだと誰もがわかっていながら、止めることは出来なかった。中央からの援助もあてに出来ない辺境の星において、グレンダイザーを失うことは敵に蹂躙されることに他ならなかったからだ。

 そんな戦いを始めて十数年が経った頃、特殊個体が誕生した。十代半ばになっても生き延びる搭乗者が現れたのだ。
 グレンダイザーとの高い親和性を持った彼は、これまでの搭乗者の誰をもしのぐ力をグレンダイザーから引き出した。しかし戦いに次ぐ戦いの中で彼は心を壊していき……ある日グレンダイザーは暴走を始めたのだ。

  

 暴走したグレンダイザ―は、敵味方の区別なく攻撃し、数多の星を破壊した。争っていた2つの勢力は大いなる脅威の前に協力し全軍をもってグレンダイザーを打ち倒そうとしたが、その圧倒的な力の前にまったく歯が立たずに敗退、生き残った僅かな者たちはなすすべなく逃げることしか出来なかった。

 それはさながら巨大な嵐のようだった。その嵐の中央にグレンダイザーはあった。元々宇宙空間に存在するあらゆるものをエネルギーとし、自己修復能力まで持つグレンダイザーだ。暴走は永遠に止まらないかと思われた。

 が、故郷の星の者が異変を知って駆け付けた目の前で嵐は止み、そのただなかにいるはずだったグレンダイザーは消失していた。

  

 暴走したグレンダイザーによって長い戦いは終止符を打たれた。二つの勢力の中心となっていた星が共に破壊され、グレンダイザーを止めるために集まった両軍は壊滅。中心部にいた人物はことごとく死亡。戦いどころではなくなったからだ。

 辺境の星は辺境であったがために破壊をまぬかれたが、自分たちが作り上げたグレンダイザーの引き起こした災禍に目をつぶることは出来なかった。

 グレンダイザーはどこへ行ったのか。何故暴走を引き起こしたのか。

 研究を重ねてわかったことがあった。グレンダイザーに搭乗できる因子はまた、グレンダイザーを暴走させる因子でもあったのだ。
 グレンダイザーの行方の見当もついた。グレンダイザーに集まった膨大なエネルギーが時空を歪め、グレンダイザーはその歪みに引き込まれたのではないかと推測されたのだ。過去に飛ばされた可能性が高いという予測も出来た。どの時代かはわからない。どこなのかもわからない。けれどそのままにしておくこともできない。

 因子を持たぬ者には搭乗出来ないのだから放置しておいてもいいのではという声もあったが、グレンダイザーの制作者及びその一族はそれを良しとはしなかった。

 過去に飛んだグレンダイザーの中で搭乗者が生存していたら? 特殊個体が生殖能力を有していたかどうかはわからない。しかし過去の世界で因子が血と共に繋がっていき、それによっていつかまたグレンダイザーが暴走したら?

 

 彼らは研究を重ね、時間を遡る方法を見つけた。グレンダイザーに乗れる者が持つ暴走する因子を中和させることにも成功した。
 そして彼らは中和因子を持つ優秀な技術者を3人、3機の機体と共に過去に送り込んだ。それがヒカルの先祖だ。時空を歪めるために限界を超えたエネルギーを使った後、未来の世界がどうなったのかを先祖は知らない。ただ、その後、自分たちがいる過去に送られて来るものが誰もいなかったということだけが彼らの知りうるすべてだった。

 ヒカルの先祖は逢神島に辿り着き、3機の機体に積み込まれた機器を使って長い年月をかけて拠点を作り上げた。そして拠点からグレンダイザーを呼び寄せる特殊な信号を発信し続けながらマレビトを待った。本当はマレビトなど来ない方が良かったのだ。過去に飛ばされたグレンダイザーの搭乗者は生きておらず、血は繋がれず、誰も動かせないままグレンダイザーが朽ちていった方がいいと先祖たちも思っていた。しかし、光子力によって出力が上がった信号はとうとうグレンダイザーを、マレビトを、デュークフリードを呼び寄せた。過去に渡った搭乗者は生きて血を繋いでいたのだ。

  

 男神と女神の言い伝えのように、暴走因子を持つグレンダイザー搭乗者=マレビトと、中和因子を持つ未来から来た人間の子孫=巫女が結ばれ、成された子は暴走因子を持たずともグレンダイザーに搭乗出来る人間となる。その子も孫も暴走因子は持たない。そうなって初めて、グレンダイザーは真の守護神となれるのだ。

 だからヒカルはデュークと結婚しようとした。でも彼は未だルビーナに囚われている。そしてルビーナもまた、取り込まれたグレンダイザーの中でデュークを守っている。グレンダイザーの巫女たるヒカルにはそれが見えてしまった。デュークフリードが搭乗者である限り、グレンダイザーが暴走することはないだろう。

 そしてまた、もう一人のマレビトであるマリア。彼女はグレンダイザーを暴走させない。暴走しようとするグレンダイザーの意志をねじ伏せることすら可能かもしれない。

 マリアの精神は安定している。王女としての矜持を持ちながらも、視野が広く抑圧されてもおらず周囲への愛情を持ち自分に向けられる愛情を信じている。
 幼い初恋を抱いた幼馴染に銃を向けられても。精神感応力を逆手に取られ、両親の幻に翻弄されても。両親の遺体の映像や、グレンダイザーが王都を破壊する映像を見せつけられても。どんなに激昂しても悲嘆にくれても、彼女は決して揺るがなかった。

 ベガトロン銃で撃たれたデュークが倒れたとき、グレンダイザーに搭乗したのはマリアだった。実戦に勝るものはなかったのだろう、なんの訓練も受けずともマリアはグレンダイザーに受け入れられ、操縦の未熟さはあったもののベガ獣を倒す事さえしてのけた。

 地球へ来たばかりの頃は危うい部分を持っていたマリア。遠い祖先の故郷にいることが彼女の精神を癒したのか。あるいは今ここにいる彼女を囲む人たちが彼女の心を安定させたのか。
 甲児、さやか、弓、宇門、親しくしている所員たち。そこに自分も含まれていることがヒカルは少し意外だったが、自分もまた同じだったがために納得もした。

 強い力を持っていたため若くして一族の長となったヒカルもまた、王女の孤独を味わっていたマリア同様、どこか孤独だった。けれど最近は孤独だと思ったこともない。
 甲児とさやかとマリアの三人はいつも賑やかだし、デュークは全方面に優しい。紳士な宇門はさりげなくヒカルを気遣ってくれる。今は本土にいて光子力研究所再建の指揮を執っている弓からも、折に触れ連絡があり、島に残る一族、島から出て行った一族へ何かと配慮してくれている。

  

 デュークもマリアもグレンダイザーを暴走させることはない。
 祖先の辿った時間は変ってしまっている。グレンダイザーはその存在だけで既に過去を変えている。この辺境の星・地球で生み出されたのはグレンダイザーではなくマジンガーだった。特殊な因子などなくとも誰でも搭乗出来、暴走したグレンダイザーほど圧倒的な力はなくとも地球を守る十分な力を持つロボット。

 歴史が変わったのなら、自分はもう使命を果たさなくていいのかもしれない。
 ヒカルは最近ときどきそう思う。
 しかし、遠い未来のご先祖様の祈りのような願いを叶えたいとは思うのだ。
 グレンダイザーを破壊兵器ではなく真に宇宙の守護神としたい。
 グレンダイザーを守護神として作ろうとした、それはご先祖様の願いだったのだから。

 だから、自分の世代で使命を果たすことは断念しても次の世代に望みを託そうと思う。
 次世代、デュークがルビーナの愛の軛から解き放たれて誰かと子を成すか、マリアが約束を交わした幼馴染と結ばれて出来る子か、あるいは別のマレビトか。

 そのためには自分もまた血を繋がなくてはならない。そう考えるとヒカルはどうにも落ち着かなくなる。自分が子を成す未来。その時隣にいるのはどんな男性なのだろう。自分は誰かを愛せるのだろうか。

 デュークとルビーナ・テロンナを思うと愛とは恐ろしいものだと感じる。マリアを見ていると愛は人を輝かせるのだと知った。甲児とさやかは絆が深すぎて愛なのかなんなのかよくわからない。

 最近ヒカルはよく笑うようになったと言われる。自分が笑っていないなど自覚すらしていなかったが。
 一族の長としてではなく普通に過ごす生活は楽しいと素直に思えた。それがたとえ戦闘の合間の短い時間のことだとしても。そして知ったのだ。自分の前には選択肢があるということに。
 血を繋ぐ。それは決定事項だが、未来の自分がどういう道を選ぶのか、それは一族の長ではなく牧場ヒカルという個人次第なのだ。

  

「ヒカルちゃん!行くわよ!」

 さやかに呼ばれて振り返る。またベガ星の奴らが攻めてきたらしい。デュークはすでに姿がなく、パイルダーへと走っていく甲児の背中が見える。
 スペイザーの格納庫へと向かうのは自分たちだ。さやかは腕をぐるぐる回しているし、マリアは瞳に力をみなぎらせて前を見ている。

 この二人はちょっと変だ。甲児が暗殺者に狙われた時、半重力ストームで撃退したことがある。本来隠しておかなければならない力だが、それをうっかりさやかとマリアに見られてしまったのだ。
 先祖たちは決して他人に力を見せるなと強く言い伝えてきた。自分たちの能力は普通の人間に恐怖心を与える。それにより迫害された先祖や利用されそうになった先祖もいる。だから決して他人に見せるな…と。
 それをこの二人に見られた時は動揺した。本当にどうしようかと思った。しかし二人の反応はヒカルやご先祖様たちの予想を超えたものだった。

 目をキラキラと輝かせ、「すごいわ、ヒカルちゃん!ありがとう!さすが巫女!」だの「ヒカルかっこいい!私もそれやりたい!」など、恐怖心など欠片も抱いていない様子に何故かヒカルは安堵した。彼女らが自分を見る目が変わることに恐れを抱いていたとこの時気がついた。

 それはいったいなぜなのか。

   

 色々考えることはあるけれど。まずは目の前の敵を倒さなくてはならない。
 巫女の勘は告げている。長かった戦いもそろそろ終わりに近づいていると。
 グレンダイザーに執着するベガ王は、ベガ星連合の統治よりもグレンダイザー奪取に力を注ぎ、中央ではその求心力が落ちている。

 テロンナや、マリアの恋する幼馴染、また、ベガトロン放射能マイナス光線を命がけで届けてくれたデュークの友人のモール星王子。彼らが主導する水面下の活動によって、各星がベガ星の支配を脱する動きは徐々に大きくなっている。

 それでもグレンダイザーに執着するベガ王は、近いうちに地球に総攻撃をかけるだろう。
 けれどその軍は穴だらけだ。そうなるように皆が動いてきた。

 戦いは終わる。おそらく望む方向で。

 そうしたら。本当に陳腐極まりないけれど。

 ヒカルも普通の女の子に戻れるのだろうか。

  

  

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ヒカルちゃんの「結婚して」発言に関してのでっちあげ回でした。
逢神島、ヒカルちゃんの他に島民いるの?とか、ヒカルちゃん一人暮らし??とか謎だらけだったヒカルちゃん周り。最後まで明かされることはなかったけど、それってどうなの?と思うわけですよ。すべての謎を明らかにしろとは言わないけど、ここまで放りっぱなしにするぐらいなら、最初からそんな設定にするなと言いたい。結局ヒカルちゃんは、兜財団の「金」と同様、話を楽に進めるための道具みたいで可哀想だったよ。
でっちあげの内容についてはありがちで申し訳ない(汗)