Uが終わったそのあとで(5)

 S&H&M 

  

「ねぇ、この戦いが終わったら、二人はどうするの?」

 最近お気に入りのサワークリーム味のポテチを摘まみながら、マリアはすぐそばでそれぞれお菓子を食べている二人に問いかけた。

 同じ質問を少し前に自分もしたなと思いながら、さやかは口の中のおせんべいを咀嚼する。

「私は進学する」

 答えたのは、黒糖味のおまんじゅうを手にしたヒカルだ。

「大学に行くんだっけ。この島を出るの?」
「そう。合格したら、だけど」
「大丈夫よ、ヒカルちゃんなら。優秀だもん。誰かさんを教えてた時よりよっぽど楽!」

 さやかの言う「誰か」が誰なのかは二人にもわかったが、武士の情けではっきりとはさせずにおいてあげた。

「いつも勉強教えてくれてありがとう、サヤカ。サヤカの教え方、よくわかる。先生よりわかるかも」

 ぺこんとヒカルが頭を下げる。

「そう?」

 さやかはちょっと嬉しそうだ。

 ヒカルはもともと女子高生だった。戦いのない時は普通に学校へ通っていたが、戦闘が激しくなってなかなか通えなくなると、さやかと所員有志が先生代わりに勉強をみていた。
 さやかは以前も「誰かさん」の勉強をみていたことがあり、理系のみならず全方位的に知識が豊富だったため、ヒカルが進学を決意してからは、ほぼ専任家庭教師状態になっている。実はさやかはかなり優秀で、幼くして飛び級であっさり大学までの過程を終えていた。そんな優秀さが十蔵博士に可愛がられていた、もしくは目をつけられていた理由の一つでもあったりする。

「この戦いに決着ついたら、次は受験っていう戦いが待ってるんだから、頑張ろうね、ヒカルちゃん!」
「うん。よろしく」

 表情はほとんど変わらないが、ぎゅっと結ばれた口元から決意を読み取れる。普段はあまり表情を変えないヒカルだが、さやかもマリアも今では簡単にその感情を読み取ることが出来るようになっていた。

 さやか、ヒカル、マリアの三人は、それぞれがお菓子やジュースやお茶などなどを持ち寄って、今夜はいわゆるパジャパーティー開催中である。
 これは今までにも時々行われていて、最初はさやかが声を掛けることが多かったのだが、今ではマリアやヒカルまでもが言い出すようになっていた。
 場所は大抵さやかの部屋。光子力研究所にあった部屋に比べると狭いとはいえ、三人がくつろげるぐらいの広さは十分にある。三人だけの空間で、おしゃれの話や美味しいもの可愛いものの話などごく普通の女の子の会話を楽しみ、また時には普段なかなかこぼせない愚痴、あるいは割と真剣な悩みが出てくることもある。それは三人にとって、厳しい戦いの間の大切な息抜きの時間だった。

 今日の言い出しっぺはマリアだ。

 マリアも、そしてグレンダイザーの巫女であるヒカルも、戦いの終わりが近いと気づいた。反ベガ星連合から伝わってくる情報からも、そのことは予測されている。三人のパジャマパーティーもあと何度開催できるかわからない。
 だから。今日は残り少ない機会の一回なのだった。

「さやかは?」
「私は光子力研究所に戻ってロボット開発をするつもり。Zをちゃんと直してあげたいし、新しいロボットを作ろうって話も出てるから」
「Zって、Xの前に甲児が乗ってたロボットだよね?」
「そうよ。甲児くんの亡くなったお祖父さんが、甲児くんのために作ったロボット。だからね、戦いが終わったら直してあげようって話してて」

 誰と話していたのかは聞かなくてもわかる。

 マリアはZを知らない。ベガ星との最初の戦闘で破壊されたのだと聞いただけだ。けれど、Zを語る甲児の口調に、そんなときのさやかの表情に、二人のZに対する暖かな感情が見て取れた。Xのことも大切には思っているようだが、それとは少し違う、もっと強い想い。愛していると言ってもいいような気すらする。それは、デュークやマリアとグレンダイザーの間にはなかった感情だ。デュークもマリアもグレンダイザーを特別で貴重なものだとは思っているが、甲児やさやかのような親愛の情を抱いたことはない。マリア自身がグレンダイザーに抱いているのはあえて言うなら「畏怖」だろうか。

 搭乗者を暴走させるグレンダイザーと、搭乗者に愛されるZ。その対比はそのまま、大介と甲児の違いなのかもしれない。甲児やさやかがZを愛するように、グレンダイザーを愛せる者がいつか現れるといいなと思う。そうしたらグレンダイザーの呪いが解けるんじゃないだろうか。マリアはちらりとそんなことを考える。ベガ星連合がなくなり、平和な時代になったなら、いつかきっと。

「きっと直るよ」

 マリアはにこりと笑った。「直る」というより何が何でも「直す」んだろう、この二人なら。

「直ったら私にも見せてね」

 そう言うとさやかは顔を輝かせたのだが。

「もちろん! きっと自慢して回るわよ、甲児くん。でも……」

 ここで少し言葉を切って、さやかが浮かない顔になる。

「?」
「?」

 ヒカルとマリアが同時に同じ方向に首を傾げるさまはなかなか可愛い。

「甲児くんにはもっと勉強してもらわないと……」

 さやかは小さく一つため息をついた。二人はさっきの「誰かさん」が自分たちの想像した通りの人物だと確信した。

「……甲児って……バカなの?」

 たしなめるようなヒカルの視線にマリアは気づかない。そしてさやかも気にするそぶりは見せなかった。

「バカじゃないんだけどね。ロボットを作るとかそういう方向へ進むにはちょっと知識が足りないの。まず基本を勉強してもらってからになるかなぁ」

 それでも十蔵博士の孫だ。才能はあるんじゃないかとさやかは思っている。父親の剣造博士も優秀な人だったらしいし。なにより彼には不思議な野生の勘がある。高校の勉強とは違って、自分に必要な知識となればきっと早々に吸収するだろう。

「まぁ、なんとかなるとは思うんだけどね」

 自分に言い聞かせるように言った後、さやかは少し遠い目をした。そんなさやかに、ヒカルとマリアは心の中でエールをおくる。

「そんな感じで、私と甲児くんは光子力研究所に帰ると思う。宇門先生はこのままここで宇宙観測を続けたいっておっしゃってたわ。ここの機器はほかのどこよりも優秀だから」
「そっか」

 ぱりぽりとポテチを齧るマリア。ヒカルは渋めに淹れたお茶を飲み、さやかも先ほどヒカルが食べていたおまんじゅうに手を伸ばす。

 そして。

「私はフリードへ帰る」
「……うん、わかってた」

 さやかが残念そうにそう言った。今日、マリアが招集をかけ、自分たちに話を振ってきたのは、マリア自身が決意表明したかったからなのだということぐらい最初からわかっていた。

「さやか、寂しい?」
「当たり前でしょ」
「言っておくけど、マリア。わたしも寂しいから」

 マリアをじっと見つめるヒカルの言葉にマリアは目を見開いた。日ごろからあけっぴろげなさやかとは違い、ヒカルが心の内を言葉に出すことは余りない。その彼女がこんな風に言ってくれることに感動して、ちょっと泣きそうになった自分を誤魔化すように、マリアは二人に抱き着いた。

「マリア!お茶がこぼれる!」

 いきなり抱き着かれて不満そうなヒカルの抗議にも、マリアが耳を貸すことはない。

「私、黙って出てきちゃったから。フリード星のみんなにちゃんとただいまって言ってこれまでのこと話して……」

 ベガ星連合に反する動きを取る星々に、すでに地球での戦いのことは知らされている。グレンダイザーが王都を破壊したのはデュークの意志ではなく、グレンダイザーの暴走のせいであることもフリード星には広く周知されているという。それでも、あのときグレンダイザーのせいで親しい者を失った人はそう簡単に割り切ることは出来ないだろう。そしてまた、暴走する危険のあるグレンダイザーを、今後どうするのかという問題もある。
 デュークとマリアの二人は、フリード星に戻っても難しい問題に直面するのは間違いない。それは、さやかやヒカルにもよくわかっていた。

「心配しないで。私はできる子だから!」

 抱き着いていた二人から離れ、マリアは胸を張った。さやかとヒカルがそんなマリアをジトっとした目で見る。

「あんなこと言ってるわよ、この子」
「できる子があんなことするかな」
「ほんとにね」

 さやかとヒカルはマリアの過去のやらかしをぼそぼそと語り合っている。挙句に声をそろえて、

「「心配だわー」」 

 と言うに至って、マリアは頬を膨らませ、大きな声で言い放った。

「大丈夫!ケインだっているんだから!!」

「ああーーー」

 途端に二人の視線が生暖かくなる。

 

 

 ケインはマリアの幼馴染だ。ベガに洗脳され、グレンダイザーを奪うために地球に潜入してきた彼は、マリアの顔を見た途端自殺を図ったのだという。その理由がわかったのは、ケインの洗脳が解け、洗脳時に消されていた過去の記憶が戻ってからだった。
 ケインが洗脳下で行ってきたことは、正気に戻った彼を絶望させるものだった。マリアの顔を見て一時的に記憶を取り戻した時、間髪入れず銃口を自らに向けてしまうほどには。
 未遂で済んだのは、それを止めたマリアの反応が早かったからだ。マリアの予知能力は間一髪でケインの命を救ったのだ。

 研究所に保護された彼は錯乱状態だった。治療により回復してきても、ベガに上書きされたフリード時代の記憶は戻らず、そのことにマリアが癇癪を起したこともある。

「私のことを知らないケインなんてケインじゃない!!」

 ケインには聞こえないところで、そう泣き叫んだマリアを抱き締めてなだめたのはさやかとヒカルだった。

 しかしマリアは、ケインの自殺未遂の理由がわかってからは弱音を吐かなくなった。絶望の中にいるケインに寄り添い、支え、共に苦しみながら立ち上がっていった。同じように意に反した行為をしてしまった大介がかけた言葉も彼の助けになっただろう。
 大介も、さやかもヒカルも甲児も宇門も所員たちも、そんな二人を近くでずっと見守ってきた。それは胸が痛くなるような時間だった。

 そうしてもう大丈夫だというところまでケインが立ち直った頃、マリアは自分の中にある感情に気づいたようだ。明らかに挙動不審になり、ケインを避けるようになったので、ケインがひどく落ち込んでいたものだ。理由を察していた周囲の人間は、ただただ微笑ましく見守っていたわけだが。

 その後の二人にどんなやり取りがあったのか、さやかもヒカルも知らない。気がついた時には、二人は近い距離で笑みを交わすようになっていた。

 復調したケインは、地球で共に戦わないかという誘いを断り、フリード星に戻っていった。洗脳されていた頃のことをある程度覚えている自分なら、地球にいるよりフリード星にいる方がベガを倒す役に立てるだろうと言って。
 本当は行かないでくれと言いたかっただろうに、固く再会の約束をして、マリアはケインを笑顔で見送った。

 地球を出たケインは、実は生きていたシリウスと合流し、テロンナやモルスとも連絡を取り合い活動を始め、反ベガ星連合の輪はどんどん大きく広がっていった。

 ケインが地球側の細かな情報をあちらにもたらしたことにより、今では連絡手段も確保でき、様々な情報が地球にも入ってくるようになった。だから消息はわかっている。けれどマリアとケインはあれ以来まだ一度も会っていない。

 

 

「これからの戦い、頑張りましょうね、ヒカルちゃん」

 少しばかり赤い顔をして、頬を膨らませてぶつぶつ言っているマリアをよそに、さやかはヒカルと視線を合わせて力強く宣言した。

「マリアちゃんと彼を早く会わせてあげなくちゃね!」

 ヒカルもこくこくと頷いている。
 その様子を見ていたマリアは開き直ってしまったらしい。

「そうよ! 下々の者は姫の幸せのために働きなさいよ!」

 ポテトチップスの袋を握りしめた姫様がそうのたまわれたので、下々の者は「ははーっ」と答えて笑いながら頭を下げた。

 あのとき共に二人を見守ってきた者たちは、強くて可愛い二人の恋の成就を心から願っているのだ。

 そして。困難が多いだろうマリアのこれからに寄り添ってくれる相手がいることをどこかの神様に感謝して、さやかは姫君の頭をなでなでし、ヒカルは姫様お気に入りのジュースを取りに行くために立ち上がった。

  

 

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大介さんが地球に来てからどのくらいの年月が経ってるかは濁してありますが、2~4年ぐらい?なつもりです。なのでヒカルちゃんも、この時点で既に高校卒業してるかもしれないんだけど、その辺はふわっとさせてます。
ケインの事情はもうちょっと書きたかったけどうまく入れられませんでした。エピローグまで書けたら、本編に入れられなかった捏造設定のまとめを作る予定なので、そっちに書こうと思います。
今回の話はほぼ、リクエストいただいたから書いたようなものだったりします。とはいえ、次のU介さん編に比べてすごく楽しく書けました。最後で悩んでアップしたものをいったん取り下げるという真似をしでかしたんですが、この最後、何パターンも書いた挙句、結局全部ぶった切って、ほぼ最初にアップしたやつのままになるという間抜けなことに…(笑)