大介が「フリード星に帰る」という意思を表明したのは、最後の戦いのすぐ後のことだった。
その顔はやけにすがすがしく見え、彼の心のありようの変化を感じさせた。それを一番喜んでいたのはマリアかあるいは甲児だっただろうか。
出発までにはこれまでの慰安を兼ね、5人は地球での思い出作りにあちこちに出かけた。何しろスポンサーは兜財団だ。至れり尽くせりの大名旅行である。場所は日本の温泉だったり海外の名所だったり。ゴローに会いに砂漠の国にも行った。受験を控えたヒカルだけはたまに欠席したけれど、あれこれどっさりお土産を買って帰ってくる4人に、「そんなにいらない」と苦言を呈するほどだった。
旅行ではなく、近場へ食事や買い物にも出かけた。特にマリアは、フリード星に帰ったら地球のファッションを流行らせるのだと意気込んでいて、ずいぶん多くの洋服、下着、靴にバッグにアクセサリー、化粧品などなどを買い込んでいた。妹の服選びに「こっちの色の方が似合うんじゃないかな」とか「うん、可愛い」などと感想を述べつつきちんとつきあっている大介に比べ、甲児は途中で飽きてしまい、「店の品物全部買えばいいだろ」と言い出したのだが、「要らないものは要らないの!」とマリアは選ぶのをやめない。しかもさやかと、さやかに勧められたヒカルまでが参戦した日には、大介は退屈しきった甲児をなだめて先に帰らざるを得なくなったりもした。ちなみに荷物は配達してもらったので問題はない。
壮絶だった戦いの日々が嘘のような穏やかな毎日。そんな日々をしばらく送った後、いよいよ二人が旅立つ日になった。
緑の大地に静かに在るグレンダイザー。その周囲には別れを惜しむ人々が集っていた。
「フリード星に帰っても元気でね」
「体には気を付けるんだぞ!」
「はい。父さんも元気で」
デュークは宇門や所員の皆に囲まれている。それぞれから餞別の品を受け取って両手はいっぱいだ。
「お前に父さんと呼ばれるのは嬉しかったよ。ありがとう」
「僕も、父さんが息子にしてくれて嬉しかったです」
見も知らぬ異星人を息子と呼んでくれた宇門。「独身なのにいきなり息子が出来ちゃったよ」と困ったように笑いながらも深い愛情を向けてくれた二人目の父のことを、彼から呼ばれる「大介」という声の響きと共にデュークが忘れることはないだろう。
「両手いっぱいになっちゃいましたね」
「グレンダイザーに積み込む荷物と一緒にしておくわ」
所員の二人がデュークの手から餞別の品を受け取ってグレンダイザーに積み込む荷物のところへ持っていく。 二人きりになったところで、宇門はデュークの手を両手でがっしりと握った。
「いい息子を持てて幸せだった」
宇門の目が潤んでいることにデュークは気づいた。
「ありがとう、父さん」
「グレンダイザーと地球との関係はこれからも調査を続けるよ。何かわかったら連絡しよう」
「よろしくお願いします」
宇門はこのままここに留まって観測と研究を続けるという。所員の大半も残るということだ。中にはこの島の人とつきあっている所員もいるほど馴染んでしまっているらしい。
「デューク、ちょっといい?」
「ヒカルちゃん」
ヒカルがやってきたのを機に宇門が所員たちの方へ去っていく。その後ろ姿を見送ってから、デュークはヒカルに向き直った。
「君には世話になったよ。いつも助けてくれてありがとう」
そう、いつもヒカルには助けられていた。この施設もスペイザーも彼女が提供してくれたもの。そして彼女の特殊な能力もこの戦いにおいて大きな力になっていた。あのとき彼女がデュークのもとへ甲児を送り込んでくれなければどうなっていたことか。
「ううん。これがグレンダイザーの巫女の役目だから」
ヒカルは小さく首を振ると当然のようにそう答えた。
何故地球に「グレンダイザーの巫女」などという人間が存在するのか。地球とグレンダイザーの接点は何なのか。ヒカルは何も語らない。知らないと答えてはいるが、恐らく何らかのことは知っているのだろう。その上で話さないことが最良であると判断しているようにデュークには思えた。
そんなヒカルは珍しく少し言い淀んだあと、意を決したように口を開いた。
「デューク、最後に言っておきたいことがある。……わたしとケッコンしなくていい」
そういえばそんなこともあったなど思い出す。あれは初めてヒカルと会った時のことだった。あのとき唐突にヒカルから「わたしと結婚して」と言われたのだ。あれ以来その話は蒸し返されることはなかった。
「そんなこと言ってたね」
「わたしは別の相手を探すことにした。だからデュークもいい人を探して」
そんな人を探す気もないしとてもいるとは思えない。何よりデュークにはルビーナがいる。心の中でそう思った時だ。
「あの人はいつもデュークのすぐそばにいる。でも束縛したいなんて思ってない。だからデュークも幸せになっていい」
「ヒカルちゃん、それって……」
ヒカルが誰のことを言っているのかがデュークにはわかった。デューク自身、グレンダイザーに乗っていると時々彼女の気配を感じることがあったからだ。
「……君には……わかるのか? 見えてるのか?」
「見えてはいない。でも感じる。彼女はデュークのことをずっと想ってる。自分のことを忘れてほしくはないけど、でも、デュークが幸せになって欲しいとも思ってる。とても強く。あなたは彼女のためにも幸せにならなければいけない」
「……ルビーナ……」
ヒカルは気休めなど言わない性格だ。たとえデュークのためではあっても、嘘などつくことはない。であればこれは事実で、彼女はルビーナの意志を感じ取っているということなのだろうか。
動揺しているデュークをそれ以上気にかけることなく、ヒカルはあっさりと話を変えた。
「わたし……自分の代でグレンダイザーを見ることが出来るとは思っていなかった。グレンダイザーを正しいことに使ってくれてありがとう。先祖に代わってお礼を言わせて」
そう言ってヒカルはペコリを頭を下げた。
言いたいことを言ってすっきりしたのか、ヒカルはそのままあっさりとデュークの前から去っていく。その先にはこちらに手を振っているマリアがいた。
「ヒカルちゃんは相変わらずミステリアスだよなぁ」
入れ替わりにデュークに近づいてきたのは甲児だった。
「甲児」
「何言われたんだ?変な顔して」デュークの動揺はおさまらない。
「グレンダイザーの中にいる人のことでも言われた?」
「………!!」
驚いているデュークに、甲児は小さく笑う。
「ヒカルちゃんさ、時々グレンダイザーの方をじっと見つめてて……。何見てるんだろうなって言ったらさやかさんが「彼女がいるんじゃない?」って言うんだよ」
「……………」
「別に俺、霊とかオカルトとか信じてるわけじゃねーんだけど、なんかそうなのかなーって。そう思ってもいいんじゃないかって思ってさ」
甲児はデュークの背中をバンと叩いた。
「だから! 彼女のためにも、デュークはちゃんと生きてくれよ!」
そう言って笑う甲児の顔。暖かい手。それもまたここまでデュークを支えてくれた一つ。
「覚悟は出来てる。僕は自分の罪を背負って……けれどちゃんと生きていくよ」
笑顔でそう言える自分であれることが嬉しいとデュークは思う。
「うん。頑張れよ」
「僕は悪くない…とは言わないんだな」
「今のデュークにはもう、俺がそんなこと言わなくても大丈夫だろ」
甲児はにやりと笑う。やはりそういうことだったんだろう。
甲児はあの頃のデュークの内面を察知していた。だから望む言葉をくれた。嘘をついたわけではない。自分が信じた、デュークという人間を救うための手っ取り早い方法がそれだったというだけのことだ。
いつからかデュークはそのことに気付いていた。何も言わないが、さやかもすべてを知っているのだろう。彼女の眼差しもまた甲児と同じだったからだ。
彼らの信頼に応える。やがてそれがデュークの一番の指針となった。
「俺たちもそのうち自力でフリード星に行くから。その時にはフリード星を案内してくれよ。名物の料理とか、楽しみにしてる」
「目いっぱい御馳走するよ」
「あ、でも、頑張り切れない時は帰ってこいよ。一息つきにくるのでもいいし、休暇を過ごしにくるのでもいいし」
「永住したくなったら働き口は兜財団が探すから安心して」
「さやかさん!」
甲児の後ろからさやかが顔を出した。
「なんで働き口なんだよ」
呆れたように言う甲児に、さやかはためらいもなく答えた。
「日本には働かざる者食うべからずっていう諺があるでしょーが」
「………それはそうだけどそうじゃなくて!!」
まだ言いつのろうとする甲児をひっぱってデュークから離すと、その背中を向こうへととんと押す。
「私も大介さんにお別れ言わせてよ」
さらにしっしっと追い払われて、甲児はしぶしぶその場を離れていく。
「ごゆっくり!」
去り際に振り返ってそう言った声が若干ふてくされていたので、心配そうにデュークが尋ねる。
「いいのかい?」
「いいわよ」
さやかはまったく気にしてなどいないようだ。デュークを見上げて笑みを浮かべる。
「大介さん、元気でね」
「ああ、さやかさんも」
思えば彼女が自分を見つけてくれたのだなとデュークは改めて思い返した。あの砂漠で、意識のないデュークを見つけて拾ってくれたのは彼女だったそうだ。
「君と甲児のおかげで、僕は自分の居場所を見つけられた気がする」
「私たちのおかげなんかじゃないわ。それは大介さんが自分で見つけた居場所なのよ。私たち、大介さんが大介さんだから一緒にいたいって思っただけだもの」
何のためらいもなく口にされた言葉。それがデュークにとってどんなに嬉しい言葉なのか、彼女は知らない。
「……ありがとう」
「なによ、湿っぽい顔しちゃって。それより、フリード星に帰ったらマリアちゃんのことちゃんと見てやってね。あの子は強い子だけどギリギリまで我慢する癖があるから……」
どうやらさやかはそれを言いに来たらしい。
「なんだか、さやかさんの方がマリアときょうだいみたいだな」
「そう思ってくれたなら嬉しい。私、妹が出来たみたいで楽しかったもの」
それが本心なのは普段の二人を見ていたらわかる。ヒカルも入れた三人は、友人のような姉妹のようなそんな関係を築いていた。
そこでふと、デュークは問いかけてみた。
「マリアが妹なら、僕のことはどう思ってたんだい?」
しばらく考えていたさやかの答えは。
「んーー、手のかかるイトコ……みたいな?」
「イトコなのか?微妙だな」
「イトコって言っても仲良しのイトコだからね。あと、手のかかるってところは否定しないのね」
「自覚があるから」
その答えにさやかが笑った。
「ありがとう、大介さん。大介さんとグレンダイザーのおかげで、地球は救われた。感謝してる」
少し微妙な顔をしたデュークに向かって、さやかは静かに言葉を続けた。
「……もし大介さんが来なかったとしても、いずれ地球はベガに狙われていたんだから、自分が来たからどうのこうのって思わなくていいからね」
「………ああ、ありがとう」
デュークは苦笑した。自分がずっとそう思って罪悪感を抱いていたことを、さやかは気づいていたのだろう。
グレンダイザーが来なくてもというのは事実だった。ベガ星は銀河系にもその支配権を広げようとしていた。その足掛かりとして幾つかの星を候補に入れており、その中に地球も入っていたことがベガ本星の調査によりわかったのだ。
「いつでも帰ってきてね。みんなで待ってるから」
「帰ってくるよ」
「あ、別に働かせようなんて思ってるわけじゃないからね!」
少し慌てたように言うさやかを見ていたら、心が温かくなっていった。
フリード星以外に帰る場所が出来るなんて、かつてのデュークは想像すらしなかった。地球はデュークにとって第二の故郷。次にデュークが地球に来るときは、逃げてくるのではない、帰ってくるのだ。
そう、思えることが嬉しかった。
一方、追い払われた甲児の方は。
「甲児、ちゃんとランニングするのよ?」
マリアにつかまっていた。
「私がいなくなったからってサボっちゃだめだからね」
マリアと甲児のランニングは結局ずっと続いていたのである。
「マリアちゃんこそ。兄貴の心配ばっかりしてないで、自分のこともちゃんと考えろよ」
「……………!」
「つらい時はつらいって言え。これからはその言葉を聞いてくれる人がいる。なんなら俺たちも聞いてやるから愚痴言いに来い」
甲児の真摯な表情、心のこもった言葉。ふいに涙がこぼれそうになってマリアは慌てて俯いた。
「……こうじ……ありがと……」
「頑張れよ、………マリア」
「………!」
マリアは思わず顔を上げた。
初めて「ちゃん」をつけずに呼ばれた名前。それは、この先の困難に立ち向かわなければならないマリアへの、マリアを大人として認めた上でのエールでもあった。
「甲児もがんばれよ! いい加減覚悟決めないと、私たちの方が先越しちゃうからね!」
マリアの向ける視線の先には大介と話しているさやかの姿。
「………あーーー、………がんばるよ」
眉を下げ困ったような顔をしているが、その目に浮かぶ気持ちは隠しようもない。この戦いの間、何度もこんな目を見てきた。
グレンダイザーに比べたら能力的には劣っているはずのマジンガーなのに、そんな能力差を感じさせないような戦い方をする。辛いことがあってもくじけないし、とことん諦めが悪い。何があっても立ち上がってくる。口は悪いけど肝心なところでは誠実で温かい。真っすぐな目と心でいつもデュークとマリアを見てくれる。
もしも甲児にさやかがいなかったら。出会ったばかりのあの時、もしも自分があんなに子供じゃなかったら。
「何かがちょっと違ってたら……もしかして私、甲児に惚れてあげてたかもね」
マリアの言葉に一瞬目を丸くした後、甲児は一気に破顔した。
「それは光栄だな」
白い歯を見せて笑う甲児を見て、悔しいけどやっぱりちょっとカッコイイな…とマリアは思った。
それぞれが旅立つ二人との話を終えたのを機に、遠慮して二人から少し距離を置いていた面々が再び集まってくる。
みんなに囲まれたデュークが話をしている最中、聞こえてきた声に視線を向ければ、マリアがさやかとヒカルに抱き着いて大号泣している。「元気でね」とか「体に気を付けて」なんて言いあいながら、そのうちつられたようにさやかも泣きだし、ヒカルまで顔をしかめている。ヒカルのこの表情が涙をこらえているせいなのだということぐらい、今ではもうここにいる一同誰もが知っていた。
長い時間を一緒に戦ってきた。辛いことも多かったがそれだけじゃなかった。皆で笑いあった楽しい思い出も両手で抱えきれないぐらいにある。
そんな大事な仲間の、今日は旅立ちの時だ。
「行ってきます!」
やがてマリアが、まるでその辺へ遊びにでも行くような口調でそう言って、グレンダイザーへ向かって駆けていった。
デュークは一堂に深々と一礼した後マリアに続く。
二人の姿がグレンダイザーの中へと消える。
ふわりと風が吹いて辺りの木々がその葉を揺らす。その一瞬の後、轟音とともにグレンダイザーが動き出した。
機内に小さく見えるデュークとマリアの姿。手を振るマリアが遠ざかっていく。
そうして、地上の人びとが見送る中、デュークとマリアを乗せたグレンダイザーは青空の向こうへ消えていった。遥かなる故郷の星を目指して。
「行っちゃったな…」
「うん」
グレンダイザーの姿が見えなくなってもしばらくの間青い空を見つめていた甲児は、さやかに手を差し出した。
その手を当たり前のようにさやかが握る。
デュークとマリアにこれからの人生があるように、自分たちにも新しい時間が待っている。
ヒカルも宇門も弓も所員たちも、それぞれの旅立ちの時を迎えたのだ。
長かった戦いの間も、この手の温もりを失うことはなかった。その幸運に感謝して、甲児とさやかは研究所へ向かって歩き出した。
END
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで
本編はこれで終了です。なんかちょっと甲児×さやかみも加えてみました。
前回今回と、あっさ~い解釈と表現で申し訳ないです。この辺が私の限界だったようです。
次回はエピローグ、そして、本編で書ききれなかった捏造設定集を加えて、このシリーズは終了となります。
これでやっと、自分の中で「U」に別れを告げられます!!