「姉上、ちょっといいですか?」
ノックの音に入室の許可を与えると、まだ少しだけ幼さが残る優しい声が聞こえてきた。
テロンナは目を通していた書類から顔を上げ、声の方へ視線を向ける。
「陛下、わたしのことを姉上とは呼ぶなと……」
「姉上は姉上です! ここには僕たち二人しかいないのだし、表ではちゃんとします!」
若干頬を膨らませて言い募るさまが可愛いとテロンナは思う。
テロンナがベガ星に戻った頃にはまだテロンナよりも背の低かった弟は、いまではもうテロンナが見上げるほどになっている。
現ベガ王である弟は、幼いころからテロンナとルビーナを慕ってくれていた。その母親が義理の娘二人を毛嫌いしているにもかかわらず…である。
テロンナはベガ星に戻り、蟄居を命じられたのを幸い、ルビーナの喪に服すと言って離宮に閉じこもった。表面上おとなしくしているように見せかけながら、仲間や元の部下たちと共に密かにベガ星連合解体へと動き始めた頃、弟はそれとなくテロンナが動きやすいように発言し行動してくれた。特に、テロンナを目の敵にしている実母をなだめたり、その一族の目をテロンナから逸らせてくれたのは、テロンナはもちろんその仲間たちにとってもとてもありがたいアシストだった。
そして政変後。王となった彼は自らの母親を遠方の療養施設に閉じ込めた。政治の実権を握り甘い汁を吸っていた彼女の一族は全て罪に問われたのだから、それに加担していた母親にとっては甘い処分だったと言える。本人がどう思ったかは別にして。
ベガ王の正妃だったテロンナとルビーナの母は二人が幼い頃に亡くなった。ベガ王には他に子どもがいなかったが、ベガ星王家は長子相続だったので、特に問題なく次代の王は第一子たるテロンナに決まっていた。しかし、政治的思惑から父が新しく迎えた側室が男子を産んだ。
それからがややこしくなった。側室には自分の息子を王に据えたいという野心があったのだ。
これには、ベガ星連合の勢力拡大以外のことには無関心なベガ王の態度も影響していた。王は自分の後継者に関して自らの意思を強く示すことをしなかったのだ。
側室の後ろ盾は彼女の父であるベガ星の有力貴族とその派閥。一方テロンナの母は他の星から嫁いできた女性で早くに亡くなったこともありベガ星内での勢力はないに等しい。
テロンナは既に次代の王としての教育を受けてはいたが、国を荒れさせる気はなかったので、後継者争いが激化する前にあっさりその座を降りた。ちょうどルビーナの婚約が決まったこともあり、弟王子に王位継承権一位を譲り、ルビーナと共にフリード星へ留学することを望んだのだ。
最初は難色を示していたベガ王も、テロンナにスターカーの騎士の素質があると判明したとたん留学に賛成した。もとより側室に否やはない。
そうしてテロンナはルビーナと共に留学することになったのだが、それを唯一反対したのが当の弟王子だった。母親の目を盗んで姉たちに会いに行っていた彼は、二人が城からいなくなるのは寂しいと言って泣いたのだ。
彼は幼いながらに聡い子供だった。父が自分にさほどの関心がないことも、母にとっての自分が権力欲と虚栄心を満たすための道具でしかないことにも気づいていた。そんな中、噓偽りのない本物の愛情を向けてくれるのが、母がいつも悪しざまに言う二人の姉だけであることも。
テロンナは、フリード星で学び終えたら必ず帰ってきて支えると弟に約束した。ルビーナも、嫁いでもフリード星は友好星、あなたが言えばいつでも顔を見せに来ると約束した。
けれど、ルビーナの約束が果たされることはもうない。せめて自分だけでも約束を守り通そうとテロンナは心に誓っている。
「姉上、フリード星からの使節団が到着しました。代表はデューク王子です」
「……そうか……」
テロンナは再び視線を目の前の書類に落とした。しかし内容は頭に入ってこない。
デュークとマリアが少し前に帰還したことは知っていた。ルビーナの亡骸の行方を巡ってのやり取りがあったからだ。
ルビーナはデュークのいるフリード星に葬られることを望むだろうとテロンナは思った。なのでそのように返事をし、その葬儀の日にひっそりとフリード星を訪れルビーナに別れを告げた。
時間にして1時間に満たないほどの滞在。参列者の中にはもちろんデュークの姿もあったが、テロンナは彼と話すことなくベガ星に戻った。弟も学びながら執務をこなしているとはいえ、実質ベガ星を動かしているのは今のところ、テロンナとかつてのベガ王宮で冷や飯を食わされていた数少ない優秀な者たちだ。やることは山のようにある。のんびりしている時間はない。いや、それが言い訳であることをテロンナ自身も気づいていた。
あの時。ベガスター壊滅とルビーナ死亡の責任を取り、テロンナは離宮に蟄居した。ガンダルやズリル、ブラッキーたちも責任を取る形で本人死亡のまま階級を下げられた。王からの労いの言葉すらなかった。そのことに不満を示したブラッキーの妻が投獄され、王太子判断で釈放されるという一幕もあった。
一方、ルビーナの葬儀は大々的に取り行われた。国民に人気があったルビーナの死を地球人のせいにして民の怒りを地球へ向けさせ、地球侵略の正当化をはかったのだろう。
茶番だった。ルビーナを撃ったのはブラッキー達だ。ルビーナの亡骸はグレンダイザーの中にある。空の棺に空涙、それが茶番でないと言えようか。
あの時の列席者に比べて、フリード星でルビーナの棺を囲んでいる人々は真にルビーナの死を悼んでくれていた。それを見られただけでテロンナは救われた思いだった。
その日、話をしたいと言ったデュークをテロンナは拒絶してベガ星に帰った。テロンナにはデュークに会う資格がない。
「姉上、デューク王子から内々で会見の要望が出ています。お返事はどうしますか?」
おずおずと弟が訊いてくる。
彼は、昔のテロンナとルビーナ、デュークの姿を見ている。そして、テロンナとデュークがあの頃のままではないことも察している。
「……お断り……してくれ」
「いいのですか?」
「ああ。公式の場でお目にかかりたいと伝えてくれ」
「……わかりました……」
弟はテロンナの返事を聞くと静かに部屋を出ていった。
内々の要望ということは、顔見知りである弟に直接要望を出したのか。何故デュークがそんなことをするのか、わからないわけではない。けれど彼の優しさは今のテロンナには毒でしかない。
「……………」
一人になった室内、テロンナはそっと自らの手の甲を見た。普段は手袋や洋服の袖で隠していた紋様は、もはや隠す必要もないほど薄くなっている。もうすぐ消えてなくなるだろう。
偽物との絆が永遠であるはずはない。そんなことはわかっていた。それでも、この紋様がいつまでも消えずにいてくれたら…とテロンナは心のどこかで願っていた。
「………………」
テロンナは小さく首を振った。そんなことがあるはずがない。自分はルビーナとデュークを騙してこの紋様を手に入れたのだ。嘘で手に入れたものが本物であるはずがない。
自分はデュークを愛していた。ずっと気づきもしなかったが、友情などではなかったのだ。だから。
ルビーナのためなどというのはおためごかしでしかない。冷静に考えればほかの手段もあったのだ。なのにあの方法を取ったのは、自分こそがデュークと愛を交わしたかったからだ。ずっと目を反らし続けてきた醜い自分の心の内をあの時テロンナは初めて自覚した。
たとえようもなく甘美で幸せで、そして残酷で心を切り刻まれるようだったあの一夜。
もしもあの時に戻れるとしたら自分はどうするだろう。
テロンナは時々それを考える。そしてそのたびに思い知るのだ。
たとえあの時に戻れたとしても、自分はあの時と同じ行動を取るかもしれない。ルビーナを出し抜き、デュークを騙し、そして彼との一夜を得る。たとえその後に破滅しか待っていないとしても。
である限り、自分はデュークと会うことは出来ない。会うべきではない。たとえどんなに会いたいとしても。もう一度彼の腕に抱かれたいと、心が叫んでいたとしても。
テロンナは生涯、公の場以外でデュークと顔を合わせることはなく、弟王をよく支え、ベガ星と元ベガ星連合の星々の平和にその人生を捧げた。
END
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで
捏造設定集に書いてたものを番外編にした1本め。割とどうでもいい双子姫方面ですが、まぁちょっと触れておこうかなと思って。
なんでテロンナとルビーナを逆にしたんでしょうね。金髪で戦姫な方がテロンナで、赤髪でお姫様な方がルビーナでいいじゃん。
そしてテロンナもやっぱりよくわかんない人でした。