マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (11)

HARUMAKI

 

「警報」



「あちゃ〜!、やっぱここ焼き切れてるな。」
「回路に負担が掛かりすぎたかなー。」
「あ、それこっち、こっち!」
格納庫の中は、凄まじい喧噪に包まれていた。
新機体であるアテナイを筆頭として、改修後のZやグレート等もいわば実験機体であり、設計上は問題が無くても、実際に運用してみると色々とトラブルが出てくる。本来は実戦に出撃する前にトライアルを重ね、成熟させなければならないのだが、しかし、今回は時間があまりにも、無い。
つまりは、この短い試験飛行から得られたデーターでさえも、今後の戦闘を左右にしかねない貴重な物、となる。それゆえ、皆、目を血走らせて走り回っていた。
そんな中、活躍を見せていたのが、ボスとボスボロットである。
「おらおら、ちんたらやってんじゃないわよ!どいただ〜わさっ!」
重い資材を抱え上げ、あちこちを走り回り、高所へクレーン代わりに持ち上げる。ボス自身が優秀な技術者であるので、その動きは的確であり、作業の効率化の一助になっていた。そして細かい部分になると、操縦席から飛び出してきて自分で行うという、正しく、人機一体、八面六臂の活躍であった。
「あの、ボスさん、お茶が入りました。少し休憩しませんか?」
そこに、綾音が冷たい飲み物を運んできて整備員達に配り始め、ボスにも声をかけた。当初はまともな会話にすらならなかった2人だが、何回かミーティング等で顔を合わせているうちに、まあ普通には喋れるようになっていた。
「あーりがてえだ〜わさっ!もう、喉からからになっちまって。」
ボスは歓声を上げると、ボロットの体を器用に滑り降りてきた。
そしてグラスを受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干す。
「ぷはー、生き返るわね。」
綾音はそんなボスの様子を好ましげに見つめていたが、ふ、と表情を改めるとボスに聞いた。
「ボスさん、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「な、なぁに?」
その真剣な表情に、やや狼狽えたように答える、ボス。
「はい、あの…何故ボスさんは、整備もやってらっしゃるんですか?」
「ほへ?…そりゃあ、整備員だからよん?」
何でそんな当然のことを、という風に答えるボスに、綾音は慌てて言葉を続けた。
「い、いえ、そうではなくて、ボスさんもパイロットでしょう?作戦も近いから、それに備えて体調も整えなきゃいけないのでは、と思って。」
実際ボスの働きぶりは群を抜いていて、逆にその疲労が戦いに影響しないかが、綾音は心配なのだ。出来れば、体を休めていて欲しい。
あー、と言う風にボリボリと頭を掻いたボスは視線をつい、と動かした。綾音が釣られてその方向を見ると、パイロットスーツのままの甲児とさやかが、研究員と共にデータの検討をしていた。
「兜は、凄い奴なんだわさ。」
ぽつん、とボスが言った。
質問と全く別のことを言われ虚を突かれた綾音だが、ボスの真剣な顔に、次の言葉を待つ。
「昔っから俺っちは兜のことをライバルと思っているんだわさ。綾音ちゃんは知らないだろうけど、昔は兜も俺らと同じ、劣等生だったんだぜ?」
ちょっと愉快そうに笑うボスだったが、直ぐに沈んだ顔になった。
「…でも、NASAの留学から帰ってきた兜は、将来を嘱望される科学者って奴になってたのよね。」
その時の衝撃を、ボスは忘れていない。もちろん、親友が高い評価を受けたことは、嬉しかった。嬉しかったのだが、しかし。
「…正直、置いて行かれたような気持ちになったのねん。でも、俺っちには研究なんかで兜に追いつける頭はないし、パイロットとしての適正にしても、結局は鉄也には敵わないし。でも、」
と、自分の両手を掲げる。
「俺には、機械いじりって言う得意なもんがあったんだわさ。だから、おいらはこいつを極めて見せようってね。」
そう。
世界で一番好きな甲児と肩を並べるために。
甲児を、これからもライバルと呼ぶために。
あいつがパイロットと研究者の二足の草鞋をこなしてみせるなら、自分も整備士とのそれをやってみせる。
訥々と心胸を語っていたボスだが、綾音の真っ直ぐな眼差しに、はっと気が付いたようにばつが悪そうな顔になった。
「だ〜はっはっは、らしくないこと言っちゃったわね〜、忘れてちょーだい。」
ポリポリと頭を掻き、照れ笑いで誤魔化そうとしたが、綾音はほんのりと柔らかく微笑んだ。
「いえ、素敵だと思います。…でも、無理はしないで下さいね。」
ちょっとその笑顔に見蕩れてしまう、ボスであったが、ふ、と周囲の雰囲気がおかしいのに気が付いた。
なんか、視線を……!?
「てめーら、サボってんじゃないんだ〜わさっ!!」
なんと、周囲にいた人間全てが、いつの間にか作業の手を止めて、2人の会話に聞き耳を立てていたのである(含む、甲児&さやか)。
綾音は、たちまち茹で蛸状態になって撃沈してしまい、そしてボスは、
「わ〜るかったってば、勘弁しろよ、ボス!」
と、笑いながら逃げる甲児達を、これまた真っ赤になりながら追いかけるのであった。
明るい笑いに包まれる格納庫で、あった。



「…現在までの状況は、以上だ。」
対ミケーネ戦の指揮を執るオコーネル准将は、やや憔悴の見られる顔で説明を終えた。
今、甲児、さやか、鉄也、ジュン、弓の5人は、米国軍の駐屯地で事態の推移についてのレクチャーを受けている。残りのメンバーは不測の事態に備えてオリュンポスで待機していた。何しろあの巨体なので、駐屯地の滑走路に収まるはずもなく、やや離れた場所に係留せざるを得ず、全員が出てくる訳にはいかなかったのだ。
説明された戦況は、一言で言って、最悪以外の何でもなかった。
物量で勝る米国軍であるため、何とか前線を維持している状態であったが、崩壊する一歩手前までになっていたのだ。それも、主力である超魔軍団とは、初戦以来当たっていないにも関わらず、だ。
勿論米軍にもロボット部隊と言うべき重機動歩兵部隊は存在する。しかし、その意義は都市部の制圧が主であり、最大でも10mを越す機体は存在しなかった。これ以上だと、都市部での行動に障害となるし、第一、そんな巨体は動かすだけでエネルギーを消耗してしまい、兵器としての有効性は低いはず、というのがつい最近までは常識であった。
Dr.ヘルの機械獣軍団という物がこの世に現れるまでは。
都市部の損害を考慮せず、否、積極的に破壊する目的に於いて、巨体という物は、それ自体が武器になったのだ。
そして、大きくなると言うことは、装甲もそれだけ頑丈になることであって、対人・対戦車には絶大な効果を発揮する米軍の重機動歩兵の武器も、ミケーネの戦闘獣には決定打となりにくかった。幸か不幸か、これまでの巨大人型兵器は日本に集中的に上陸していたため、米陸軍は殆ど被害を受けておらず、また、ベガ星連合による被害の大きかった空・海軍の再編に予算を取られたこともあり、陸軍は装備の変更が進んでいなかったのだ。まともに戦闘獣の相手が務まるはずもない。
更に、空軍が再建途上であったのも災いしていた。航空戦力による支援体制が万全とは言えず、支援の回らない戦区では、動きのとろい重機動歩兵など鳥魔型戦闘獣のいいカモでしかなかった。
そして最大の誤算は、初っぱなにJ.O.A.を失った事である。
戦力的な事もさることながら、精神的な支柱を失った兵士の士気の低下は深刻だった。
甲児達が到着したのは、勝敗の天秤がいましもミケーネに傾かんとする寸前だったのである。
オコーネル准将の心境は、まさに藁をも掴む思いであった。
本国からは、 J.O.A.の後継機の組み立てが急ピッチで進められているとの連絡が入ったが、そんな数週間は掛かろうかなんて代物は、彼に言わせれば、「食べ終わった後に出てくる食前酒みたいなもの」で役立たず以外なんでもない。
戦力が必要なのは、今、この瞬間なのだ。
それゆえマジンガー軍団の到着の報は、なによりも朗報となった。
彼は基本的には公正明大な人物であるが、日本人に対しては、「金だけは出して、前に出ない臆病者」、というネガティブな評価を少なからず抱いていた。
しかし、それは変更せねばならないようだ。
(よい目をしている。歴戦の、戦士の目だ。)
彼の前にいる日本人は、みな、臆することのない強い眼差しをしていた。
(特に、ツルギ、と言ったか、この男、私の部下に欲しい位の物だな。)
彼等なら、きっとこの苦境の打破に力を貸してくれるだろう。
オコーネルは、久々に愁眉を開いたような心持ちを覚えた。



「ふ〜、堅っ苦しいのは、苦手だぜ。」
ブリーフィングルーム後、士官食堂で出されたコーヒーを前に、コキコキっと首を鳴らしながら甲児はぼやいた。
「もう、甲児ったら。お父様や鉄也さん達はまだ話し合いを続けてるのよ。」
呆れ顔でさやかは甲児の不調法を窘めた。弓と鉄也達は指揮系統の問題などの細かい点について詰めの会談をまだ行っているし、その上まだここは米軍の駐屯地なのだ。
「ふんっ、流石に特尉どのは悠長なことですな。」
と、食堂にたむろしていた米兵の中から挑発的な台詞が投げかけられた。
「んだと〜?、どういう意味だ!」
腰を浮かせて甲児はその言葉に噛みついた。
「言葉通りですよ、のこのこ出てきていきなり特尉なんてものになられたお偉い方ですからね。」
周りに静止されながらも、少尉の階級章を付けた、そう甲児と年齢は離れていないであろう白人の青年は冷笑を浮かべた。
今回、米軍との共同作戦にあたり、甲児達は便宜的な階級を与えられていた。弓は特佐(大佐並扱い)、鉄也以下は特尉だが、それぞれ鉄也が大尉並、ジュン・甲児・さやか・ボス(!)が中尉並、他のパイロットは少尉並扱いとなっていたのだ。
「好きで軍隊の階級なんか貰ったんじゃねえよ!そっちのJ.OA.ってえデカブツがやられちまったんで、わざわざ来てやったら押しつけられたんじゃねえか!」
階級を与えられることで、軍隊に組み入れられるような感じがしたため、甲児達は固辞したのだが、米軍内での事務上の手続き等の問題がある、と言うことと、こちらの指揮については干渉しない(あくまで対等の協力関係である)と言う説明を受けしぶしぶ受け入れた経緯がある。
その後味の悪さもあって、甲児は喧嘩腰で相手を睨み付けた。
ところが、 J.OA.の件を耳にしたとたん、それまで冷笑を浮かべていた相手が、怒気を孕ませて立ち上がってきたのだ。
「貴様…! J.OA.を馬鹿にしやがったな!?」
そして、そのままの勢いで、甲児に掴みかかろうとした。便宜的とはいえ、甲児は彼よりも上官に当たる。それに手を出したら、下手をすれば軍法会議モノである。慌てて周囲が羽交い締めをして食堂から引きずり出していった。
「な、何だったんだ、ありゃ?」
「そうね、いきなり怒りだしたけど…?」
腰を浮かせていた甲児も、それを止めようとしていたさやかも、ポカン、と見送るしかない。
と、食堂に残った、まだ幼さを残すブロンドの女性士官が綺麗な敬礼をして話しかけてきた。
「申し訳ありませんでした、特尉。ロバート…いえ、アンダーソン少尉の無礼をご容赦下さい。」
「い、いや、その、君は?」
いきなり敬礼されて、まごつきながら甲児は尋ねた。
「申し遅れました、重機動歩兵部隊第一師団所属、セシリア・モーリス少尉です。…実は、 J.OA.のパイロット達は、我が隊の出身だったのです。」
「えっ…!?」
セシリアの口から出た事実に粛然となる、甲児達。セシリアは、すこし悲しげに表情を歪ませて続けた。
「そして…、射撃管制を担当していたイリア…ステンソン少尉は、アンダーソン少尉のフィアンセだったんです。」
「!」
「そう…だったの…。」
「はい。だから、アンダーソン少尉は敵を自分で取るんだ、と奮戦していたのですが、ご存じのように我々の武器では歯が立たず、そんな時に特尉達が赴任してこられたのでつい感情的になってしまったんだと思います。」
「…そうとも知らず、悪い事言っちまったようだな。済まねえ。」
大切な人間を失う痛みはよく分かっている甲児である。謝ることに躊躇はなかった。
「い、いえ特尉、こちらの方にも非はありましたし、」
あまりの潔さに慌てて敬礼し直そうとしたセシリアを、甲児は軽く手を上げて止めた。
「あのさ、」
「は?」
「その、特尉ってのは、やめてくれないか?俺は、兜甲児。それ以上でも、それ以下でもねえ。」
と、言って、ニカっと邪気のかけらもない笑顔を見せた。
「あはは、甲児らしいわね。でも、確かに呼ばれ慣れないもんね。私は弓さやか。さやかって呼んで欲しいわ。」
さやかもにっこりと笑みかけた。
ぽかん、といった表情を見せたセシリアだったが、すぐに笑顔に変わった。
「ふふふ、分かりました。じゃあ、私もセシリアって呼んでくれますか?」
「ええ、勿論。」
そうさやかが言った瞬間。
基地の警報が鳴り響いた。
「総員戦闘配置!繰り返す、総員戦闘配置!!ミケーネの戦闘獣軍団が接近中!」
走る、緊張。
「いくぜ、さやか!」
「急ぎましょう、甲児!」


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