マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (12)

HARUMAKI

 

「魔神」



軍隊と言うものは、口では奇麗事を言ってはいても、所詮殺し合いをする為の組織である。兵士とは、戦争においては、所詮、消耗品なのだ。つまり、酷薄な言い方であるが、有能な指揮官かどうかは如何に効果的に兵の命を消費できるかで決まる、と言って良い。
いまこの瞬間繰り広げられている戦いを俯瞰してみると、米国軍は敵に殆ど損害すら与えられずに、徒に死傷者の数を増やすばかりであった。その結果だけを見れば、オコーネル准将は「愚将」という事になろう。
しかし、准将は決して無能ではなかった。崩壊しそうな戦線をまとめ上げ、どうにか敵を絶対防衛圏内に進入させずにいる手腕は、むしろ、良将と称せられて良い。
だが…「戦闘」とは、ある程度戦闘能力が同じくらいの者同士が戦う際の言葉であり、戦闘力に差がありすぎる場合は、虐殺でしか、無い。

ドドドンッ!
衝撃と共に複数のミサイルが対象に命中し、炸裂する。戦車であれば、いや、米国軍の誇る重機動歩兵でも間違いなく戦闘不能に陥るはずの攻撃であった。
しかし、煙の向こうに見える姿は、揺るぎの一つも見せず、歩みを止めない。
ミケーネの戦闘獣。
もはやその名は、米国軍の恐怖の代名詞であった。
戦闘で犠牲者が出ることは、兵士である以上、皆多かれ少なかれ覚悟していた。しかし、戦闘獣に対する戦闘に於いては、如何に犠牲を払っても相手に殆ど損害を与えることが出来ず、兵士達の死は、犬死にか、良くてほんの僅かな足止めにしかならなかった。
このミサイル攻撃にしても、ギリギリまで戦闘獣を引きつけた上での、起死回生の一撃であったのだが、それすら通用せず、もはや兵士達は絶望の眼差しで戦闘獣がこちらに向かって武器を向けるのを見つめるしか、無かった。
と、
轟っ!
という頭上の唸りに、最早これまで、と死を覚悟して目を閉じる兵士達。
岩っ!!
という、腹の底まで響く凄まじい衝撃が、彼等の体と鼓膜を、震わせる。
てっきりやられた、と思ったが、兵士達であるが、それにしては痛みが少ないし、意識もはっきりしている。
おそるおそる目を開いてみると、信じられない光景が目前にあった。
いままで自分たちの兵器を嘲笑ってきた巨人の胴体にある、大きな風穴。
あわてて後ろを振り仰いだ彼らは、鉄の魔神を、見た。

「よくも好き勝手やってくれやがったな。てめえらは、この兜甲児様が相手してやるぜ!」
ロケットパンチの一撃でまず一体を葬り去った甲児は、すかさずZを敵の密集地帯へと躍り込ませる。間髪いれず、光る双眼。
「光子力ビーム!」
咄嗟のことに対応できない一体が、ビームの光矢にまともに貫かれて爆砕する。
と、その爆炎に紛れて三方から襲いかかる戦闘獣。
「おおっと、そうは問屋がおろさねえ!」
しかし、甲児は不敵な笑みを頬に浮かべると、フットペダルを踏み込む。
と、Zはスクランダーの片翼の端を軸にして、超低空で独楽のような急旋回をする。陽光を照り返して鋭利な軌跡を空に描く、紅の翼。
「スクランダーカッター!」
反重力エンジンに換装したスクランダーだからこそ出来る、超絶の業。
斬。
避ける暇もあらば、戦闘獣は一瞬にして三体とも横一文字に切り裂かれた。
「へん、おととい来やがれってんだ!」
快哉をあげる甲児。
が。
「う、うわあぁぁっ!」
いきなり足下のバランスが崩れて、Zが転倒する。何事かと慌てて確かめると、密かに地中を接近していた戦闘獣がZの足を掴んでいた。
「あ、て、てめえ、こん畜生、離しやがれ!」
急いでその手を振りほどこうとした甲児の視界に、上空より急降下する影。
「し、しまったぁ!」
慌ててZの両腕をコックピットをガードするためにクロスさせ、体を緊張させて予想される衝撃に備える甲児。
そして、まさしくZに体当たりしようとした瞬間、戦闘獣はハンマーで殴られたかのように水平に吹っ飛んでいった。
この隙に、と、足を掴んでいた戦闘獣を蹴り剥がすと、甲児は笑顔で空を仰いだ。
「たあ〜すかったぜ、さやか!」
射点を辿れば、槍を携さえ優雅に空に舞う女神。
アテナイAの槍は、勿論格闘にも使用できるが、本来は内蔵武器の決定力不足を補うために設計されたリニアレールキャノンである。弾頭は超合金NZでコーティングされており、装甲を貫通した後に弾はつぶれ、内部で破壊エネルギーを解放させる構造となっている。雑魚戦闘獣の装甲なぞ、紙も同然であった。
「まあったく甲児ったら、考え無しに突っ込むとこは変わんないんだから。少しは進歩しなさいよね。」
相変わらずの甲児に、さやかは諦念しつつもぼやかずには居られない。まったくこの男と来た日には、人の心配などお構いなしである。まあ、そんなところも含めて愛してるわけなのだが。
「そういうさやか君も、集中力不足だな。後ろががら空きだぞ。」
「えっ!?」
焦ってさやかが振り返ると、いつの間にか忍び寄ってきた戦闘獣が鎌状の武器を振り上げているのが目に入る。
思わず息をのむ。
が、次の瞬間、戦闘獣は体の真ん中で真っ二つになると地上に落下してゆき、途中で爆発して四散した。
そして、悠然と佇むは、雷鳴の勇者、グレート。
「す、済みません、鉄也さん。有り難うございました。」
安堵に胸を撫で下ろしつつ、礼を述べるさやかであった。
「さやか君、空中では、上下左右から敵が襲いかかってくる。神経を四方に配らねば、生き残れないぞ。」
そうさやかを叱責しつつ、ドリルプレッシャーパンチで一機敵を葬ってみせる鉄也。言葉通り、油断の文字は、無い。
「まあまあ、鉄也。さやかは初めての空中戦なのよ。そんなにすぐに上手く戦えるはずは無いじゃない。」
光子力ミサイルで敵を牽制しつつ、もう一体の女神、ビューナスAをグレートの傍らに飛来させて、ジュンは鉄也を宥めた。
「なにを甘っちょろい事を言ってるんだ、ジュン!ここは戦場だ。初心者だから出来ないなんて事を言っても、敵は見逃してくれないんだぞ。」
「そこを上手くカバーするのが、ベテランの役目ってモンでしょ?ってな訳で、上の方の敵は私と鉄也で引き受けるわね。さやかは、甲児君の援護に集中して。」
そう鉄也の怒りをさらっと受け流すと、ジュンはさやかにウィンクをしてみせた。
「え、でも…、」
実際の所、さやかは、シミュレーションでは体験していたものの、初めての空中戦のあまりの勝手の違いに焦りさえ感じていた所なので、ジュンの言葉は有り難い物であった。しかし、素直にその言葉に甘えて2人に負担を掛けてしまうのも気が引ける。
そんな思いで歯切れが悪くなるさやかであったが、ジュンは悪戯っぽい笑みを見せると地上を指さした。
「いいのかな?甲児君、忙しそうだけど。」
慌てて下を覗き込むと、まるで砂糖に群がるアリのようにZの周囲に集まってくる戦闘獣達の姿が視界に飛び込んでくる。
「!、甲児っ…!ごめんなさい、ジュン、鉄也さん!」
そう一言告げると、さやかはアテナイの身を踊らせてZの方へと急降下していった。
「ちっ、仕方ないな。こうなったらジュン、一機たりとも地上には近づけさせるな。」
ジュンにしてやられたか、と苦笑を浮かべると、鉄也はグレートを戦闘獣の編隊へと轟然と飛翔させる。
「OK、まかせておいて。」
ジュンもまた微笑みを浮かべると、ビューナスをグレートに続かせるのであった。

「こ、これが、マジン…!」
セシリアは重機動歩兵のコックピットで圧倒されていた。
戦闘前に甲児が漏らした言葉、「マジン」。意味を尋ねたところ、「神にも、悪魔にもなれるマシンの事」との返事が返ってきたのだが、セシリアは単に自分の機体に対する誇りから出た言葉だと思っていた。
だが、今は分かる。確かに目の前にあるマシン達には、その力が、ある。
しかし、自身がパイロットであるだけに分かるのだが、マシンは性能が良いと言うだけでは十分にその能力を発揮できない。
乗り手が如何にその能力を引き出してやれるか。
そして、まさにマシンはその正当なる操縦者を得ていた。
マシンの能力と、操縦者の技量。二つが合わさった結果。
地上に破壊を司る神々が、降臨していた。
その、非現実なほどの力の前に、セシリアは、戦場であるにも関わらず、呆然とモニターに見入ってしまっていた。
セシリアだけが惚けてしまっていたわけではない。目の前で繰り広げられる、神話世界のような巨人同士の戦いに、多くの兵士は目を奪われてしまっていたのだ。
その中で、他とは違った温度でその戦いを見つめる視線があった。
「まだだ…、J.O.A.も、雑魚どもは問題としていなかったんだ!」
それは、戦闘獣に有効打を殆ど与えることもできず、歯がしみするしかない、ロバートであった。
と、彼は、レーダーに映る、非常識なほどのスピードの光点に気が付いた。
瞬然、彼の脳裏に浮かぶ異形。
「!、こ、コイツはっ!!」
振り仰ぐ空には、蜘蛛足の、ワニ。
「!…う、うおおおーっ!!」
その姿を見た瞬間、ロバートはトリガーを押し込んでいた。重機動歩兵の両肩にマウントされている連装キャノンが咆哮を上げる。
だが。
「むう、うるさい蠅め、死ね!」
オラトリウスは痛痒にも感じた風もなく五月蠅げに一瞥をくれ、前脚の爪をロバート目掛け発射した。
「く、くっそうっ!!」
せまる爪から回避行動をとりつつ、避けられないことを悟ったロバートは、仇に一矢も報いることもできなかったことに無念の叫びを上げた。
しかし。
把っ!!!
ロバートの機体に着弾する寸前、鉄の拳が空を切り裂き爪をキャッチする。
「なにっ!」
「言っただろうが、好き勝手させねえって!」
決然と笑うは、兜甲児。
あれほど居た戦闘獣も、あらかたZの周りの地に伏していた。
「さやか、残りは任せたぜ!」
そして、残りの数体ならばさやか一人でも大丈夫と判断し、その場をアテナイに任せてオラトリウスへと吶喊していった。
「面白い!貴様が獣魔将軍や妖爬虫将軍を破ったマジンガーZか!相手にとって不足はない。」
そう叫ぶと、オラトリウスはお尻より蜘蛛糸状の粘糸を吐き出した。
「ルストハリケーン!」
だが、糸がZを絡め取ろうかとした瞬間、魔神は口から豪風を巻き起こして糸を散り散りに引きちぎり、歩みを止めない。
「むうっ…、これはどうだ!?」
オラトリウスはがばっと身を起こすと、両方の前脚の先から爪を連射した。
だが、甲児はコックピットだけをカバーして、避けようともせず真っ直ぐに爪の弾幕に突っ込んでいった。
孔っ!
如何に超合金NZであろうと全能では無い。爪の大半は弾かれたが、数本はZの装甲を貫いてしまう。
しかし、尚も甲児は真っ直ぐにZを駆る。
「甲児!?」
「むう、何を考えているんだ、甲児君!」
「無茶よ!?」
思いがけない甲児の行動に慌てるマジンガーチーム。しかし、自機の周りにはまだ敵がおり、Zの援護に駆けつける余裕は誰もなかった。
「死ねい、Zよ!」
さらに接近するZに対し、オラトリウスはその大顎をガパン、と開いた。必殺の溶解液の射出体勢。
「そいつを、待ってたぜ!」
甲児はその瞬間、Zの右腕を発射した。飛来した右手はオラトリウスの上顎を掴み仰向かせる。
「うおおっ?!」
あさっての方向に噴射される溶解液。
そしてZは体勢を崩したオラトリウスに馬乗りに飛びかかり、上顎を掴んだ右腕をそのまま装着すると、左手を下顎にかけて口を開かせたままにする。
「今だ、アンダーソン少尉、コイツの口の中に弾を叩き込め!」
「!」
いきなり名指しされたロバートは戸惑ったが、彼も優秀な軍人、溶解液の発射口がある口の中であれば、重機動歩兵の連装キャノンでも打撃を与えられるであろう事に気が付く。
それはオラトリウスにしても同様で、Zの拘束を逃れようと必死の抵抗を始めた。
「は、離せっ、離さぬか!」
全身の力でもがき、口から断続的に溶解液を吐き続ける。地球上で最高クラスの強度と耐久性を誇るZの装甲ではあったが、さすがに音を上げ、両手からシュウシュウと白煙が上がり始め、過負荷に関節が悲鳴を上げる。
「は、早くしろ!もう、もたねえ!」
さしもの甲児も弱音を吐いた時、ロバートはロック・オンを完了させた。
「フル・ファイアだ!喰らいやがれ!!」
断続的に地を震わすハウリングと硝煙と共に、ありったけの弾薬がオラトリウスの口腔内に寸毫違わず撃ち込まれていく。
「うぐおおおおおおおお!!!!!」
数瞬耐えたオラトリウスであったが、内部から膨れ上がるように爆発。
膨っ!!!!
爆発直前に身を翻したZであったが、爆光に飲み込まれ吹き飛ばされる。
「うわああっ!」
大木をなぎ倒し、半ば地面にめり込んでZは止まった。
「甲児!大丈夫!?」
ようやく残敵を掃討したさやかが慌てて駆け寄ってくる。
「あ〜ててってって!大丈夫、大丈夫!…あれ?」
頭を振りつつも、思いの外元気な声で返事をした甲児はZを立たせようとしたが、レバーを引いても両足の反応がない。過負荷に堪え忍んでいた膝関節が、爆発が止めとなり限界を超えてしまったのだ。
と、Zの体がフワッと持ち上がった。
「?」
見ると、セシリアとロバートの機体が両側からZを支えていた。
「……感服しました、特尉。歴戦の勇者との評価、間違っておりませんでした。」
感謝と尊敬と反感とがない交ぜになった複雑な表情をしてロバートは甲児に礼を述べた。それに対し、甲児はくすぐったげな気恥ずかしそうな笑顔で答えた。
「よしてくれ、特尉なんて。くすぐったくてたまんねえや。俺は軍人じゃねえ。兜甲児、マジンガーZの操縦者、ただそれだけさ。」
ロバートはそれを聞くとポカンとした顔になったが、すぐに愉快そうに哄笑した
「参ったな。完敗だ。俺のことは、ロバートと呼んでくれ。」
そう言って、重機動歩兵の右手を差し出した。
「別に、勝ち負けもねえけどよ。ま、いいや。甲児でいいぜ。」
そして、2機は、互いのスケールの違いはあったのだが、堅い握手を交わしたので、あった。


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