マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (13)

HARUMAKI

 

「波紋」



「なんなのよ、これは!!新品だったZちゃんが、何でこんなにボロっちくなってるワケ!?かーぶーとー!」
格納庫にボスの怒声が響く。
戦闘をくぐり抜けた機体は多かれ少なかれ損傷があるものだ。そして、相手がミケーネであるだけに、整備する側もある程度の覚悟はしている。
しかし、Zの状態は、彼等整備員の予想を遥かに越えた惨状であった。何しろ装甲の所々に孔が開いており、半ば溶けてしまっていたし、手足の関節はガタがきてしまっている。突貫で修理しても、一両日は戦闘不能であろう。
他の機体の損傷が軽微であっただけに、よけいにその悲惨さが強調される結果になっていた。
甲児は、茹で蛸のようになったボスからこってり絞られてしまったのであった。


「うっへ〜、まだ鼓膜がじんじんしてやがる…。」
数分後、ようやくボスの説教から解放された甲児は、うんざりしきった表情で、そしてなにやら納得がいかないと言った風情できょろきょろと格納庫の中を見渡しながら歩いていた。
と、お目当ての人物を見つける。
「やあ、綾音ちゃん、ちょっといいかい?」
丁度コックピットから微調整を終えて降りてきた綾音は、
「なんでしょうか、甲児さん。」
と、言いながら小走りに甲児の方に来た。
「いや、ボスなんだけどさ、えらく機嫌がわりぃみたいなんだけど、心当たりが無いかと思ってね。」
ボスとは長い付き合いである。確かに今回は自分でもやりすぎたかな、とは思っているが、それを差し引いても自分が居ない間にボスの機嫌を損ねる何かがあったとしか思えない。
「…まだ、ボスさんご機嫌斜めなんですね。」
そんな甲児の疑問を聞いた綾音は、やっぱり、と言う風に小さな溜息をついた。
「実は…」


甲児達が戦闘獣軍団との戦いの口火を切ったほぼ同時刻。
移動基地、オリュンポス周辺も慌ただしい緊迫感に包まれていた。今回の敵の目標は米軍基地であると推測されたが、なにしろ目立つ巨体、何時こちらに矛先が向かうかも分からない。当然、留守部隊のスクランブルがかかる。
しかし、弓を始め、本来指揮を取るべき人間が全て米軍基地に打ち合わせに出向いてしまっている。作戦指揮については代理として壬薙が執り行う事となっていたが(流石、年のこ…ごほっ)、それとは別に実働部隊を指揮する小隊長的な役割をする者が必要である。これを務めるには、勿論知識も重要であるが、それ以上に実戦に裏打ちされた経験が要求される。
では、誰が?
「うほっほっほ、俺っちにまっかせなさーいっ!!」
ボスなのである。
意外に思われるかも知れないが、実は指揮能力と言うことに関しては、ボスは甲児よりも有能だったりする。戦闘の際の"風向き"を敏感に察知し、素早く行動を決定する事に関して、ボスは他の追従を許さない。それは、指揮官にとって必要不可欠な才である。
まあ、今までは乗機がアレなもんで、それがプラスに働く事は無かったのだが(笑)。
「ボシュ〜、苦労が報われましたね〜。」
「今までは、戦う前からやられちゃってたからなー。」
そう、今やボロットは超合金Zの鎧に光子力エンジンの、いわばスーパーボロット!
いや、スペシャルDXゴールデンデリシャスハイパワーマグナムボロット(笑)なのだ!!
大概の敵は、どんと来いってもんである。
パワーアップに奮闘したヌケ・ムチャも、ようやく訪れた檜舞台に感無量と言った表情であった。
更に今回、ボロットの「いい加減」な造りが逆にツボに入って、いたくお気に召したらしい白倉はか「瑠璃ちゃん!」…瑠璃ちゃんが、自分の武器の試作品やら試作エンジンやらを組み合わせて、ボロット用の戦闘ユニットを組み上げてしまっていた。
名付けて、「ボスペイザー」。
一種の武器収納ボックスに飛行機能を持たせており、宇宙空間での活動も可能な優れモノである。この短期間でこれだけのものを造ってしまうとは、瑠璃ちゃん、おそるべし。
しかし。
それを見た万人が思ったと言う。
「背負(しょ)い籠」、と。
いずれにせよ、戦闘能力では量産型グレートに匹敵するまでになったと言えよう。
「来るなら来てみやがれ、ミケーネちゃん、ギッタンギッタンにしてあげちゃうわよん!」
自然、ボスの鼻息も荒くなる。
「…あんまり入れ込まない方がいいぜ?、ボス。いっつもそれで失敗すんだから。」
「しょう、しょう。」
そのボスの姿をジトッとした眼で牽制するように言うムチャ、ヌケ。まあ、彼等の数々の苦〜い経験からすれば、むべなるかな。
「だ〜っ!、人がせっかく良い気分なのに、水を差すんじゃないんだーわさ!!どんと泥船に乗ったつもりで任せなさいってーの!!」
「…ボス、泥船じゃなくて、大船。」
「しょー、しょー。」
さらに冷たい視線に晒されるボスなのであった。
「…さすが、余裕あるよな。」
漫才のようなボス達三人であったが、初実戦で唇がカサカサになるまで緊張しているリュウセイや綾音達にとっては逆に歴戦をくぐり抜けた余裕のように感じられ、逆に眩しいものでさえあった。
だが。
「くだらん。」
憎々しげに吐き捨てる者、一名。
「貴様のような無知蒙昧の輩の下で戦闘なぞ出来るか!」
ボスに対する敵意を隠そうともしない口調で睨み付ける臣人であった。
当初、臣人にとってボスは、評価にも値しないクズのような存在でしかなかった。
その男に、模擬戦で敗北を喫するという耐え難い屈辱を受けた上、今度は自分の上官となり、自分に対し命令までしてくる!
最早、臣人にとって、ボスは増悪の対象でしか無かった。
「な、何だと〜!むちもうまいって、…どうゆう意味?」
こしょこしょとムチャに聞く、ボス。
「はあ〜、しっかりしろよ、ボス!、馬鹿って言われてんだよ!」
「あ、そお、馬鹿ね、ば……馬鹿だってええぇぇぇっ〜〜〜〜!!!臣人、てんめえ〜〜!」
怒気を露にし、臣人の機体に向き直るボロット。不穏な空気が二体の間に張りつめる。
「ちょ、ちょっとあなた達なにをしているのっ!臣人、指示には従いなさい!!」
その場は壬薙の指令により事なきを得たが、険悪な雰囲気は待機命令が解除されるまで続いたのであった。


「…と、言うことがありまして、多分それでボスさんの機嫌が悪かったんだと思います。」
申し訳なさそうな表情で言う綾音。
「いや、綾音ちゃんが悪ぃんじゃないよ。ったく臣人の野郎、何様のつもりだ?ここは俺がキッチリと…」
「いや、その前に甲児君、君からだ。」
臣人の言動にむかっ腹を立てた甲児であったが、その背後から氷のように冷徹で、しかし奥底にマグマのような怒気を含んだ声が掛けられる。
「い?、て、鉄也さん!?」
振り向いた甲児の目前に、顔に「不機嫌」と墨書されているかのような鉄也が居た。
「どうも甲児君は軽率に行動しすぎるようだ。そこら辺をキッチリ反省して貰わなければな!」
(ど、どうして鉄也さんまで〜!!!)
ザーッと血の気が引くのを自覚する、甲児であった。


ちょっと前の事。
鉄也とジュンは、米軍基地の滑走路にいた。
この基地攻防戦に於いて、主に空中戦を行った鉄也達であるが、その戦闘には数は少なかったが、再建なったばかりの米空軍も参加していた。
彼等の装備ではミケーネの戦闘獣を撃墜するのは至難の業であったが、自らの分をわきまえてグレート達のサポートに徹し、攻撃が鉄也達に集中しないよう見事な攪乱を行ってみせたのだ。
それに対する礼と、今後に対する挨拶も兼ねて隊長を訪れていたのである。
ブレーンコンドル、クィーンスターを滑走路に駐機させ降り立ったその2人の前に、一人のパイロットが歩み寄ってきた。
身長は鉄也と同じか、やや高いくらいか。
彫りが深く、映画俳優を思わせる端正なマスクに、吸い込まれるような蒼い瞳、と、戦場にいるのが場違いなくらいの美男子であったが、襟章は大佐を示していた。
2人の眼前まで来ると、優雅に、そして一部の隙もない見事な敬礼をしてみせる。
「アレクサンダー・グッドマン大佐だ。今回の協力に対し、感謝する。」
そして、唇に実に男臭い、見る者を引きつけてやまないような笑みを浮かべる。
「剣鉄也、グレートの操縦者だ。礼は要らない。ミケーネを倒すことは、俺の義務だ。」
対する鉄也の返事は、素っ気ないものであった。
「ちょ、ちょっと、鉄也!…炎ジュン、ビューナスAのパイロットです。ご助力、有り難うございました。」
慌ててジュンが取りなすように挨拶をする。
と、大佐の目が丸くなる。
「ヒュー、セクシーなロボットだと思っていたが、操縦していたのもこんな魅力的なレディだったとは、嬉しいねえ。お近づきの印に。」
と、言って、ニッとした笑顔になったかと思うと、
するり。
と、ジュンの懐に入ってきたや否や、その頤を持ち上げ、
チュッ
と、素早く唇を奪って見せた。
そのあまりの早業に、鉄也もジュンも反応することが出来ない。ジュンに至っては、何が起こったか理解できず、眼を白黒させ硬直していた。
「貴様!、ジュンに何をする!」
こちらも惚けたようにその光景を眺めていた鉄也だが、はっと我に返ると大佐の襟首を掴み挙げた。
「おいおい、軽い挨拶じゃないか。それに、彼女は君の何なんだ?もし、ステディ(恋人)だとしたら、済まなかったが。」
その大佐の言葉に、まだ硬直していたジュンが、ハッとした顔で鉄也を見る。
「ジュンは、…大事な戦闘パートナーだ。」
そう、ミケーネを打倒するために幼い頃より養父(ちち)、兜剣造より特訓を受けてきた、相棒。
そのはずであった。
だが。
ジュンが唇を奪われたときに起こった、この黒い感情は、今の自分の台詞で落胆したようなジュンの表情を見たときの、締め付けられるような苦しさは、何だ!?
「戦闘パートナーであれば、プライベートではフリーなはずだろう?」
「…今は、ミケーネとの戦争中だ。個人の感情など、不要だ。」
「堅いねえ、日本人は。何時死ぬかも分からないからこそ、プライベートは楽しまなくちゃね。」
互いに戦闘のプロフェッショナルであるが、生き方は全くの水と油、かみ合いそうにもない2人であった。
「くっ、貴様と話をしていても埒が開かないようだ。帰るぞ、ジュン。」
きびすを返す、鉄也。ジュンも浮かない顔で続こうとする。
「ああ、ジュン、僕のことは、レックスと呼んで欲しいな。」
そのジュンの背中ににこやかに声を掛ける大佐。
それに対してキッとした強い視線を返すと、ジュンは足早に鉄也の後を追った。
「嫌われたかな?でも、その方がやりがいがあるってモンだな。」
ニヤリとしてそれを見送る、大佐であった。


そんなやり取りがあり。
鉄也の中でアレクサンダーに対する、自身で理解不能な怒りと、ジュンに対する不可解な感情とが渦巻く結果となり。
それが甲児という格好の噴出地点を見つけたのであった。
まあ、自業自得な面は強いが。
甲児、あわれなり。
因みに。
鉄也の説教地獄が終了した後に、さやかからの説教が待っており、数刻後、格納庫の隅で真っ白に燃え尽きた甲児が発見されたのは、余談である。
いと、あわれなり。


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