マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (5−2

HARUMAKI

 

「実力−後編−」



モニターに、ジュンの顔が写っている。
「いいわね、射出兵器は、ペイント弾、エネルギー兵器は、コンピューターによるシミュレーションで当たり判定を行うわ。…と、言ってもボロットには必要ない事ね。」
―茶番だ。
「格闘の場合は、マニュピレーティングプログラムを、寸止めにしておいてね。まぁ、少々のことでは、どっちもビクともしないでしょうけど。」
―何故自分が、こんな事をせねばならないのだ?
ジュンの言葉に素直に頷きながら、しかし、臣人はこの模擬戦に何の意義も見いだしていなかった。
―結果の見えきった戦いに、何の意味がある?
臣人は人生を、勝者として歩いてきた。
呉石家は、代々政治、経済の中心に多くの逸材を輩出していた。臣人自身も、幼少の頃より俊才として知られ、常にトップの地位を維持してきた。当初、彼は政治の方面に進むつもりであり、大学もそちらを第一志望としていた。しかし、受験直前にDr.ヘルの日本侵攻が起きたのである。
"大衆は、優れたる者に支配されるのが当然であるが、優れたる者は、大衆を安寧に導く義務もある"。誰にも明かしてはいないが、当時から、これが臣人の信念であった。この信念に従い、彼は防衛大学に進学した。そして、首席で卒業後、航空自衛隊に入隊したのだが、その優秀さを買われ科学要塞研究所へと出向することとなったのだ。
歴戦の鉄也、ジュンは別格として、新しいメンバーの中では、臣人は当然トップである、はず、いや、べきであった。総合的に見れば確かに一歩抜きんでてはいる。しかし、その自信を揺らがせる者が、2人も、いた。
天才的な操縦技術を持つ綾音。
神懸かりといってよい勘の冴えを示す竜生。
自分には無い才が、そこに、あった。
天才と言われ続けてきたプライドは、しかし、それを許さなかった。自分こそがNo.1であることを認めさせるためにも、今回の派遣は絶好のチャンスであったのだ。
だが、派遣されたのは、実戦経験は豊富であるが、明らかに自分より腕が落ちる佐久杜であった。
この事で、臣人は鉄也に失望した。所詮、真の実力を推し量ることもできない俗物か、と。おまけに、今度はあのポンコツと戦え、である。
―貴様には恨みはないが、俗物の目を覚まさせるためにも、さっさとやられてもらおうか。
ボロットをみる臣人の表情は、獲物を前に舌なめずりする肉食獣の、ソレであった。



「大丈夫でしょうか?」
オペレーティングルームのモニターを気ぜわしげに見つめながら、綾音は誰とは無しにに呟いた。
「どっちのこと?」
ジュンは悪戯っぽく綾音に微笑みかけた。
「えっ!!…あ、いや、その、えっと、ですね。」
たちまち茹で蛸のように真っ赤になりしどろもどろになってしまう綾音。
「大丈夫だ。」
「え?、剣隊長?」
珍しく、口の端に微笑みを浮かべた鉄也が、綾音に向かって頷いた。
「竜生もよく見ておけ。ボスが、あのボロットで何故戦いをくぐり抜けて来れたのか。教科書やシミュレーターでは教えてくれない、戦いの本質というモノを、あいつは見せてくれるはずだ。」



ボロットのコックピットは結構忙しい。寄せ集めの部品でできているため、パワーサプライバランスを上手くとらないと、まともに動いてくれないからだ。もちろん、大部分はコンピューター(秋◯原のジャンクショップで格安で手に入れた物)で制御しているが、どうしても咄嗟の際には人の判断が勝るため、機関士役が操縦者以外に一人必要となる。さらに、ボスが計器類を読めない(操縦に集中して、計器の数値まで気が回らなくなってしまう)ため、副操縦士役がもう一人要るようになっている。一昔前のジャンボのコックピットに、似てると言えるかもしれない。
「甲児、いつもと勝手は違うかもしれないけど、頼んだぜぃ!」
「あったりまえよ!あの高慢ちきな奴の鼻っ柱をへし折ってやらねえと、腹の虫が治まらねぇ!」
「ん、もう、2人とも!これはあくまで模擬戦闘なのよ。分かってるんでしょうね?」
通常はヌケとムチャが務める役割を、今回は機関士をさやか、副操縦士を甲児が行うことになった。そのため、何時にも増して賑やかなボロットのコックピットである。
更に、先程からの会話でボスも甲児も頭に血が上っており、鼻息の荒いこと夥しい。
(もう、どうなっても知らないんだからね。)
こうなったら、どうにも止まらないことを知っているさやかは、心の中で、徹底的に翻弄されるであろう臣人の不幸を、少しだけ哀れんだ。
彼等は、気にくわないエリートの鼻っ柱をへし折ることにかけては、プロなのだから。


模擬戦用のフィールドは、科学要塞研究所に隣接している。周囲に流れ弾などがでないよう、40〜50m位の切り立った崖で囲まれており、上空から見ると、ちょうど扇を開いたような形になっていた。扇の一辺は2q程である。木は生えておらず、剥き出しの岩肌が荒涼たる雰囲気を醸し出していた。
いま、そこに。
2体は対峙した。
張りつめる、緊張の糸。

「模擬戦、開始!」

凛としたジュンの声に、弾かれるように動き出す、ボロットとグレート。
先手を取ったのは、グレートであった。
―派手にやられてもらうぞ。
剣呑な刃を纏った右拳が、凄まじい勢いで回転しながら、発射される。
アトミックパンチ。
その拳に、貫けぬ物など、無し。
音速を超えるソレを、しかし、ボロットは。
「ひらりっ!」
ご丁寧にも、擬音付きでかわしてのけた。
「なっ…!!」
「あったんないわよ、ベロベロベ〜!!」
絶句する臣人を挑発する、ボス。ボロットに、舌を出すギミックまで付けているところは、芸が細かい。
「っ!!」
屈辱に、一気に臣人の頭に血が、昇った。



目の前のことは、本当に起きている事なのだろうか?
綾音と竜生は、奇跡でも見せられたかのように、ポカンとした顔でモニターを見つめていた。
グレートが。風を巻き、岩を砕き、空を切り裂く。圧倒的なパワーで。
その全てを。
ボロットは。お尻を叩き、鬼さんこちらをし、あっかんべーをして。よけていた。
あり得ない。2機のスペックからすると、冗談にしか見えない光景である。
「戦いとは、」
そんな2人に、鉄也が諭すように語りかけた。
「兵器の性能が全てではない。その性能を生かすためには、相手の隙をつき、先を読む戦術が重要だ。逆に、臣人の様に、相手を嘗めきって、兵器の性能に頼っていては、敵に行動を読まれてしまう。先の読めた攻撃をかわすことは、さほど難しいことではない。」
その時、綾音は、フィールドにおける2機の位置を示すモニターに、変化が現れてきたことに気づいた。
徐々に、ボロットが、扇の要の部分に追い込まれている?
鉄也を降り仰ぐ、綾音。
「!?」
鉄也の顔に浮かんでいたのは、会心の、笑み。
「さすがだな、ボス。それしか、あるまい。」
歴戦の勇者には、戦いの流れが、見えているらしい。そして、友の勝利も。
(なんて、強い、絆。)
自分には、そこまでの物はないけれど。せめて、あの人の勝利を信じよう。
綾音は、モニターを、見つめた。



「うほほほっ!やばいかちらん?」
「なにやってんだ、ボス。左から来るぞ!」
余裕で避けて見せてはいても、相手は(やや能力は落ちるにしても)グレートである。油断は、決してできるわけはない。
だが。そんな緊張の中。
ボスと甲児は妙に楽しげな表情をしていた。あたかも、何かを企んでいるような。
一方、さやかはボロットの癖のあるエネルギー制御に、やや手こずっていた。
(ヌケったら、よくこんな無茶苦茶なパワーバランスをコントロールするプログラムを組めたわね。)
呆れながらも、ヌケの才能に感心するさやか。
それも一瞬で、制御に集中する。
ボス達が企んでいることは、言われなくても分かっていた。それには、自分が重要な役割を担うことも。
そして。なにも言わないことで、彼等はさやかを全面的に信頼していることを伝えてきていた。
(面白いじゃない。そうこなくっちゃね。)
可憐な唇の端に、不適な微笑みを浮かべるさやか。
困難であればあるほど、闘志を燃やす。彼女もまた、戦士なのだから。


―ようやく追いつめたぞ。ちょこまかと逃げ回りやがって。
血走った目で前方を見据える臣人。そこは、Vの字に崖が合流しており、行き止まりになっていた。その手前で、慌てふためいて周りをみているボロット。しかし、逃げる空間は無かった。
―これで決めてやる!
ブレストバーン。量産型グレートの必殺兵器。
ボロットの運命は、これで決まったはず、であった。

「それを、待ってたのよ〜ん!」
マジンガーの必殺兵器。それは、凶悪なまでの威力を持つ。それが故に、膨大なエネルギーを必要とするのだ。全エネルギーを一時的に使わざるを得ないような。
その為、発射の直前に一瞬だが、硬直する事となる。
マジンガーと共に歩んできた者だけが知る、ごく短い、そして、貴重な、隙。
この隙を得るため、必ずブレストバーンを出さざるを得ない状況へと、臣人を追い込んでいったのだ。
ボロットは、右のフレキシブルアームをめいっぱい伸ばし、予め甲児がスキャンニングしていた頑丈な岩盤部である、崖の上に手をかけた。
瞬間。さやかはエネルギーゲージをレッドゾーンに叩き込んだ。
マジンパワー。
光子力で動くロボットだけが得られる、オーバーブーストによる超常的パワー。
ボロットの体が、大きく宙に浮いた。

「なにぃ!」
目の前より、ボロットの体が消えた。
発射シークエンスに入っていたグレートは、そのまま(シミュレーション上で)ブレストバーンを照射する。
慌てて上を仰ぐ臣人。
その瞳に。
空中で崖を蹴り、跳んできたボロットの拳が、映った。

Great's cockpit is lost. The winner is Borot.

モニターには、ボロットの勝利を宣言するシミュレーション結果が淡々と表示されていた。
(勝った?本当に…?)
綾音は、まだ胸の動悸が収まらないでいた。
(すごい。やっぱり、ボスさんは、凄い…。)
隣で、竜生も感動していた。
「すごいぜ、ボス!、やっぱり努力と根性だ!!」
…絶対、鉄也に言われたことの意味分かってないな、コイツは。
「…これで、悟ってくれるといいけどね、臣人。」
「ああ、これを乗り越えたら、奴もいいパイロットになる。」
だが、鉄也とジュンも、読み違えていた。純粋培養のエリートの精神構造というものを。

畜生、みんなして馬鹿にしやがって。そんなに俺が一番になることが嫌なのか。整備の時に手でも加えたんだろう。じゃなければ、あんなのに負けるわけがない。そうだ、あの時の反応は、明らかに鈍かった。それにあの時も………。

コックピットに小さく続く呪詛の声。それは、自分以外の全てのものに向けられていた。
決して自分の非は認めない。肥大化しきった自我が、それを許さない。
結局、臣人の心に残ったのは、暗く淀んだ憎悪の念。
それが、この後とんでもない事態へと繋がるとは。
この時点で想像できた者は、誰一人として、いなかった。

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