マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (6)

HARUMAKI

 

「蠢動」



ふ、と目が覚めた。
まだ、埋み火のように、昨夜の余韻が体の奥にある。
(やだ…)
さやかは、闇の中頬を染め、思わず身じろぎをした。
と、胸にかかる重みと、柔らかな寝息。
(甲児ったら…)
巨きくはないが、張りのある、理想的な曲線を描く双丘の間に顔を埋めて、甲児は安らかな寝息をたてていた。
昨日の模擬戦後、新人を含めて、皆で夕食を共にした。臣人は、勧めたのだが、不参加であった。まあ、そっとしておいた方が良かろう、と言うことになり、残りの者で行ったのだ。名目としては、今後の方針についてであったが、久しぶりに会えた嬉しさと、新しいメンバーへの興味から、なし崩し的に宴会へと突入してしまっていた。
(それにしても…)
さやかは、くすっと思い出し笑いを漏らした。
(あんなボスも、初めて見たわ。)
いつもであれば、甲児と先を競うお祭り男である。ましてや、グレートに模擬戦とはいえ勝利したのだ。喜びの舞くらい踊り出しそうなものだったが。
カチンカチンに緊張していた。
原因は。隣に綾音が座って、真摯な眼差しを注いでいたからであった。
ボスといえば(甲児と同じで)惚れっぽいのだが、これまでは一方的に片思い、と言うことが殆どであった。つまり。女性の方から好意を寄せられた経験が無いため、どう対応していいか分からなかったのだ。
綾音がまた、不器用なくらい誠実な性格であったため、見ていて微笑ましいものではあったが。
(いい子よねー、綾音ちゃん。ボスには、ちょっともったいないかな?)
さやかも、ボスに好意を寄せられていた事がある。彼のことは、好きなことは、好きであった。しかし、それはあくまで「友人」としてでのことであり、男女間としての感情は遂に抱き得なかった。現在でも、「親友」である、と思っている。だから、
(上手く行くといいね、ボス。)
と真剣に思うさやかであった。
その宴会が終わった後、ジュンが手配してくれたホテルへと戻り(飲酒飛行は流石に危険なので、朝一で出発することにした)、久しぶりに甲児と2人きりの時間を過ごしたのだ。
2人きりの、甘く、激しい一時。
2人の関係が、その一歩を踏み出したのは、お互いの呼び名から「君」、「さん」が取れた頃からであろうか。
アメリカ留学中、周囲の同僚から「KOHJI」、「SAYAKA」とフランクに呼ばれているうち、自分たちも「甲児」、「さやか」と言う合うようになった。
そうすると、自分たちが変に意識して、肩肘を張っている事に気付いたのだ。
元から、憎からず思っていた同士である。そこから仲が進展していくのには、さほど時間はかからなかった。
今でも思い出す。
あのクリスマスの日。朴念仁の甲児にしては上出来な素敵なレストランで、茹蛸のような顔をして、どもりながらも言ってくれた言葉を。
そして、その後の痛みと陶酔とが渾然となった時間を。
甲児と、そんな風にして肌を合わせるようになって、初めて分かった事があった。
彼の中に、彼自身が気が付いていない、大切なものを奪われることに対する深い闇のような恐怖があることを。
さやかを抱くとき、甲児はそこからさやかが消えてしまう事を怖れているかのように、激しく、貪るかのように全身全霊で交わる。
そして、さやかの中に情熱を解き放つと、母の胸に抱かれるように、さやかの胸で深い眠りにつくのだ。そこにさやかが「在る」ことを感じながら。
無理は無いかも知れない。彼は、両親、祖父を「理不尽な理由」で奪われているのだから。
マジンガーでの一見無謀な戦いぶりも、「奪われる」恐怖を知る者の、「理不尽に奪う」者への、怒りから来ていたのだ。
さやかにしてみれば、そういう風に情熱的に抱いてくれる事は、嬉しい事は、嬉しいのだが。
(もうちょっと手加減して欲しいな。)
ちょっと苦笑してしまう。なにしろ、鍛えているとはいえ、体はそう強い方ではない。体力が服を着ているような甲児に愛されるのも、それはそれで一苦労なのである。
でも、そんな不満は、自分の胸の中の甲児の顔を見ると、吹き飛んでしまう。
まるで、乳飲み子のような安らかな寝顔。
それを見れるのは、自分一人。
(この特権は、誰にも譲れないわよね。)
柔らかな微笑みを浮かべながら、甲児の額にかかった髪をそっと掻き上げる、さやか。
と、甲児が身じろぎをした。
「さやか‥‥?」
「あ、ご免なさい、起こしちゃったわね。」
いや、と言う風に首を振ると甲児は身を起こした。そして、ベッドサイドに置いてあった水差しよりコップに水を注ぎ、喉を潤す。一息ついて、さやかにもコップを差し出しながら、ベッドの端に腰を下ろした。ありがと、といってコップを受け取ったさやかも、喉を湿した。
「今日は色んな事あったからなー、さやかも疲れたろ?」
「そうね。量産型グレートとか、新顔さん達とか、模擬戦とか盛りだくさんだったものね。‥‥ね、甲児。」
さやかの顔が改まる。
「やっぱり、あの量産型に付いていた傷は‥‥‥。」
「ああ、」
甲児の顔も厳しくなる。
「超合金Zをあそこまでズタズタに出来る奴ぁ、ミケーネの連中しかいないだろうな。」
「そうね。しかも、量産型とはいえ、グレートがあそこまでやられてるとすると…。」
「いままでの奴らとは、ひと味もふた味も違うって事だよな。」
2人で夜を過ごすことができたことに、さやかは改めて感謝した。でなければ、急に重みを増した夜の闇に、押しつぶされたかも知れないから。
(ちっきしょう、動けないことが、こんなにもどかしいとはな。)
まだ見ぬ、未知の強敵。
渦中の国も、時差のズレはあるが、いまは夜のとばりが降りているはずである。
奴らは、なにを企んで、闇に潜んでいるのであろうか?
強い焦燥感を覚える甲児であった。





巨大な、空間であった。
所々に、申し訳程度に灯された灯りでは、どこまでが端か、天井の高さがどれ位かが見当が付かない。逆に、闇の深さが強調され、吸い込まれていきそうな錯覚に陥ってしまいそうである。
その床や壁は、金属的な光沢を放つ物質で覆われている。
中央には小さな野球場ほどもある円形をした台座があった。
その前に蹲る影がある。
薄暗く、詳細は見て取れないが、マントを羽織った人影のようである。
しかし、断じて人間ではない。
台座との比較からすると、それは身長20mを優に越えているのだから。
「全て予定通りに進行しております。」
その巨人が、台座に向かって畏まった態度で言葉を発した。
と。
台座の上の空間が揺らぎ、ぽっ、と小さな炎が生じる。
次の瞬間。
炎は爆発的に広がり、巨大な焔に変化した。巨人でさえ赤子に見えるほどの巨きさである。
それだけではない。炎が纏う、その圧倒的な邪悪さ。実体化せんばかりの障気を浴びれば、心臓の弱いものはそれだけで絶命してしまうであろう。
まさしく、地獄の業火とでも言うべき炎であった。
「そうか。超魔軍団の編成、順調のようだな。」
炎が、口を開いた。正確には、炎の中に浮かんだ顔が、だが。
「はは、闇の帝王様。七大軍団の戦闘記録を解析し、全ての能力を併せ持つ無敵の軍団、もう間もなく完成いたします。」
応える巨人は、異形の姿をしていた。頭部は、ローマ時代の将軍のような兜を被った人面をしている。体のプロポーションも、人体に近い。しかし、左手は、首長竜のような長い胴体に、ティラノザウルスのような頭を持った爬虫類であり、両足は、チーターを思わせる獣のそれで、背中からは猛禽類の羽が生えており、良く見ると、全身の皮膚は鱗で覆われている。
そして、胸の中央には、堂々とした、眼光の鋭いギリシャ彫刻を連想させる中年くらいの男性の顔のレリーフが。
と、そのレリーフが喋りはじめた。どうやら頭部と思われた部分はフェイクで、真の頭脳部はこちららしい。
「これで暗黒大将軍らの敵も討てると言うものです。かの者達の尊き犠牲にて、我ら軍団は完成したのですから。」
「うむ、超魔大将軍よ。暗黒大将軍の犠牲は確かに痛いものであったが、貴様たちの力があればグレートといえども一たまりもあるまい。準備が整い次第、憎きグレート共を血祭りにあげるのだ。」
「ははっ!、お任せください、闇の帝王様。」
超魔大将軍はマントの裾を翻しつつ立ち上がり、台座から遠ざかっていった。
しばらくして、闇の帝王の炎でも照らしきれない闇の中に、ゆらり、と気配が動いた。それも、4、5体くらいの。
「ふひひひひ、あの出来損ない共に、やれましょうかね?」
影の一つが、嘲りを隠そうともせず嗤った。
「に、しても、何故事を急がれますか?我らが完全に目覚めるには、まだ少し時が必要であったはずですが。」
別の影が疑問を呈した。
「うむ。この前の戦の時のデータからすると、彼奴らが我々のレベルに到達するまでにはまだまだ時間がかかるはずであった。しかし、あのベガ星とやらのお陰でよけいな技術が伝わってしまい、そのタイムスケールが大幅に短縮されたのだ。もちろん一朝一夕には我々に追いつけはしまいが、彼奴らに時を与えれば与えるほど制圧が困難になる。」
忌々しい、と言う風に炎が明滅する。
「まだ目覚めておらぬ者の所在は全て掴めたか?」
「いえ、あと、一人。」
答えた声は、女性のようであった。
「…あやつ、か。」
闇の帝王の声に、隠しきれない苛立ちが混ざる。
「絶対に捜し出すのだ!。」
豪っ!と一段と激しさを増す炎。
「かの者、アモンを。」

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