マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (7)

HARUMAKI

 

「幕間」



さわやかな風が吹いていた。
鼻腔をくすぐる、濃厚な新緑の香り。
富士の裾野に位置する光子力研究所は、いま一番気持ちの良い季節を迎えていた。
研究所の壁に射す陽光も、優しく、暖かい。
と、その壁の一角に蠢く怪しい影。
「くう〜っ、いいケツしてるよな〜!」
「ほ〜んとだーわさっ!お、かーぶと、あの子も凄いわよん!」
「……お、お前、ら、いつも、こんな事、してんの?」
怪しい一団は、甲児とボス、それにリュウセイだった。
ここ、女子更衣室の窓は、3階にある。彼等は、窓の桟に指を懸けただけで壁にへばりついていたりするのだから、何げに凄いぞ、お前ら。
因みに、甲児とボスは全然平気な顔をしているが、リュウセイは既に青息吐息であった。
「なーに言ってやがる!覗きは男のロマンじゃねえかよ、リュウセイ!」
「…いや、まあ、そうと、も言う、けど、お前、っさやかさんが、いるじゃ、ねえか。」
「ほーんと、ホント!兜はいつでも見れるからいいじゃねーのよ。」
すると甲児は、ちっ、ちっ、と、指を顔の前で振って答える。どうでもいいが、片手でぶら下がってるんだけど。
「分かってねえな、スリルを味わってこそのロマンだろ?」
「…何を、馬鹿なことを仰ってるのかしら?」
ギクゥ!!。
突然、頭上から、地獄の底を這うような重々しい口調の声が降ってきた。
ギリギリという音が聞こえそうな位硬い動きで見上げる3人。
にこやかな、さやかが、いた。
こめかみに血管が浮いてたりするけど。
「や、やあ、さやか。」
冷や汗を滝のように流しながら、笑顔で片手を挙げる甲児。
「やあ、じゃあ…、」
ぴくっ、ぴくっとさやかの笑顔がひくつく。
「無いでしょーが!!何をやってるのよ、甲児ー!!!」
「や、やべー!!」
遂に爆発する、さやか。甲児達は慌てて桟から手を離した。…って、3階なんだってば、ここ。
「待て、逃げるなー!」
さやかも心配する気配無し。
と、甲児は見事な身のこなしで、ボスは意外な身の軽さで、リュウセイは不格好ながらも着地を決めて見せた。
この位はやってのけなければ、マジンガー達のパイロットは務まらないらしい。
「さやかー、俺が悪かったー、ごめんよ〜!」
「こらー、戻って来なさーい!」
窓際で夫婦漫才をやっているさやかの後ろでは、女の子達が声高々に囀っていた。
「あーん、兜チーフに見られちゃったあ!(はーと)」
「今日の下着、結構お気に入りのやつだったんだけど、気付いてくれたかなあ?(^0^)」
「必死になってるチーフの顔って、可愛いのよね〜(^^)。」
…本人は殆ど気にもしていないが、兜甲児という若者は結構なお金持ちだったりする。祖父、兜十蔵の残した特許のパテントが毎年数千万円になり、現在では自身の特許のパテントも加わり、年収は相当なものなのだ。
ルックス、才能に加え、お金持ち。このような男に惹かれない女性などいようか、いや、いない(反語)。
さやかという恋人がいることは百も承知だが、まだまだチャンスはある、いや、作ってみせる(断言)。
女は強いのである。
「…美織(みお)ちゃん、麻矢(まや)ちゃん、咲羅(さくら)ちゃん!?」
ギヌロッ。
鬼の形相で振り向くさやか。
途端に慌てて口を噤む女の子達。
「あなた達も、毎度毎度、ちゃんとカーテンを閉めなさーいっ!」
「「「はーい!」」」
「まったく、もう!」
今日はなんだか平和そうな光子力研究所である。


ところでなぜリュウセイが光子力研究所にいるのだろうか。
要は、機体性能の見直し作業である。
科学要塞研究所は、その軍事的な性格から応用研究は強いものがある。しかし、反面基礎研究の面で十分ではない。その為、どうしても無駄な設計が生じがちになってしまう。そこで、基礎研究に強い光子力研究所の協力を受けてその無駄を省こうという事になったのである。
この見直しで、反応速度が8%程向上することが予測されていた。
たかが8%か、と侮っては成らない。その、わずかな差が戦場での生死を分けることもあるのだから、疎かには出来ない作業である。
この作業のため、科学要塞研究所のメンバーが光子力研究所に来ていたのだ。
当然、臣人と綾音も来ているのだが、今2人は、改修作業プランの説明を受けているはずである。
最初はリュウセイも聞いていたのだが、すぐに飽きてしまい、そんなところに甲児達が、「面白いところに連れていってやる」と持ちかけてきたのを渡りに船と抜け出していたという訳だった。
「…まったく、いい加減にワンパターンの行動はやめてよね。私も恥ずかしいんだから!」
結局、あの後さやかに捕まってしまい、こってりと絞られた3人であった。
いま、4人は中央司令室に向かっている所である。今後の方針を、弓教授を交えて話し合うためだ。
「でも、ここってスパーロボットの研究所な上に、かわいい女の子のスタッフも多いよなー、羨ましいよ。」
リュウセイが心底羨ましい、といった顔で呟いた。ちなみに彼は熱狂的な「スーパーロボットマニア」で、特に「ゲッターロボ」というレトロアニメの信奉者なのだが、つい先日の宴会で、さやかに「あんな非科学的な変型なんて出来るわけ無いじゃない」と冷たく切って捨てられて涙したというのは、本編とは全く関係のない話である。
「あら、そっちだって、グレートっていうスーパーロボットの研究施設じゃない?それに、綾音ちゃんとか、ジュンだっているじゃないの。」
さやかが、やれやれ、といった表情で嘆息しながら言った。
「いや、グレートってのは非常に嬉しいんだけどさ、ほら、うちってどっちかっつっとお国の影響の強い軍事施設の面が強いじゃない?だから女の子って少ないんだよね。いても、ジュン副隊長みたいにおっかないし、綾音はぺったんこだしさ。」
身振り手振りを交えながら、ギャグっぽく大げさに嘆いてみせるリュウセイ。
「ふ〜ん…。」
「……ぺったんこ…。」
ピキッ
凍り付くリュウセイ。
いつの間にか一行の後ろには、改修作業の説明を受け終えた臣人と綾音を連れて、中央司令室に向かっていたジュンが合流していた。
「ふ、副隊長…いつからそこにいらっしゃったんで?」
おそるおそる振り向いたリュウセイが、やっと声を絞り出す。
「かわいい女の子のスタッフ…辺りくらいかしら?」
意外に平静な感じで微笑みを浮かべながら答える、ジュン。
「さ、最初から…いや、副隊長これは、その、全然本心じゃなくて、あの、」
「分かってるわよ、リュウセイ。」
「そ、それじゃあ。」
ぱっ、と安堵で顔を輝かす、リュウセイ。
「帰ったら特訓のメニューを倍にしてあげるわね。おっかない副隊長さんとしては。」
ジュンは、なにげに恐ろしいことを、なんの邪気も感じさせない微笑みで言ってのけた。
あわれ、真っ白な灰となるリュウセイ。
頑張れ、リュウセイ!
「ぺったんこ……。」
…頑張れ、綾音(もらい泣き)。


(ふん、愚か者が。)
臣人は、そんなリュウセイ達の様子に侮蔑の視線を送っていた。
正直、こんな愚昧な連中と行動を共にするのは苦痛さえ伴う。しかし、愛機の性能が改善されるのであれば、我慢もできるというものである。
力が、欲しい。
全てをひれ伏させるだけの、圧倒的な力が。
身を焦がすような渇望が、臣人の視野を狭めていく。
本人も気が付かないうちに、浸食するように、じわりじわり、と。


やがて中央司令室につくという廊下で、ジュンが思い出したように言った。
「かわいいと言えば、オペレーターの女の子の声、とっても綺麗で可愛かったわね。どんな子なのかしら?」
と、甲児達は何とも言えない苦笑を浮かべた。
「…まあ、声は綺麗だよなあ。」
「なによ、甲児。可愛いじゃないの。」
「可愛いといやあ、そーかもしんないけど、ちょーっと意味が違うと思うんだわさ。」
そんな甲児達の態度に、ジュン達が顔に「?」を張り付けつつ、司令室のドアの前まで来たとき、
「ちょっと、美那(みな)さんっ!言っておいた資料、そろって無いじゃないの!!」
と、いうややヒステリックな声がドアの内側より聞こえてきた。
「ご、御免なさ〜い、壬薙(みち)さーん。」
やや遅れて、間延びした声が。
「あら?この声、オペレーターの子じゃない?」
ジュンがドアを注視すると、
ドドドド……
と、地響きが近づく。
「???」
本能的に危険を感じ、ジュンがドアから離れると同時にドアが開き何かが飛び出してきた。
それは、背丈は綾音と同じくらいの小柄な人影であった。
幅は。
優に綾音の三倍はある。
マリンブルーのオペレーターの制服がぱっつんぱっつんに張っていた。
顔は、何というか、満月が載っかてるといえばいいのか、全ての造形が、円い。
(…ドラ〇モン?)
その時、ジュン達の脳裏に浮かんだのは、有名な漫画に出てくる青い猫型ロボットの姿であった、という。
「すみませ〜ん、ちょっとどいてくださーい。」
そうドラエ〇ンは叫ぶと、思わず道を譲った一行の間を、短い足を高速回転させながら駆け抜け、あっと言う間に廊下を走り去っていった。
「…何ですか、あれは?」
さしもの臣人も、完全に毒気を抜かれた顔で呟く。
「植尾美那(うえお みな)ちゃん。ほら、さっきジュンが言ってたオペレーターの子よ。」
苦笑混じりでさやかが言った。
「…ちょっと予想と違ったわね。」
ジュンも、苦笑するしかない。
と、綾音がリュウセイの様子がおかしいことに気が付いた。完全に動きが止まってしまっている。視線は、美那が走り去った方に向いたままだ。
「…どうしたの、リュウセイ?」
「う…。」
「?」
「美しい…!」
(どこが!?)
シリアスに呟くリュウセイに、皆一斉に心の中で突っ込んだ、という。
やっぱり今日は、光子力研究所は平和なようであった。

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