マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (8)

HARUMAKI

 

「開幕(幕は、開いた)



意外なリュウセイの一面に脱力する一幕もあったが、一行は光子力研究所の中央司令室へと足を踏み入れた。
モニターの前では、ここの所長である弓教授と、鉄也が難しい顔をして話し込んでいた。
さやかの父、弓弦之助は光子力研究では世界的権威である。その論文は国際的にも認められており、また同時にDr.ヘル戦で見せた沈着冷静な指揮ぶりなど、現場と後方の能力を併せ持つ希有の人材でもある。臨機応変さに欠ける所があるが、まあ元々研究者である彼に其処まで求めるのは酷というものであろう。
「鉄也、みんなを連れてきたわよ。」
ジュンが話し込む鉄也に声をかける。
「ああ、すまない。教授、先程お話しした3人です。」
鉄也はリュウセイ達を招き寄せて、弓教授に紹介した。
「うむ。臣人君に、竜生君、そして綾音君だったね?皆なかなか優秀のようだね。これから宜しく頼みます。」
きちんと整えられた口髭の下に柔らかな微笑みを浮かべ、教授はリュウセイ達を見渡した。誰に対しても柔らかい物腰で対応するところが、教授をして人格者と言わしめる所以である。しかし、品の良い眼鏡の奥にある眼差しは、その人格の骨幹を示すかのように野太く、強い。
「さて、諸君に集まってもらったのは、現状の確認と今後の方針についてなのだが…、壬薙君、資料の方はどうなっているかね。」
「は、はい、いま美那さんに取りに行かせておりますので、少々お待ちください。」
オペレーターチーフ席に座っていた女性が慌てて答えた。年の頃30後半で、なかなか整った顔立ちをしているのだが、全く化粧っ気が無く、ひっ詰め髪に色気のない眼鏡、と完全無敵のお局様スタイルである。
と、司令室のドアが開いた。
「す、すいませ〜ん、遅くなりました〜!」
どど、と地響きが聞こえそうな勢いで丸い物体、美那が駆け込んでくる。
と。
コケた。
「あららららら?!」
運動している物体のエネルギーは、物体の質量×速度2に比例する。
その、美那の、相撲取りもかくや、というぶちかましをまともに受けたのは。
「へぶしぃ!?」
綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいく、リュウセイで、あった。
後に、一瞬、美しいお花畑の向こうで手を振るお婆ちゃんの姿を見た、と彼は語る。
「だ、大丈夫ですか〜?!」
慌ててリュウセイに駆け寄る美那。
と、白い歯をキラリン!、と光らせながらリュウセイはスマイルして見せた。
結構、丈夫だな…じゃなくて、キャラ違うぞ、お前?
「大丈夫だ、レ〇ズナーのV-MAXに比べれば、軽いぜ!!」
……前言撤回(と、いうか、受けたことあるのか、リュウセイ!?)。
…なぜ頬を染めてるんですか、美那さん?
「…あー、おほん、美那君、資料をお願いするよ。」
2人の間で伝説のキッ〇・オフ空間が発生するか、という雲行きに苦笑しつつ、教授は美那に促した。
「は、はい〜!、た、ただいま。」
ぴょんっと飛び上がると、あたふた、と美那は資料を配り始めた。
資料が行き渡ると、教授は現状について説明を始めた。
「現在、諸君も知っての通り、監視衛星による精密な観測は出来ない状態だ。また、険しい山岳地帯と密林で国土の半分ほどが占められるため、現地の今の情報は殆どないと言っていいだろうね。取りあえず、分かっている事をまとめたのが、その資料だよ。反乱が起きる前は、総人口約800万人。主産業は、天然ガスと宝石の輸出で、やや軍事政権の性格が強かったが、概ね治安はよく、国民の支持も高かったようだ。しかし、元々多民族国家のため、一部の不満部族達がゲリラ化して密林で活動していたんだが、内実は、と言うと山賊のような略奪行為を繰り返すような集団だったようだ。それがベガ星連合戦の末期、急に力を付けて現政権への軍事行動を起こした。」
「今考えると、ミケーネの後ろ盾があった、と言うわけか。」
鉄也が、厳しい顔のまま呟く。
「うむ。一応部族の長がリーダーと言う事になっているが、そう考えた方が良かろう。しかし、彼らの軍事力については不明な点が多い。この点については鉄也君の方が詳しいと思うが。」
「いえ、教授。私の所にも、ほとんど情報はありません。国連の情報も古いものだったようで、当初の予定では、グレートによる威圧行動で彼らを封じる事をかんがえていたくらいですから。」
苦い顔で、鉄也が答える。その情報を鵜呑みにしてしまい、部下を失ってしまったのだ。正確な情報が戦闘の行方を左右するのは分かっていたはずなのに。
自分の勘はそこまで鈍っていたのか。
痛恨の念とともに、自身の今の戦闘能力に対する疑問。
今の彼は、表面上は変わりが無いが、深刻な苦悩を抱えていた。
さりげなく彼をサポートするジュンの存在が無ければ、非生産的な思考の迷宮に埋没していたかもしれない。
しかし、ジュンは、最近の鉄也の態度に微妙な違和感を感じていた。
なにか、すれ違っているような感じ…。
それは、鉄也の生真面目な性格がもたらしたものであった。
ジュンには感謝しているが、それだけに、彼女に甘えきってしまうわけにはいかない。
ストイックなまでに己を追い込んでしまう、その心が。
2人の間に微妙な距離を作り始めていた。
今後の激闘に、暗い影を落としていきそうな、不協和音…。
「ふむ…、敵勢力の情報が掴めないと言うのは、非常に痛いな。」
弓も苦い顔になる。
「なーに、先生、任せてください!…って言いたいとこだけど、確かに今回は、日本の中じゃねえからなあ…。正体の分からねえ相手に、なんの備えも無いってのは確かにリスクが大きすぎるよな。」
底が抜けているんじゃないか、というほどの楽天家の甲児も、さすがに顔色が冴えない。
「そうよね。第一、補給や修理の問題があるわ。マジンガーシリーズは特殊な設計思想だから、おいそれと部品や技術者がいる訳じゃ無いものね…。」
さやかも、嘆息を吐く。
古来より戦闘における最大の障害となるのは、戦場までの距離、である。
本拠地から離れれば離れるほど、補給ラインを確保することは至難の業となる。頑丈なマジンガーシリーズではあるが、いざ戦闘ともなれば無傷というわけにもいかず、その度に膨大なパーツを必要とする。さらには、それを迅速に交換できる熟練した整備工も必要となる。
「さすがに、俺っちだけじゃ、追っつかないわよ。甲児にさやかに鉄也にジュンに量産型三機、それにボロットで計8機になるんじゃ、とても無理だわさ。」
自身優れた技術者だけに、ボスにはその困難さが分かる。なにしろ整備を行う作業台自体が特別製なのだ。現地でまともな整備が出来るとは、到底思えない。
と、珍しく弓が悪戯を企むような顔になった。
「それについては、何とかなるだろう。」
「…お父様?それは、最近出張が多かったことと関係があるのかしら?」
さやかが言うように、弓は最近研究所を空けることが多い。尋ねても、「機密事項だよ」と、内容は教えてくれない。
「そうだよ、さやか。みんなも、これを見て欲しい。」
モニターを操作する、弓。
「!、これは…ミケロス!?」
そこに忘れようにも忘れられない飛空要塞の姿を見たジュンが、意外の念と、疑問の念をない交ぜにした声を挙げた。
「……いや、ジュン、どうも、俺達の知っているミケロスとは、違うようだ。」
最初は驚いた鉄也だが、詳細に観察して、細部に違いがあることを見いだした。
「うむ。これは、撃墜したミケロスを改修し、ベガ星連合軍の円盤機に対する空中の防衛ラインとして密かに開発を進めていた『オリュンポス』だ。」
「オリュンポス…。確か、ギリシャ神話で、神々の住まう地、とされる山の名前ですよね。」
その偉容に圧倒されつつも、綾音が確認するかのように呟いた。
「そうだ。魔神達が集う場所として、ふさわしい名前と思わないかね?」
悪戯っぽい笑みを眼差しに蓄えたまま、弓がしてやったり、といった口調で皆に問う。
「…お父様も、人が悪いわ。こんな凄い物を内緒にしておくなんて。」
「ホント、少しくらい教えてくれても良かったじゃないですか、先生。」
苦笑しながら、さやかと甲児が口々に文句を垂れる。
「ははははは、すまんすまん。何しろ国家機密だったからね。しかし、ベガ星連合との戦闘には間に合わず、そのままにしておくのも予算の無駄遣いと言うことで、解体することまで検討されていたのだよ。」
「ですが、これで現地での活動への目度がつきます。」
そういって、鉄也は、愁眉を開いた、という表情でモニターを見つめた。
「そうね。後は、国連の対応待ち、ね。」
ジュンも、頷く。
場の雰囲気が和らいだ、その時。
「!!、こ、これは?」
オペレーター席で、戦後に打ち上げられた衛星通信(数が少ないため、全世界をカバーできず、また回線も込み合うため通話状態は決して良いとは言えないのだが)による通信をチェックしていた咲羅が突然声を上げた。
「衛星回線ジャックです!、現地政府を名乗る組織から、世界へ向けてのメッセージ放送が。」
「全ての回線が乗っ取られています!」
「信じられない、こんな事って!?」
隣の席で同じく通信をチェックしていた美緒と麻矢も、慌ただしくキーに指を走らせつつ報告してくる。
「モニターに映像を。」
弓の指示に、モニターに画像が映る。
画面は、議会の前の広場に演説台が設置されており、、前にターバンを巻いて表情のよく伺えない兵士達が立ち並んでいる光景を映し出していた。
と、演説台の中央に、司令官とおぼしき人物が進み出てきた。
表情は、やはりターバンで隠されて見えない。
「全世界の人民に告ぐ!この国の実権は、我々が掌握した。我々、」
其処まで言うと、顔を覆うターバンに手をかける。
「ミケーネ帝国が!!」
そう叫ぶと、一気にターバンを剥ぎ取った。
「!?」
瞬間、甲児達は凍り付いた。
べつに、ミケーネの名を聞いたからではない。予め予測されていたことであるので、当然、とすら受け止めている。
驚愕を受けたのは。
「ヌハハハハハ、我が輩は、ミケーネ帝国近衛部隊を指揮する、ブロッケン公爵である!」
高らかに笑い上げる、小脇に自分の生首を抱えた怪人と、その前に立ち並ぶ、鉄十字の軍団。
戦争の亡霊は。
三度冥界より、彷徨いいづる。

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