マジンカイザー 
-光輝たる魔神(かみ)- (9)

HARUMAKI

 

「戦端」



衝撃の衛星ジャックの後。
世界は、紛糾した。
まだ、ベガ星連合の爪痕が残り、どの国も、大規模な派兵を行えるほど体力は回復していない。
出来れば、外交交渉によって穏便に済ませられないか。
ミケーネ帝国と直接の交戦経験のない国々の弱腰姿勢により、国連は厭戦気分に包まれていた。
それを、強引に武力行使を決定させたのは、米国であった。
米国大統領、グッドには、ここで自国の軍事力を誇示する必要性があったのである。
ミケーネ帝国の日本侵略時には、「内政不干渉」のお題目の下に静観しておくことが可能であった。
しかし、ベガ星連合との戦いでは、世界一の軍事力と自他共に認めていた軍が、為すすべもなく壊滅状態にさせられたのだ。
あげくに、そのベガ星連合は、どこの馬の骨とも知れないロボットにより退けられてしまった(米国は、米軍の反抗により大損害を受けたため、との"公式見解"を発表していたが)。
失墜してしまった"アメリカの"威信。
戦後の混乱による、高い失業率。
国内世論により、追いつめられていたグッド政権は、このミケーネによる世界への宣戦布告を、またとない好機ととらえた。
戦闘によって失った威信は、戦闘の勝利によって取り戻せばよい。
日本人が作ったロボット数機によって退けられるような国の軍など、米国の敵ではない。
自身が人種差別思想が色濃く残った南部出身であり、また、閣僚にも白人至上主義者が多いグッド政権には、アジアに対する蔑視の念が少なからずあった。
その為に、ミケーネ帝国に対する評価も相対的に低いものになってしまっていた。
さらに、現在、米国にはその自身を裏打ちする物が、あった。


「そんな事になってたのか〜。少しも知らなかったよ。水くさいじゃないか、兄貴。」
口を尖らせながら、甲児に文句を言う少年。
身長は、わずかに甲児に足りないか。
そして、甲児によく似た顔立ちは、しかし、甲児が同じ年頃に見られた強烈な野性味は無く、理知的で、美少年と呼ぶにふさわしい。
だが、その瞳に秘められた強靱な意志の光は。
紛れもなく、兜家の血筋。
兜シロー、15才。
この春から静岡市内の高校に進学した彼は、寮生活を始め、月に一、二度位しか自宅に戻っていない。
「済まねえ、済まねえ。お前は、寮に入ってたからなぁ。連絡しにくくてな。」
頭を掻きながら苦笑する甲児。
半分本当で、半分嘘である。
自分の高校生活は、戦いの連続で普通の青春と言えるものでは無かった。おまけに、途中でNASA留学と、中途半端な思い出しかない。
そして、シローは、小学生の時に既に戦いに巻き込まれている。
だから、せめて、シローの高校生活は、豊かなものにしてやりたい。
その甲児の想いが、シローに光子力研究所から離れた寮生活を勧めさせた(因みに、本編には関係ない事だが、榛名ちゃんも同じ学校に進学しているようである)。
今回も、出来るならシローには関係させたくなかったが、あれだけ世界に大々的に喧伝されてしまえば、それは無理な話と言うものだ。
「そうそう、流石に国外で起こった事を伝えるために、授業中に呼び出すわけにもいかないしね。」
さやかも、結構苦しい言い訳をする。
そんな2人の想いを悟れないほど(どこかの誰かさんのように)鈍くはないシローとしては、
「しょーがないなあ、2人とも。」
と苦笑いするしかない。
今、三人は光子力研究所の司令室にいた。
弓教授以下、主立った職員も待機している。
これから世界に向けて、最も愚劣なるショーの中継が始まろうとしているのだ。
モニターの中で、キャスターがやや興奮した面持ちで実況をしていた。
「…ご覧になれますでしょうか、これが新しい合衆国の力、象徴です!」
カメラがパンしてゆき、密林を進む巨体を映し出す。
10mにはなろうかと言う熱帯雨林特有の木々が、腰にも届いていない。
「合衆国が、その技術の粋を結集して作り上げた偉大なる戦神、Justice of Americaです!」
J.O.A.(ジョウ)。
まさに、米国がその威信とプライドを賭けて作り上げた巨神である。
全高38mと、マジンガーZの2倍以上の身長を誇る(リュウセイ曰く、「ゲッター1と同じ身長」なのだそうである)。
装甲は、特殊チタン合金と衝撃緩和剤の複合サンドイッチ構造で、超合金Z以上の強度はある、と技術者は胸を張ってインタビューに答えていた。
エネルギー源は、重ヘリウムを燃料とした核融合炉(殆ど放射能汚染が無く、クリーンな核融合で尚かつ出力も大きい)で、光子力炉以上の出力スペックである、とされる(軍事機密のため、詳細は未公表)。
マッハ6で飛行も可能、内蔵兵器も多数、との事である。
「なんか、対抗意識丸だし、って言う感じよね。」
さやかは、呆れたような顔でモニターに映るJ.O.A.を眺めた。
ここまであからさまだと、怒る気にもなれない。
「ま、マジンガーよりも優秀だってのを、世界に見せつけたいんだろうけどさ。」
お手並み拝見、といった風情で甲児も答えた。
国連決議で決まった軍事行動には、マジンガーチームは含まれなかったのだ。
当然であろう。
ここでマジンガー達に活躍されてしまったら、米国の威信の回復どころではない。
お得意の威圧的外交で日本政府に"お願い"をし、その結果、日本は今回の作戦では後方支援となった。マジンガーチームには声がかかるはずもない。
更に、自分に関係ないと急に冷淡になる日本人の性格から、後方支援という役割について、新聞や世論で逆に好意的に捉えられている事が、甲児達に歯痒く、情けない思いをさせていた。
お陰で、指をくわえてモニターを眺めるの儀とあいなった訳である。
鉄也達も今頃は科学要塞研究所でモニターを見つめているに違いない。
「…しっかし、スゴイマシンを作ったもんだな、こりゃ。」
「ホント、設計した人間の顔を見てみたいものね。」
甲児もさやかも、決して褒めている風な口調ではなく、げんなりとしたものを含ませつつ苦笑しあう。
J.O.A.は、ネイティブ・アメリカンを模した人型である。まあ、見ようによっては格好いいと言えるデザインかも知れない。
問題は。
星条旗カラーの「青、白、赤」のトリコロール「しか」使用していないボディカラーを、どう判断するか、であろう(ご丁寧に、赤白ストライプ仕様である)。
それが緑濃い密林を歩む姿は、いっそシュールですらある。
と、 J.O.A.の前方の密林が、ごそり、と動いた。
次の瞬間、十数体の戦闘獣がJ.O.A.を取り囲むように出現していた。
「アン・ブッシュ(待ち伏せ)か…!」
完全なステルス手段を用いたのであろう、 J.O.A.の後方を進んでいた機甲部隊は混乱でろくな陣形さえ構築できないでいた。
そして、戦闘獣軍団は、一糸乱れぬ行動でゆっくりとJ.O.A.への包囲網を縮めていく。
為す術もなく立ち竦むかのような、 J.O.A.。
と、その背中が、いきなり爆発!
その爆煙の中から幾筋もの矢箭が煌めき、戦闘獣達へと襲いかかった。
光の矢が貫いたかと思った瞬間、小さな太陽が次々に生じる。
その輝きが薄れた時、まともに立っている戦闘獣は一体も無かった。
「ありゃあ、最新式のバンカーバスタータイプのミサイルですね。一発200万ドルは下らないって話です。」
意外と軍事方面に詳しいムチャが解説する。
本来バンカーバスターとは高空より爆撃し、その自重と加速を利用して分厚い岩盤等を貫通して地下施設を破壊するためのミサイルであるが、これは誘導兵器型の貫通ミサイルであるようだ。
それをJ.O.A.は背部より十数発発射した模様である。
「…1回の攻撃で30億円以上ぉ?お金があるところには、あるのねえ。」
しみじみとさやかが嘆く。後ろで弓教授が咳き込んだようだ。
モニターの中で、アナウンサーが血管が切れるんじゃないか、と、心配になりそうな形相で叫んでいた。
「ご覧になられましたか、この圧倒的な力を!我が合衆国の技術力はぁ、世界一ぃい〜〜〜!!!」
「…なんか、悪いモンでも食ったんじゃねえか、コイツ?」
呆れてジト目になる甲児。
と、シローが甲児に食ってかかった。
「あ、兄貴、あのJ.O.A.ってロボット、凄い破壊力じゃないか!あの様子じゃ、マジンガーの出番は無くなるかもしれないぞ。」
「落ち着けよ、シロー。何も俺達はアメリカと喧嘩してるわけじゃないんだ。ミケーネに対する対抗手段が増えるのは、俺達にとってもめでたいことだぜ?」
「だ、だけど…!」
まあまあ、と宥めようとする甲児になおも言い募ろうとするシロー。しかし。
「それにな、まだミケーネの方も小手調べみたいなもんだ。」
と、いう兄の台詞に、え、と意表をつかれる。
「小手、調べ…?」
「ああ、いまやられた連中は、AIでコントロールされていたからな。」
事も無げに言う甲児。
「そうね。ミケーネの戦闘獣が機械獣と比較にならないくらい手強かったのは、性能差ももちろんあるけど、ミケーネ人の頭脳が移植されていたからですものね。」
さやかも頷く。
「…みんな、あれがAIって事が分かっていたの?」
「あんなに揃いすぎている行動なんて、プログラムされてでもいなきゃ無理だわさ。」
(ボ、ボスさんまで!?)
なんと、ボスまでもが見抜いていた事に、自分だけが見抜けなかったのか、とトホホな気分になるシローであった。
別段これはシローが鈍いという訳ではない。彼等には歴戦の戦士としての目の上に、科学者、技術者としての観察眼と洞察眼が加わっており、シローとは視点が違う為に見抜けたという、いわゆる経験の差と言うやつだ。
「でも、プログラムには想定外の出来事には対応が出来ないでしゅからね〜。今みたいに予想されない相手の攻撃にはてんて弱いんでしゅよ。」
相変わらず緊張感に欠けた調子でヌケがシローに説明する。ぬぼー、とした風貌からは想像しにくいが、天才的なプログラマーであるヌケは、逆にその欠点をよく知っている。
「…つまりは、自分で思考するようなAIじゃないと駄目ってこと?」
ちくり、とシローの胸の奥が疼く。彼はそういうAIを知っていた。とても大事な、そして悲しい運命を持っていた、友達を。
「自分の経験から次の行動を瞬時に組み立てられるようなAIじゃないと無理でしゅが…、あの子以来まだ完成できていましぇんよ。」
シローの胸の内を感じたのであろう、労るような声音でヌケは微笑んだ。
「…うん、ヌケさん。」
ヌケの心遣いに感謝するシロー。この時、彼の心に将来に対する一つの想いが形作られた。超AIの研究。それも、戦闘用ではなく、人と真のパートナーになれるような。
(…そしたら、キミも喜んでくれるよね?)
脳裏に浮かぶ面影に、そっと語りかけるシローであった。
モニターではミサイルの一撃による破壊からどうにか免れた戦闘獣を、トマホーク(戦斧)で叩きのめしていくJ.O.A.が映っていた。


「チ、歯ごたえが無い敵だぜ!」
ジェームズ・ジャクソン少尉は不適な笑みを唇に張り付けたまま、目の前の戦闘獣に忌々しげにトマホークを叩きつけた。
アングロサクソン系の彫りが深い顔立ちは、ちょっとした俳優並の色男だが、ギラギラとした闘争心剥き出しの目つきがそれを台無しにしている。
「…油断しない方がいい。データで見るとどうもキカイジュウとかいうものに近い雑魚のようだ。」
情報解析担当のボブ・ホットマン少尉が解析されたデータと過去の戦闘データを照らし合わせながら言った。ボブは、名前に反して、寡黙でクールな長身(2m)の黒人青年である。
「そうね。まだ、嫌な雰囲気が消えてないわ。油断しちゃ駄目よ、J.J。」
火器管制担当のアイリーン・ステンソン少尉も居心地悪気にシートで身じろぎをした。ネイティブアメリカンの血を引く彼女は艶やかな黒髪をもち、白人からするとかなり幼く見えるのだが、士官学校ではトップクラスで、特に射撃については天才的な腕を持っている。また、偉大なシャーマンであったという曾祖母の血を受け継いだのか、非常に勘が鋭い。
「ちっ、またイリアの悪い予感かよ。ったく、ジャップの作ったガラクタに負けるようなロボットを警戒する必要はねえよ!」
侮蔑の表情を隠そうともせず吐き捨てる。
「裏付けのない自信は破滅の元だ…むっ!」
あくまで冷静にJ.Jを諫めようとしたボブの顔に緊張が走る。
「レーダーに反応。1時方向。全長は約30m。超低空を接近中。…疾い!!」
「な…何、この悪寒は。」
迫りくるまがまがしい気配に思わず身震いするイリア。
「!、あれか。」
J.Jもモニターの中に肉眼でそれを捉える。
「…何だ、あれは!?」
羽を生やした、ワニの頭を持ったクモが、飛んでいた。ワニの額には人間の顔が半ば埋まるように浮き出している。
「ふはははは、なかなかやるようだな。超魔軍団が一将、オラトリウスがお相手いたそう!」
ワニの口から流暢に言葉が紡ぎ出される。
と、直後に口から吐き出される得体の知れない液体の奔流。
「くっ!!」
異様な相手の姿に硬直していたが、そこは選ばれた戦士、J.Jは機体を急駆動で旋回させ間一髪、奔流を避けた。
ジュウ〜!!
数瞬前までJ.O.A.が居た場所が、全ての物が煙を上げながら溶解していく。
「イリアっ!」
J. Jが声を上げたときには、既にイリアはしなやかな指を閃かせてロック・オンを済ませていた。
「Fire!」
再び背中から爆煙か立ち昇り、ミサイルの火箭がオラトリウスに降り注ぐ。
しゅる。
と、オラトリウスの前に霞のような白い物がたなびき、それにミサイルが絡め取られる。
「What's!?」
それは、クモの胴体より吐き出されたクモ糸であった。
「ククク、このようなおもちゃで我が倒せると思ったか?」
半ば埋もれた顔が、冷笑を形作る。
「!、それなら、こいつを食らいやがれ!!」
「っ!、J.J、まだそれを使うには、タイミングが早すぎる!」
「うるせえっ!」
かっ、と頭に血を上らせたJ.Jが、ボブの忠告を無視してスロットルを踏み込む。
「ジャッジメント・クロス!!」
胸の十字架を模した部が上下左右に観音開きとなり、眩い光線がオラトリウスに伸びる。
J.O.A.の最強必殺術。
が。
すさささ、という、その巨体では信じられない、クモそのものの動きでオラトリウスはそれをかわし。
ドシュッ。
がば、と身を起こして構えた前脚の先端よりニードルを発射した。
ドン、ドンッ!!
「うおお!?」
「うぐっ!」
「!!」
超合金Z以上の強度を自慢していた装甲が、容易く貫かれた。一本はジャッジメント・クロス発射口を貫き、もう一本は。
「・・う、畜生、大丈夫か、みんな。」
スパークする計器から顔を上げ、頭を振りながらJ.Jは言った。
「…うむ、なんとかな。」
ヘルメットの下で額から血を流しているが、しっかりとした声で答えるボブ。
ごぶっ。
湿った嫌な音に2人が振り向くと。
「う…!」
「イ、イリア…っ!」
もう一本のニードルはコックピットの、それもイリアのシートを直撃していた。そして、それは。
イリアの胸をも。
ニードルと言っても、直径は20cm程もある。
絶命していた。
「…J.J、残念だが、現状では我々の勝利する可能性は薄い。一旦帰還し、体勢を立て直そう。」
沈痛な表情で進言するボブ。
「…うおおお!!」
突然雄叫びを上げ、腹部に内蔵されている連装式ミサイルを発射するJ.J。だが、ガンナー(射撃手)を失い、正確な狙いが点けられない弾頭はオラトリウスの周囲に着弾し、爆煙でその姿を覆い隠す。
そして、J.O.A.は。
その煙の中に飛び込んでいった。
「!?っ、J.Jー!!」
「うぅるせえーっ!、仲間が殺られたってのに、おめおめと帰れるかってんだ!こいつのパワーは、伊達じゃねえ!」
叫びつつ、右手のトマホークを振りかぶる。
轟、と、唸りを上げて振り下ろされる、凶悪なる刃。
バキィッ!
「うおっ!?」
突然バランスを失い、蹌踉めく機体。
「何だ?!」
慌てて機体チェックを行うボブ。
「!、右腕がない?!」
肘から先が失われていた。
と、ミサイルの爆煙が薄れていく。
「おおおお…。」
「…My God's」
ワニの巨大なる顎(あぎと)が。
右腕を喰い千切っていた。
「あぁああ・・!」
圧倒的なまでの力の差による絶望的な恐怖に突き飛ばされるように身を翻そうとしたJ.O.A.だが。
余りにも遅きに失していた。
すささ、と、滑るようにJ.O.A.の背後に追い付いたオラトリウスは、その巨大なる顎をかぱあ、と開くと。
ぞぶり。
と、獲物の体に牙を潜り込ませた。
「う゛あがあああっ!!」
最後にJ.Jが見た物は、コックピットを引き裂きながら自分に食い込んでいく、嫌になるくらい真っ白な、巨大な牙で、あった。


モニターは、最早物言わぬ残骸となったJ.O.A.を放り出したオラトリウスが、後方にいた機甲師団に襲いかかる姿を捉えている。
アナウンサーも茫然自失状態なのか、声も出ない。
淡々と、米国軍がなぶり殺しにされていく様を映像は捉えていく。
光子力研究所の司令室も、寂として声もない。
間違いなく、今度の戦闘獣は、以前のミケーネの物よりも手強い。
別にがJ.O.A.が弱かったわけではない。米国が総力を挙げて開発しただけあって、マジンガーと比較しても、そう見劣りする性能ではなかった。戦士としての本能、技術者としての観察双方から、そう言える。
それを、赤子のように捻る敵。
「厳しい戦いになるぜ…!」
関節が白ばむ程に拳を握りながら、激闘の予感に身を震わせて、もう残骸しか映し出していないモニターを睨み付ける甲児であった。


翌日の国連緊急理事会で。
マジンガーチームの参加要請が、正式に可決された。

NEXTBACK

CONTENTS NOVEL TOP