Diary

No.181

mio
ケインの話、3話目。まだまとまってないけど、ここまでは多分決定。


--Uが終わったそのあとで おまけ--
『君が笑ってくれるなら』(3)

 彼が目を覚ました時、目の前にいた少女はマリアと名乗った。
 マリアは彼の目覚めを喜んで人を呼び、彼は大勢の人間に囲まれた。その中の白衣を着た初老の男性からいくつかの質問を受け、診察をされ、彼は「記憶喪失」だと診断された。
 その病名に周りの人間は複雑そうな顔をしたが、どこか安堵したようにも見えた。
 何も覚えていない彼のもとに、マリアは毎日のようにやって来た。そうしていろんな話をしていく。
 彼の名前はケインといって、彼女とは幼馴染なのだそうだ。
 彼はさっぱり覚えていなかったが、マリアは嬉しそうにケインとの思い出を語った。
 一緒に広い庭を駆け回ったこと、木に登って降りられなくなって彼が助けてくれたこと、勉強を抜け出しては𠮟られたこと。
 何を話しても全く思い出せないケインに対してマリアは徐々に落胆の色を滲ませるようになっていき、ケインはそれをひどく申し訳なく思った。マリアは隠そうとしているようだったが、その内心は隠しきれておらず、ケインの申し訳なさは募るばかりだった。
 しかしある時からマリアはそんな表情をかけらほども見せなくなった。そして、無理に明るくふるまうような、そんなそぶりがなくなって、ごく自然にケインのそばにいてくれるようになった。そんなマリアの態度に、ケインはようやく少し心の中の罪悪感を小さくすることが出来た。
 体力が落ちていてまともに動けないケインの介助をしてくれたのもマリアだった。なぜそこまでしてくれるのかと尋ねたケインに「ケインは私の数少ない友達で幼馴染なんだから当たり前じゃない」とマリアは笑った。その笑顔が可愛くて、ケインはマリアの笑った顔をずっと見ていたいと思った。マリアと過ごした日々のことを思い出したいと思ったのはこの時からだ。
 しかし、過去のことを思い出したいと思う反面、思い出すことはケインにとってなぜかひどく恐ろしくも感じられた。
 まだ体調に波がありベッドから離れられないケインの元へは、マリアだけでなく彼女の兄の大介と、友人だという甲児、さやか、ヒカルの三人もたびたび訪れた。彼らはケインを楽しませようと、綺麗な写真や絵の載った本や暇つぶしの遊具などを持ってやってきてはひとしきり話をしていく。その時間は楽しいもので、ケインの心の中から消えていかない焦りや不安をひとときなりとも忘れさせてくれた。
 しかしそんな中、時折ひどく痛ましそうな表情を向けてくる人物がいた。マリアの兄の大介だ。その目にこもっているのは記憶を失った自分への同情や憐憫だけではない気がした。単なる同情や憐憫の表情なら、目を覚ましてからずっと向けられていたからだ。
 自分は、彼からそんな顔で見られるような何かをしたのではないか。ケインはそう思った。失った過去はマリアの語るような楽しいことばかりではなかったに違いない。
 けれどそれを問いただす勇気は出せずに時間だけが過ぎていく。

たたむ

駄文

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